殿ちゃま・近ちゃま九州国珍道中記(法律解説編)その2

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


第2章  記者会見するの?しないの?~(日向の国の瓦版)

 4月初め、筑紫の国での役員就任の挨拶回り、記者会見を終えて筑紫の国から日向の国に戻ると、日向の国の地方瓦版の記者会見もしなくちゃならないということになる。
 日向の国にも3つの電子台局(テレビ局のこと)と5社の瓦版屋(新聞社のこと)があり、殿ちゃまが日向の国から初めて九弁連理事長に就任したことはビッグニュースであるから、当然、日向の国でも記者会見しなければならないはずである。

近「先生、地元でも、理事長就任記者会見をしていただいたほうがよろしいかと思いますが、会見設定、会見内容、理事長プロフィール等は私の方で準備しますし、記者の質問に2~3答えてもらえればいいのですが。いかがしましょうか。」
 と、近ちゃまが提案する。
 殿ちゃまは、
殿「地元での記者会見はもういいんじゃないか。僕はあんまりマスコミには 出たくないんだ。」と拒否される。
近「前年の佐賀の葉隠れの理事長は、地元佐賀でも記者会見して、電子台(テレビ)でも放送されたようでござんす。」と、近ちゃまは粘る。
殿「佐賀は佐賀。私は私だ。あんまりマスコミには出たくない。」
近「ああ。そうですか。じゃ、記者会見は無しとします。」
と、近ちゃまはあっさりと断念したようであったが、内心は、殿ちゃまの記者会見があったら自分も脇役としてチョッとは電子台に映る可能性があったので、残念でならなかった。
 1週間後、日向の国の野崎弁護士が、殿ちゃま理事長の地元記者会見はないのか、と問い合わせてきた。
近「殿ちゃまがマスコミは嫌いだと言われるのでしません。」
 と回答したところ、
 野崎弁護士から話があるということで、事務所まで赴くと、なぜかお叱りを受ける。
野「殿ちゃまは絶対に地元での記者会見はしないと言われましたか?」
近「マスコミは嫌いだ。あまりマスコミには出たくない。と言われました。」
野「でしょう。“あまり“だったでしょ。それは記者会見するように、もう少し押さないといけないということなんです。3回断られるまで諦めない。偉い人は、自分が目立つようなことを一度頼まれただけではでハイと言う訳ないんです。」
近「え?そうなんですか。記者会見するか、しないかというだけですよ。一度で決断できるでしょ。」 野「近ちゃまは、殿ちゃまの性格をまだ押さえていませんねえ。」
近「いえ、確かに記者会見はもういいんじゃないか、と断られましたよ。」(憮然)
野「“もういい”ではなく、“もういいんじゃないか”でしょ。断定しておられないでしょ。」
近「確かに…。三顧の礼ってことで、3回頼んでみましょうかね。」

 それから、近ちゃまは毎週一回、殿ちゃまにお会いする度に「地元での記者会見をしましょうか。」と尋ねてみた。なんと!2週間後、殿ちゃまが地元記者会見に同意!!!?
 近ちゃまがバタバタと記者会見を設定し、めでたく記者会見終了。電子台のニュースで放送され、それを契機に殿ちゃまには祝電が次々に送られてきて、殿ちゃま事務所は就任お祝いのお花で満杯状態。事務員はお祝いの電話の対応にてんてこ舞いになったということである。
 瓦版の記事は間違っているわけではないが正確に記載されていない場合が多い。殿ちゃまの記者会見での理事長見解についても記事になってみると間違った表現をしている瓦版があり、殿ちゃま曰く、
殿「近ちゃまの押しに負けて地元記者会見をしたが、やはり不正確に伝わることが多いだろ?だから嫌じゃと言うたんじゃ。」
……人の上に立つ人の心持ち、謙譲、謙遜、遠慮、支えてくれる者の動きや行動した場合の結果の見通し、結果に対する評価や影響等いろいろと、偉い人の世界には難しい心の動きや強い影響があるもんじゃ……。
 しかし、近ちゃまも電子台のニュース画面にチョコット映って嬉しかったげな。

(法律解説)
1,公的機関の記者会見について  公的機関が報道機関に向けて行う記者会見は、法律に定めたものではなく、公的機関側は「行政等の説明義務、周知義務」として行うものであり、報道機関側は「憲法第21条の表現の自由・報道の自由・国民の知る権利」を支えるものとして行うというものであり、その方式は慣例として認められてきたものです。記者会見の主催が公的機関か報道機関かの争いはありますが、日本の記者会見において公的機関が報道機関向けに行う発表は、通常、記者クラブが主催しており、日本新聞協会は、その理由を、「情報開示に消極的な公的機関に対して、記者クラブという形で結集して公開を迫ってきた」と歴史的な経緯があること、逆に公的機関が主催する会見は一方的な運営がなされるとの疑念を抱いていることを説明しています。
 その場合、各記者クラブが主催する記者会見には、その記者クラブのメンバー以外は原則として参加できないという不都合が生じる場合もありますが、ただし、幹事社の事前承認があればメンバー以外の報道機関も参加できるという取り扱いもされています。

2,三顧の礼とは
 三顧の礼とは、「地位のある者や権力者が格下の者に何度も出向いて物事を頼むこと」であり、三国志の英雄である劉備が諸葛亮を臣下に加える際に彼の庵を三度訪れて礼を尽くしたということが由来となっています。近ちゃまの場合は、格上の殿ちゃまに三回頼みに行くという場面ですから、逆の関係になるので、厳密には「三顧の礼で迎える」という例ではありませんので、その点ご留意願います。

3,報道内容が事実と異なる場合の法的問題
 マスメディア等の報道により、事実と異なる報道がされ名誉権等の人格権を侵害された個人は、その報道内容に関し、「反論する権利ないし法的保護に値する利益」を持っているのではないか(いわゆる反論権、反論文掲載請求権の有無)が論じられてきています。
 しかし、最高裁判例昭和62年4月24日(サンケイ新聞事件)は、以下の通り述べて、不法行為として成立しない場合には反論権は認められないとしています。

(1)「この制度(反論権又は反論掲載請求権)が認められるときは、新聞を発行・販売する者にとつては、原記事が正しく、反論文は誤りであると確信している場合でも、あるいは反論文の内容がその編集方針によれば掲載すべきでないものであつても、その掲載を強制されることになり、また、そのために本来ならば他に利用できたはずの紙面を割かなければならなくなる等の負担を強いられるのであつて、これらの負担が、批判的記事、ことに公的事項に関する批判的記事の掲載をちゆうちよさせ、憲法の保障する表現の自由を間接的に侵す危険につながるおそれも多分に存するのである。このように、反論権の制度は、民主主義社会において極めて重要な意味をもつ新聞等の表現の自由に対し重大な影響を及ぼすものであつて、たとえ被上告人の発行するサンケイ新聞などの日刊全国紙による情報の提供が一般国民に対し強い影響力をもち、その記事が特定の者の名誉ないしプライバシーに重大な影響を及ぼすことがあるとしても、不法行為が成立する場合にその者の保護を図ることは別論として、反論権の制度について具体的な成文法がないのに、反論権を認めるに等しい上告人主張のような反論文掲載請求権をたやすく認めることはできないものといわなければならない。」
(2)その結果現行法の下において、反論権が承認されるための条件について
「人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを請求することができる場合による。」ことは、当裁判所の判例(北方ジャーナル事件判決参照)に基づくところであるが、「右の名誉回復処分又は差止の請求権も、単に表現行為が名誉侵害を来しているというだけでは足りず、人格権としての名誉の毀損による不法行為の成立を前提としてはじめて認められるものであつて、この前提なくして条理又は人格権に基づき所論のような反論文掲載請求権を認めることは到底できないものというべきである。」
  



以 上

    

殿ちゃま・近ちゃま九州国珍道中記(法律解説編)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


(巻頭言)
 平成22年4月から「何でも法律塾」コーナーを9年間担当させていただいておりますが、平成の時代をも終わり、今年5月から「令和」時代に入ります。 そこで、平成時代を振り返りつつ、面白い話を交えながら分かり易い法律の話をしてみたいと思っています。 この「珍道中記」の登場者「殿ちゃま」「近ちゃま」は、宮崎県町村会の顧問弁護士であり、この二人の実話を面白く脚色させていただきました。 このコーナーでは、時事の法律問題も時折入れることもあると思いますが、可能な範囲でこの「珍道中記(法律解説編)」を続けて掲載させていただきたいと思います。

1、珍道中期間・・平成10年4月1日~平成11年4月5日
2、主題・・九州弁護士会連合会の会務活動に関する理事長・事務局次長同道の旅での出来事、笑い話等を綴る傑作コメディー
     とその関連法律制度の解説。
3、登場人物
  ①殿ちゃま・・宮崎県弁護士会所属弁護士、弁護士会会長経験2回、宮崎県弁護士会の大御所的存在、訴訟以外に公的委員
  ・宮崎県等の地方自治体や大企業顧問などを兼任し社会的地位も確立している。平成10年度に宮崎県内初選出として九州弁
  護士会連合会理事長に就任し、九州の弁護士のトップの地位に立つ。後進の育成に熱心な人物で、経済的には無駄はしない
  が一流の物には金銭を出すのはいとわない性格、宿泊は一流ホテルのツインないしダブルの一人使用を好み、趣味はカメラ
  写真(写真展入選多数)。昭和5年3月3日生まれ(理事長就任当時68歳、現89歳)、小林市出身。妻・殿所F子様
  ②近ちゃま・・宮崎県弁護士会所属弁護士、平成5年登録の初心者弁護士、裁判所書記官(公務員)として14年間の公務員生
  活を送りながらの司法試験受験生活を経ての弁護士生活であり、殿ちゃまより弁護士生活に関する基本的指導を受ける。殿
  ちゃまが九州弁護士会連合会理事長就任と同時に殿ちゃまから九州弁護士会連合会事務局次長兼理事長秘書を委嘱される。
  受験生活が長かった割には、悪癖もなく、冗談好き。小さな事務所を独立経営し、財布の中身も公務員時代の貧乏生活感覚
  を維持している。宿泊は安いビジネスホテルのシングルを好み、趣味は特になし。昭和28年11月1日生まれ(次長就任当時44
  歳、現65歳)、南郷町出身。妻・近藤H子様
4、目次
   第1章   昔々、桜の咲く頃、(筑紫の国の舞鶴城址で)
   第2章   記者会見するの?しないの?(日向の国の瓦版)
   第3章   え?こんなに高いお宿に泊まるの?
   第4章   飛行機の旅を安くでする方法を知っています!なに、それ?
   第5章   汽車の旅で、コーヒーがタダ!
   第6章   菊池“温泉”じゃなかったの?
   第7章   沖縄(琉球国)のステーキはでっかいぞ!
   第8章   シーガイアであたふた、あたふた。(九弁連大会宮崎大会)
   第9章   僕は浮気防止役?(摩女梨花での夜)
   第10章  こんなに疲れる韓国旅行ってな~んだ?
   第11章  殿ちゃまを一人にできない。(殿ちゃまの失敗編)
   第12章  日本の最南端の島で~あれ?これ、どこから覗くんですか?~
   第13章  もう一年、ご苦労さん! あれ~?双子?
   第14章  殿ちゃま、男になる!(理事長実績編)
   終  章  そして、桜の咲く頃に(女房に感謝を込めて)

第1章 昔々、桜の咲く頃、~(筑紫の国の舞鶴城址で)
(はじめに)
 今は令和元年。今になっては、もう昔々の平成時代の話になるんじゃが、優しそうな顔立ちの平成天皇と見目麗しい美人で才女と誉れ高い美智子皇后がおられた平成の御代、それも戦争もない平和な時代の話じゃった。
 日の本(現在の日本国)の南にある九州国の日向の国の話じゃ。日向の国は太平洋という大海原に面していて、漁業と農業を中心に産業が興されている田舎で、蒸気機関車よりも速く走るという新幹線もまだ通っておらず、交通は不便なところじゃった。 しかし、日向の国の気候は、日照時間も日本一で、「日本のひなた」と呼ばれるように温暖で穏やかだったので、土地の人々は、「男はいもがらぼくと、女は日向かぼちゃの良か嫁女」ということで人柄も、の~んびりしていて、争いごともあんまりなかったそうじゃ。
 そんな日向の国の争いごとを一手に引き受けて解決してきた「殿ちゃま」という偉~い弁護士さんがいて、平成10年4月に九州国の一番偉~い「九州弁護士会連合会理事長」になりゃったげな。 理事長として、九州国全部を巡回して争いごとの解決の仕組みを広めるという大変な役目を担わなくてはならなくなったげな。 一人じゃ大変じゃということで、殿ちゃまは、自分の役目の手伝いをさせるために、もっと昔々の水戸黄門様のお話の格さん助さんみたいに細かいことをきちんとやれそうで、気の良さそうな若い弁護士「近ちゃま」を自分の秘書役(カバン持ち)にして、九州国を二人で巡る旅をしやったげな。 その旅の話をまあ聞いてみるとほんと面白いっちゃから、まあ、聞いちみてくだっさい。

(これから以下は、準・標準語に修正しています。)

(桜の咲く頃)
 九州弁護士会連合会の理事長・殿ちゃまと事務局次長・近ちゃまは、日向の国から筑紫国(福岡県福岡市)まで、月に最低2回程度出張せんといかんかった。 九州弁護士会連合会(以下、「九弁連」と略称する。)の事務局が筑紫国にあり、九弁連の会務の統括業務をしなければならないからである。
 九弁連事務局は舞鶴城址の筑紫国高等裁判所と同敷地内にある。敷地周囲は隣接している舞鶴城址公園と同様に「そめい吉野桜」で蔽われており、春には、咲く桜・散る桜でその風景全体が淡い桜色に染まる・・・。
 その桜の咲く頃に、近ちゃまが日向の国からの飛行機から慌てて筑紫国に降り立って、そのまま地下を走る電気式移動車(地下鉄)に飛び乗って、あわてふためきながら、桜咲く舞鶴城址に着くと、殿ちゃまが会務資料の入った大きなカバンを抱えながら、一人お堀の端にたたずんで城址のお堀一面に広がる桜の景色を見入っていた。

近「先生、遅れました。すみませ~ん。」
 と、その直前まで法曹関係者への理事長就任挨拶回りを殿ちゃま一人に任せてハワイ旅行に行っていた近ちゃまは、まだハワイでの南国的気楽さを残したまま、軽快なフットワークで、殿ちゃまに駆け寄る。
殿「おお、ようやく君の事務所の5周年記念事務所旅行のハワイから帰って来たか。昨日の理事長就任の挨拶回りは僕一人だけだったから大変だったよ。」
近「そうですかあ。お疲れ様でしたあ。」と気楽な答え。
殿「それにしても、この桜、見てごらん。光も向こうから来ている時間帯だから、いい写真が撮れる景色だよ。」
 と殿ちゃまが言う。
 殿ちゃまは、趣味の写真もしばらくあきらめて九弁連理事長会務に没頭しなければならないこれから一年のことを真剣に考えていた。 “もう自分も若くはないが、九弁連理事長としての激務でも無理をしなければ大丈夫だ。
この桜を、理事長を退任する一年後の春には、きっと清々しい気持ちで見れるはずだ。” ・・・殿ちゃまは、そんな自分の決意を今の桜景色に一年間預かってもらっておくのだという気持ちで桜を眺めていたのであった。
 そんなことも知らない呑気で気楽な近ちゃまは、
近「ほんとですね~。ここの桜景色を見ると、私が弁護士になる前の平成3年4月1日にこの筑紫国裁判所を退職したとき、花束を抱えて裁判所職員同僚・部下に玄関から見送られて、それも黒塗り高級公用車に乗せられて見送られたことが想い出されます。 その時も今の様に桜が満開でした。そのときは、すぐに100メートル先で公用車を降りて、バタバタと裁判所書記官室に舞い戻って、書き残していた裁判調書を書いたんだったなあ。 退職後も2、3日登庁して裁判記録の引継ぎ整理をしたんだったなあ。 あのときは、司法試験に合格した喜びと司法研修所への入所準備での期待感の反面、残務整理の時間が足りなくて寝る暇もなく、大変だったなあ~。」
 と、勝手に自分だけの回顧にふけっていた。
……実は、殿ちゃまの覚悟していたとおり、九弁連会務の「激務」がこれからスタートしようとしていた。

(法律解説)
1、そもそも「九州弁護士会連合会」とはどういう法的根拠で結成された連合会なのでしょう?
 弁護士の資格と弁護士の組織については、弁護士法という法律が定めています。 弁護士法では、第8条(弁護士の登録)「弁護士となるには、日本弁護士連合会に備えた弁護士名簿に登録されなければならない。」、 第9条(登録の請求)「弁護士となるには、入会しようとする弁護士会を経て、日本弁護士連合会に登録の請求をしなければならない。」、 第32条(弁護士会設立の基準となる区域)「弁護士会は、地方裁判所の管轄区域ごとに設立しなければならない。」、 第89条(同じ区域内の弁護士会の特例)「この法律施行の際現に同じ地方裁判所の管轄区域内に在る二箇以上の弁護士会は、第三十二条の規定にかかわらず、この法律施行後もなお存続させることができる。」 という定めに従い、単位弁護士会は、地方裁判所の管轄区域ごとに設立するのが原則で、45の府県庁所在地と札幌・函館・旭川・釧路の各地方裁判所に対応して設けられている。 東京だけ例外として、歴史的経緯から3つの弁護士会(東京弁護士会、第一東京弁護士会、および第二東京弁護士会)が存在する(法第89条第1項)ことから、日本全国では52の弁護士会が存在します。
 しかし、いわゆる高等裁判所を基本とした地区(九州・四国・近畿・関東など)に応じた弁護士会(例えば、九州弁護士会)の定めは弁護士法にもありません。 九州弁護士会連合会は、九州管内の各県単位会弁護士会の任意団体として結成されたものであり、法律に基づく正式な団体ではないのです。 名称も「弁護士連合会」ではなく、「弁護士会連合会」になっています。 任意団体とは言え、九州弁護士会連合会の理事長は九州内の当時は4,000名の弁護士のトップに立つことであり、1年に1回開催される九弁連大会(福岡高裁長官、福岡高検検事長、知事、市長等の来賓をお迎えした大会・参加弁護士数500人規模)を宮崎の地で計画実行するという大きな役目があります。 宮崎県弁護士会から初めてその九弁連理事長に就任されたのが、殿所哲弁護士(殿ちゃま)なのであります。

2、裁判所書記官とは、どういう立場の人でしょうか。
 近ちゃまは、弁護士になるまでは、裁判所で裁判所書記官として働いていました。 裁判所に勤務する人には、裁判官、裁判所書記官、裁判所速記官、裁判所事務官、家庭裁判所調査官、裁判所技官、執行官、廷吏という職種があり、すべて国家公務員になります。 裁判所書記官は、裁判所法第60条で「1 各裁判所に裁判所書記官を置く。 2 裁判所書記官は、裁判所の事件に関する記録その他の書類の作成及び保管その他他の法律において定める事務を掌る。 3 裁判所書記官は、前項の事務を掌る外、裁判所の事件に関し、裁判官の命を受けて、裁判官の行なう法令及び判例の調査その他必要な事項の調査を補助する。 4 裁判所書記官は、その職務を行うについては、裁判官の命令に従う。  5 裁判所書記官は、口述の書取その他書類の作成又は変更に関して裁判官の命令を受けた場合において、その作成又は変更を正当でないと認めるときは、自己の意見を書き添えることができる。」 と定められている公務員です。 官職としては、書記官、主任書記官、次席書記官、首席書記官があり、最高位は、最高裁判所大法廷首席書記官になります。

3、司法試験制度について
 司法試験とは、裁判官、検察官または弁護士になるための国家資格、すなわち法曹資格を付与するための国家試験ですが、1923年(大正12年)以前は、判検弁統一の法曹資格試験は存在せず、裁判官と検察官の候補生である司法官試補(現行法における司法修習生に相当)の採用試験である判事検事登用試験と弁護士試験が別個に行われていたようです。 その後、高等文官試験司法科試験となり、戦後の昭和24年から司法試験法が制定され、裁判官、検察官又は弁護士になろうとする者に対して、それに必要な学識及び応用能力を問うことを目的とした国家試験(司法試験法第1条)となっていますが、直接的には、裁判所法第66条2項で定める司法修習生になるための採用試験であり、司法研修所を卒業する際の「司法修習生考試試験」(いわゆる二回試験)に合格して始めて裁判官、検察官又は弁護士になる資格を得ることになります(裁判所法第67条1項)。
 ただし、旧司法試験制度は、2002年(平成14年)の司法試験法改正により2011年(平成23年)の試験を最終として、新司法試験へ移行しました。 両試験の大きな違いとしては、(1)受験資格の点において、旧司法試験は受験資格制限がなく、中卒・高卒でも受験することができました(ただし、大学で一定の単位を取得していない人は教養試験に合格しなければなりません)。 が、新司法試験は法科大学院修了者のみを対象とした試験ですので、大学を卒業し法科大学院に入学、卒業した人しか受験することはできません(ただし予備試験に合格することで法科大学院を修了していない人も受験資格を獲得することができます。)。 (2)受験科目数や方式の改正により、新司法試験では、民事訴訟法・刑事訴訟法が両方試験対象科目に入っており、旧司法試験で行なわれた口述試験は廃止されています。 (3)合格者数については、旧司法試験が約400名から500名程度でありましたが、新司法試験では1,500人(多い時で3,000人)程度の合格者が発表されています。

           (第2章へ続きます)



以 上

「無実の人の『無知の暴露』」と「真犯人の『作出した虚構』」のどっち?(将来の裁判員になる方々へ)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



1、日本の刑事司法手続きにおいて、平成21年5月21日に一般市民が裁判員として重大刑罰の刑事裁判に関与する「裁判員裁判

制度」が始まって、10年を経過しようとしています。私は当初、この制度導入については消極的な立場でしたが、10年近く実施さ

れてきて裁判員に選任された方は大変な苦労をされながら裁判員裁判制度の意義を理解されているだろうと考えますと、この制

度を充実させていく方策を検討するということも法律家の役目なのだろうと思います。
2、判例時報2389号に立命館大学の浜田寿美男教授の刑事裁判上の「虚偽自白」についての論考「虚偽自白がどのようなものか

を知らずに虚偽自白を見抜くことができるのか」(以下、「論考」という。)があり、それを読んで非常に感銘を受け、このような判断

手法もあるということを裁判員の方々にも身に付けてもらいたいと思ったので、判例について私なりに理解した点をお話したいと

思います。
   ここで、あらかじめ申し上げますと、「虚偽自白」という言葉ですが、普通「自白」は「相手方の主張する自己に不利な事実、又は

検察官の主張する犯罪事実を認めること」を言いますので、自白は自ら不利を認める真実のものだと考えられるため、通常は自

白で虚偽のことを言うことは想定されません。

 しかし、自白の中に「自白した犯人が有利になるような虚偽の事実が入り込む」可能性はあります。例えば、他に共犯者はいな

いのに共犯者がいるという引き込み供述やもっと重い罪を隠すための、虚偽の事実の軽い罪についての自白などがそれです。

これを「真犯人の『作出した虚構』」と言います。

 さらに最も大きな問題になっているのが、「犯人でもないのに犯人であると犯罪事実を作り出して供述する」という「無実の

人の虚偽自白」というものがあり得るかという点です。一般的には真犯人をかばうために自己犠牲となる虚偽自白が考えられま

すが、「真犯人をかばう必要もない無実の人が虚偽の自白をする」ということは一般的に考えられないとされています。

しかし、浜田教授の論考は、そのような虚偽自白は冤罪事件において示されるように頻繁に起きてしまうということを分析されて

います。無実の人の自白が客観的証拠と合わなくなって虚偽であることが判明する場合を「無実の人の『無知の暴露』」と言いま

す。
3、平成30年8月3日東京高裁(刑事)判決での「栃木小1女児殺害事件」(事件発生:平成17年12月1日、栃木県今市市(現日光

市)で下校途中の小学1年女児A=当時(7歳)=が行方不明となり、翌2日、茨城県常陸大宮市の山林で遺体が発見された。

約8年半後の26年6月、栃木、茨城両県警がK被告を殺人容疑で逮捕した事件(なお、凶器のナイフは見つかっていない。K被告

は捜査段階で自白したが、公判では否認している。)の有罪判決を問題としています。
(1) まず、この東京高裁判決では、一審判決(宇都宮地裁判決―無期懲役)で認定した公訴事実が、被告人の捜査段階での自白

どおりに「被告人は、平成17年12月2日午前4時頃、茨城県常陸大宮市甲字乙丙番丁所在の山林西側林道において、A(当時

7歳。以下「被害者」という。)に対し、殺意をもって、ナイフでその胸部を多数回突き刺し、よって、その頃、同所において、同人を

心刺通(心臓損傷)により失血死させた」というものであるのを、東京高裁判決は、控訴審での審理を通じて検察官の訴因変更

による殺害の日時を『平成17年12月1日午後2時38分頃から同月2日午前4時頃までの間に』と、場所を『栃木県内、茨城県

内又はそれらの周辺において』とそれぞれ改めた犯罪事実を認定して、一審判決を破棄しながらも、K被告が犯人であることは

間違いないとして一審判決と同様に「無期懲役」の有罪実刑判決をしています。

 殺害時間については約13時間の幅が生じており、殺害場所も当初の茨城県常陸大宮市だけでなく、茨城県内どころか栃木県

内まで広げられた形の事実認定に変わっています。
(2) この点をわかりやすく説明するとすれば、控訴審判決は次のように言っている判決なのです。すなわち、刑事裁判では、本件

の場合、被害女児Aを「だれが、いつ、どこで、どのようにして」殺害したかという犯罪事実が認定される必要がある。第一審判決

はこの「誰が」という犯人性の部分は被告人が自白しているとおり正しく認定しているが、「いつ、どこで、どのようにして」という殺

害の日時、場所、態様については、被告人の自白を鵜呑みにしてこれを認定したために、本来なら「客観的に裏付ける証拠、そ

の信用性を支える事情の有無について検討すべき」ところを、それが不十分であり、犯人性の判断の中に埋没するようなことに

なって、結果的に殺害の日時、場所、態様に関して被告人が語った自白内容が客観的事実と矛盾することを見抜けなかったの

で、改めて、控訴審で客観的証拠の範囲内で殺害の日時、場所、態様に関して広い範囲での事実認定をして、有罪(無期懲役)

判決を維持したというわけです。
(3) このような控訴審の判断手法に対して、浜田教授は心理学的な視点から、また、自白調書を「証拠」として見るのではなく、取調

べの場における人間現象を記録した「データ」と見るという視点から、大きな疑問を呈しています。「裁判官たちは、無実の人が自

白に落ち、虚偽の自白を語っていく、語らざるを得なくなるその心理過程を正しく理解しているのだろうか。」という疑問です。

 そして、自白調書に犯行事実に関して客観的証拠と明らかに異なる虚偽の事実が入っている場合に、法律的には「真犯人が

『作出した虚構』」という方向へ評価されるのか、それとも無実の人が『作出せざるを得なかった虚構』(このことを浜田教授は「無

知の暴露」と呼ばれている)という方向へ評価されるのかの問題になります。
4、「殺害の日時、場所、態様」に関する自白と客観的証拠の不一致をどのように評価するかについて

(1)弁護人は「本件自白供述のうち殺害の日時、場所、態様等に関する部分が、遺体発見現場付近や遺体の客観的状況と矛

盾するのは、被告人が取調官の追及により実際には体験していないこと(知らないこと=無知)を誘導や想像で供述させら

れたからである。被告人が真犯人でないことを示している。」という評価をしています。

(2)これに対して、控訴審判決では「本件自白供述のうち、殺害犯人であることを自認する部分を超えて、本件殺人の一連の

経過や殺害の態様、場所、時間等に関する部分にまで信用性を認めた原判決の判断は是認することができない。」

 ただし、「本件自白供述における殺害の経緯及び態様は、通常想定されるものとはいえないし、遺体に認められる創傷か

らそのような犯行態様が推認されるものではなく、その他、本件の関係証拠の中にそのような経緯や殺害態様であったこと

を示すものがあるわけでもない。したがって、本件自白供述が取調官の誘導に基づくものとは考えられないし、そのような

状況をうかがわせる証拠もない。以上のとおり、被告人が供述しようとしても、犯行の体験がないために、具体的な供述が

できず、捜査官から与えられた情報に基づいて本件自白供述が構成されたというような状況は認められず、弁護人の所論

は、根拠を欠くものである。」とし、犯人性の認定には影響を与えないとした。他方、「状況証拠から認められる間接事実を

総合すれば、被告人が本件殺害犯人であることが合理的な疑いをさしはさむ余地なく認められる。」「原審判決は、(客観的

証拠との不一致の犯行日時・場所・態様等は)被告人の作出した虚構である可能性に思い至らなかった(にすぎない)」とし

ています。

(3)その点につき、浜田教授は、自白供述過程の心理学的視点から、無実の人は、取調官の誘導で事実を語るのではなく、自

分が犯行事実については「無知」であるからこそ、事実を想像して語るのであるということを指摘されています。

論考では「虚偽自白は、一般に取調官が把握した客観的事実から犯行筋書きを想定して、その想定に沿って無実の人を意

図的に誘導して出来上がるものだと考えられやすいが、実態はそういうものではない。むしろ、無実の人が自白に落ちてし

まった後は、自ら「犯人になり」「犯人を演ずる」形で、取調官の追及に沿いつつ、犯行の筋書きを自分から想像して語り出

していくほかない。」「そして、自白内容が後の捜査あるいは検証過程で客観的証拠と合致しないと判明したとき、それは無

実の人が想像で語ったためだという可能性が浮かび上がる。

 そのことを私は『無知の暴露』として犯行の非体験者の自白の証拠であると指摘してきている。」「無知の暴露は、被告人

のみの無知ではなく、被告人と取調官の両者の無知なのである。」と説明されています。
5、無実の人の犯人性の虚偽自白後の犯罪事実に関する自白供述過程について

犯罪事実は、犯人と被害者と神のみが知っている事実です。取調官も裁判官も証拠から犯人性を推認できるだけです。そこで、

真犯人以外の無実の人は本当は知らないのにどのような心理過程を経て自白調書ができ上がるのでしょうか。論考で説明され

ているその心理過程をまとめてみますと、
(1) 無実の人が取調べが苦しくなって「自分が犯人である」と自白した。
(2) 取調官は、犯人が「落ちた」ということで無実の人を犯人だと確信を強める。 そして、取調官は「犯行内容は犯人しか知ら

ないから、自白した者自身の口で語ってもらうしかない」と考える。
(3) 無実の人は、実際には犯行は体験していないのだから、取調官から質問されても「知らない」と答えるしかないが、犯人性を自

白した以上は、取調官は「分からない」では済ませないだろうと考えてしまう。そこで犯人になった場合を想像して考えていくこと

にする。
(4) 想像した話をしてみる。
(5) 取調官は客観的証拠に合致する話であれば調書へ記載する。合致しない話は再度質問を繰り返し、客観的証拠と反しない話

が出るまで取調べを続ける。取調官に客観的証拠が得られていない事実内容については、不自然なものでない限りそのまま無

実の者の供述が受け入れられていく。(無実の人と客観的証拠の無い取調官双方の「無知」)
(6) その繰り返しで、徐々におおよそ客観的証拠と矛盾しない自白調書全体が作られていく。
(7) 一旦、自白調書が出来上がった後に、事後の捜査や弁護人の反証によって、客観的事実と合致しない自白調書であることが判

明する(無知の暴露)場合が起こる。
(8)被疑者・被告人が全面自白した後に、真犯人がもはや嘘を言う理由もなく、記憶違いをする可能性もない部分について、客観的

証拠と決定的に食い違う自白が語られたとき、それは無実の人がその犯行を知らないこと(真犯人ではないこと)を示している。

とされています。このような「無実の人」が「真犯人を演じて」「犯罪事実を語る」という自白供述の心理過程は、裁判員の方々に

も基本的な知識として必要だろうと思います。
6、控訴審判決の手法への批判

栃木小1女児殺害事件控訴審判決は、「被告人の自白と客観的な事実との不一致が確認できた場合に、もっぱら有罪を前提

に、その不一致に関して真犯人である被告人の「作出した虚構」である可能性のみを考え、その不一致が「無実の人の虚偽自

白」であった可能性を検討すらしようとしていない」(浜田教授見解)と非難されているように、本来の刑事司法での「無罪推定の

原則」を理解しない不当な判決だと批判されてもやむを得ないものと思われます。





以 上

ゴミ袋のゴミの所有権は誰にあるの?

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



 「ゴミの所有権」って??
 そもそも、みんなが不用なものとして捨てる物、又は、ゴミ回収に出す物などに「所有権」という法律上の権利が問題になんかなるの?と思われるでしょうね。
 しかし、次のような法律相談を法律的にご回答する場合には、「ゴミの権利」「ゴミの所有権」から考えないと解決できないのです。
 〇(相談Ⅰ)市町村のゴミステーション(集積所)に廃棄排出されたゴミや、回収日に道路脇に出された資源ゴミが、廃品回収業者などに 勝手に持ち去られてしまいます。
勝手に持ち去る業者に刑事上の処罰を受けさせることはできないのでしょうか。
 ○(相談Ⅱ)市町村としては、ゴミステーションに出されたゴミ袋が廃棄区別をしていないものも多く、廃棄基準や選別基準に合っていないゴミは排出者に返還する対応をしたいが、市町村(担当職員・委託を受けた者)が排出者特定のためにゴミの中を勝手に調べてよいのでしょうか?
 ○(相談Ⅲ)市町村は警察が求めて来た1軒ごとに回収したゴミ袋を他のゴミ袋と混ざらないように回収して欲しいとの要請を受け、回収した特定の1軒のゴミ袋を警察が任意提出を求めてきたので提出したがそのゴミの付着物から刑事犯罪の犯人のDNAが検出された。警察へのゴミの任意提出及び領置は、本来、特定の1軒に存置する物(ゴミ)を捜索差押令状で取得すべきものであり、令状主義違反の手続きではないでしょうか? (参照条文:刑事訴訟法第221条:(領置)検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑 者その他の者が遺留した物又は所有者、所持者若しくは保管者が任意に提出した物は、これを領置することができる。)
(ご説明)
 この相談例を考える場合、冒頭に申しましたように、そもそもゴミステーションやゴミの回収場所に置かれたゴミについて、そのゴミの所有権は誰にあるのでしょうか、それとも捨てられた物「無主物」として、誰の所有権もないのでしょうか、ということを考える必要があります。
○≪回答≫
1、ゴミの所有権の帰属について―対外関係について
 物に対する所有権は、「所有権絶対の原則」から所有権放棄をすることもでき(無主物となる)、他に処分をする(所有権移転等)ことも所有者が自由にできるというのが原則です。しかし、ゴミについては、廃棄物の処理及び清掃に関する法律の第16条(投棄禁止)で「何人も、みだりに廃棄物を捨ててはならない。」との法律による制限規定があるので、勝手に所有権放棄(廃棄)はできないことになっています。
 そうなると、条例の定めるゴミ出し日に、ゴミステーション等に出された(ゴミ出し者の)ゴミ袋、及びその中のゴミの所有権は、「所有権放棄ではなく、所有権が移転する」という形で出されていること」になります。
 この点、判例上は、ゴミステーションに出されたゴミ袋から目ぼしいものを勝手に持ち去った行為が遺失物横領罪又は窃盗罪になるかどうか、又は条例の罰則適用は合法かという観点で、ゴミの所有権の帰属を判断した例があります。以下のとおり、対外的な第三者に対する関係では、所有権放棄ではなく、地方公共団体か、ゴミ排出者のどちらかに所有権はあるとの判例上の判断が出ています(下記(1)(2)(3)の判例)。
 なお、ゴミステーションではなく、公道上の集積場所に置かれたゴミについては、下記(4)の判例があり、判例上は遺留物とされています。また、ゴミステーションのゴミは一般的には「無主物(所有権放棄された物)」とは言えないとしても、住居者が廃棄したという意思を明確に有する場合には、民法上は「無主物」とせざるを得ないとした判例(平成19年12月13日東京高裁判決)もあります。
(1)平成19年12月13日東京高裁判決(世田谷区清掃・リサイクル条例違反事件)

区民が集積日に集積所へ排出した古紙や缶等の資源廃棄物については、区が回収することを前提に集積されるもので、区民

が集積所に排出したからといって所有の意思を放棄したものではなく、むしろほとんどの場合は、区によって回収されるまでは区

民によって所有・占有されており、区が回収することによってその所有権や占有権が区に移転、承継されるものと考えるのが相

当である。したがって、集積所の資源廃棄物は、一般的には無主物ではないというべきである。
(2)平成19年12月26日東京高裁判決(世田谷区清掃・リサイクル条例違反事件)
   区民は、行政回収のために区に引き渡す意図で集積所に古紙等を置き、区側は、程なくこれを必ず回収することになるのである

から、古紙等が集積所に置かれることによって、民法第239条第1項の無主物の状態が出現するということ自体が、甚だ疑問で

あり、むしろ、行政回収システムに基づき集積所に置かれた古紙等は、民法の解釈としても、その置かれた時点から区の所有に

属することになり、

同項の定める所有者のない動産には当たらないと解するのが相当である。
(3)平成20年1月10日東京高裁判決(世田谷区清掃・リサイクル条例違反事件)
   区民が、古紙等の資源を収集日に資源・ごみ集積所に排出するのは、これを再生利用の目的となる有価物のものとして、

区の収集、回収によるリサイクル事業に委ねるためである

から、区又はその委託を受けた収集運搬業者が資源・ごみ集積所からこれを収集してその占有下に収めるまでは、一般に、

区民は、なお継続してこれを所有占有している

ものとみるべきである。
(4)平成20年4月15日最高裁判決
   公道上の集積場所に置かれたゴミの領置について「ゴミ処分者は、その占有を放棄していたものであり、排出されたゴミが通常

収集されて他人にその内容が見られることはないという期待があるとしても、捜査の必要がある場合には、刑事訴訟法第221条

によるこれを遺留物として領置することができる。
2、ゴミの所有権の帰属について―内部関係について
  しかし、ゴミステーションのゴミの所有権が、回収する市町村か、ゴミ排出者のどちらかにあるかという内部関係での所有権の帰属を直接判断した判例は見当たりません。
 ゴミ廃棄は、法律的には、ゴミ排出者とゴミを回収する市町村との間にゴミ廃棄委託契約があると思われますので、暗黙に、「①ゴミ排出基準に合ったゴミについては、ゴミの所有権は回収する市町村に所有権及び処分権を移転させ市町村が廃棄する。②ゴミ排出基準に合わないゴミについては、市町村は引き取らずに所有権も移転させない。」という合意のある制度になっていると解釈することが可能だと思います。
 また、ゴミ廃棄委託契約においては、黙示の契約として、「廃棄排出基準に合うかどうかの審査のために、回収する市町村はゴミ排出者の所有権の下にある間でも、ゴミステーションの置かれたゴミの検査・調査ができる権限を与えられている」と言える(合理的解釈)と思われますが、明確な口頭合意があるわけでもないし、個々の住民との間で委託契約書を取り交わすことも不可能ですので、市町村は条例でその旨(ゴミ所有権の移転時期の定めと、ゴミ所有権が移転しない場合でも排出基準検査のための検査権を有するとの定め等)を規定することが望ましいと考えます。
 そうすれば、市町村及び市町村から管理委託された自治会役員等が、違法なゴミ排出者特定のためにゴミの中を勝手に調べても、原則として、プライバシーの侵害等にはならないということになります。(注意:違法なゴミ排出者の特定又は基準違反かの判断に必要な範囲での調査が許されるだけで、そのような調査に不必要なゴミの内容・不必要な個人情報にまで調査してしまうと、プライバシーの侵害となるので、その点は注意する必要があります。)
3、(相談Ⅰ)の回答
 条例の定めるゴミ出し日にゴミステーション等に出された(ゴミ排出者の)ゴミ袋の所有権は、所有権放棄ではなく、回収側の市町村かその回収業務担当 者へ所有権が移転する形で出されていることになります。
 この点、判例上も、ゴミステーションに出されたゴミ袋から目ぼしいものを勝手に持ち去った行為が、遺失物横領罪又は窃盗罪になるとしていますので、勝手にゴミを取っていく行為は刑事上の処罰を受ける可能性があります。また、条例に定められた「持ち去り行為禁止違反」として処罰される場合もあります。
4、(相談Ⅱ)の回答
 市町村(担当職員・委託を受けた者)が排出者特定のためにゴミの中を調べることは、原則として許されます。しかし、調べる範囲は違法なゴミ排出者の特定又は基準違反かの判断に必要な範囲に限定されますし、それらに不必要なプライバシ―を侵害するような内容の調査や方法を採ると違法な行為となる場合がありますので、その点を留意して下さい。
5、(相談Ⅲ)の回答
 この相談事例は、東京高裁平成29年8月3日刑事判決で問題となった事案です。問題点としては、①警察がゴミ収集での協力を依頼してきたのは、1軒毎回収方式でまだ犯人の屋敷の中のゴミ回収場所に置いてあるゴミ袋についてのことであったこと(この時点で警察が領置するには捜索差押令状が必要になると思われる。)、②市町村はゴミ収集目的で各軒の屋敷に立入りゴミ袋を回収ができる契約(合意)になっていたことに基づき、ゴミ袋を回収した時点でゴミ所有者は市町村になるので、その時点で市町村からの任意提出を受け領置させるのは、市町村に立入許容範囲外の立入をさせており、市町村の屋敷立入行為の違法性があり違法なゴミ回収になるのではないか、という点です。
 東京高裁判決では「本件ゴミ袋は、被告人宅敷地内の木箱の中に置かれていたものであって、その時点においては、被告人に物理的な管理支配関係としての占有が残っており、刑訴法第221条にいう遺留物には当たらないと解される(領置はできない)」「しかしながら、本件ゴミ袋は、被告人宅敷地内の木箱の中に置かれた時点で、市のごみ収集担当職員に対しゴミとしての収集が委ねられたものであり、同職員としても通常業務の一環として本件ゴミ袋を被告人宅敷地内から収集したものであって、遅くとも同職員において敷地内から搬出した時点で本件ゴミ袋について正当に物理的な管理支配としての占有を有するに至ったというべきである。
その上で、その後、運搬先で警察官に本件ゴミを任意提出したものにすぎず、本件は住居侵入及び強盗強姦という重大事件の捜査に必要なものであり、高度の捜査の必要性が認められる(領置は違法ではない)」としています。
しかしながら、個人的見解ですが、この判例の結果には違和感があります。
犯罪捜査であるとしても、一般人を基準としたプライバシーの権利を不当に侵害するものであってはなりません。相談Ⅱで述べましたように、ゴミ収集委託についての常識的な解釈としては、一般人がゴミ袋に入れたゴミを収集担当職員に引き渡すのは、最終的な焼却・廃棄まで内容物が何人の目にも触れないで処理されるという合理的な期待をしていると解することになるのではないかと思います。このプライバシーの保護の観点から言えば、本件事案のように、ゴミ収集職員は収集後に警察がゴミの内容を捜査するということを事前に知りながらゴミ収集をしているのだとしたら、仮に「物理的な管理支配としての占有」を取得したとしても、他人に内容捜査をさせてもいいという意味での収集委託は受けていないと解釈できますので、市町村及びその担当者においては、警察捜査機関からの任意提出の求めに応じる権限まで有しないのではないでしょうか。
その意味で、任意提出権限のない市町村担当職員からの任意提出に基づく領置は、法的根拠を欠く違法な手続きとなる可能性があるようにも考えられます。この点は、警察の捜査手続きの違法性に結果的に関与してしまう可能性があるという意味で、市町村のゴミ収集業務としては、プライバシーの保護という観点は留意しておくとよいでしょう。






以 上

ジョギングも気をつけて走りましょう!(犬にぶつかりそうになって転倒)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



 (問題)ある日の午前中、町内の公道を、Xはジョギングをしており、Yはミニチュアダックスフンド(犬)を散歩させていたところ、Yの飼い犬が他の犬に興奮して強く走り出してしまったためYは、リードから手を放してしまい、Yの飼い犬が勝手に前の通行人Aの後ろへ走り出してしまった。他方Xは、かまぼこ型に曲がっていた公道の反対側から時速約10km程度のスピードでジョギングしていたが、曲がり終わった地点で、通行人Aを急に発見する状態になって、Aとの距離約2m手前で衝突を避けるために右側にAを避けたところ、丁度その右側後方からYの犬が走ってきていたのでそれに驚き、その犬を更に避けようとして転倒してしまい、右手前腕の骨折、顔面挫創(入院9日・通院54日)のけがを負ってしまった。このけがについての法的責任(賠償責任)は誰が負うのでしょうか。
 逆に、この事案で、Xが対向歩行者のAにぶつかってしまい、Aが転倒してけがを負った場合は、誰がその責任を負うことになるでしょうか。
 
 (解説)健康志向の世の流れに沿って、日本のお家芸であったマラソン競技や駅伝競技がスポーツとして人気を得るばかりか、市民マラソンが隆盛となり、日常生活での趣味としてのマラソン、ジョギングが庶民の健康方法として定着しています。お正月も初走りということでジョギングを楽しんだ方も多いことでしょう。走ることに苦しみではなく、快感を覚えている人たちが多くなっているのでしょうね。ただし、公道をジョギングする場合には、自転車の速度に近い状態で走っているわけですから、通常の歩行とは異なり、その速度に伴う交通上の危険を内在していることを、ランナー(走者)の方々は認識しておく必要があります。本件は、その点を法律的に検討しようというものです。
1、賠償責任とは?
 賠償責任とは、民事上の責任であり、債務不履行(民法第415条)の場合の賠償責任と不法行為(民法第709条)の場合の賠償責任の二つがあります。本件では、けがをしたXと関係者のYやAとは契約関係はなく、債務不履行責任は問題になりませんので、不法行為責任としての賠償責任(民法第709条、民法第718条等)がAにあるのか、Yにあるのか、それともXの自己責任で終わってしまうのかが問題になります。(ちなみに、動物であるYの犬は「物」であり、権利主体又は責任主体となる「人」ではありませんので、犬自体に責任を負わせることはできません。犬の管理責任として飼い主のYが責任主体となるだけです。(民法第718条参照)賠償責任とは、民事上の責任であり、契約不履行(民法第415条)の場合の賠償責任と不法行為(民法第709条)の場合の賠償責任の二つがあります。本件では、けが怪我をしたXと関係者のYやAとは契約関係はなく、債務不履行責任は問題になりませんので、不法行為責任としての賠償責任(民法第709条、民法第719条等)がAにあるのか、Yにあるのか、それともXの事故責任で終わってしまうのかが問題になります。(ちなみに、動物であるYの犬は「物」であり、権利主体又は責任主体となる「人」ではありませんので、犬自体に責任を負わせることはできません。犬の管理責任として飼い主のYが責任主体となるだけです。(民法第718条参照)
2、不法行為責任の主体は?
 不法行為責任は、①損害を与えた人の行為に「故意又は過失」があること、②損害が生じたこと、③行為と損害発生との間に相当因果関係があることが必要とされています(民法第709条)
(1)本件では、②の損害(けが)がXに生じていますので、その原因と考えられる人の行為に「故意又は過失」があることが必要です。Xのけがの原因は誰の行為にあるでしょうか?
(2)故意とは、けがの発生を認識しながら、けがが生じても良いと認容したことです。過失はけがを予見しなければいけなかったのにそれを怠ってけがをさせた場合を言います。過失はそもそも予見できない場合には責任を認めることはできません。
 ア それでは、「Aさんが公道を歩いていたこと」が、故意又は過失になるでしょうか。
   Aさんの立場からは、公道を歩いていて、見えない曲面の先から結構早いスピードでジョギングをしてぶつかりそうになる人がい

   ることを予想できるでしょうか?あるいは予想しながら慎重に歩くことが求められるでしょうか?一般的には、故意又は過失は社

   会的に違法(法益侵害をする危険性のある行為)と思われる行為についての主観的要件として認められる場合が多いことからし

   ますと、そもそも公道を歩くことが違法又は危険な行為とは評価できないでしょうし、常に誰かが危険な行為をすることを予想し

   ながら歩かなければならないとすることは不可能を強いることになります。歩道を単に歩いているAさんには故意又は過失の責

   任を認めることはできません。
 イ それでは、Yさんはどうでしょうか?Yさんは、自分の飼っているミニチュアダックスフンド(犬)を散歩させていましたが、ここまで    

   は社会的に許される行為です。
   犬のリードから手を放してしまったという行為には、何か落ち度(過失)がありそうですが、その原因は、自分の飼い犬が他の犬

   を見て興奮して強く走り出したことが原因なのですが、そういう場合を想定して犬の急激な行動を制御するためのリードですか

   ら、強く走り出したことが原因なのですが、そういう場合を想定して犬の急激な行動を制御するためのリードですから、それを手

   放してしまったことは、犬が走り出して人に対して危険なことをする可能性を作り出してしまったことになり、管理ミス(管理過失)

   を認めざるを得ません(要件①)。
    しかし、その犬は、実際には、被害者のXに飛びかかったわけでもなく、咬んだわけでもなく、Xのけがとの間に相当因果関係

   はあるのでしょうか?(要件③)その検討が必要です。

 ウ 最後に被害者であるXの行為はどうでしょうか?ジョギングを公道で行なうことは社会的に許される行為でしょう。早いスピード

   でジョギングすることも本来は社会的にも許されている範囲でしょう。ただし、見通しの悪いかまぼこ型曲面の公道を走るという

   場合には、先方の見通しも悪く、対向歩行者の存在の可能性を予想することは必要でしょう。その意味では、公道上の対向者に

   ぶつからないように注意して走るという結果予見義務も回避義務もこのような場合には求められるだろうと思われます。Xは曲が

   り終わった時点ですでに対向歩行者のAとぶつかりそうになっていますので、その予見義務を怠ったと認められると考えます。そ

   れを避けるために右側に避けているのですが、その避けた先にYの飼い犬が足元近くまで走ってきていたので、それに驚いて転

   倒した。Xの転倒はXの不注意だけでなく、「Yの飼い犬が足元近くまで走ってきていた」ということも原因の一つになっている

   ようなので、Xの自己責任ということにもならなさそうです。
3、判例の見解(大阪地裁平成30年3月23日判決―判例時報2386-47)
 問題の事案について、大阪地裁判決は、「Yが特別な状況でもないにもかかわらず、突然、飼い犬が走り出したことにより手を放してしまい、飼い犬が単独で道路を進行したことにより、本件事故(Xのけが)が発生したものであって、事故の主たる原因は,Yが飼い犬を係留しない状態にしたことにある」として,Yの不法行為責任(民法第718条動物管理責任)及び相当因果関係を認めました。更に、被害者Xにおいても、「ジョギング中において前方確認や進行速度を適切に調整することにが不十分」であり、これが事故の発生に影響していることも否定できないので、一割の過失相殺を認めるとしています。
 この判決は、控訴されています。YはXの過失は3割を認めるべきであると主張していましたので、もう少しXの過失性が高いと判断される可能性が残っています。。

4、最後に、この事案で、Xが対向歩行者のAにぶつかってしまい、Aが転倒してけがを負った場合の責任問題についてはどうなるでしょうか。
 公道の利用方法としては、歩行者Aには何ら過失的要素はありませんし、逆に、結構速い速度で走って来ていたXには判例でも認められているように、「ジョギング中において前方確認や進行速度を適切に調整することにつき不十分である」という過失責任が認められ、その結果、歩行者Aがけが(損害)を負っていますので、相当因果関係も認められ、Xが不法行為としての損害賠償責任を負うことになります。
自分の健康管理のためであれ、ジョギングも人に迷惑をかけたりしないような配慮は必要です。ジョギングする人は、公道を利用する以上は車と同じような「前方確認や進行速度を適切に調整する義務」があることを十分に自覚されるほうがよろしいかと思います。気をつけて走りましょうね。






以 上

お正月と法律(その⑤)~天皇即位によるカレンダーと休日~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



あけましておめでとうございます。
新元号の年を迎えています。お正月になると、新しい年の「年神様」をお迎えし、全てが改まった新鮮な気分になります。その一つとして、暦やカレンダーが新しくなっていることに気を留めてみてはいかがでしょうか。

第一、今年のカレンダーの作製の苦労について
 今年(平成31年?)の新春のカレンダー作りは大変だったろうと思います。なぜなら、今上天皇(継宮明仁天皇・つぐのみやあきひと)陛下が退位されるので、元号の「平成」は30年で終わり、次の元号の発表に合わせて作製することが求められますし、新たな天皇(浩宮徳仁殿下・ひろのみやなるひと)の即位による国民の休日を定める予定があったからです。
1、新元号はいつから?
  一昨年(平成29年)退位期日の政令公布日の政府発表では、「天皇陛下の退位日を平成31年(2019年)4月30日とし、皇太子様は翌日5月1日に即位する」と決定されています。新元号は、今年(平成31年)5月1日から適用される予定です。
2、新元号の発表時期は?
 政府発表では、新元号の発表は、上記元号改元の1ケ月前の今年(平成31年)4月頃としてますが、平成31年2月24日に天皇陛下在位30年記念式典が実施される予定であり、それ以降の天皇陛下の公務に区切りがついた適切な時期に公表する方針であるとも言われています。
3、カレンダー製作時期と元号表示不能
 他方、新年のカレンダー作製は、前年の10月には始められますので、今年(2019年)のカレンダーは、その作製時期において「新元号」の表示はできないことになりましたし、元号を使うとしたら「平成31年」の表示、使わないとしたら西暦での表示のみがなされたカレンダーもあるようです。
4、休日の記載について
 問題は、新元号表示の問題だけではありません。天皇退位・天皇即位により、天皇誕生日等の「国民の休日」がどのように改正されるかの問題もありました。
 この点、昨年の内に安倍総理大臣が、「皇太子様が即位される2019年5月1日、即位を公に宣言する「即位礼正殿の儀」が行われる2019年10月22日を、1年限りの祝日とする検討を進めている。」と明らかにしましたが、天皇誕生日としての休日は、今年(2019年)は現行の12月23日の天皇誕生日には、今上天皇は天皇ではないので休日にならないでしょうし、新たな天皇(現皇太子)の誕生日の2月23日にはまだ天皇ではないので、2月23日を天皇誕生日にすることもできないという状況になりますので、今年(2019年)は「天皇誕生日」の休日はないということになります。
5、春の連休は10連休?
 ところで、今年(2019年)4月及び5月のゴールデンウィークは10連休になるという話はご存知だったでしょうか。そのことを「国民の祝日に関する法律」から説明しておきます。
 (1)第2条で「国民の祝日」として、4月29日(昭和の日)、5月3日(憲法記念日)、5月4日(みどりの日)、5月5日(こどもの日)が定めてあります。
 (2)第3条第2項で「「国民の祝日」が日曜日に当たるときは、その日後においてその日に最も近い「国民の祝日」でない日を休日とする。」第3条第3項で「その前日及び翌日が「国民の祝日」である日(「国民の祝日」でない日に限る )は、休日とする。」と定めています。
 (3)今年(2019年)は天皇の退位。新天皇の即位があるので、5月1日を1年限りの祝日とする法律(改正)がなされました。そこで今年のゴールデンウィークのカレンダーの一覧を作製してみますと、次のようになります。



 つまり、通常暦の5月1日の平日を「1年限りの休日」としたことにより、祝日で挟まれた平日の4月30日と5月2日が「休日」扱いになる(第3条第3項)ことから、10連休となるゴールデンウィークが生まれるわけです。

第二、正月休日で問題になる「期間の数え方」
 天皇の退位・即位と「休日」に関連して、特に正月休日で問題になる「期間の数え方」を話させていただきます。
 世の中の契約や約束などの法律行為では、「○○日までに支払います。」とか「一月後に支払います。」との期限(最終期日を定めた約束をする場合が多くあります。また法律の定め方でも、判決や行政処分などに対して「二週間(又は14日)以内に控訴申立てができる」「3ケ月以内に異議申立ができる。」等と定めている場合が多くあります。
1、この期間の数え方についても、民法という法律が次のとおり定めています。
 民法第138条(期間の計算の通則)
  期間の計算方法は、法令若しくは裁判上の命令に特別の定めがある場合又は法律行為に別段の定めがある場合を除き、この
  章の規定に従う。
  民法第139条(期間の起算)
  時間によって期間を定めたときは、その期間は、即時から起算する。
 民法第140条(暦法的計算による期間の起算日)
  日、週、月又は年によって期間を定めたときは、期間の初日は、算入しない。ただし、その期間が午前零時から始まるときは、こ
  の限りでない。
 民法第141条(期間の満了)
  前条の場合には、期間は、その末日の終了をもって満了する。
 民法第142条(期間の満了の特例)
  期間の末日が日曜日、国民の祝日に関する法律(昭和二十三年法律第百七十八号)に規定する休日その他の休日に当たるとき
  は、その日に取引をしない慣習がある場合に限り、期間は、その翌日に満了する。
 民法第143条(暦による期間の計算)

(1)週、月又は年によって期間を定めたときは、その期間は、暦に従って計算する。

(2)週、月又は年の初めから期間を起算しないときは、その期間は、最後の週、月又は年においてその起算日に応

当する日の前日に満了する。

ただし、月又は年によって期間を定めた場合において、最後の月に応当する日がないときは、その月の末日に満了

する。

2、休日と最終期限の確定
 例えば、平成30年12月15日(土)に敗訴判決書を郵便で受け取ったとして想定事例を考えてみます。民事裁判の判決に対しては、民事訴訟法の定めにより「判決を受領した日から2週間以内に控訴申立てができる」と定められていますので、2週間の最終期限日は、次のような計算をしていきます。
 (1)「判決を受領した日」は、平成30年12月15日(土)です。
 (2)それでは、「2週間」というのはどういう計算でするのでしょうか。
ⅰ>まず、民法第140条「日、週、月又は年によって期間を定めたときは、期間の初日は、算入しない。」(初日不算入の原則
  といいます)との定めがありますから、期間算定の初日は「12月16日(日)」になります。
ⅱ>次に、民法第143条1項で「暦に従って計算する」わけですが、これは、例えば、2ケ月という場合に、1ケ月31日の場合と
  1ケ月30日の場合と日数が異なることが考えられます。日数の多寡にかかわらず、月数で単純に計算するという意味で考え
  ていただければいいのですが、2週間の場合には、民法第143条第2項「週、月又は年の初めから期間を起算しないときは、
  その期間は、最後の週、月又は年においてその起算日に応当する日の前日に満了する。」ということで、暦を見てみれば、
  起算日の12月16日(日曜日)の二週間後の応当日は「平成30年12月30日(日曜日)」であり、「前日」は「平成30年12月29
  日(土曜日)」になります。
ⅲ>そうすると、本来は、判決不服申立てとしての控訴申立ては「「平成30年12月29日(土曜日)」の24時になる前(民法第141
  条の「末日の終了」)まで可能ということになります。
ⅳ>しかしながら、この場合、12月29日は年末休日ではないかという問題がありますので、最後に、民法第142条「期間の末
  日が日曜日、国民の祝日に関する法律(昭和二十三年法律第百七十八号)に規定する休日その他の休日に当たるとき
  は、その日に取引をしない慣習がある場合に限り、期間は、その翌日に満了する。」の定めがあり、この「平成30年12月29日(土
  曜日)」が、この「期間の末日が日曜日、国民の祝日に関する法律に規定する休日その他の休日に当たる」のではないかと
  いうことを検討することになります。
 国民の祝日に関する法律には「12月29日、30日、31日」の年末休日の定めはありませんが、行政機関の休日に関する法律第1条第1項3号により「12月29日、30日、31日、1月2日、3日」を行政機関の休日としていますので、民法第142条の「その翌日」というのは、休日が1月3日まで続きますので、「平成31年1月4日」となり、控訴はその日まで可能であるという算定になります。
(3)なお、今年(2019年)4月及び5月のゴールデンウィークは10連休になるということを述べましたが、その場合にも、仮に、最終期限日が2019年(平成31年又は○○元年)4月27日(土曜日)」である事案であった場合には、その最終期限は、それから10日後の「5月7日(火曜日)」まで伸びる結果になります。
 期間の進行も、期限の最後の日については、「人の休みのときは、期間の進行も休んでいる」ということです。





以 上

遺言書の訂正・変更・撤回

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




 私の叔母(夫死亡、子供はなく相続人は甥A・姪B・姪Cの三人だけ)の遺言書(叔母の自筆証書)が次のようになっていた場合、誰が財産を受け取ることができるでしょうか?
遺言書の内容は、最初は「私の全財産は、姪のCに全部贈与する。日付・自筆署名・押印」となっていました。
 ☆設例(1):遺言書の内容のうち、「姪のC」の部分が二本線が引かれて押印して消してあり、姪のBと横に書いてあって、遺言書の末尾に、「姪のCを姪のBに変更した。日付・自書署名・印」と書き加えられている場合。
 ☆設例(2):遺言書の内容のうち、「姪のC」の部分が二本線が引かれて消してあり(押印なし)、姪のBと横に書いてあったが、遺言書の末尾にも何も付記されていない場合。
 ☆設例(3):遺言書は1枚だけの用紙に書かれていたが、その一枚に赤色ボールペンで、左上から右下にかけて一本の線が引かれていて、末尾にも何も付記されていない場合。

<解 説>
高齢社会になると高齢者の多くが通帳に預金が残っていたり、つつましく老後を過ごされ蓄財された財産が残されていたりして、相続人間で遺産分割等の争いになる例も増えています。そのような争いを避けるために「遺言書」を作成されている高齢者の方々も多くなりつつありますが、遺言書自体が争われる場合もあり、人の紛争は絶えることがないのだろうかと考えたりします。そこで、今回は、その遺言書をめぐる解釈の争いの事案を説明していきます。
1、遺言書の訂正・変更については厳格な様式が定められています。
遺言書は、遺言者自らが自書する方法でも認められていて、自筆証書遺言又は自筆遺言書は、要式行為であり、民法第968条で、「1、自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。2、自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。」と定められています。
 そこでは、自筆遺言書についての加除訂正や変更方法も様式が定められていますので、その様式に従わない場合には、加除訂正や変更の効力が認められないことになります。
 本件の相続は、いわゆる第三順位相続(兄弟・甥姪相続で遺留分はない:民法第1028条)ですので、遺言書で相続人や第三者の一人に全部相続又は遺贈させる旨の遺言がなされると、その相続人等の一人だけが遺産全部を取得することができますので、遺言書の解釈は大きな意味を持つことになります。
 さて、本件の当初の遺言書では、相続人姪Cが遺産全部を取得する内容でしたが、その後、訂正されて、相続人姪Bが遺産全部を取得する内容になっています。
 設例(1)の場合には、書き間違いであれば訂正、相続人自体を変えたのであれば変更になりますが、いずれにしても、民法第968条第2項の遺言書の訂正・変更の様式にしたがった変更がなされていますので、「姪のC」から「姪のB」への有効な変更がなされたことになりますので、設例(1)の場合には、相続人姪のBが遺産の全部を取得することになります。
  これは、被相続人の叔母が、自分の意思で法律上の様式を守って変更したという結果の表れであり、その変更した理由がわからなくても、変更は有効となります。
 それに対して、設例(2)の場合には、遺言書変更の様式を守っていませんので、誰が二本線を引いたのか(最初は、相続人姪Bと相続人姪Cの二人とも書いてあって、後で誰かが姪Cのみ二本線で消したのではないかも含む)も分かりません。したがって、被相続人の叔母が自分の意思で消したとの判断もできないことから、二本線の訂正・変更は民法第968条第2項により無効となります。
 この場合、「姪のB」が最初から書いてあったのか、最初は書かれておらず二本線の抹消時に書かれたものかを確定する必要があります。この判断は、書かれた位置(横の位置か、縦の位置か)や字体や使用した筆記用具の違いの有無等で判断されることになりますが、通常の経験則としては、横にはみ出して書いてある場合には、後に書かれた変更分とされて、加筆部分の「姪のB」は無効となり、遺産の相続対象者にはならないだろうと思われます。したがって、設例(2)の場合には、相続人姪Cが遺産の全部を取得することになります。

2、遺言書の撤回(破棄)は、どういう場合まで含めることができるのでしょうか。
 設例(3)の場合は、民法第968条第2項の、一本の赤線で抹消され加筆部分がないまま全部の訂正又は変更という形で検討するのか、又は民法第1024条「遺言者が故意に遺言書を破棄したときは、その破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなす。遺言者が故意に遺贈の目的物を破棄したときも、同様とする。」との規定の「遺言書の破棄」として検討すべきかという問題になります。
 「訂正又は変更の問題」だとすれば、民法第968条第2項の様式に従っていないので、変更行為(一本の赤線で抹消行為)は無効となり、元の遺言内容(姪Cへの全部相続)が有効となり、他方「破棄の問題」だとすれば、元の遺言自体が撤回されて遺言がない状態となり、相続人甥A、姪B、姪Cが各自、法定相続分(各1/3)を相続する可能性が出てくるという違いが生じるのです。
(1)そもそも、民法第1024条の「遺言書の破棄」は書面の破棄と目的物の破棄という物理的破棄を想定しているかのような定めになっていることから、自筆証書遺言の全文に斜線を引く行為が「遺言書の破棄」に当たるかどうかが問題になります。
 学説上は、破り捨てるか燃やすなどの有形的破棄のみならず、遺言書自体は形として残っていても遺言書の内容を抹消して内容を識別できない程度にすることも含まれるとする通説と、同様に有形的破棄に限定しないが、元の文書が判読できる状態であっても、全体が塗抹されたり斜線で消されたりした遺言書はそれが遺言者のせいでなされた以上は加除変更の方式や撤回の方式に即していない場合でも破棄されたと認める少数説があります。

(2)判例
 ア、実際の裁判例では、最高裁平成27年11月20日(民集69-7-2021)は、少数説の立場での判断をしています。
事案は、医師である被相続人(遺言者)が医師しか開閉できない麻薬保管庫に遺言書を保管しており、他の誰にも遺言書の出し入れはできない状態だったという事案で「本件のように赤色のボールペンで遺言書の文面全体に斜線を引く行為は、その行為の有する一般的な意味に照らして、その遺言書の全体を不要のものとし、そこに記載された遺言の全ての効力を失わせる意思の表れとみるのが相当であるから、その行為の効力について一部抹消の場合と同様に判断することはできない。」としています。
 イ、しかしながら、上記最高裁判決事案の第一審、第二審判決(広島高裁判決平成26年4月25日金融判例1485号12頁)は、通説の立場を採用して「民法第968条第2項は、遺言の効力を維持することを前提に遺言書の一部を変更する場合を想定した規定であるから、遺言書の一部を抹消した後にもまだ元の文字が判読できる状態であれば、民法第968条第2項所定の方式を具備していない限り、末梢の効力を否定することとなり、本件遺言書は斜線が引かれた後も判読可能な状態であるから、民法第1024条前段の「故意に遺言書を破棄したとき」には該当しない。」としていました。
 ウ、このような判例の事案(単に自筆証書遺言に斜線が書かれているだけの事案)では、その斜線を誰が入れたかの確定が非常に困難な場合もあります。第三者でも入れられる可能性がある場合には、被相続人(遺言者)の意思は、元の文字には署名押印もあるので表れているが、斜線には表れていない可能性もあるので、元の文字の遺言書を有効にする解釈(下級審判例・通説)が妥当となることもあってよいと思います。本件事案は、その点、「遺言者(医師)しか開閉できない麻薬保管庫に遺言書を保管しており、他の誰にも遺言書の出し入れはできない状態だった」ことから、遺言者自身が斜線を入れたことは確定できる事案であったからこそ、遺言者の意思が「破棄」の意思だったと解釈できる事案だったという例外的な判例として位置づける方が妥当だろうと思います。





以 上

マンション管理組合の役員の選出と解任~~~マンションの管理組合理事長は大変なんだ(内部紛争)~~~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




 マンションを購入して生活している方も多いと思います。マンション生活では、マンション全体を管理する管理組合の理事の順番が回ってきたり、近所付き合いのトラブルから理事長・理事の内部紛争に発展してしまう場合もあるようです。誰も大変な管理組合理事長にはなりたくないのでしょうが、気に入らない人が理事長になっているので、自分が理事長になるという憤りで、理事長になる人もおられるでしょう。
 今回は、そのようなマンション内紛の問題を考えてみましょう。
1、SRマンションでは、毎年1回通常総会を開催し、理事及び監事を選任し、 理事長及び副理事長を理事の互選で決めています。理事の任期は1年です。平成27年度から連続して、X氏が理事長になっていました。しかし、平成30年度の理事長就任後、X氏の運営方法に疑問を呈する住民や理事グループが運営正常化を図るために、平成30年度の任期途中で理事会を開催し、マンション管理規約(以下、「管理規約」という。)第40条第3項の「理事長及び副理事長は理事の互選により選出する」との規定に基づき、「X氏の役職を理事長から理事に変更する」と共に、理事の一人であった「A氏を理事長に選出する」議案を理事会の過半数の賛成により決議しました。
 その後、SRマンションの管理組合の理事会は新理事長A氏の招集で開かれ、管理組合の業務も新理事長A氏の下で行われるようになりました。
 しかしながら、旧理事長のX氏は、管理規約第53条第13号「役員の選任及び解任については、総会の決議を経なければならない。」と定めてあり、理事会で理事長(建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)の「管理者」)の解任ができる旨の規定はないので、理事会で新理事長を選任したとしても、X氏の理事長職は解任されたことにはならない、と主張して、A氏理事長選任決議無効とX氏の理事長の地位にあることの確認を求める民事裁判を起こしてきました。
 なお、マンション管理を定める区分所有法第25条第1項では「区分所有者は、規約に別段の定めがない限り集会の決議によって、管理者を選任し、又は解任することができる。」と規定しており、管理規約第43条第2項には「理事長は、区分所有法に定める管理者とする。」との定めもありました。
 この場合の民事裁判の行方はどうなったでしょうか?
2、問題点の分析
 (1)まず、明確にしておく必要があるのは、理事会では新理事長A氏の選任決議だけをしており、X氏の職を理事長から理事に変更する決議はあったものの、X氏の解任決議そのものはしていません。X氏の旧理事長任期途中に、新しいA理事長を選任し理事長を変更する決議をすれば、それは当然、旧理事長X氏の理事長解任決議も含まれることになるのかの検討が必要になります。
 (2)次に、理事会での理事長解任権限の規定がないことが問題です。その場合には、他の規定での解任方法を検討する必要がありますが、本件の場合には、次の三つの解任に関する規定が考えられますので、その規定の適用の有無と優先関係が問題となります。 
①本マンション管理規約第53条第13号「役員の選任及び解任については総会の決議を経なければならない。」
②区分所有法第25条第1項では「区分所有者は、規約に別段の定めがない限り集会の決議によって、管理者を選任し、又は解任することができる。」
③民法第651条「第1項、委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。
第2項、当事者の一方が相手方に不利な時期に委任の解除をしたときは、その当事者の一方は、相手方の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。」
法原則としての「特別法は一般法に優先する。」という原則がありますので、民法は一般法であり、区分所有法第25条の規定が民法第651条の特別規定だと理解すれば、民法第651条の委任の自由解約条文は排除され、区分所有法第25条により、規約で定めれば、規約の定める解任理由のみで解任でき、規約で定めていなければ、集会の決議で自由に解任できることになります。このような立場を、仮に「法形式説」と呼びましょうかね。
 他方、区分所有法で、区分所有者は集会の決議で自主的に管理者の選任及び解任する権限を有し、そのための自主的規範である規約を定めることができるという法の趣旨は、規約で「管理者」である理事長の選任について「理事の互選による」との規約の趣旨は、役員関係の確定手続きを理事の判断に委ねることができるという趣旨であり、理事長の選任規約には、それに相反する解任等の権限も含まれている趣旨になるという解釈の立場もあります。これを「意思解釈説」と呼びましょうか。
3、判例の解説
 本件事案の判例は次のとおり、一審及び二審は、法形式説の立場で、A新理事長の選任(理事長変更)決議は無効(旧理事長X勝訴)としましたが、上告審の最高裁判決は、意思解釈説の立場で、A新理事長選任決議はX理事長解任決議の趣旨も含まれた有効な決議である(旧理事長X敗訴)と判断しました。
①第一審:福岡地裁久留米支部平成28年3月29日判決
X氏は、新理事長Aが選任された理事会の時点では、理事長の任期中であったところ、マンションの理事長は、区分所有法に定める管理者であり(管理規約第43条第2項)、区分所有法に定める管理者の解任は、規約に別段の定めがない限り集会の決議によるべきものである(区分所有法第25条第1項)から、X氏が理事長を辞任する意向を示している場合は格別、そうでない限り、当該理事会の時点でX氏の理事長の地位を喪失させるには、規約に明確な根拠があることを要すると解されるが、管理規約第40条第1項には、理事長の選任の規定はあるが、解任についての規定ではないこと、他方、役員の解任は総会の議決事項とされており、理事会の議決事項には役員の解任については定めていないこと等に照らすと、任期中の理事長について、その意に反して理事の互選により理事長の地位を失わせることは許されない。」「区分所有法第25条は区分所有法の管理者である理事長については、民法第651条第1項の適用を否定する趣旨の規定と解すべきであるから、任期途中の自由解除は許されない。」
②第二審:福岡高裁平成28年10月4日判決
「当該マンションの役員の選任及び解任については、当該マンションの管理規約にしたがって行われるべきであり、管理規約の解釈にあたっては、各規定相互の整合性等を総合考慮して行うべきであることから、当該マンション規約の定めに照らせば、役員の選任と解任とは明確に区別されていることは明らかであり、管理規約上、一旦選任された役員を理事会決議で解任することは予定されていない。したがって、X氏の役職を理事長から単なる理事に変更することを内容とする理事会決議は無効であり、これと一体としてなされたA氏を新理事長に選任する旨の決議も無効と解するのが相当である。」
③上告審:最高裁平成29年12月18日(原審判決破棄差戻)
「区分所有法は、集会の決議以外の方法による管理者の解任を認めるか否か及びその方法については区分所有者の意思に基づく自治的規範である規約に委ねているものと解されるのであり、本件マンション管理規約は、理事長を区分所有法に定める管理者とし(第43条第2項)、役員である理事に理事長等を含むものとして、役員の選任及び解任について総会の決議を経なければならない(第53条第13号)とする一方で、理事は組合員のうちから総会で選任し(第40条第2項)、その互選により理事長を選任する(同条第3項)としていることは、理事長を理事や就任する役職の一つと位置付けた上、総会で選任された理事に対して原則としてその互選により理事長の職に就くものを定めることを委ねるものと解されるから、このような定めは、理事の互選により選任された理事長につき、管理規約第40条第3項に基づいて、理事の過半数の一致により理事長の職を解くことができると解する。」
「このような本件理事長の変更決議(X氏の職を理事長から理事に変更し、A氏を理事長に選出する決議)の内容が管理規約に違反するとは言えない。」として、破棄差戻とした。
4、今後の対応
 本件管理規約は、国土交通省作成の標準管理規約に準拠した内容のもので、理事会で理事長の選出をする規定は明確化されているものの、理事会で理事長を解任できるという趣旨の規定は明らかにされていない形式になっているようです。しかし、選出権限がある以上は、その逆の解任も当然含まれているという理解で、理事会の決議で理事長の解任をすることはできるという方向で多くの実例運用がなされていたのでないかということも主張されたようですが、規約上、明らかに定められていない場合には、このような争いが生じる危険性はありますので、「理事長及び副理事長は理事の互選により選出する。」との規定を「理事長及び副理事長は理事の互選により選出し、理事会の議決で解任又は変更することができる。」という内容の規定に修正しておく必要があるだろうと思います。




以 上

スポーツ界における「力の支配」と「法の支配」~スポーツ団体の不当支配に関する報道を見て~~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




1、法の支配とは、力の支配とは。
 「法の支配」(英語: rule of law)とは、専断的な国家権力の支配を排し、権力を法で拘束するという英米法系の基本的原理で、専断的な国家権力の支配、すなわち人の支配(力の支配)を排し、全ての統治権力を法で拘束することによって、国民・人民の権利ないし自由を保障することを目的とする立憲主義に基づく原理であり、自由主義、民主主義の背景にある考え方です。
 法の支配は、分かりやすく言えば、権力を持つ者の支配(「人の支配」又は「力の支配」という。)とは異なり、当事者の紛争解決においては、双方が対等に主張し平等な手続きにおいて解決がなされることを本質としており、「人の支配」のように力のある者が独断的に解決していくことを排除する考え方をいいます。

2、スポーツ団体の不祥事報道と問題点(部分社会の法理・団体自治)
 今、我が国のスポーツ界では、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催を控えて、各スポーツ団体(日本大学アメフト部、日本ボクシング協会、日本体操協会等)での理事長専権支配への非難や内部告発ニュースが連日取り上げられるというスキャンダルな状態が続いています。このような問題が発生する遠因としては、次の二つの側面が考えられます。
 ひとつは、ガバナンス(統治・支配性)という観点から、スポーツの世界を眺めてみますと、我が国では、先輩・後輩の年長重視の精神風土(儒教精神)を基本とした、監督・コーチによる指導と支配性の強い縦社会の世界(強い者の支配)になっており、選手側から競技団体の規則や決定に対して、対等に争う姿勢を表明すること自体、困難であり、そのような状態が長く続いて競技力を向上させてきたことから、協議団体及びその役員による独善的なガバナンス(統治・統制)が助長されてきたと思われます。
 もうひとつは、法律理論という側面からスポーツ界のおきて・ルールの位置づけを考えてみますと、スポーツ団体は、憲法第21条の結社の自由の保障に基づき、団体の内部問題については団体自治が認められており、団体内の規約やルールを定めれば、その自主性は尊重され、外部の一般的な法律の規制は適用しないという「部分社会の法理」の中にあります。
 「部分社会」とは、日本国家を全体社会とした場合、日本国家の中には、更に小さな社会として、家族、親族、都道府県市町村のような地方公共団体、NPO法人、各種の会社(株式会社、有限会社など)、協同組合、法人ではない各種の団体(例:政党、学会、宗教団体、職業組合、労働組合など)であります。それらの社会では、組織内の法(「家族のルール」、「社内規則」や、「定款」など)という各々に固有の法の支配の下にあると考えることができます。「部分社会の法理」とは、全体社会としての日本国家の定める法律だけではなく、団体が自主的に定めた規則やルールにしたがった法の支配がなされるという考え方をいいます。この点で、団体のルール作りが独善的に運用されれば 不当な支配づくりが可能ということになります。

3、「法の支配」と団体の社会的責任
  (1)自主的団体の不正・不祥事に関しては、自主的内部規律によるルールを尊重するとしても、立憲主義・人権保障を侵害するような問題の場合には、国家の定めた法で判断して、国家が介入するという方法が残されています。しかし、このような対応を強めると、各団体の団体自治権を国家が侵害することにもなり、団体内の不正支配問題に対して、スポーツ庁が指導・監督にとどめているのもそのような観点があるからだろうと思います。
  (2)もうひとつの解決策は、団体自治の権利が保障される以上は、その団体自体が選手・構成員の基本的人権を保障する体質に変わることであり、そのために法の支配が要求する対等な主張と、開かれた平等の手続制度(不服申立窓口)を整備する方法があります。
 実は、スポーツと法の問題は、我が国だけの問題ではなく、国際的な対応を求められる問題でもあります。それはIOC(国際オリンピック委員会)やFIFA(国際サッカー連盟)のような大規模国際スポーツイベントを開催する団体が作る規則(ルールや制裁規定等)は、世界各国のスポーツ界の参加資格の有無まで決定づける国際法、又は、世界法としての意味をもっており、そのようなIOCやFIFAが、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」(2011国連発表)にのっとり、スポーツイベントを開催する旨を表明していること(法学セミナー764号―21頁山崎卓也弁護士論文参照)からも明らかであり、「人権ポリシー」が要求されているのです。
 ①そこでは、かかる世界の人権保障の流れに応じて、団体自身の人権保障の面からの規則の整備と侵害の際の救済手続きが規則の中に盛り込まれる必要があります。そこには、規則を定める団体役員や団体構成員自身が「人権感覚」を養う必要がありますし、団体の長となる理事長や会長には、人権感覚を持っている人物が就任されることも大切ではないかと思います。人権感覚の乏しい、いわゆる「強いやり手」だけがトップを極めるという「力の支配」の時代は終わっているのです。
 ②次に、国際競技団体は、本来、統治機構である国家の場合には、行政・立法・司法の三権分立主義がとられ、一機関や一役員が絶対的な権力を持つ構造を回避していますが、スポーツ団体(国際競技団体等)においては、司法の役割(執行部役員の濫用チェック)を団体内部の紛争解決機関(国際スポーツ裁判所等)で行っているに過ぎないので、最近、我が国で多用されているような枠外の紛争解決機関としての第三者委員会等の部外機関を作って、独立的に苦情受付窓口や紛争解決の決定等を行わせる工夫があって良いように思います。
 スポーツの価値は、思想や考え方が違っている同士でも、スポーツルールで定められた手技・手法にしたがって、フェアプレイの精神と「One for all, All for one」の言葉に示されるようなチームワークの協調性によって、その違いを乗り越えて全ての人々をひとつにできるというところに本質的な価値があるとされているのですから、仮に違いに関して紛争が生じる場合には、誰にでも平等に適用される「法の支配」にしたがって解決されるべきなのです。
 





以 上

医師以外ができない「医行為」とは?~「入れ墨彫り師」の仕事は許されるのか? ~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




1、医師以外の「医業」「医行為」の禁止
 人の体に物理的な力を加えて変容させるものとして、医者による治療行為としての 体の切断、切開、穿刺等の行為や美理容行為として髪の切除・加工や美容の脱毛処理などの行為がありますが、どのような行為に資格が必要で、どのような行為であれば資格なしで行なえるのかについての基準については、なかなか分かりづらいものがあります。
 医師法第17条では「医師でなければ、医業をなしてはならない。」と定められ、同法第31条第1項第1号で次の各号のいずれかに該当する者(第17条の規定に違反した者)は、三年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」と定められています。
 そこで、「医業」とは何か。
医業とは、「医行為」を反復継続する意思をもって行うこととされ、その「医行為」とは、「医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」とされています。
2、医療行為(医行為)と医療類似行為について
 (1)平成20年(2008年)9月10日東京地方裁判所判決では、「資格法が存在する「あん摩」「マッサージ」「指圧」「はり」「きゅう」「柔道整復」については、医行為ではなく、医業類似行為である。その、上訴審である平成21年(2009年)4月15日の東京高等裁判所判決は「柔道整復の施術は、一般的に医行為と比べて危険度の低い行為であるし、医師ではなく柔道整復師が施術をすることから、その業務の範囲や施術法について制限がある(柔道整復師は外科手術、薬品の投与等ができないし、医師の同意がなければ原則として脱臼又は骨折の患部に施術をすることができない(柔道整復師法第16条、第17条)。)のであるから、一般的に柔道整復師が医行為に当たるということはできない。」として、業として許される医療類似行為を認めています。
 (2)他方、平成13年11月8日付け厚生労働省医政局医事課長通達(医政医発第105号)では、
①レーザー光線又はその他の強力なエネルギーを有する光線を毛根部分に照射し、毛乳頭、皮脂腺開口部等を破壊する行為(いわゆるレーザー脱毛)
② 針先に色素を付けながら、皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為(入れ墨)
③酸等の化学薬品を皮膚に塗布して、しわ、しみ等に対して表皮剥離を行う行為(若返り皮膚再生・ケミカルピーリング)は、「医行為」であり、医師免許を有しない者が業として行えば医師法第17条に違反する、とされています。また、ピアス装飾品を身に着けるための身体の部分を貫通する穴をあけることも「医行為」になります(但し、自分であけることは自傷行為ですので刑法等には触れません。)
3、単発の医行為は許されるのか?
 (1)医師以外の者に禁止されている「医業」は、「医行為」を業として行うことと解されています。すなわち、医療行為は「業として」行わなければ、これを全面的に禁止する法令はないので、医師以外の無資格者による「医行為」は禁止されていないかのように思われます。
 (2)しかしながら、そもそも、医療行為・医行為においては、体にメスを入れたり、注射針や点滴針を刺入したり、エックス線を照射したりするように、他者の身体を傷つけたり体内に接触したりするような医療侵襲行為であることから、例外的に犯罪(傷害罪)の違法性要件が阻却されるということになっているので、正当な医療行為とされる要件(①治療を目的としていること②承認された方法で行われていること③患者本人の承諾があること)を満たす違法性阻却事由が認められることが必要になります。
したがって、医師以外の無資格者であっても、医療行為の違法性阻却要件である①治療を目的としていること②承認された方法で行われていること③患者本人の承諾があることの条件を満たすなどの上で正当性があれば、初めて単発の「医行為」ができることになります。心肺蘇生法や自動体外式除細動器の使用などの応急処置を行うことができるのは、業として行うのではないと共に、違法性阻却事由としての承認された医療方法で行なわれ、医療を目的とした行為であることから、禁止されていることにはならないというわけです。
 しかし、単に、業としなければ医師以外の者による「医行為」が許されるということにはなりません。違法性阻却事由としての承認された医療方法で行なわれなければならないわけで、社会的・医学的に認められない方法での身体侵襲行為は、本人の承諾があったとしても、刑法上の傷害罪として処罰されることになります。
4、「入れ墨彫り師」の仕事は許されるのか?
 ところで、任侠映画や刑事ドラマなどで、腕や背中に入れ墨を入れている人物が描かれたりしていますが、入れ墨を入れる「彫り師」は仕事として許されるのでしょうか?
 (1)上述のとおり、平成13年11月8日付け厚生労働省医政局医事課長通達(医政医発第105号)では「② 針先に色素を付けながら、皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為(入れ墨)」は「医行為」であり、医師免許を有しない者が業として行えば医師法第17条に違反するとしています。
 (2)そして、裁判上でも問題になりました。大阪地方裁判所平成29年9月27日判決は、彫り師である被告人が、平成26年頃から、タトゥーショップで3人の客に対して「入れ墨」を施術したことによる医師法違反刑事裁判で、「医師以外の医業を禁止する医師法第17条は憲法第13条の個人としての尊重、第21条第1項の表現の自由、第22条第1項の職業選択の自由等には違反しない」とした上で、「入れ墨を入れる行為は、被施術者に様々な皮膚障害等を引き起こす保健衛生上の危害を生ずるおそれのある行為であり、医学的知識と技能をもつ医師のみが行う必要のある医行為にあたり、複数反復したことによる業として行ったとして、医師法第17条違反で罰金15万円(求刑・罰金30万円)としました。
5、注意点
 最後に、このような彫り師による入れ墨ではなく、美容のひとつとしてのアートメイク方法の「色素吸入による眉やアイライン等を消えなくするメイク方法」は、まさに、平成13年11月8日付け厚生労働省医政局医事課長通達(医政医発第105号)では「② 針先に色素を付けながら、皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為(入れ墨)」に該当するので、医師が行うものであり、医師資格のない美容師等では行えないとされることになります。
 また、業とせず、個人的に頼まれて(その人の同意を得て)、単発で他人に入れ墨を施術した場合でも、前述したとおり、①治療を目的としていること、②承認された方法で行われていること、③患者本人の承諾があることの条件を満たすなどの上で正当性が認められないので、医師法違反にならなくとも、刑法上の犯罪となり傷害罪に問われることになります。





以 上

(夏休み特集)夏休み中の犯罪の危険~ 振り込め詐欺を無罪にするな!~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫





  子供たちにとっては、キラキラした夏休み。学校以外の場所で友人たちと様々な体験ができる良い機会ではあるものの、学校や勉強から解放されて、日常とは異なるアルバイトや遊びが中心になり、深夜出歩いたり、お酒やたばこに手を出したり、様々な不良行為の誘惑を受けたりする時期でもあります。
 最近では、中学生・高校生のほとんどが自分のスマートフォンや携帯電話を持つようになって、手軽にインターネットにアクセスできる中で、情報規制のないインターネット上の有害情報や危険なサイトに触れたことをきっかけとして、非行に走ったり、逆に犯罪被害に遭ったりするケースも起きています。振り込め詐欺などの「特殊詐欺」においては、インターネット情報や、友人の友人というような見知らぬ人物の情報を過信して、被害者から現金を受け取る役割の「受け子」となり、中学生や高校生を含む少年が加担し検挙される事件が起きています。遊ぶ金欲しさに安易な考えから知らないままに犯罪に加担してしまう危険は、今年の夏にも潜んでいます。そこで、今回は、特殊詐欺の「受け子」アルバイトなどの安易な犯罪加担に巻き込まれないように、振り込め詐欺などの特殊詐欺についてお話しましょう。
1、「オレオレ詐欺」「振り込め詐欺」「架空請求詐欺」「還付金詐欺」と色々な呼び名がありますが、今は統一して「特殊詐欺」(不特定の方に対して対面することなく、電話、FAX、メールを使って、預貯金口座への振込みや、その他の方法により、現金等をだまし取る詐欺のこと)として呼ばれています。  
2、この詐欺犯罪は、「預貯金口座への振込みや、その他の方法により、現金等をだまし取る」方法であることから、銀行等の預貯金口座取扱窓口等の職員が不審な現金引き出しや、送金に対して高齢者に声かけをして防いでもらうことも奨励され、新聞、テレビ報道で金融機関職員の方々が、警察から感謝状を贈呈されたりしているニュースを見かけます。
3、警察は、対面しないで詐欺を働く「見えない詐欺集団」を追いかけ続けています。 一般的には、仕組んでいる張本人である「社長」、だましの電話等を掛ける「掛け子」、お金を受け取りに行く「受け子」の3者で構成され、3者は同一集団と見なされがちなのですが、実際は、完全に独立した存在で、お互いに顔も知らなければ、名前も素性も知らず、やり取りは全て携帯電話を通じて行い、完全分業制で顔を合わせることは皆無であるというシステムで行われている場合が多いようです。1か所に集まって一緒に犯罪を共謀しているわけでもなく、知らない者同士でそれぞれの犯罪役割部分を分担しているので、警察が一人を逮捕しても、それ以外の者たちを次々に逮捕することができなくなっており、「詐欺集団」を一網打尽にすることはなかなか難しいようです。
  そういう中で、警察の特殊詐欺集団の壊滅作戦のひとつとして、「だまされたふり作戦」という手法があります。例えば次のような事例です。
(具体的事案)「社長」役A(以下「社長A」という。)は、被害者甲に宝くじが必ず当選する「特別抽選枠」に選ばれて当選金を受け取れるとの連絡を入れ、その後、社長Aと共謀した「掛け子」役B(以下「掛け子B」という。)が、被害者甲に「特別抽選枠獲得の連絡をされていないので、特別抽選はなくなり、違約金として188万円を支払ってもらう必要があります。当社の弁護士を入れて示談しますので半額の94万円を用意できますか。」などと嘘を言って、被害者甲を誤信させて、某所の空き部屋に現金94万円を配送させて、「受け子」役C(以下「受け子C」という。)がそれを受け取る方法で現金をだまし取ろうとしました。しかし、被害者甲が警察に相談したところ,警察が嘘を見破り、警察の指導で被害者甲は「現金が入っていない箱」を宅配で発送し(ここが「だまされたふり作戦」)、受け子Cがこの箱を某所で受け取った時点で、張り込んでいた警察捜査官が受け子Cを逮捕して、「詐欺未遂罪」で刑事起訴しました。
4、詐欺未遂罪の刑法上の条文をみてみます。
刑法246条「1、人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。2、前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。」
刑法250条「この章の罪の未遂は、罰する。」と定められています。
 上記事案の受け子Cの罪は「詐欺未遂罪」(人を欺いて財物を交付させようとしたが、相手方から財物を交付させることができなかった(又は財物を交付させるまでに至らなかった)で刑事起訴されたのですが、特殊詐欺の場合には、「人をだます行為をする」人物と「人から財物交付を受ける」人物とが異なる点に特徴があります。そして、受け子Cは、仕組んでいる張本人である社長Aや、だましの電話等を掛ける、掛け子Bからは、被害者甲をだましているという事実は何ら告げられずに、「某場所に届いた宅配便を受け取って渡して欲しい。アルバイト料は払う。」と説明を受けて、宅配便を受け取る行為をしただけであり、詐欺罪の成立要件である「だます行為(欺罔ぎもう行為)」に関与しているわけでもなく、「だます行為」を社長A又は掛け子Bがしているという認識すらないという立場にあること、また、「だまされたふり作戦」の場合には、受け取る宅配便には、お金は全く入っていないことから、被害者の財物交付がなされていないことから、犯罪結果(現金の詐取)が生じる具体的な危険性もないのではないか?事情を全く知らない受け子Cには、詐欺未遂罪(共同正犯)は問えず無罪なのではないか?という疑問が生じます。
5、判例上の争い。
 (1)第1審裁判所の福岡地裁平成28年9月12日判決は、受け子Cを無罪としました。
その理由は「本件荷物は被害者甲が“だまされたふり作戦”として発送したものであるから、その受取行為自体が、欺罔ぎもう行為とは関係がなく詐欺の実行行為には該当せず、被告人受け子Cが、詐欺の結果発生の危険性に寄与したとは言えない。」という理由でした。
 (2)しかし、その上訴審である福岡高裁平成29年5月31日判決と、最高裁平成29年12月11日判決は、受け子Cを詐欺未遂罪の順次共同正犯として有罪としました。
その理由を、高裁判決では、①先行する詐欺の欺罔ぎもう行為に関与していなくても受領行為のみに関与した者にも詐欺罪の共同正犯が成立する(順次共謀肯定説、承継的共同正犯肯定説)。②だまされたふり作戦が実行された場合でも、受領行為(お金の入っていない箱の受領)には詐欺既遂に至る危険性が認められるので、詐欺未遂罪の共同正犯が成立する(不能犯論での具体的危険説の採用)の二つの理論が採用されましたが、最高裁判例では、①のみであり、②の理論の検討はしていません。
最高裁は次のとおりの判断をしています。「被告人受け子Cは、本件詐欺につき、共犯者(社長A、掛け子B)による本件、欺罔ぎもう 行為がなされた後、だまされたふり作戦が開始されたことを認識せずに、共犯者らと共謀の上、本件詐欺を完遂する上で、本件、欺罔ぎもう行為と一体のものとして予定されていた本件受領行為に関与している。そうすると、だまされたふり作戦の開始いかんにかかわらず、被告人受け子Cは、その加功(関与)前の欺罔ぎもう行為を含めた本件詐欺につき、詐欺未遂罪の共同正犯としての責任を負うと解するのが相当である。」
 警察が編み出し、被害者と協力した“だまされたふり作戦”が特殊詐欺集団を一網打尽にする突破口になるという妙案でありながら、判例上は、逆に、受け子Cを無罪にする危険性があったことが分かっていただけると思いますが、最高裁は「だまされたふり作戦の開始いかんにかかわらず」と表現して、“だまされたふり作戦”が特殊詐欺集団を一網打尽にする方法として認めていると評価することもできるでしょう。
 “振り込め詐欺を無罪にするな!”という被害者の声を聞き入れてくれたのでしょう。
れゆえに、子ども達が、見知らぬ人からの安易なアルバイト勧誘(「受け子」勧誘)には応じないように気をつけさせたいものです。
うまい話には裏があるのです。



以 上

(夏休み特集)漫画「ドラえもん」の「経済と政治」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫





 今回は、堅苦しい『法律』の話ではなく、夏休みの自由研究のつもりで、『経済と政治』について漫画「ドラえもん」風にお話してみましょう。(これは、平成24年4月に、NHKの「ハーバード大学マイケル・サンデル教授の白熱教室」での政治の在り方を、千葉大学教授、小林正弥氏が分かりやすく解説していたのを私が学習して工夫してみたものです。)



(1)政治の立場は、全体主義を排除した民主主義の立場の中でも、経済について「自由経 済(富の自由)か、公共経済(富の分配)か」の軸と、権利について「個人の権利か、共同体道徳か」の軸の双方で大きく区別されるとされています。
(2)4つの立場
 自由経済と個人の権利を尊重する立場を「リバタリアニズム(自由至上主義・libertarianism)、自由経済と共同体道徳を尊重する立場を「コンサバティズム(保守主義・conservatism)、公共経済と共同体道徳を尊重する立場を「コミュニタリアニズム(共同体主義・communitarianism )、公共経済と個人の権利を尊重する立場を「リベラリズム(自由主義・liberalism)と呼ぶことになります。
この4つの立場は、具体的にはどういう立場なんでしょうね。
これを分かり易く上記のように図式化した上で、漫画「ドラえもん」で説明してみますね。

①リバタリアニズム(自由至上主義・libertarianism)は、自由主義思想の中でも個人的な自由、経済的な自由の双方を重視する政治的イデオロギーとされています。リバタリアニズムは他者の権利を侵害しない限り、各個人の自由を最大限尊重すべきだと考えます。
⇒漫画「ドラえもん」の登場人物の性格に当てはめますと、「ジャイアン」がこれに該当するだろうと思います。ジャイアンは、自由で自分の思いのまま利益を得ていいというわがまま人間なので、基本はリバタリアン(libertarian:自由とは他からの制約や束縛がないことをいうとする考え方・自由至上主義者)ということになるでしょう。
②コンサバティズム(保守主義・conservatism)は、一般的には、古くからの習慣・ 制度・考え方などを尊重し、急激な改革に反対する立場をいいます。伝統を尊重し、「伝統は祖先からの相続財産であるから、現在、生きている国民は相続した伝統を大切に維持し、子孫に相続させる義務がある」と考えます。その結果、彼らは過去・現在・未来の歴史的結びつきを重視する傾向があります。
⇒漫画「ドラえもん」の登場人物の性格に当てはめますと、「スネ夫」がこれに該当するでしょう。スネ夫は、親の富や考え方の威光を受けて、その富を守り使用するだけで子供らしい新しい考え方はあまりないという意味で、この、保守主義者(Conservatism person)であると言えます。
③コミュニタリアニズム(共同体主義・communitarianism)は、自由主義(リベ ラリズム)に対抗する思想の一つですが、自由主義を根本から否定するものではなく、自由主義の中で共同体の価値・共同体の慣習を重んじる立場です。政治の政策レベルでは自由民主制に留まりつつも自由主義とは異なる側面(つまり共同体)の重要性を尊重する立場であるとされています。ハーバード大学のマイケル・サンデル教授などはこの立場(コミュニタリアン (communitarian))です。
⇒漫画「ドラえもん」の登場人物の性格に当てはめますと、「しずかちゃん」がこれに該当するように思います。しずかちゃんは、みんなの立場を理解して“みんな仲良しになれる”ことを大切にしているので、このコミュニタリアン (communitarian・共同体主義者)にぴったりです。
④リベラリズム(自由主義・liberalism)は、人間は理性を持 ち従来の権威から自由であり、自己決定権を持つとの立場から、政治的には「政府からの自由」である自由権や個人主義を尊重し、経済的には私的所有権と自由市場による資本主義を尊重するという考え方ですが、その上で、貧富の格差を是正するために(社会的に公平になるために)、富の分配をする必要があるとする立場です。
⇒漫画「ドラえもん」の登場人物の性格に当てはめますと、「のび太」がこれに該当すると思います。のび太は自由(怠惰?)ではあるのですが、最後には独り占めするようなことはせず(最初は独り占めしようとするが)、最後はみんなで分けようとする性格ですから、のび太は、リベラリスト(自由主義者・liberalist)に分類してあげてもいいかなあと思います。

(3)あなたは?ドラえもんは?
 政治と経済の考え方が、ある程度イメージできたでしょうか?あなたは、どの立場が好きですか?
ところで、「ドラえもん」は、どの立場に立つのでしょうかね。ドラえもんは、猫型ロボットであり人間ではないので、政治的立場というものはないというのはかわいそうなので、いろいろ考えてみますと、ドラえもんは最終的には、自分の個人的能力(器具を使える能力?)を自由に使えるものの、自分やのび太だけのためでなく、最終的にはみんな仲良しになろうという考え方なので、「しずかちゃん」と同じコミュニタリアン (communitarian・共同体主義者)になるのではないかと私は思います。
 少々こじつけ気味のお話ですが、楽しんでいただき、笑って納めていただければ幸甚です。



以 上

「俳句・川柳と裁判」(その②)~~「梅雨空に 九条守れの 女性デモ」の俳句と表現の自由 ~~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




1、前回紹介した俳句「梅雨空に 九条守れの 女性デモ」を覚えておられますか。
この俳句は、従来から続いているB公民館活動のA俳句会で創作され、「優秀句」に選ばれた俳句です。A俳句会での優秀句は、B公民館のサークル案内等の記事を掲載する「公民館たより」に掲載(過去3年8ケ月され、自治会で回覧されるとともに、地域の小学校等にも配布されていました。
 ところが、A俳句会から本件俳句の提出を受けた「公民館たより」の編集・発行業務を担当するB公民館の主幹が、この俳句を「公民館たより」に掲載するのは問題ではないかと考え、B公民館館長に問い合わせをしたところ、「不適当」と回答があったことから、掲載しないことについて拠点公民館の職員とも協議して「掲載しない」ことを決定し、その旨を、A俳句会関係者に伝え、掲載しなかったという事案が裁判になりました。
(さいたま地方裁判所平成29年10月13日判決・九条俳句不掲載損害賠償等請求事件:判例地方自治426号―102))

2、裁判でのX創作者の請求内容は、公民館を管理運営しているY市に対し、A俳句会とB公民館は、A俳句会がB公民館に提出した俳句を「公民館たより」に掲載する合意をしたと主張し、同合意に基づき、X創作者が詠んだ俳句を同たよりに掲載することを求めるとともに、B公民館(その職員ら)が俳句を掲載しなかったことは、X創作者の思想や信条を理由として不公正な取り扱いをしたというべきであるから国家賠償法上違法であるとして、慰謝料200万円を求める内容でした。
 それに対して、Y市の反論は、まず、掲載する旨の合意はないということと、本件たよりは、B公民館の主催行事の案内等の広報をする刊行物であって、同公民館を使用する個々の団体の活動成果を発表する役割まで担っているものではないし、B公民館が、本件俳句を本件たよりに掲載しなかったことには、正当な理由があり、違法性はない。すなわち、B公民館が、本件俳句を本件たよりに掲載することは、世論の一方の意見を取り上げ、憲法第9条は集団的自衛権の行使を許容すると解釈する立場に反対する者の立場に偏することとなり、中立性に反する。公民館の職員は公務を行う上で、公務員として中立性や公平性・公正性に配慮した姿勢を保たなければならず、本件たよりに掲載する記事の内容も中立性や公平性・公正性が保たれたものとしなければならないのであるから、掲載しないことがX創作者の権利を侵害したことにはならないと主張しました。

3、考えてみましょう。
 前号の人権制約二重の基準では、精神的自由権の制約には「厳格な基準」が適用されます。創作俳句に対して、その表現内容を公権力が事前に内容把握し公表すること自体を禁止することは許されるでしょうか。厳格な基準では「事前抑制禁止の理論」「検閲禁止の理論」があり、表現内容を事前にチェックして一切の公表を禁止することは憲法違反となります。
しかし、本件では、一切の公表を禁止する趣旨で「掲載しない」としていることになるでしょうか。そこに疑問が残ることになります。 次に、公民館たよりの不掲載が仮に違法・憲法違反だったとしても、「掲載請求権」まで認められるのでしょうか。実は、新聞や機関紙などを発行する立場にある人も、発行人としての「表現の自由」が保障されています。その意味では。Y市の公民館も、活動としての「表現の自由」が認められます。それは、「他の誰にも強制されないで発行できる(表現できる)」という意味での「表現の自由(編集の自由)」なのです。それに対して、俳句創作者からの掲載請求権を認めると、逆に、公民館たよりとしての表現の自由を侵害してしまうことになります。 結局は、掲載請求権は、掲載の契約(合意)があるか又は人権侵害として損害賠償では賄えないほどの人格権侵害状態になっているか等の別個の事情がない限り、認められないのではないでしょうか。

4、さいたま地方裁判所平成29年10月13日判決の内容
(1)さいたま地方裁判所の判決では、表現の自由の問題以外に「学習権」についての詳細な検討もしていますが、表現の自由の侵害の有無と不掲載がX創作者の人格権等の他の権利を侵害しているか否かを中心に紹介したいと思います。
(2)掲載合意について
 判決は、掲載する旨の合意があり、Y市B公民館は俳句を掲載する義務があるかどうかという点については、「3年8ケ月前に、公民館から本件A俳句会に公民館たよりに俳句を掲載してはどうかという提案があり、A俳句会が承諾し3年8ケ月間も掲載が続いており、掲載についての一定の合意があったと認められるが、その合意内容としては、本件句会の会員は、B公民館の主幹が、本件A俳句会から提出された俳句が、本件たよりの紙面を彩るのにふさわしいかどうかを検討して、掲載するかどうか決めることを了承していたものと認められる。そうすると、本件B公民館たよりの編集権限は、事実上、B公民館の主幹にあり、本件たよりに俳句を掲載するかどうかは、B公民館の主幹の判断に委ねられていたものというべきである。従って、本件合意の内容は、A俳句会が俳句の提供義務を負い、B公民館が本件俳句会から提出された秀句をそのまま本件たよりに掲載する義務を負うといったものではなく、本件A俳句会が俳句を提供し、本件たよりの事実上の編集権限を有するB公民館の主幹が、本件たよりの紙面を彩るために有効であるとして掲載することを決めた場合、俳句を掲載するというものにすぎなかったと解するのが相当である。」として、俳句掲載義務はないとして、原告(X創作者)の掲載請求については棄却しました。

(3)表現の自由・人格権等の侵害による損害賠償義務を負うか。
判例は、X創作者の表現の自由又は人格権侵害の点については
① 表現の自由については
 「原告は、本件たよりという特定の表現手段による表現を制限されたにすぎず、同人誌やインターネット等による表現が制限されたわけではない上、特定の表現手段による表現の制限が、表現者の表現の自由を侵害するものというためには、同人が、この表現手段の利用権を有することが必要と解される(ある者が国営の新聞社に対し、投書をしたところ、同社が同投書を投書欄に掲載しなかったからといって、これが、同人の表現の自由を侵害するということはできないことは明らかである。)から、本件においては、原告が、本件俳句を本件たよりに掲載することを求めることができる掲載請求権を有することが必要となるところ、上記のとおり、原告には、本件俳句の掲載請求権があるということはできない。(したがって、原告X創作者の表現の自由を侵害したとは言えない)。」と判断しています。
② 人格権等の侵害の有無と損害賠償については
ア 「憲法第9条が、集団的自衛権の行使を許容すると解釈すべきかどうかについて、賛否が分かれていたものの、賛成・反対いずれの立場も、憲法第9条を守ること自体については一致していたのであるから、本件俳句の「九条守れ」との文言が、直ちに世論を二分するものといえるかについても疑問を容れる余地があるところ、B公民館が本件俳句を本件たよりに掲載しないこととするに当たって、B公民館及び拠点公民館の職員らが、この点について検討した形跡はない。上記のとおり、B公民館及び拠点公民館の職員らは、B公民館が本件俳句を本件たよりに掲載しないこととするに当たって、本件俳句を本件たよりに掲載することができない理由について、十分な検討を行っておらず、B公民館は、このような不十分な検討結果をもとに、本件書面1(X創作者に対するB館長名義での回答文書「公民館たよりへの俳句不掲載について」)記載の内容を根拠として、本件俳句を本件たよりに掲載しないこととし、その後、本件書面1記載の内容が不適切であったことを認めた上、本件俳句を本件たよりに掲載することができない理由について、本件書面2(B館長名義での回答文書「公民館たよりへの俳句不掲載についての訂正について」)記載の内容に変更するなど、場当たり的な説明をしていたものである。以上によれば、B公民館が本件俳句を本件たよりに掲載しなかったことに、正当な理由があったということはできず、B公民館及び拠点公民館の職員らは、原告が、憲法第9条は集団的自衛権の行使を許容するものと解釈すべきではないという思想や信条を有しているものと認識し、これを理由として不公正な取扱いしたというべきである。」
イ 「B公民館及び職員らが、原告(X創作者)の思想や信条を理由として、本件俳句を本件たよりに掲載しないという不公正な取扱いをしたことにより、法律上保護される利益である本件俳句が掲載されるとの原告の期待が侵害されたということができるから、B公民館が、本件俳句を本件たよりに掲載しなかったことは、国家賠償法上、違法というべきである。」
ウ 「原告が本件俳句を不掲載にされたことによって受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては5万円が相当である。
(請求額は200万円)」と判断しています。

5、最後に
 結果としては、自治体側は、俳句作品の不掲載は、合理的な不掲載理由の検討や説明をしないまま、従前の取り扱いとは異なった処理をしていることから、国家賠償法上の違法な処理になるということで、損害賠償義務を負うことになりました。
 人の表現物を十分に理解しないまま不利に取り扱うことは、法律上問題があることに留意していただきたいと思います。民主主義は、自分の意見と違う意見があることを当然に前提とした思想なのです。私たちは「正しい意見」という判断ができるのではなく、「多数の人が正しいと思っているに過ぎない意見」を形成していくことしかできないのです。



以 上

「俳句・川柳と裁判」(その①)~「梅雨空に 九条守れの 女性デモ」の俳句と表現の自由 ~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




1、俳句と川柳の違い
 川柳も俳句も同じ<五・七・五>の17音定型で表現する日本文学のジャンルであるのですが、私もその違いが十分には分からないので、調べてみました。どこで川柳と俳句の違いをみるのか、形式の違い、内容の違い、歴史上の違いの三点でみるのだそうです。

(1)<形式的違い>
 俳句には<季語>が必用ですが、川柳では季語にはこだわらないという違いと、俳句には<切れ字>が必用ですが、川柳ではその切れ字にも特にこだわらないという違いや、俳句は、主に<文語>表現を多く使い、川柳は<口語>表現を使うのが普通だという違いなどがあるようです。
(2)<内容的違い>
 俳句は、主に自然を対象に詠むことが中心ですが、川柳では、人事・世相・政治を対象に切り取ることが中心です。俳句では、詠嘆が作句のもとになり「俳句を詠む」といいますが、川柳では、詠ずるのではなく「川柳を吐く」といい、詠ずるものではないとされているようです。
(3)<歴史上の違い・俳諧からの分岐の違い>
 俳句も川柳も、同じ俳諧の中から生まれましたが、俳句は、俳諧の<発句ほっく>(さいしょの一句)が独立したもので、季語、切れ字等の発句にとっての約束事がそのまま引継がれ、川柳は、俳諧の<平句ひらく>が独立して文芸となったもので、発句として必用な約束事がありません。題材の制約はなく、人事や世相、人情までも扱われます。

2、俳句も川柳も表現方法のひとつである。
 俳句も川柳も日本文学のジャンルの一つですが、法律的には、学問の自由(憲法23条)、表現の自由(憲法21条)の「表現」方法になります。
 学問の自由には、研究成果の発表の自由も当然含まれるし、研究文ではなく創作文である自作俳句・自作川柳であっては、学問の自由に含まれない場合であっても、憲法21条の表現の自由により、公共の福祉に反しない限り(憲法13条)、自作俳句や自作川柳を発表することは憲法上保障されています。

3、表現の自由に関する裁判での審査方法について
(1)例えば、裁判で問題となった俳句の例で、「梅雨空に 九条守れの 女性デモ」という俳句を創作した方が、この俳句を、色々な場所で紹介(発表)することは、公共の福祉に反するかどうかという点から、問題になるでしょうか?
 昨今、憲法改正の議論でも取り上げられている憲法9条の「戦争の放棄」条項を改正するかどうかの争いがあります。
改正反対の人は、現代の政治問題を女性が平和を守る自然な姿を映し出している良い俳句だし、公共の福祉には当然反しないと考えるでしょう。改正賛成の人は、政治的な意図をもって憲法改正の手続きを邪魔するので、公共の福祉に沿うものではないと考える人もいるでしょう。特に、政治的中立であるべき公共団体がこの句を利用することや発表することは好ましくないと考える人もいるでしょう。
 このような、憲法の「公共の福祉」の観点から、憲法で保障されている表現の自由などの人権を侵害するかどうかを最終的に判断する役目であるのが、裁判所(最高裁判所)なのです。
 憲法81条に「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。」と定めてあります。

(2)裁判の判断基準(二重の基準)
① 裁判所で、憲法で保障されている人権(営業の自由などの経済的自由権、表現の自 由などの精神的自由権等)が侵害されているかどうかの判断をする場合に、法理論上又は判例理論上、「二重の基準」というものが示されています。
② まず、憲法の人権(自由権、平等権)に関しては、私有財産制を基礎とした経済活 動の自由を意味する「経済的自由権」と私的自治の原則(意思自治の原則)を基礎とした政治手段の自由を意味する「精神的自由権」があるとされています。
 憲法22条の職業選択の自由や憲法29条の財産権の保障などは「経済的自由権」の範ちゅうとされ、憲法19条の思想及び良心の自由や憲法20条の信教の自由、そして憲法21条の表現の自由は「精神的自由権」の範ちゅうとされます。
③ 次に、判断基準として、精神的自由については、その制限の適否については「厳格な基準」が適用され、経済的自由権については「緩やかな基準」が用いられています。 「厳格な基準」では、精神的自由権は基本的には制約できず、制約できるとしても、その制約方法は「厳格な基準」要件を満たす場合に限って合憲となるという考え方で、
ア.事前抑制禁止の理論
イ.明確性の理論
ウ.「明白かつ現在の危険」の基準
エ.「より制限的でない他の選びうる手段」(LRAの基準)
等で判断されます。
 他方、「緩やかな基準」では、経済的自由権は、基本的には経済政策上の必要性・合理性があれば制約できるということになり、誰の目から見ても明らかに不合理という場合以外は、裁判所は、その制約について違憲という判断をしないという考え方です。
④ なぜ、精神的自由権と経済的自由権とで憲法判断基準がこのように違うのでしょうか?理由は2つあります。
 1つ目は、統治機構の基本をなす民主政の過程(権力を担うものを国民の表現である選挙で選ぶ)との関係からの違いです。
民主制の政治を支える精神的自由権は、これをむやみに制限されたら(誰も意見や発言できなくなったら)民主主義による決定ができなくなりますし、政治権力者の思いのままになってしまうからです。
 また、一旦制約されてしまうと、制約から回復できる手段(反対意見を言って改善する方法)も奪われており、人権回復はできなくなります。
 したがって精神的自由権は、政治権力者ではない公平な裁判所・裁判官がしっかりと守らなければならない権利とされているのです。
 他方、経済的自由権の不当な侵害については、表現の自由が保障されている限り、民主制の過程で(言葉で表現して多数派を形成できる可能性が残されているので)不当な侵害から修正回復できる手段が残されています。
 2つ目は、裁判所の審査能力との関係からの違いです。
 経済的自由の規制については、社会、経済政策の問題が関係することが多いので、専門知識を必要とします。裁判所は法理論による判断機能はありますが、そうした政策関係の専門知識があまりなく、審査能力が乏しいといえます。そこで、裁判所としては、特に明白に不合理であると認められない限り、立法府の種々の政策に基づいた法律制定の判断を尊重して違憲とはしないということになります。  
 その点、精神的自由の規制については、法理論以外の経済政策的な点は判断する必要はありませんので、裁判所が法理論的に純粋に判断できることになります。  
 以上の点から、精神的自由については「厳格な基準」、経済的自由権については「緩やかな基準」が用いられることになります。
(以下、次回に、俳句の公民館便りへの登載が拒否されたことに関する裁判事例を考えてみます。)




以 上

善意は損する?~金魚水槽の移動手伝いと労災補償~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




1、法律を適用するには、法律の定める要件(法律要件)を満たさないと法律の保護(法律効果)を受けられないという仕組みになっているのですが、普通の人は、自分が行動する際に、あるいは問題が起こりそうな場合に、その適用される法律の法律要件などを考えて行動するわけではありません。むしろ、単純に、他人のためにしようと考えたり、自分のためだけにしようと考えて行動しているだけです。
 ところで、自分のためにしようと考えている人は、結果として、法律要件に準じた行動を取る傾向がありますが、他人のためにしようと考えている人は、全く法律要件に合わない行動を取っていることが多いと思われます。なぜなら、実は法律そのものは、基本的には、自分の意思に従って自分のことを自分で決めるという原則(私的自治の原則、自己決定の原則)で作られていますので、他人のためにしようと考えている人の場合には、自分のためにするという部分がないために、最終的に「自己の利益」を保護するための法律要件に該当しない場合が多いからです。例えば、交通事故の被害者(Aの母親)が入院した際に、付添いが必要な状態でありながら、他人の職業付添よりも愛情をもった親族の自分が付き添ってあげたいと思って、娘Aが自分の仕事の合間に無理に時間を作ったり、勤務後に付き添った場合の付添看護料(1日約6,500円)は、職業付添人を雇った場合の付添看護料(職業付添人への支払額全額=最低1日約1万円)よりも損害認定額が少なくなったりします。親族の愛情分(善意分)は損害として算定されないのです。また、付き添いが不要な場合でも親族の愛情心から付添看護をした場合には、そもそも看護は必要じゃないのだから「損害対象にはならない行為」として、付添費用は損害と算定されません。

2、こういう事例があります。
 ある小さな金属加工業の甲会社(社長Bとその親族3名と他人のCの4名の従業員の会社)がありました。工場は、1階が会社工場兼事務所、2階が居宅形式の建物を利用した会社でしたが、社長Bは2階居宅部分には居住していませんでした。そこには、プライベート空間として、金魚水槽で趣味の金魚を飼ったり、そのための飼育本や水槽関連道具などを置いていた状態であり、それ以外の2階スペースは、一部屋だけ従業員の更衣室として使用しようと思えば使用できる状態になっていました。本件会社では、リーマンショックで受注が激減して、受注がなく仕事がないときは通常の出勤日でも、社長の指示で午後から休むとか、午前中からすぐに休みにするというような場合が多くあるようになりました。問題の事故が起こった10月15日も、甲会社には、朝から仕事がなく、午前10時頃には、社長から「今日は仕事がないので、終わりにする。また、明日の状況をみよう。」と終業命令が出たので、他の従業員は更衣室で帰る支度をして帰宅しました。しかし、社長Bと長年の友人関係であった従業員C(被災者)は、午前10時30分頃2階で、社長Bが金魚を飼っている大水槽の水を汲み出そうとしている姿を見て、制服をまだ着替えないままで、「何やってるの?Bちゃん。」と声をかけたところ、社長Bが「水を出して、金魚の水槽を室内に移動させようと思って。」と言いました。従業員Cが、「じゃあ、一緒に運んであげる。」と言ったところ、「いいよ。仕事は終わったんだから帰ってもらっていいよ。」と社長Bに言われたのですが、従業員Cは「手間が省けるだろうから、そのまま一緒に動かそう。」と言って、社長Bと従業員Cの二人で水槽の片方ずつを持ってタイミングを合わせて持ち上げようとしたところ、従業員Cが腰に激痛を感じて、その場に倒れ込んだんです。診断の結果、従業員Cは腰部神経根症と診断され、3か月の入院治療を要することとなりました(以下、「本件事故」という。)。

3、以上の事案で、従業員Cが労災申請(疾病が業務遂行中に生じ、業務に基づいて生じたことが法律要件として必要になります)をしたのですが、労働基準監督署の裁決や裁判(平成28年9月8日東京地裁判決)では、労災とは認めませんでした。なぜでしょう?その理由は次のとおりです。
(1)まず、労災認定のためには、「業務遂行性」の要件=業務時間に業務をしていた状態であることが必要なのですが、普通は午前10時30分頃は勤務時間ではあるものの、当日は、午前10時頃に社長Bが「今日は仕事がないので終わりにする。」と終業命令をし、他の従業員も帰宅しているので、本件事故は終業後に発生したものとなり、業務遂行中とは言えないという理由です。
(2)次に、終業後であっても、社長Bの頼み(業務命令になる)で協力したのだから、業務遂行性は満たすのではないかという主張もしましたが、この点については、金魚を飼育するための容器である本件容器を移動する行為それ自体は、本件会社の業務そのものではなく、従業員Cの金属部品加工職人としての関連業務でもなく、単に社長B個人の使用に属するものであり、それを行う社長Bに対して、従業員Cが自ら好意で(善意で)本件容器を運ぶことを手伝いすることを申し出たものであり、社長Bの業務上の指示を受け、労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にあったということはできないから、この点でも業務遂行性は認められないという理由です。

 何とも、冷たい結果ですよね。社長Bの命令に従った場合には労災補償をしてあげるが、従業員Cは、自分の善意で個人的な友人への思いとして手伝ってあげただけだから、労災という法律上の保護はありませんよ、という結果です。これでは、「業務命令が出ない以上は、自ら積極的な協力行為や協調行為はしないほうがいいんだよ。」と法律が言っているみたいですよね。「善意は損をする」という例です。
 しかし、その善意の方は「お金をもらおうと思ってしたことではないからね。損をしたわけじゃないよ。」というお気持ちであることだけが、わずかな救いとでもいうのでしょうか、そもそも「善意」とは「お金なんて考えない。」ということなのでしょうね。



以 上

お正月と法律(その③)~正月勤務と休日労働賃金について~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




 あけましておめでとうございます。
 今年の年賀状には、戌年の犬にちなんで「ワン●●ダフル(Wonderful)」の言葉が使いたくて、“ワンダフル 年の初めの 験し事(ためしごと)” という俳句を書いて賀状の挨拶としました。皆さんの一年が、不思議な良いことや素敵なことがたくさんある素晴らしい一年であるますようお祈り申し上げます。
 さて、安倍内閣では「働き方改革」「人づくり革命」を強力に推し進めてきていまして、今年の正月には、主だったサービス産業では、「正月営業休止」という流れが出てきているようです。「お正月は休みにしましょう。」という動きです。昭和40年代までは、正月2日が「初商い」で、正月元旦はサービス業関連の店舗は「正月休業」としてあらゆる所が休んでいました。昭和50年代からでしょうか、コンビニ店舗や量販店が進出してきた時代から、年末年始無休営業という流れが始まって今に続いているように記憶しています。
 しかし、今までのそういう流れの中にありつつも、逆に、この「働き方改革」の中で、働くもの全体が「正月くらいは休んでのんびり過ごしましょう。」という意識に戻るのも、人の健全な生活と命の安らぎを実現するためにはとても良いことだと考えています。
 それでは、正月勤務に関する法律上の取り扱いについて説明しましょう。

1、年末年始に休む場合
 ところで、年末年始は行政官庁が休日になっていますが、民間でも当然休みなのか、というと法律上はそうではありません。年末や正月については、まず、労働基準法には、年末年始の休暇に関する規定はありませんし、会社や事業者は年末年始を休日にする義務もありません。他方、労働基準法上は、勤続年数に応じて有給休暇を付与しなければならないという規定はありますので、会社が就業規則で年末年始を休日とする規定を設けていない場合でも、労働者・従業員が有給休暇を使って年末休みや正月休みを取得すること自体には、法的には何ら問題がありません。
 しかしながら、普段から有給休暇が取りにくく、年末年始には会社事業がなくその年末年始期間のみ有給休暇をスムーズに取得できるような状況になっていたり、会社から積極的に「年末年始は有給休暇申請をして有給休暇を消費してくれ。」と指示されたりしている場合には、全く問題がないわけでもありません。
 有給休暇は原則として労働者・従業員が請求する時季(時期と同じ意味です)に取ることができる権利です。したがって、労働者・従業員が年末休みや正月休みを取る時季を決めるのではなく、会社側から取得の時季や期間を指定されて「有給休暇を取らされていた場合」には、会社のそのような行為は、労働者・従業員の有給休暇の時季指定権を侵害している可能性があり、逆に、会社側が年末年始に事業を行わないことが恒常化している場合には、会社都合による休業ということになり、有給休暇を使用しなくても、休むことができることになる場合も生じます。

2、正月勤務をした場合
 ところで、正月の営業休止がなく、年末年始に働いた場合には、労働基準法上の割増賃金はもらえないでしょうか。
 先に述べたように、労働基準法上での年末や正月については、まず、労働基準法には、年末年始の休暇に関する規定はありません。(労働基準法が定めているのは、労働時間が週40時間、休日が週1日、それに加えて勤続年数に応じて有給休暇を付与しなければならないという規定があるだけで、国民の祝日を休日にしなければならないという規定はありません。また、振替休日を設ける必要もありません)。12月29日から翌年の1月3日までの日(国民の祝日に関する法律に規定されている1月1日を除く。)は、行政機関等の休日として法律で決められているにすぎませんので、法律上は、民間には年末年始の休日はないことになっています。
 しかし、ほとんどの民間会社では、就業規則等で正月三が日を祝日又は休日と定めている場合が多く、その場合に、正月に出勤して働いた場合には、特別手当を支給する企業はあります(このような特別手当支給についても労働基準法には規定はありません)。ただ、特別手当の制度が無くても、出勤した正月が法定休日であれば、会社は3割5分以上の割増賃金を支払わなければなりませんし、22時から翌日5時までの間は深夜割増として、2割5分以上の割増賃金を必ず支払わなければなりません。正月は休日となっていても、法定休日でない場合(その週1日を与えている場合)には、法律上は割増賃金は発生しません(労働基準法第37条1項)が、就業規則上で休日割増賃金規定を定めている場合には、割増賃金を支払うことになります。

3、公務員の正月勤務の場合
 公務員の場合には、行政機関の休日と定められている年末12月29日から1月3日の間でも、消防・警察・検察・裁判などのように緊急事態へも対応できるようにするために、日直当番対応・夜間宿直当番対応が求められます。そこで、公務員の場合においても正月勤務が生じます。人事管理者は、休日に割り振られた勤務時間の全部について特に勤務することを命じることができ、その場合には、事前に当該休日後の勤務日等を代休日として指定することができます(代休日を指定するかどうかは職員の希望を尊重)。代休日を指定せずに当該休日の正規の勤務時間を勤務した場合は、法律の定めがあり、休日給(支給率135/100)が支給されますし、また、当該休日に正規の勤務時間を超えた時間外勤務をした場合には超過勤務手当や夜間勤務手当も支給されます。(一般職の職員の給与に関する法律第16条、第17条、第18条)。
 なお、地方公務員の場合には、各地方自治体の条例の定めによりますが、(地方自治法第204条第2項)国家公務員の場合と同様の規定が定められていることが多いようです。



以 上

隣の土地を使わせて欲しい!③

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




 私は、自宅の改築工事を計画しているのですが、私の敷地が狭く建築面積以外に余裕がないので、建築足場の組み立てや外壁工事の際の工事関係者の作業に必要な範囲で、隣地の境界付近の部分をその間利用させてもらえないかと考えています。実は、隣のご主人以外の人たちとはうまくお付き合いしているのですが、隣のご主人とはあまり仲が良いという関係ではないので、隣の土地利用について承諾してもらえるか不安です。どうすればいいでしょうか?

≪解説≫
1、所有権絶対の原則と例外
 前回の解説でも述べましたが、所有権絶対の原則(民法第206条)から他人の土地を勝手に使用することはできません。しかし、民法第207条(法律の制限内での効力)によれば、例外的に、法令等で定めがある場合には、他人の土地を使用することもできることが民法上も想定されているということです。
 所有権絶対の原則とは言っても、隣同士のAさん、Bさんの場合に、Aさんの土地に所有権絶対の原則が適用あれば、他方のBさんにも土地所有権絶対の原則の適用があり、相互に排斥し合ってしまう関係にありながら、他方、土地というものは、事前的には連続して繋がっているものであり、相互に草も生え、虫も飛び交い、風も吹き、日の光も当たったり陰になったり、雨水も流れ込んだりして、人の力で個別的に「絶対」を実現できるものではありません。自然的に相互に作用し合う以上は、社会生活上の土地利用関係も相互に作用し合うことが想定され、相互の権利及び利用を調整する必要性があることから、民法は、「相隣関係」(民法第209条以下)を定めています。
 
2、隣地使用請求権
(1)民法第209条(隣地の使用請求)で「1 土地の所有者は、境界又はその付近において障壁又は建物を築造し又は修繕するため必要な範囲内で、隣地の使用を請求することができる。ただし、隣人の承諾がなければ、その住家に立ち入ることはできない。 2  前項の場合において、隣人が損害を受けたときは、その償金を請求することができる。」と定めてあり、あなたには、「建物を築造し又は修繕するため必要な範囲内で、隣地の使用を請求する」権利が認められています。
(2)民法では「必要な範囲内での使用」が認められるのですが、具体的に隣地のどの部分のどの範囲の土地を使えるかは、工事の規模・方法や工事期間などを勘案して総合的な判断がなされることになります。建築工事専門業者が隣地に最小限の範囲でお願いし、了解された範囲であればよろしいかと思います。
(3)次に、民法上の規定では、当然に勝手に使用してよいということではなく、あくまでも「使用を請求する」ことができるだけですから、相手方にお願いすることが大前提になります。また、使用請求権があるからと言っても、これは相互の調整のための権利にすぎなく、お願いと承諾による相互の話合いによって解決することが最も良いのは当然です。また、同条第2項に、隣人の相手方には損害賠償請求権が認められていますので、これを補償するという意識は必要であり、損害が生じたかどうかに関係なく、お礼の意味で使用料の支払いも検討しておくことも必要です。
 話合いが終わったら、念のために簡単「合意書」(使用部分と期間、使用目的、お礼代金を記載)を作成しておいてもよいでしょう。

3、隣地所有者の承諾が得られなかった場合の方法
 話合いに応じてくれなかったり、話合いで物別れになった場合にはどうすればいいのでしょうか。
(1)隣地所有者間で任意に解決できない場合には、裁判により解決する方法があります。相手方の隣地に、承諾なく立ち入ると所有権侵害の不法行為(民法第709条)になりますので、相手方の「承諾」を裁判で得る方法です。
 具体的には、相手方を被告として「A土地について、平成〇年〇月〇日から同年〇月〇日まで、B土地上の建物工事に関わる足場設置又は作業出入りのための使用を承諾するとの裁判を求める。」という内容の裁判を申し立てればいいのです。
(2)その裁判で、承諾に代わる勝訴判決を得れば、具体的には隣人の承諾を得ずに立ち入っても使用してもよいことになります。
 また、裁判には隣人(隣地所有者)も呼び出されますから、裁判期日で、裁判官が和解を勧めて話し合いで解決する場面も設けられると思います。
(3)なお、裁判という強行的な方法ではなく、最初から裁判所での話し合いを求める「民事調停の申立て」をする方法もよろしいかと思います。



以 上

隣の土地を使わせて欲しい!②

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




 公道に面している隣の空き地の下にガス管と水道管を埋設して自分の家に引き込んで利用し、さらに、家からその公道を通り商店街に出るのが近いので、通路として砂利を敷いて利用し続けていました。しかし、隣地所有者がその隣地にアパートを建築するということで、この通路を閉鎖したいと通知してきました。通路部分を外してアパートを建築することは十分可能だと思うのですが、もう、隣の土地を従来どおり通路として使わせてもらえないのでしょうか。

≪解説≫
1、今回は、前回の「囲繞地(いにょうち)」(=他の土地に囲まれて公道に通じない土地)ではなく、単に「家からその公道を通り商店街に出るのが近いので、通路として砂利を敷いて利用していた」ということですし、隣地所有者も、今までは空き地なので、他人の利用を黙認していたものの、新たにアパートを建築する計画ですから、当然に、隣地所有者は、民法第206条「所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。」、民法第207条「土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ。」と法の定めに従い「自分の所有する土地を自分の自由意思で使う」(所有権絶対の原則)のですから、隣地所有者は、他人に通行させる(使わせる)ことを拒否することもできるのが原則です。
 
2、他人の土地を通行することは、民法上の囲繞地通行権(民法第210条~第213条)の定め以外には、契約による通行権(地役権)しか認められません。逆に言えば、囲繞地でなくとも、隣地者との契約(合意)があれば、契約自由の原則から、他人の土地を使用することも可能なわけです。
 しかしながら、今回の相談の場合には、「家からその公道を通り商店街が出るのに近いので、通路として砂利を敷いて利用し続けていた」というだけで、隣地者の承諾や通行権(地役権)設定契約などをしたという形跡はないようです。そうすると、契約をしていないのですから、隣の土地を勝手に使っていることは、違法な使用であり、今後の隣地通行権が認められることはなさそうですね。
 
3、さて、皆さんは、民法の規定では、物権と債権の区別をした規定になっていることを御存じですか?
 民法第二編が「物権」、民法第三編が「債権」となっています。物権とは、他人の行為を介することなく、物を直接的に支配し利益を受けることができる権利を言います。 物権のうちでも、所有権は典型的な物権と言えるでしょう。 債権とは、ある特定の人(債権者)が他の特定の人(債務者)に対し、一定の行為をすることを要求することができる権利を言います。物権には、所有権以外に、占有権・地上権・永小作権・地役権・質権・抵当権・留置権・先取特権が定められており、債権が契約相手にしか主張できないのに対して、物権は、誰にでも主張できる権利(排他性のある権利)であるとされています。
 ところで、民法第280条は「地役権者は、設定行為で定めた目的に従い、他人の土地を自己の土地の便益に供する権利を有する。ただし、第三章第一節(所有権の限界)の規定(公の秩序に関するものに限る。)に違反しないものでなければならない。」と定めており、「他人の土地を自己の土地の便益に供する権利」としての「地役権」を物権として認めています。地役権の内容は、お互いの土地所有者間での設定行為=設定契約で決まることになりますが、便益の受ける方法として「通行」を盛り込めば、通行地役権を有することになります。
 
4、そして、この「通行地役権という物権」が民法上認められているということは、同じ物権としての所有権につき、所有権移転契約無しでも「時効取得」が認められているように、通行地役権にも、設定契約無しでも「時効取得」が認められるのではないかということが考えられます。民法第163条で「所有権以外の財産権を、自己のためにする意思をもって、平穏に、かつ、公然と行使する者は、(前条の区別に従い)20年又は10年を経過した後、その権利を取得する。」と定めているからです。
 そして、民法第283条で「地役権は、継続的に行使され、かつ、外形上認識することができるものに限り、時効によって取得することができる。」と定められています。所有権の取得時効(民法第162条)には「平穏に、かつ、公然と他人の物を占有すること」が求められているのと同様に、地役権の時効取得には「継続的な行使」と「外形上認識することができること」が求められています。
 最高裁昭和30年12月26日判決(判例時報69号8頁)は「通行地役権の時効取得については、いわゆる「継続性」の要件として、承役地たるべき他人所有の土地の上に通路の開設を要し、その開設は要役地所有者によってなされることを要する」としていますので、相談者が自ら砂利を敷いたりコンクリート打ちなどをしたりして、誰にでも通路だと分かる外形を作って使用している場合に、初めて、通行地役権設定契約無しでも、通行地役権の「時効取得」が認められることになります。

5、したがって、相談者が自ら砂利で通路部分作って、善意無過失で10年以上又は20年間通路として使用してきた場合には、例外的に、隣地所有者に対して通行地役権の時効取得の主張ができますので、今後も通路として使用することができます。
 しかしながら、このような場合には、隣地所有者としては、新たに通行地役権設定契約をして使用地代を払って欲しいということになろうかと思います。その場合には、使用地代を払ってきちんとした通行地役権を確立するか、このまま無償のままで勝手に通路部分使用を継続していくのかを今後の近所付き合いを考えて検討することが必要になると思われます。



以 上

隣の土地を使わせて欲しい!①

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




 公道に面している隣の空き地の下にガス管と水道管を埋設して自分の家に引き込んで利用したいのですが、隣地の所有者が承諾しない場合には、どうすればいいのでしょうか。

≪解説≫
1、そもそも、地中とはいえ、他人の土地を勝手に使用したり利用したりすることはできませんよね。なぜかって?それは、私たちが学校の社会科で教わった「私有財産制」「所有権絶対の原則」が日本の法律で決められているからです。どの法律に書いてあるのでしょう?それは、民法第206条と第207条です。民法第206条には「所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。」、民法第207条には「土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ。」と書いてあるのです。土地の場合には、土地表面の使用以外に地下部分、空中部分にもその支配権が認められているんですね。だから、所有者が承諾すれば別ですが、地中であっても、人の土地の所有権は侵害されない(無断で使われない)ように定めてあるのです。
 
2、しかしながら、民法第207条をよく読んでみると、「法令の制限内において」とありますね。これは、例外的に、法令等で定めがある場合には、他人の土地を使用することもできることが民法上も想定されているということです。
 例えば、民法自体が例外を定めています。民法第209条以下の「相隣関係」の規定がそれであり、特に、民法第210条第1項では「他の土地に囲まれて公道に通じない土地の所有者は公道に至るため、その土地を囲んでいる他の土地を通行することができる。」として囲繞地通行権(いにょうちつうこうけん)を認めており、下水道法第11条第1項は「前条第一項の規定により排水設備を設置しなければならない者は、他人の土地又は排水設備を使用しなければ下水を公共下水道に流入させることが困難であるときは、他人の土地に排水設備を設置し、又は他人の設置した排水設備を使用することができる。この場合においては、他人の土地又は排水設備にとつて最も損害の少い場所又は箇所及び方法を選ばなければならない。」として、排水設備に関する受忍義務(下水道事業者からみれば、排水施設権)を定めており、このような場合には、その所有者の承諾を得なくても、他人の所有地を使用したり利用したりすることができるようになっています。

3、水道やガスや電気などの配管・配線について
(1)しかしながら、水道やガスや電気などの配管・配線については、下水道法第11条第1項のような規定は見当たりません。ということは、基本的には水道やガスや電気などの配管・配線については、その所有者の承諾を得ないと他人の土地に埋設したりすることはできないと考えざるを得ないということになります。
(2)しかし、隣の土地との関係が、いわゆる囲繞地関係にあり、囲繞地通行権が民法上認められる場合でも、その通路部分に水道やガスや電気などの配管・配線をすることはできないのでしょうか。
 公道への通行権を認めるのは、その人の社会的生活とその人の土地利用を十全ならしめようとするものであり、そのために他人は最小限の受忍をしなさいという趣旨ですから、今日、水道やガスや電気などは社会生活の基本要素であり、その利用も土地利用と同様に保障されるべき生活基盤と言えますよね。
 そこで、隣の土地との関係が、いわゆる囲繞地関係にあり、囲繞地通行権が民法上認められる場合には、民法第210条第1項の類推適用(るいすいてきよう)をして、法令内の制限規定があるものとして、その通路部分にその所有者の承諾なく水道やガスや電気などの配管・配線をすることは認められるべきであると考えます。
 同じように、判例(東京地裁平成4年4月28日判決―判例時報1455号―101頁)は、「袋地の所有者等は、相隣関係を規律する隣地使用権に関する民法第209条、囲繞地通行権に関する民法第210条、余水排泄権に関する民法第220条、他人の土地に排水設備を設置できる下水道法第11条を類推して、他人の土地を通してガス、上下水道、電気及び電話等の配管、配線を袋地に導入することが許される。その場合、右法規に準じて、配管、配線の場所及び方法は、囲繞地通行権を有する者のために必要にして、かつ、囲繞地のため損害の最も少ないものを選択する必要がある。」と判断しています。
 興味のある人は、判例検索して判例を読んでみてくださいね。



以 上

他人の飼い犬に咬まれたぁ!(損害賠償と過失相殺)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




≪説明≫
 口蹄疫問題が発生してから、各養豚農場経営者は養豚場への一般立入を禁止したりしているところが多くなりましたね。当然のことだと思います。
 Cの養豚場も防疫のため立入禁止(無断立入禁止の立看板を3か所設置し、電話連絡の旨を掲載しており、最終警告看板の場所には立入防止鉄線も張っていた。ただし、猛犬注意の表示はしていなかった。)対策を行っていた。そこに、B町の農業政策課の職員Aが、農業政策情報提供のために、電話連絡をしないまま養豚場に入って(3か所目の禁止鉄線を越えて侵入)しまったところ、養豚管理室出入り口付近に長めに係留されていた(通路部分にまで伸びる形で)Cの飼い犬に咬まれて怪我をしてしまいました。
 被害者の農業政策課職員Aは、初めてCの養豚場を訪問したのですが、B町の農業政策課の職員等は新参者の職員Aには何ら訪問方法を指導していなかったようです。
 職員AはCに対して怪我の治療代などの損害賠償を請求できるでしょうか。請求できる場合に、Cは職員Aの過失割合減額をどのくらい主張できますか。

≪回答≫
(1)まずは、職員Aと養豚農場経営者Cとどっちが悪いか?って考えてしまいますよね。Cは、無断立入禁止看板を立てて警告し、飼い犬も係留(紐で繋がれていた)していたのですから、やるべきことをやっていたんじゃないかなあ~って考えてしまいますよね。
 職員AがCに損害賠償を請求するには、飼い犬を管理していたCに犬の管理上の過失があるかどうかが問題となります。
 民法第718条第1項に、「動物の占有者等の責任」として「動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りでない。」との定めがあります。
 一般的に、犬の管理者は、犬が人に危害を加えないように飼育するか、少なくとも鎖等で繋いで、常に管理者の制止可能な管理状態におく義務を有するとされています。この点、本件Cの飼い犬は、養豚場敷地内に紐で繋がれて管理室までの通路部分にも出ることができる状態であり、出入者を襲う可能性があったことから、養豚場敷地自体が第三者の無連絡立入を禁止していたとしても、飼い犬の管理上の過失があったと評価できる余地があります。
 他人が立ち入って来ない敷地内の管理という前提であれば、「犬の係留が長めである」という点も管理ミスとは言えないと思われますが、第三者の直接来訪の可能性があることが予想される場合には、その点が管理ミスとして評価される余地はあろうかと思います。
 したがって、養豚農場経営者Cの飼い犬の管理方法としては、全く注意義務違反(管理過失・管理ミス)がなかったとまでは言えないであろうと考えます。
 
(2)問題は、Cに犬の管理過失があったとしても、被害者であるAにも過失があるのではないか、Aの使用者・指導監督者であるB町にも情報を十分に与えなかった過失があるのではないか、という点です。被害者Aにも過失があれば「過失相殺」されて、損害賠償額がその分減額されることになります。
 Aは、本件養豚場に関して、防疫上の要請からの3か所の立入禁止看板の警告にそれぞれ従っていませんし、3か所目の警告地点では、立入防止鉄線を乗り越えて訪問している点で、その行為は、故意による不法侵入(農業政策上の情報提供のためであり不法侵入の目的はないが、管理者の承諾なしの侵入は刑法の住居侵入罪・建造物侵入罪となる可能性もある。)であり、その過失割合は100%に近いものがあると考えます。100%とならないのは、当該立入禁止の趣旨が防疫上の要請であり、犬の危険警告ではないことから、防疫警告の趣旨を理解できない者の場合又は自分は防疫上問題ないと勝手な判断をするおそれが残る場合には、立て看板警告だけでは十分な禁止措置とは言えない面も考慮しなければならないと考えられるからです。
 実際、Cは、訪問者から電話を受け、第一警告看板の場所まで出て行って、来訪者と一緒に飼い犬が繋がれている管理棟出入り口まで同行する方法をとっていたようであり(Cが一緒であれば飼い犬が訪問者には飛びかからない)、係る情報は、Aの勤務先であるB町農業政策課の職員も心得ていたと思われます(3人くらい農業政策課の職員がその方法で訪問していた経緯がある)。
 また、A自身もB町内で町職員として生活をしていた以上は、口蹄疫被害と立入規制の意味を十分理解できる状況にありながら無断立入りしたことから、無断立入りをそもそも想定していないCがその前提で飼い犬の管理を緩やかにしていたことを強く非難できる立場ではないわけで、職員Aが被害を受ける本件事故が発生したとしても、職員Aのその過失は、自招行為と評価されるか、少なくとも重大な過失と評価されるべきものであり、種々の判例(東京地方裁判所平成2年6月25日判決等)の基準に照らし、被害者である職員Aの過失は、少なくとも7割以上はあるものと考えてよいと思われます。(最終的には被害者過失100%~90%としてもよいと考えることも可能でしょう。)

(3)過失相殺(民法第722条第2項「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。」)において、被害者Aに仮に90%の過失割合が認められると、治療費等の損害が10万円発生したとしても、その内の9割(=9万円分)はA自身の過失によるものと計算されますので、請求額はわずか1万円ということになります。
 したがって、職員Aはあまり多額の損害賠償請求はできないと思われます。



以 上

地方議会の議員の議会での名誉棄損行為と国家賠償責任の有無

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



 テロ防止法関連法案、森友学園問題、加計学園問題などでの「忖度」が議論された国会も6月下旬に閉会しました。証人喚問手続の質疑や議会内での首相や閣僚批判の質疑に対して、名誉棄損云々の反論がなされたりしていましたが、実際、国会内での議員の質問や地方議会での議員の質問が、名誉棄損に問われることがあるのでしょうか。今回は次の事案を参考に検討してみたいと思います。

≪事例≫
 地方公共団体での地方議会で、選挙で選ばれた議員が、議会内での執行部への一般質問でA法人の業務委託内容や契約締結面の指導の責任を問う中で、A法人の業務内容や補助金申請や契約代金の決定等の手続きがずさん極まりない旨の指摘をした発言があったが、そのことに対して、A法人は、国家賠償法第1条に基づき、議員本人にではなく、地方公共団体に損害賠償請求又は名誉回復請求をできるでしょうか。

≪回答≫
1、国家賠償法第1条は「第1項 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。第2項 前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。」と定めています。
(1)まず、「公共団体の公権力の行使に当る公務員」に地方議会の議員が含まれるかが問題となります。
 地方議会の議員は、一般職公務員と異なり、地方公共団体からの任命や契約などでその公務を担当しているわけでなく、住民の選挙で選ばれた立場にあることから、その議員の不法行為責任まで、地方公共団体(代表者首長)が負わなければならないのかという疑問が生じる人もおられるかも知れません。
 しかし、日本国憲法第93条が「地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。」こととし、また、「地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。」と定めていることから、地方議会の議員は、選挙という方法で議会の議決行為を担当する者として選出されるのであり、公務員の地位が任命や契約などの長の行為に基づくものであるとは限らないわけです。
 また、地方自治法第204条によると、常勤の職員には、労務への対価と共に、生活給の要素を含む「給与」を支給しなければならないのですが、地方自治法第203条第1項では、地方議会議員には、非常勤公務員と同様に「報酬を支給しなければならない」とされており、現行法上、当該公務に対して公費を払っている以上は、現在の地方議会議員の職務は、「非常勤の特別職公務員」という位置付けであると解釈されています。(なお、全国都道府県議会議長会は、第28次地方制度調査会に提出した資料の中で、「地方自治法第203条から『議会の議員』を削除し、新たに「公選職」に係る条項を設けるとともに、議会の議員に対する「報酬」を「歳費」に改めよ。」との改革案を提示しています。地方議会議員については、常勤・非常勤という職の区別とは別に、「公選職」という新たな概念を設けようという立場です。この立場になっても、地方議会議員が公務員であることは変わりません。)
(2)地方議会の議員が「非常勤の特別職公務員」とされる以上は、国家賠償法第1条は「公共団体の公権力の行使に当る公務員」を常勤や一般公務員に限定している文言はありませんし、議員も「公権力を行使」しますので、国家賠償法第1条の「公共団体の公権力の行使に当る公務員」には地方議会の議員も含まれるということになります。
 このような見解に立って、地方公共団体への賠償請求に対して判断している判例としては、浦和地方裁判所川越支部昭和63年9月29日判決(判例時報1304号106)、神戸地方裁判所平成5年3月17日判決(判例時報1489号137頁)、東京地方裁判所八王子支部判決平成12年12月25日(判例時報1747号110頁)があります。

2、議会での発言における違法性の判断について
(1)本件の場合、議会全体の行為(例えば、市議会議員に対する辞職勧告決議が議員の名誉を毀損したとして市の国家賠償責任を認めた事例など)ではなく、個別の議員の質問行為を対象とした行為の違法性が問題となります。この種の行為に関する国家賠償責任の範囲については、いくつかの名誉棄損事件等の例があります。
 すなわち、町議会における町長の発言が名誉毀損にあたるとして町の国家賠償責任を認めた事例、市議会特別委員会の報告書を市議会において公表・可決したこと等が名誉毀損にあたるとして市の国家賠償責任を認めた事例(上記東京地裁八王子支部判決)などです。これらを通覧しますと、特定の個人や集団を対象として権利侵害にあたる行為を議会や議員が行った場合、当該行為は、議会または議員に委ねられている裁量の範囲を逸脱した違法な行為であったとみなされており、その裁量の範囲が問題になります。
(2)議会または議員に委ねられている裁量の範囲については、そもそも、地方議会の議員は、国会議員の場合のように免責され(憲法第51条)、幅広い裁量権が認められているのではないか、という点が問題になります。
 この点については、最高裁判所昭和42年5月24日判決においても指摘されているように「地方議会の議員にあっては、憲法第51条が国会議員について認めていると同様の特権が憲法上保障されているわけではない。」とされていますので、地方議会の議員は、原則として、議会活動を行うにあたりその発言等により市民の権利、就中(なかんずく)、市民の名誉権や思想良心の自由を侵害することがないように注意すべき義務を負い、議会内での議員の[自由な発言等]の裁量性は、当該発言等の行為が違法であるか否かを決するに際して考慮すべき一事情であるに止まるものと解することになります。
(3)そうすると、地方議会・地方議員の行為については、国会の立法行為のような広範な裁量を認めることはできず、また、国会議員の免責特権のような不法行為責任の免除も認められませんので、当該議員の質問が市民であるA法人の権利を侵害しないように活動すべき義務に違背する行為であった場合には、当該行為は、原則として国家賠償法上の違法の評価を受けることになります。
 具体的に「A法人の業務内容や補助金申請や契約代金の決定等の手続きがずさん極まりない」という発言をしたことが、名誉棄損としての違法性阻却事由である「公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったとき」(刑法第230条の2)に該当するかどうかで、違法性が判断されることになります。

3、結論
 具体的な判断は、A法人の業務内容や補助金制度の趣旨、契約代金の真偽等を確定しながら、「公共利害が事実か否か」「議員の発言が公共の利益を図る意図に基づくものであったか否か」「議員の発言した当該事実は証拠上真実を認められるものかどうか」を個別的に判断し、確定を行うことになりますが、仮に、違法であった(違法性阻却事由への該当性が認められなかった)場合には、地方議員は国家賠償法第1条の「公務員」に該当しますので、議員個人ではなく、その地方公共団体(代表者首長)が損害賠償責任を負うことになります。
 (ここで、個人的に腑に落ちないのは、仮に自治体執行部への反対派議員が敢えて執行部支持派のA法人を非難した質問を行った場合に国家賠償訴訟が提起された場合には、A法人は反対派の当該議員を訴えるのではなく、支持する自治体執行部の地方公共団体(代表者首長)を訴える形となってしまうことです。A法人は訴訟提起がやりにくいのではないでしょうか。)



以 上

本妻と内縁の妻のどちらが?~年金受給権者の裁定~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



地方自治体においても、死亡退職や扶養認定等の共済事業の支給関係で「内縁の妻」の認定が問題となる例があると思いますが、今回は、年金支給関係での事例を検討してみたいと思います。

(事案Ⅰ)
 A子さんは、元の会社を転職で退職した後に、会社の元上司(甲男)と親しくなり、「今、妻B女とは離婚協議中で、離婚したら結婚して欲しい。」との申し入れを受けて、同居するようになり、転職先も退職して甲男の生活を支えて15年ほどになりました。その間、妻B女との離婚協議は進まず、妻B女と一緒に生活していた子供が成人になってから12年間ほど生活費の送金もしないまま、離婚協議も絶え、交流が全くない状態が続きました。甲男は、ある日「僕も会社の定年が近くなる。君を籍に入れないといけないね。」と言ってやむなく離婚調停を申し立て、ようやく離婚調停が成立するという時期に、調停成立を待たないで甲男は急死しました。
 A子さんは甲男の厚生年金の遺族年金を受け取ることができるのでしょうか。それとも、甲男の相続人は、離婚までに至っていないので、妻B女(及び子供)が受け取るのでしょうか。

(事案Ⅱ)
 C子さんは、元の会社を転職して働いていたが、会社の元上司(乙男)と親しくなり、乙男には妻D子と子供がいるのを知りながら、男女の関係の交際を20年続けていたが、乙男が「子供も独立したので、これからは、C子と一緒に住む。」と言ってくれたので、転職した会社を辞めて、乙男と一緒に生活(C子も乙男も同居先に住民票を移転して夫婦同様の生活)をした。乙男は、妻D子と別居するに際して、乙男名義の預金や金融証券等の一切を交付していて、C子と同居してから給与の定期的な送金はしていなかった。妻D子は乙男の別居とそれまでの不貞行為に対して、C子と乙男に慰謝料請求の裁判と乙男への夫婦関係調整の調停申し立てをしていたが、乙男がなかなか対応しくれないので、別居2年後に、やむなく離婚調停を申し立てて協議をしていたところ、乙男が急死しました。
 C子さんは乙男の厚生年金の遺族年金を受け取ることができるのでしょうか。それとも、乙男の相続人は、離婚までに至っていないので、妻D子(及び子供)が受け取るのでしょうか。

(解説)
第一、事案Ⅰの場合
1、結論から言えば、内縁の妻であるA子さんが甲男の厚生年金の遺族年金を受け取ることができるということになるだろうと考えます。

2、理由は以下のとおりです。
(1)厚生年金保険法の定めはどうなっているの?
①厚生年金保険法第59条第1項で、遺族厚生年金の受給権者(受け取れる人)は、被保険者(甲男)の「配偶者」と定めており、同法第3条第2項では、配偶者には「事実上婚姻関係と同様の事情にある者」も含むと規定しています。
②これらの規定によれば、まず、配偶者は戸籍上の妻であるB女になり、また、内縁の妻としてA子さんも「事実上婚姻関係と同様の事情にある者」として、B女もA子さんも受給権者(受け取れる人)に該当することになってしまいます。

(2)重婚禁止に触れる内縁の妻(A子さん)は、法律に違反しているんじゃないの?
①民法第732条では「配偶者のある者は、重ねて婚姻をすることができない。」として婚姻取消し事由になっています(民法第744条)ので、「婚姻関係と同様の事情」である内縁も重婚状態の内縁関係は許されないことになります。A子さんは、重婚状態で内縁関係に入っていますので、このような内縁の妻を本妻に優先して保護していいのか、疑問が生じます。
②厚生年金保険法と同様な規定を持っている国家公務員共済組合法に関して、内閣法制局昭和38年9月28日決裁例において「配偶者の判断基準について」示されており、「反倫理的な内縁関係にある者は、『配偶者』に含まれる『届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者』には該当しない。」としていますので、この立場からは、A子さんは、年金受給権者にはなれません。

(3)夫婦関係の実態のない妻B女は権利を保障されることにあるの?
 死亡退職金や遺族厚生年金(公務員の場合の遺族共済年金)などは、そもそも、相続財産ではなく、収入の大黒柱を失った遺族の生活保障を目的とするものであり、法定相続人が遺族の場合でも「被保険者によって生計を維持していたもの」という要件が付加されています。そのような観点から、まず、昭和38年9月28日決裁例「配偶者の判断基準について」においては、さらに、「届出による婚姻関係がその実態を失ったものになっている」ときには、例外的に重婚的内縁を認めるとしており、平成23年3月23日厚生労働省年金局長通知(0323第1号)では、「届出による婚姻関係がその実態を失ったものになっている」という判断基準を次のように例示しています。
<例示>
①「当事者が離婚の合意に基づいて夫婦としての共同生活を廃止していると認められるが、戸籍上の届出をしていないとき」
②「一方の悪意の遺棄によって夫婦としての共同生活が行われていない場合であって、その状態が長期間(おおむね10年程度以上)継続し、当事者双方の生活関係がそのまま固定していると認められるとき」
 なお、②の要件のうち、「夫婦としての共同生活が行われていない場合」の要件該当性の判断要素として、
 ⅰ)当事者が住居を異にすること
 ⅱ)当事者間に経済的な依存関係が反復して存在していないこと
 ⅲ)当事者間の意思の疎通をあらわす音信又は訪問等の事実が反復して存在していないこと
の全てに該当することが必要であるとしています。

(4)本事案の結論
①戸籍上の本妻B女は、離婚調停成立直前までいっており、12年間も経済的な繋がりも交流もなかったことから、「一方の悪意の遺棄によって夫婦としての共同生活が行われていない場合であって、その状態が長期間(おおむね10年程度以上)継続し、当事者双方の生活関係がそのまま固定していると認められるとき」に該当するので、受給権者の「配偶者」から除外されます。(ただし、妻B女は、相続人として年金以外の甲男の相続財産を相続します。)
②妻B女が年金受給権者の「配偶者」に該当しないとすれば、重婚的非難を受ける筋合いはないので、A子さんは、厚生年金保険法第3条第2項の配偶者に含まれる「事実上婚姻関係と同様の事情になった者」に該当しますので、A子さんが甲男の厚生年金の遺族年金を受け取ることができるということになります。(ただし、A子さんは戸籍上の妻ではなく単なる内縁関係にすぎないので相続権はありませんから、亡き甲男のその他の遺産は全くもらえません。)


第二、事案Ⅱの場合
1、この事例は、東京地裁平成28年2月26日判決(判例時報2306-48)の事案です。結論としては、事例Ⅰの場合とは異なり、妻D子さんが乙男の厚生年金の遺族年金を受け取ることができる(C子は乙男の遺族厚生年金はもらえない)ということになっています。

2、事例1の解説で述べたとおり、年金受給者の「配偶者」には、法律婚上の配偶者(本妻D子)も事実婚上の内縁の配偶者(内縁の妻C子)も含まれる余地があるのですが、C子さんは、不貞行為を20年も続け、違法な重婚状態で内縁関係に入っていますので、このような内縁の妻を戸籍上の本妻に優先して保護していいのか疑問が生じるのは当然ですし、その点、厚生年金保険法・国家公務員共済組合法に関して、内閣法制局昭和38年9月28日決裁例において「配偶者の判断基準について」示されており、「反倫理的な内縁関係にある者は、『配偶者』に含まれる『届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者』には該当しない。」としていますので、この立場からは、原則からしても、法律婚をしていないC子さんは、年金受給権者にはなれないことになります。

3、妻D子には、遺族厚生年金の受給の要件は備わっているでしょうか?
(1)死亡退職金や遺族厚生年金(公務員の場合の遺族共済年金)などは、そもそも、相続財産ではなく、収入の大黒柱を失った遺族の生活保障を目的とするものであり、法定相続人が遺族の場合でも「被保険者によって生計を維持していたもの」という要件が付加されています(厚生年金法第59条1項では、遺族厚生年金を受けることができる遺族は、被保険者の配偶者、子、父母、孫及び祖父母であって、被保険者の死亡の当時その者によって生計を維持したものとする旨の定めがあります)。

(2)そのような観点から、まず、昭和38年9月28日決裁例「配偶者の判断基準について」においては、「届出による婚姻関係がその実態を失ったものになっている」ときには、例外的に重婚的内縁を認めるとしていますので、まず、本妻D子と被保険者の乙男の別居状態等が「婚姻関係が実態を失ったものになっているかどうか」を判断すしなければなりません。

(3)平成23年3月23日厚生労働省年金局長通知(0323第1号)では、「届出による婚姻関係がその実態を失ったものになっている」という判断基準を次のように例示しています。
<例示>
①「当事者が離婚の合意に基づいて夫婦としての共同生活を廃止していると認められるが、戸籍上の届出をしていないとき」
②「一方の悪意の遺棄によって夫婦としての共同生活が行われていない場合であって、その状態が長期間(おおむね10年程度以上)継続し、当事者双方の生活関係がそのまま固定していると認められるとき」
 なお、②の要件のうち、「夫婦としての共同生活が行われていない場合」の要件該当性の判断要素として、
 ⅰ)当事者が住居を異にすること
 ⅱ)当事者間に経済的な依存関係が反復して存在していないこと
 ⅲ)当事者間の意思の疎通を表す音信又は訪問等の事実が反復して存在していないこと
の全てに該当することが必要であるとしています。

(4)妻D子の「配偶者」要件の具備
 妻D子の場合には、離婚調停は求めていますが、離婚の合意が正式に成立するまでに至っていませんし、夫婦としての共同生活が無くなった期間も2年程度であり、別居後の妻D子は、乙男が残していったD男名義の預金や金融証券等を取り崩して生活してきている面があり、定期的な生活費の仕送りがないとしても、「当事者間に経済的な依存関係が反復して存在していない」とは言えない状況です。
 したがって、妻D子と被保険者の乙男の別居状態等が「婚姻関係が実態を失ったものになっている」とは言えませんので、妻D子においては、「配偶者」要件を満たしていますので、その点で、内縁の妻C子が年金受給者の「配偶者」として認定されることはありません。

(5)次に、配偶者要件が認められた者については、更に生計維持要件に該当することが求められています。生計維持要件の認定基準は政令に託されており、厚生年金保険法施行令第3条の10で、「厚生年金法第59条第1項 に規定する被保険者又は被保険者であつた者の死亡の当時その者によって生計を維持していた配偶者、子、父母、孫又は祖父母は、当該被保険者又は被保険者であった者の死亡の当時その者と生計を同じくしていた者であって厚生労働大臣の定める金額以上の収入を将来にわたって有すると認められる者以外の者その他これに準ずる者として厚生労働大臣の定める者とする。」と定められ、生計同一要件の基準は、厚生労働大臣の定める「厚生労働省年金局長通知」がその認定基準を以下のとおり定めています(平成23年3月23日年発0323第1号厚生労働省年金局長通知「生計維持関係等の認定基準及び認定の取扱いについて」)。
〇認定基準及び認定の扱い
ア 生計維持認定対象者
 遺族厚生年金の受給権者をはじめとする生計維持認定対象者に係る生計維持関係の認定については、イの生計維持関係等の認定日において、ウの生計同一要件及びエの収入要件を満たす場合に受給権者又は死亡した被保険者等と生計維持関係があるものと認定するものとする。ただし、これにより生計維持関係の認定を行うことが実態と著しく懸け離れたものとなり、かつ、社会通念上妥当性を欠くこととなる場合には、この限りでない。
イ 生計維持関係等の認定日
 生計維持認定対象者及び生計同一認定対象者に係る生計維持関係等の認定を行うに当たっては、受給権発生日をはじめとする生計維持関係等の認定を行う時点(以下「認定日」という。)を確認した上で、認定日において生計維持関係等の認定を行うものとする。
ウ生計同一に関する認定要件(以下「生計同一要件」という。)
 生計維持認定対象者及び生計同一認定対象者に係る生計同一関係の認定に当たっては、次に該当する者は生計を同じくしていた者又は生計を同じくする者に該当するものとする。
 生計維持認定対象者及び生計同一認定対象者が死亡した者の父母、孫、祖父母、又は兄弟姉妹である場合
(ア) 住民票上同一世帯に属しているとき
(イ) 住民票上世帯を異にしているが、住所が住民票上同一であるとき
(ウ) 住所が住民票上異なっているが、次のいずれかに該当するとき
 a 現に起居を共にし、かつ、消費生活上の家計を一つにしていると認められるとき
 b 生活費、療養費等について生計の基盤となる経済的な援助が行われていると認められるとき

以上の認定要件からすれば、事案Ⅱの妻D子の場合には、ウの生計同一要件を具備しないことになるのですが、アの「ただし、これにより生計維持関係の認定を行うことが実態と著しく懸け離れたものとなり、かつ、社会通念上妥当性を欠くこととなる場合には、この限りでない。 」という例外条項に該当すると判断できます。東京地裁判決もかかる判断をして、妻D子の遺族厚生年金の受給権を認めています。
(なお、判決の前提となった行政処分では、妻D子の遺族年金申請に対して、「生計維持要件を満たしていない」として不支給処分をしたのですが、この裁判でこの不支給処分は取り消され、「支給裁定をせよ」との義務付け判決がなされました。)



以 上

町の嘱託職員と退職金支給 ~その③~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



≪ 問題点 ≫
 単年度の任用が間断なく30年継続した非常勤職員甲女(辞令では嘱託学校図書館司書)に対して、地方公務員法上の一般職員と同様な勤務態様・勤務実績であったことを理由に、地方公共団体が条例で定める一般職の退職金手当の支給を受ける権利が発生するか?


 前回の「町の嘱託職員と退職金支給~その②~」で、福岡高裁平成25年12月12日判決(判例地方自治389-26)判決で「町の嘱託職員にも退職金支給ができる」旨の判決を紹介したところですが、当該事案の最高裁判決(最高裁平成28年11月17日判決:判例地方自治403号33頁)で、逆転判決(「町の嘱託職員には退職金支給ができない」という結論)となっていることが分かりましたので、改めて、条例制定主義による退職金の支給の限界について述べさせていただきます。

1.福岡高裁判決は、嘱託学校図書館司書である甲女の任用された職が地方公務員法第3条第2項所定の一般職に当たるとするとともに、甲女は本件職員退職手当に関する条例第2条第2項(「12ケ月を越え、以後引き続き所定の勤務時間により勤務するとされている者」)の要件を満たしており、本件条例の規定は甲女にも適用されるなどとして、甲女の退職手当金請求を認容すべきものとしていました。私的意見としても、この判決は、公務員の場合でも、民間企業での終身雇用の正社員と有期雇用の非正規社員との差異を無くそうとしている労働法規制と共通する面があると評価しています。


2.しかしながら、最高裁判決(平成28年11月17日判決:判例地方自治403号33頁)は、以下のように述べています。

(1)○○町が市に編入される前は○○町教育委員会嘱託雇用職員、嘱託学校司書、○○町嘱託職員等の名称で任用され、また、上記編入後は市の規則において地方公務員法第3条第3項第3号所定の特別職の非常勤職員として設置する旨が定められていた○○教育センター嘱託員として任用されているのであるから、○○町及び市は、甲女が任用された職を同号所定の特別職として設置する意思を有し、かつ、甲女につき、それを前提とする人事上の取扱いをしていたものと認められる。

(2)そうすると、甲女の在任中の勤務日数及び勤務時間が常勤職員と同一であることや、甲女がその勤務する中学校の校長によって監督される立場にあったことなどを考慮しても、甲女の在任中の地位は同号所定の特別職の職員に当たるというべきである。

(3)平成4年の本件条例の改正において、本件条例の適用対象となる者に係る規定の文言が、それまで「一般職…の職員」とあったものを「職員(地方公営企業等の労働関係に関する法律(昭和27年法律第289号)第3条第4号の職員及び単純な労務に雇用される一般職の職員を除く。)」と改められたものの、上記改正の際に市議会に提出された条例案には、国家公務員の退職手当支給率に準じるために所要の改正をすることが上記改正の理由である旨の記載がされているにとどまり、上記改正が地方公務員法第3条第3項所定の特別職の職員を本件条例の適用対象に加える趣旨によるものであったとの事情はうかがわれない。

(4)本件退職手当条例は同項第3号所定の特別職の職員には適用されないものと解すべきであり、嘱託職員及び特別職たる甲女は、本件退職手当条例に基づく退職手当の支払を請求することはできないというべきである。


3.結局、公務員の場合には、民間において有期雇用の連続性により正社員と同様の取り扱いがなされるという面には関係なく、有期雇用の連続性があったとしても、給与条例制定主義(地方自治法第204条の2、地方公務員法第25条)の立場から、地方公務員法に反しない範囲で、条例で明確に定めない限り、退職手当の支払いはできないとされてしまうようです。
 同じように、給与条例主義の観点から、地方公営企業(公営競艇場)職員の臨時従業員(ただし、業務であるボートレース開催時期には雇用を繰り返す)に対して、条例で退職金支給適用もなかったところ、市が臨時従業員の福利団体である共済会へ補助金を交付して、共済会から雇用継続の無い臨時従業員に対して「離職せん別金」名目で退職金を与えていた事例において、一審裁判所、控訴審裁判所も、当該寄付金は退職金として相当な離職せん別金として使用されていることから「公益性」があるとしたのですが、最高裁判所(最高裁判決昭和28年7月15日)は、以下のように判断して、逆転判決をしています。
①「本件補助金は、実質的には市が共済会を経由して臨時従業員に対して退職金を支給するために交付したものである。」
②「地方自治法は、普通地方公共団体は法律又はこれに基づく条例に基づかずにいかなる給与その他の給付も職員にすることができない旨を定めている。」
③「本件補助金交付当時、離職せん別金又は退職手当を支給する旨を定めた条例規定はなく、賃金規程にも臨時従業員の賃金種類に退職手当は含まれていなかった。また、臨時従業員は、給与条例の定める退職手当の支給要件を満たさない。」
④「したがって、本件補助金交付は、給与条例主義を潜脱するのであり、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したもので、違法である。」
として、条例に定めのない臨時従業員への退職金支払いはできないという立場を示しています。



以 上

町の嘱託職員と退職金支給 ~その②~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



≪ 問題点 ≫
 単年度の任用が間断なく30年間継続した非常勤職員甲女(辞令では嘱託学校図書館司書)に対して、地方公務員法上の一般職員と同様な勤務態様・勤務実績であったことを理由に、地方公共団体が条例で定める一般職の退職金手当の支給を受ける権利が発生するか?


 前回に引き続き、今回は、判例の見解を紹介します。判例としては、大分地裁中津支部平成25年3月15日判決とその控訴審福岡高裁平成25年12月12日判決(判例地方自治389-26)の二つがあります。

1.大分地裁中津支部平成25年3月15日判決の内容
 第一審判決は次のように判示しています。

(1)昭和28年制定の退職手当条例では、支給対象者は一般職公務員以外に特別職公務員も含まれる(但し、常時勤務者)と解される余地もあるが、昭和31年に本条例とは別個に単独条例として特別職退職手当条例が制定されたことにより、非常勤の特別職の職員には退職手当が支給されていなかった実情に伴い、同条例が特別職の職員全体を対象としつつ、市長等の常勤の特別職の職員のみに退職手当を支給し、他方、非常勤の特別職の職員には退職手当を支給しないとすることも合理性があり、特別職退職手当条例は、特別職の職員全体に対する退職手当に関する条例として創設されたというべきであるから、同条例の成立により、特別職の職員に昭和28年制定の職員退職手当条例が適用される余地はなくなったと解すべきである。

(2)甲女が一般職の職員に当たるかどうかは、地方公務員法第3条第3項第3号の「臨時又は非常勤の顧問、参与、調査員、嘱託員及びこれらの者に準ずる者の職」に該当するかどうかによって決まるが、同号の趣旨は、一定の学識、知識、経験、技能等に基づいて、随時、地方公共団体の業務に参画する者については、その特殊性にかんがみ、競争試験(同法第17条の2)や職階性(平成26年6月改正前同法第23条)などを定める地方公務員法の一般的規定の適用を受けない特別職として認容、処遇することを認めたものと解される。ある職員が同号に定める特別職に該当するかどうかは、その職務内容、任命権者の意思、勤務態様等を総合して判断すべきである。
 甲女に関しては、一般職の職員の任用として必要となる選考試験等が実施された事実はうかがわれない。また、勤務実態についてみれば、勤務日数及び勤務時間の点で他の常勤職員と同一であり、校長の監督を受ける立場にあり、勤務成績が良くない場合には町長(後の合併により市長)によって解任される場合があるとされているなど、一般職の職員と共通するところがあると認められるが、勤務実態のみから、臨時又は非常勤の嘱託員として任用することが禁止されるとまでは言えないから、これらの事情によって直ちに甲女が一般職の職員と認められるものではない。
 以上の事情を総合的に考慮すると一般職の職員に該当するとは認められない。

(3)なお、原審(第一審)においては、条例第2条第2項の検討はしていません。

(4)この第一審判決は、有期雇用の連続性については、「勤務日数及び勤務時間の点で他 の常勤職員と同一である。」として認めながら、「勤務実態のみから、臨時又は非常勤の嘱託員として任用することが禁止されるとまでは言えない。」として、特段の評価はしていませんし、逆に一般職職員が、民間企業の従業員採用と異なり、地方公務員法で採用時点で競争試験や選考試験が課されている点を重視しているようです。公務員の地位は入口の問題がクリアーされないと、民間企業での労働法規制の考え方は適用されないのかも知れません。その意味で、条例第2条第2項の雇用の連続性の判断も連続性なしという判断だったのかもしれません。

2.福岡高裁平成25年12月12日判決(判例地方自治389-26)の内容
 しかしながら、その控訴審(第二審)判決は、次のとおり、逆な判断をしています。

(1)甲女は、以下のとおり「一般職の職員」に当たると言えるので、昭和28年制定の職員退職手当条例第1条の「職員」に特別職が含まれるかどうかについては判断する必要はない。

(2)ある職員が地方公務員法第3条第3項第3号に定める特別職に該当するか否かは専門性を有することは当然のこととして、その専門的な学識や知識等を、常時ではなく、臨時ないし随時業務に役立てる状況にあるかどうかが重視されなければならない。従って、勤務時間や勤務日数などの勤務条件や職務遂行に際して指揮命令関係があるかどうか、成績主義の適用があるか等が正規の職員と異なるかどうかで判断されるものである。
 本件においては、甲女は、中学校の学校図書館において、勤務日数や勤務時間の点で正規職員(一般職の職員)と異なることなく勤務しており、その勤務条件からすれば他職に就いて賃金を同時に得ることは不可能であり、校長による監督を受ける立場にあり、勤務成績が不良である場合には、町長(後の合併後市長)によって解任される場合があるとされていた。(そうであれば、甲女の立場は一般職の職員として採用されるべき勤務実態であった。)
 そうである以上は、任命権者である○○町教育員会が甲女の任用通知書等に「地方公務員法第3条第3項第3号の非常勤嘱託職員」と記載して、その意図が非常勤嘱託職員として甲女が図書館司書としての専門性に着目して任用したものであったとしても、地方公務員法の解釈を誤って任用したものであるから、そのことをもって甲女が特別職の職員であると認定することはできない。
 また、選考試験の実施の有無が定かではないが、選考試験を経てないとしても、そもそも、採用当時、図書館司書の資格を有する応募が予想される状況にあったかも疑問である。(選考試験の有無を重視すべきではない。)
 従って、甲女は一般職の職員に当たるというべきである。

(3)甲女が条例第2条第2項の「職員以外の者」に当たることは当事者間に争いはないので、仮に、甲女が一般職の職員に当たらないとしても、条例第2条第2項の要件を満たすかを判断しておく。
ア.甲女は正規の職員について定められている勤務時間と同一条件で勤務し、月内の勤務日数も正規の職員と同じであり、任期は会計年度ごとの1年間であったことから期間の満了をもって任期は終了していたが、期間満了後空白期間なく再び任用されていたのであるから、正規の職員について認められている勤務時間以上勤務した日が18日以上ある月が「12ケ月を越え、以後引き続き所定の勤務時間により勤務していた者」(条例第2条2項)に該当する。甲女のように、単年度の任用が間断なく継続した者についても条例第2条第2項の適用を排除すべきではない。
イ.従って、甲女は、本条例第2条第2項の要件を満たすものでもある。

3.この控訴審(第二審)判決では、甲女の勤務実態が一般職の職員と同様であること、1年期限雇用でも間断なく継続されてきていたことの実態を重視し、任用通知書での形式的内容には重きを置いていません。これは、民間企業を対象とする労働法規制の考え方と共通する面があります。  ちなみに、国家公務員の場合には、以下のような定めがあり、仮に有期雇用の期間満了で一旦退職したとしても、国家公務員退職手当法第7条 (勤続期間の計算)で、退職日と次の勤務日が連続した場合は「引き続いて雇用している」こととみなしています。

○国家公務員退職手当法第2条第2項 (適用範囲)
 職員以外の者で、その勤務形態が職員に準ずるものは、政令で定めるところにより、職員とみなして、この法律の規定を適用する。(=退職手当を支給する)

○国家公務員退職手当法施行令第1条第1項第2号 (非常勤職員に対する退職手当)
 前号に掲げる者以外の常時勤務に服することを要しない者のうち、内閣総理大臣の定めるところにより、職員について定められている勤務時間以上勤務した日(法令の規定により、勤務を要しないこととされ、又は休暇を与えられた日を含む。)が 引き続いて12月を超えるに至つたもので、その超えるに至つた日以後引き続き当該勤務時間により勤務することとされているもの

○国家公務員退職手当法第7条 (勤続期間の計算)
第7条 退職手当の算定の基礎となる勤続期間の計算は、職員としての引き続いた在職期間による。
2 前項の規定による在職期間の計算は、職員となつた日の属する月から退職した日の属する月までの月数による。
職員が退職した場合(第12条第1項各号のいずれかに該当する場合を除く。)において、その者が退職の日又はその翌日に再び職員となつたときは、前2項の規定による在職期間の計算については、引き続いて在職したものとみなす。



以 上

町の嘱託職員と退職金支給 ~その①~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 新年明けましておめでとうございます。新年を迎えると、すぐに新卒採用、退職等の人事異動の春―3月がやってきます。公務員関係における労働法の適用解釈は私も悩むことが多い分野です。
 今回は、退職金支給面で、公務員の有期雇用職員・嘱託職員の立場を考えてみたいと思います。

( 問題点 )
 単年度の任用が間断なく30年継続した非常勤職員(辞令では嘱託学校図書館司書)には、地方公務員法上の一般職員と同様な勤務態様・勤務実績であったことを理由に、地方公共団体が条例で定める一般職の退職手当の支給を受ける権利が発生するのでしょうか。

( 解 説 )
1.地方公務員の種類
 雇用期間を1年間とする嘱託職員を採用する例は広く地方公共団体の職員採用においても行われています。地方公務員法(以下「地公法」という。)第3条は、地方公務員を一般職と特別職に分け、特別職を、就任について公選又は地方公共団体の議会の選挙、議決若しくは同意によることを必要とする職(第3項第1号:市町村長・議員・審議会委員等)や臨時又は非常勤の顧問、参与、調査員・嘱託員及びこれらの者に準ずる者の職(第3項第3号)などと規定し、地公法の規定(第28条の2、定年制の定め有り)は、一般職の公務員に適用し、特別職の公務員には適用しないとしています(同法第4条)。
 地方公共団体では、地公法第17条の2で定める競争試験を実施しないで、1年間を雇用期間とする臨時職員や嘱託職員を採用している例が多いようですが、そのような臨時職員の雇用期間を1年ごとに更新(1年ごとの辞令交付)をして、通常の一般職員と同様に定年まで雇用継続された場合でも、一般職の公務員とはならないのでしょうか。

2.民間企業での有期雇用の継続的更新の場合の問題点
(1)民間企業の場合にも、有期雇用労働者(雇用期間を6か月間又は1年間と限定)を多く採用する例が増えてきました。不況又は生産調整時の雇用調整として、短期間労働で雇用期間の満了と同時に辞めさせることができるパートやアルバイトなどが典型です。しかし、このような有期雇用労働者は、勤務時間も仕事内容も正社員と同じでありながら時間給で賞与無しという給与割安での採用方法に流用され、1年間の雇用も継続更新され長期間雇用されるという形になっているにもかかわらず、労働需要が低下した時期に突然雇い止め(期間満了・更新無し)されても法的な救済がされないという実態が生じていました。

(2)このような有期雇用の実態に対して、まず、最高裁判例(東芝柳町工場事件・昭和49年7月22日判決、日立メディコ柏工場事件・昭和61年12月4日判決)で
ⅰ)反復更新された常用的臨時工の労働契約関係は、「実質的に期間の定めのない契約と変わりがない」ので、更新拒絶の意思表示は「解雇」と実質的に同じであり、したがって解雇に関する法規制が類推適用される、という理論
ⅱ)有期契約が期間の定めのない労働契約と実質的に同視できない場合でも、「雇用継続に対する労働者の期待利益に合理性がある場合」は、解雇権濫用法理を類推し、雇止めに合理的理由を求めるという理論
を構築し、雇い止めは自由にできないという制限法理を作りました。
 この理論は、解雇については、正社員の解雇の場合と同様に扱うということを意味し、平成26年4月1日改正施行の労働契約法で次のとおり条文化されました。

○労働契約法第19条(有期労働契約の更新等)
  有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。
一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。

(3)労働基準法や労働契約法の直接適用が無いとされる公務員の場合にも、嘱託職員としての短期雇用期間を連続更新した場合には、一般職の公務員の権利と同等の権利を持つようになる可能性があるのではないかという点を検討する必要があります。例えば、退職金支給条例に次のような規定があった場合に、臨時職員・嘱託職員は支給対象者に含まれないでしょうか?

 実際に裁判になった事例で検討していきましょう。

<条例>○○町職員の退職手当に関する条例(昭和28年制定)
第1条(目的)
 この条例は職員(地方公営企業等の労働関係に関する法律に定める職員を除く)の退職手当に関する事項を定めることを目的とする。
第2条(退職手当の支給)
1この条例の規定による退職手当は、前条に規定する職員のうち、常時勤務に服することを要するもの(地方公務員法第28条の4第1項、第28条の5第1項又は第28条の6第1項若しくは第2項の規定により採用された者を除く。以下「職員」という。)が退職した場合、その者(死亡による退職の場合にはその遺族)に支給する。
2職員以外の者のうち、職員について定められている勤務時間以上勤務した日(法令又は条例若しくはこれに基づく規則により、勤務を要しないこととされ又は休暇を与えられた日を含む。)が18日以上ある月が引き続いて12ケ月を超えるに至ったもので、その超えるに至った日以後引き続き当該勤務時間により勤務することとされているものは、職員とみなして、この条例の規定を適用する。

ア.この条例では、第1条で退職手当支給対象者から地方公営企業等の職員が除外され、次に第2条第1項で、定年退職後の再雇用職員が除外されていますが、「常時勤務に服することを要するもの」と定めるだけで、いわゆる一般職の公務員と特別職の公務員を区別していませんでした。
イ.次に、○○町では、昭和31年地方自治法改正(第204条の2「普通地方公共団体は、いかなる給与その他の給付も法律又はこれに基づく条例に基づかずには、これをその議会の議員、第203条の2第1項の職員及び前条第1項の職員に支給することができない。」を追加改正)によって、特別職の職員の退職手当について、一般職の職員の退職手当とは別個に単独条例として制定することとし、昭和31年12月に、以下の特別職退職手当条例を制定しました。

<条例>○○町