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「俳句・川柳と裁判」(その②)~~「梅雨空に 九条守れの 女性デモ」の俳句と表現の自由 ~~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




1、前回紹介した俳句「梅雨空に 九条守れの 女性デモ」を覚えておられますか。
この俳句は、従来から続いているB公民館活動のA俳句会で創作され、「優秀句」に選ばれた俳句です。A俳句会での優秀句は、B公民館のサークル案内等の記事を掲載する「公民館たより」に掲載(過去3年8ケ月され、自治会で回覧されるとともに、地域の小学校等にも配布されていました。
 ところが、A俳句会から本件俳句の提出を受けた「公民館たより」の編集・発行業務を担当するB公民館の主幹が、この俳句を「公民館たより」に掲載するのは問題ではないかと考え、B公民館館長に問い合わせをしたところ、「不適当」と回答があったことから、掲載しないことについて拠点公民館の職員とも協議して「掲載しない」ことを決定し、その旨を、A俳句会関係者に伝え、掲載しなかったという事案が裁判になりました。
(さいたま地方裁判所平成29年10月13日判決・九条俳句不掲載損害賠償等請求事件:判例地方自治426号―102))

2、裁判でのX創作者の請求内容は、公民館を管理運営しているY市に対し、A俳句会とB公民館は、A俳句会がB公民館に提出した俳句を「公民館たより」に掲載する合意をしたと主張し、同合意に基づき、X創作者が詠んだ俳句を同たよりに掲載することを求めるとともに、B公民館(その職員ら)が俳句を掲載しなかったことは、X創作者の思想や信条を理由として不公正な取り扱いをしたというべきであるから国家賠償法上違法であるとして、慰謝料200万円を求める内容でした。
 それに対して、Y市の反論は、まず、掲載する旨の合意はないということと、本件たよりは、B公民館の主催行事の案内等の広報をする刊行物であって、同公民館を使用する個々の団体の活動成果を発表する役割まで担っているものではないし、B公民館が、本件俳句を本件たよりに掲載しなかったことには、正当な理由があり、違法性はない。すなわち、B公民館が、本件俳句を本件たよりに掲載することは、世論の一方の意見を取り上げ、憲法第9条は集団的自衛権の行使を許容すると解釈する立場に反対する者の立場に偏することとなり、中立性に反する。公民館の職員は公務を行う上で、公務員として中立性や公平性・公正性に配慮した姿勢を保たなければならず、本件たよりに掲載する記事の内容も中立性や公平性・公正性が保たれたものとしなければならないのであるから、掲載しないことがX創作者の権利を侵害したことにはならないと主張しました。

3、考えてみましょう。
 前号の人権制約二重の基準では、精神的自由権の制約には「厳格な基準」が適用されます。創作俳句に対して、その表現内容を公権力が事前に内容把握し公表すること自体を禁止することは許されるでしょうか。厳格な基準では「事前抑制禁止の理論」「検閲禁止の理論」があり、表現内容を事前にチェックして一切の公表を禁止することは憲法違反となります。
しかし、本件では、一切の公表を禁止する趣旨で「掲載しない」としていることになるでしょうか。そこに疑問が残ることになります。 次に、公民館たよりの不掲載が仮に違法・憲法違反だったとしても、「掲載請求権」まで認められるのでしょうか。実は、新聞や機関紙などを発行する立場にある人も、発行人としての「表現の自由」が保障されています。その意味では。Y市の公民館も、活動としての「表現の自由」が認められます。それは、「他の誰にも強制されないで発行できる(表現できる)」という意味での「表現の自由(編集の自由)」なのです。それに対して、俳句創作者からの掲載請求権を認めると、逆に、公民館たよりとしての表現の自由を侵害してしまうことになります。 結局は、掲載請求権は、掲載の契約(合意)があるか又は人権侵害として損害賠償では賄えないほどの人格権侵害状態になっているか等の別個の事情がない限り、認められないのではないでしょうか。

4、さいたま地方裁判所平成29年10月13日判決の内容
(1)さいたま地方裁判所の判決では、表現の自由の問題以外に「学習権」についての詳細な検討もしていますが、表現の自由の侵害の有無と不掲載がX創作者の人格権等の他の権利を侵害しているか否かを中心に紹介したいと思います。
(2)掲載合意について
 判決は、掲載する旨の合意があり、Y市B公民館は俳句を掲載する義務があるかどうかという点については、「3年8ケ月前に、公民館から本件A俳句会に公民館たよりに俳句を掲載してはどうかという提案があり、A俳句会が承諾し3年8ケ月間も掲載が続いており、掲載についての一定の合意があったと認められるが、その合意内容としては、本件句会の会員は、B公民館の主幹が、本件A俳句会から提出された俳句が、本件たよりの紙面を彩るのにふさわしいかどうかを検討して、掲載するかどうか決めることを了承していたものと認められる。そうすると、本件B公民館たよりの編集権限は、事実上、B公民館の主幹にあり、本件たよりに俳句を掲載するかどうかは、B公民館の主幹の判断に委ねられていたものというべきである。従って、本件合意の内容は、A俳句会が俳句の提供義務を負い、B公民館が本件俳句会から提出された秀句をそのまま本件たよりに掲載する義務を負うといったものではなく、本件A俳句会が俳句を提供し、本件たよりの事実上の編集権限を有するB公民館の主幹が、本件たよりの紙面を彩るために有効であるとして掲載することを決めた場合、俳句を掲載するというものにすぎなかったと解するのが相当である。」として、俳句掲載義務はないとして、原告(X創作者)の掲載請求については棄却しました。

(3)表現の自由・人格権等の侵害による損害賠償義務を負うか。
判例は、X創作者の表現の自由又は人格権侵害の点については
① 表現の自由については
 「原告は、本件たよりという特定の表現手段による表現を制限されたにすぎず、同人誌やインターネット等による表現が制限されたわけではない上、特定の表現手段による表現の制限が、表現者の表現の自由を侵害するものというためには、同人が、この表現手段の利用権を有することが必要と解される(ある者が国営の新聞社に対し、投書をしたところ、同社が同投書を投書欄に掲載しなかったからといって、これが、同人の表現の自由を侵害するということはできないことは明らかである。)から、本件においては、原告が、本件俳句を本件たよりに掲載することを求めることができる掲載請求権を有することが必要となるところ、上記のとおり、原告には、本件俳句の掲載請求権があるということはできない。(したがって、原告X創作者の表現の自由を侵害したとは言えない)。」と判断しています。
② 人格権等の侵害の有無と損害賠償については
ア 「憲法第9条が、集団的自衛権の行使を許容すると解釈すべきかどうかについて、賛否が分かれていたものの、賛成・反対いずれの立場も、憲法第9条を守ること自体については一致していたのであるから、本件俳句の「九条守れ」との文言が、直ちに世論を二分するものといえるかについても疑問を容れる余地があるところ、B公民館が本件俳句を本件たよりに掲載しないこととするに当たって、B公民館及び拠点公民館の職員らが、この点について検討した形跡はない。上記のとおり、B公民館及び拠点公民館の職員らは、B公民館が本件俳句を本件たよりに掲載しないこととするに当たって、本件俳句を本件たよりに掲載することができない理由について、十分な検討を行っておらず、B公民館は、このような不十分な検討結果をもとに、本件書面1(X創作者に対するB館長名義での回答文書「公民館たよりへの俳句不掲載について」)記載の内容を根拠として、本件俳句を本件たよりに掲載しないこととし、その後、本件書面1記載の内容が不適切であったことを認めた上、本件俳句を本件たよりに掲載することができない理由について、本件書面2(B館長名義での回答文書「公民館たよりへの俳句不掲載についての訂正について」)記載の内容に変更するなど、場当たり的な説明をしていたものである。以上によれば、B公民館が本件俳句を本件たよりに掲載しなかったことに、正当な理由があったということはできず、B公民館及び拠点公民館の職員らは、原告が、憲法第9条は集団的自衛権の行使を許容するものと解釈すべきではないという思想や信条を有しているものと認識し、これを理由として不公正な取扱いしたというべきである。」
イ 「B公民館及び職員らが、原告(X創作者)の思想や信条を理由として、本件俳句を本件たよりに掲載しないという不公正な取扱いをしたことにより、法律上保護される利益である本件俳句が掲載されるとの原告の期待が侵害されたということができるから、B公民館が、本件俳句を本件たよりに掲載しなかったことは、国家賠償法上、違法というべきである。」
ウ 「原告が本件俳句を不掲載にされたことによって受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては5万円が相当である。
(請求額は200万円)」と判断しています。

5、最後に
 結果としては、自治体側は、俳句作品の不掲載は、合理的な不掲載理由の検討や説明をしないまま、従前の取り扱いとは異なった処理をしていることから、国家賠償法上の違法な処理になるということで、損害賠償義務を負うことになりました。
 人の表現物を十分に理解しないまま不利に取り扱うことは、法律上問題があることに留意していただきたいと思います。民主主義は、自分の意見と違う意見があることを当然に前提とした思想なのです。私たちは「正しい意見」という判断ができるのではなく、「多数の人が正しいと思っているに過ぎない意見」を形成していくことしかできないのです。



以 上

「俳句・川柳と裁判」(その①)~「梅雨空に 九条守れの 女性デモ」の俳句と表現の自由 ~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




1、俳句と川柳の違い
 川柳も俳句も同じ<五・七・五>の17音定型で表現する日本文学のジャンルであるのですが、私もその違いが十分には分からないので、調べてみました。どこで川柳と俳句の違いをみるのか、形式の違い、内容の違い、歴史上の違いの三点でみるのだそうです。

(1)<形式的違い>
 俳句には<季語>が必用ですが、川柳では季語にはこだわらないという違いと、俳句には<切れ字>が必用ですが、川柳ではその切れ字にも特にこだわらないという違いや、俳句は、主に<文語>表現を多く使い、川柳は<口語>表現を使うのが普通だという違いなどがあるようです。
(2)<内容的違い>
 俳句は、主に自然を対象に詠むことが中心ですが、川柳では、人事・世相・政治を対象に切り取ることが中心です。俳句では、詠嘆が作句のもとになり「俳句を詠む」といいますが、川柳では、詠ずるのではなく「川柳を吐く」といい、詠ずるものではないとされているようです。
(3)<歴史上の違い・俳諧からの分岐の違い>
 俳句も川柳も、同じ俳諧の中から生まれましたが、俳句は、俳諧の<発句ほっく>(さいしょの一句)が独立したもので、季語、切れ字等の発句にとっての約束事がそのまま引継がれ、川柳は、俳諧の<平句ひらく>が独立して文芸となったもので、発句として必用な約束事がありません。題材の制約はなく、人事や世相、人情までも扱われます。

2、俳句も川柳も表現方法のひとつである。
 俳句も川柳も日本文学のジャンルの一つですが、法律的には、学問の自由(憲法23条)、表現の自由(憲法21条)の「表現」方法になります。
 学問の自由には、研究成果の発表の自由も当然含まれるし、研究文ではなく創作文である自作俳句・自作川柳であっては、学問の自由に含まれない場合であっても、憲法21条の表現の自由により、公共の福祉に反しない限り(憲法13条)、自作俳句や自作川柳を発表することは憲法上保障されています。

3、表現の自由に関する裁判での審査方法について
(1)例えば、裁判で問題となった俳句の例で、「梅雨空に 九条守れの 女性デモ」という俳句を創作した方が、この俳句を、色々な場所で紹介(発表)することは、公共の福祉に反するかどうかという点から、問題になるでしょうか?
 昨今、憲法改正の議論でも取り上げられている憲法9条の「戦争の放棄」条項を改正するかどうかの争いがあります。
改正反対の人は、現代の政治問題を女性が平和を守る自然な姿を映し出している良い俳句だし、公共の福祉には当然反しないと考えるでしょう。改正賛成の人は、政治的な意図をもって憲法改正の手続きを邪魔するので、公共の福祉に沿うものではないと考える人もいるでしょう。特に、政治的中立であるべき公共団体がこの句を利用することや発表することは好ましくないと考える人もいるでしょう。
 このような、憲法の「公共の福祉」の観点から、憲法で保障されている表現の自由などの人権を侵害するかどうかを最終的に判断する役目であるのが、裁判所(最高裁判所)なのです。
 憲法81条に「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。」と定めてあります。

(2)裁判の判断基準(二重の基準)
① 裁判所で、憲法で保障されている人権(営業の自由などの経済的自由権、表現の自 由などの精神的自由権等)が侵害されているかどうかの判断をする場合に、法理論上又は判例理論上、「二重の基準」というものが示されています。
② まず、憲法の人権(自由権、平等権)に関しては、私有財産制を基礎とした経済活 動の自由を意味する「経済的自由権」と私的自治の原則(意思自治の原則)を基礎とした政治手段の自由を意味する「精神的自由権」があるとされています。
 憲法22条の職業選択の自由や憲法29条の財産権の保障などは「経済的自由権」の範ちゅうとされ、憲法19条の思想及び良心の自由や憲法20条の信教の自由、そして憲法21条の表現の自由は「精神的自由権」の範ちゅうとされます。
③ 次に、判断基準として、精神的自由については、その制限の適否については「厳格な基準」が適用され、経済的自由権については「緩やかな基準」が用いられています。 「厳格な基準」では、精神的自由権は基本的には制約できず、制約できるとしても、その制約方法は「厳格な基準」要件を満たす場合に限って合憲となるという考え方で、
ア.事前抑制禁止の理論
イ.明確性の理論
ウ.「明白かつ現在の危険」の基準
エ.「より制限的でない他の選びうる手段」(LRAの基準)
等で判断されます。
 他方、「緩やかな基準」では、経済的自由権は、基本的には経済政策上の必要性・合理性があれば制約できるということになり、誰の目から見ても明らかに不合理という場合以外は、裁判所は、その制約について違憲という判断をしないという考え方です。
④ なぜ、精神的自由権と経済的自由権とで憲法判断基準がこのように違うのでしょうか?理由は2つあります。
 1つ目は、統治機構の基本をなす民主政の過程(権力を担うものを国民の表現である選挙で選ぶ)との関係からの違いです。
民主制の政治を支える精神的自由権は、これをむやみに制限されたら(誰も意見や発言できなくなったら)民主主義による決定ができなくなりますし、政治権力者の思いのままになってしまうからです。
 また、一旦制約されてしまうと、制約から回復できる手段(反対意見を言って改善する方法)も奪われており、人権回復はできなくなります。
 したがって精神的自由権は、政治権力者ではない公平な裁判所・裁判官がしっかりと守らなければならない権利とされているのです。
 他方、経済的自由権の不当な侵害については、表現の自由が保障されている限り、民主制の過程で(言葉で表現して多数派を形成できる可能性が残されているので)不当な侵害から修正回復できる手段が残されています。
 2つ目は、裁判所の審査能力との関係からの違いです。
 経済的自由の規制については、社会、経済政策の問題が関係することが多いので、専門知識を必要とします。裁判所は法理論による判断機能はありますが、そうした政策関係の専門知識があまりなく、審査能力が乏しいといえます。そこで、裁判所としては、特に明白に不合理であると認められない限り、立法府の種々の政策に基づいた法律制定の判断を尊重して違憲とはしないということになります。  
 その点、精神的自由の規制については、法理論以外の経済政策的な点は判断する必要はありませんので、裁判所が法理論的に純粋に判断できることになります。  
 以上の点から、精神的自由については「厳格な基準」、経済的自由権については「緩やかな基準」が用いられることになります。
(以下、次回に、俳句の公民館便りへの登載が拒否されたことに関する裁判事例を考えてみます。)




以 上

善意は損する?~金魚水槽の移動手伝いと労災補償~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




1、法律を適用するには、法律の定める要件(法律要件)を満たさないと法律の保護(法律効果)を受けられないという仕組みになっているのですが、普通の人は、自分が行動する際に、あるいは問題が起こりそうな場合に、その適用される法律の法律要件などを考えて行動するわけではありません。むしろ、単純に、他人のためにしようと考えたり、自分のためだけにしようと考えて行動しているだけです。
 ところで、自分のためにしようと考えている人は、結果として、法律要件に準じた行動を取る傾向がありますが、他人のためにしようと考えている人は、全く法律要件に合わない行動を取っていることが多いと思われます。なぜなら、実は法律そのものは、基本的には、自分の意思に従って自分のことを自分で決めるという原則(私的自治の原則、自己決定の原則)で作られていますので、他人のためにしようと考えている人の場合には、自分のためにするという部分がないために、最終的に「自己の利益」を保護するための法律要件に該当しない場合が多いからです。例えば、交通事故の被害者(Aの母親)が入院した際に、付添いが必要な状態でありながら、他人の職業付添よりも愛情をもった親族の自分が付き添ってあげたいと思って、娘Aが自分の仕事の合間に無理に時間を作ったり、勤務後に付き添った場合の付添看護料(1日約6,500円)は、職業付添人を雇った場合の付添看護料(職業付添人への支払額全額=最低1日約1万円)よりも損害認定額が少なくなったりします。親族の愛情分(善意分)は損害として算定されないのです。また、付き添いが不要な場合でも親族の愛情心から付添看護をした場合には、そもそも看護は必要じゃないのだから「損害対象にはならない行為」として、付添費用は損害と算定されません。

2、こういう事例があります。
 ある小さな金属加工業の甲会社(社長Bとその親族3名と他人のCの4名の従業員の会社)がありました。工場は、1階が会社工場兼事務所、2階が居宅形式の建物を利用した会社でしたが、社長Bは2階居宅部分には居住していませんでした。そこには、プライベート空間として、金魚水槽で趣味の金魚を飼ったり、そのための飼育本や水槽関連道具などを置いていた状態であり、それ以外の2階スペースは、一部屋だけ従業員の更衣室として使用しようと思えば使用できる状態になっていました。本件会社では、リーマンショックで受注が激減して、受注がなく仕事がないときは通常の出勤日でも、社長の指示で午後から休むとか、午前中からすぐに休みにするというような場合が多くあるようになりました。問題の事故が起こった10月15日も、甲会社には、朝から仕事がなく、午前10時頃には、社長から「今日は仕事がないので、終わりにする。また、明日の状況をみよう。」と終業命令が出たので、他の従業員は更衣室で帰る支度をして帰宅しました。しかし、社長Bと長年の友人関係であった従業員C(被災者)は、午前10時30分頃2階で、社長Bが金魚を飼っている大水槽の水を汲み出そうとしている姿を見て、制服をまだ着替えないままで、「何やってるの?Bちゃん。」と声をかけたところ、社長Bが「水を出して、金魚の水槽を室内に移動させようと思って。」と言いました。従業員Cが、「じゃあ、一緒に運んであげる。」と言ったところ、「いいよ。仕事は終わったんだから帰ってもらっていいよ。」と社長Bに言われたのですが、従業員Cは「手間が省けるだろうから、そのまま一緒に動かそう。」と言って、社長Bと従業員Cの二人で水槽の片方ずつを持ってタイミングを合わせて持ち上げようとしたところ、従業員Cが腰に激痛を感じて、その場に倒れ込んだんです。診断の結果、従業員Cは腰部神経根症と診断され、3か月の入院治療を要することとなりました(以下、「本件事故」という。)。

3、以上の事案で、従業員Cが労災申請(疾病が業務遂行中に生じ、業務に基づいて生じたことが法律要件として必要になります)をしたのですが、労働基準監督署の裁決や裁判(平成28年9月8日東京地裁判決)では、労災とは認めませんでした。なぜでしょう?その理由は次のとおりです。
(1)まず、労災認定のためには、「業務遂行性」の要件=業務時間に業務をしていた状態であることが必要なのですが、普通は午前10時30分頃は勤務時間ではあるものの、当日は、午前10時頃に社長Bが「今日は仕事がないので終わりにする。」と終業命令をし、他の従業員も帰宅しているので、本件事故は終業後に発生したものとなり、業務遂行中とは言えないという理由です。
(2)次に、終業後であっても、社長Bの頼み(業務命令になる)で協力したのだから、業務遂行性は満たすのではないかという主張もしましたが、この点については、金魚を飼育するための容器である本件容器を移動する行為それ自体は、本件会社の業務そのものではなく、従業員Cの金属部品加工職人としての関連業務でもなく、単に社長B個人の使用に属するものであり、それを行う社長Bに対して、従業員Cが自ら好意で(善意で)本件容器を運ぶことを手伝いすることを申し出たものであり、社長Bの業務上の指示を受け、労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にあったということはできないから、この点でも業務遂行性は認められないという理由です。

 何とも、冷たい結果ですよね。社長Bの命令に従った場合には労災補償をしてあげるが、従業員Cは、自分の善意で個人的な友人への思いとして手伝ってあげただけだから、労災という法律上の保護はありませんよ、という結果です。これでは、「業務命令が出ない以上は、自ら積極的な協力行為や協調行為はしないほうがいいんだよ。」と法律が言っているみたいですよね。「善意は損をする」という例です。
 しかし、その善意の方は「お金をもらおうと思ってしたことではないからね。損をしたわけじゃないよ。」というお気持ちであることだけが、わずかな救いとでもいうのでしょうか、そもそも「善意」とは「お金なんて考えない。」ということなのでしょうね。



以 上

本妻と内縁の妻のどちらが?~年金受給権者の裁定~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



地方自治体においても、死亡退職や扶養認定等の共済事業の支給関係で「内縁の妻」の認定が問題となる例があると思いますが、今回は、年金支給関係での事例を検討してみたいと思います。

(事案Ⅰ)
 A子さんは、元の会社を転職で退職した後に、会社の元上司(甲男)と親しくなり、「今、妻B女とは離婚協議中で、離婚したら結婚して欲しい。」との申し入れを受けて、同居するようになり、転職先も退職して甲男の生活を支えて15年ほどになりました。その間、妻B女との離婚協議は進まず、妻B女と一緒に生活していた子供が成人になってから12年間ほど生活費の送金もしないまま、離婚協議も絶え、交流が全くない状態が続きました。甲男は、ある日「僕も会社の定年が近くなる。君を籍に入れないといけないね。」と言ってやむなく離婚調停を申し立て、ようやく離婚調停が成立するという時期に、調停成立を待たないで甲男は急死しました。
 A子さんは甲男の厚生年金の遺族年金を受け取ることができるのでしょうか。それとも、甲男の相続人は、離婚までに至っていないので、妻B女(及び子供)が受け取るのでしょうか。

(事案Ⅱ)
 C子さんは、元の会社を転職して働いていたが、会社の元上司(乙男)と親しくなり、乙男には妻D子と子供がいるのを知りながら、男女の関係の交際を20年続けていたが、乙男が「子供も独立したので、これからは、C子と一緒に住む。」と言ってくれたので、転職した会社を辞めて、乙男と一緒に生活(C子も乙男も同居先に住民票を移転して夫婦同様の生活)をした。乙男は、妻D子と別居するに際して、乙男名義の預金や金融証券等の一切を交付していて、C子と同居してから給与の定期的な送金はしていなかった。妻D子は乙男の別居とそれまでの不貞行為に対して、C子と乙男に慰謝料請求の裁判と乙男への夫婦関係調整の調停申し立てをしていたが、乙男がなかなか対応しくれないので、別居2年後に、やむなく離婚調停を申し立てて協議をしていたところ、乙男が急死しました。
 C子さんは乙男の厚生年金の遺族年金を受け取ることができるのでしょうか。それとも、乙男の相続人は、離婚までに至っていないので、妻D子(及び子供)が受け取るのでしょうか。

(解説)
第一、事案Ⅰの場合
1、結論から言えば、内縁の妻であるA子さんが甲男の厚生年金の遺族年金を受け取ることができるということになるだろうと考えます。

2、理由は以下のとおりです。
(1)厚生年金保険法の定めはどうなっているの?
①厚生年金保険法第59条第1項で、遺族厚生年金の受給権者(受け取れる人)は、被保険者(甲男)の「配偶者」と定めており、同法第3条第2項では、配偶者には「事実上婚姻関係と同様の事情にある者」も含むと規定しています。
②これらの規定によれば、まず、配偶者は戸籍上の妻であるB女になり、また、内縁の妻としてA子さんも「事実上婚姻関係と同様の事情にある者」として、B女もA子さんも受給権者(受け取れる人)に該当することになってしまいます。

(2)重婚禁止に触れる内縁の妻(A子さん)は、法律に違反しているんじゃないの?
①民法第732条では「配偶者のある者は、重ねて婚姻をすることができない。」として婚姻取消し事由になっています(民法第744条)ので、「婚姻関係と同様の事情」である内縁も重婚状態の内縁関係は許されないことになります。A子さんは、重婚状態で内縁関係に入っていますので、このような内縁の妻を本妻に優先して保護していいのか、疑問が生じます。
②厚生年金保険法と同様な規定を持っている国家公務員共済組合法に関して、内閣法制局昭和38年9月28日決裁例において「配偶者の判断基準について」示されており、「反倫理的な内縁関係にある者は、『配偶者』に含まれる『届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者』には該当しない。」としていますので、この立場からは、A子さんは、年金受給権者にはなれません。

(3)夫婦関係の実態のない妻B女は権利を保障されることにあるの?
 死亡退職金や遺族厚生年金(公務員の場合の遺族共済年金)などは、そもそも、相続財産ではなく、収入の大黒柱を失った遺族の生活保障を目的とするものであり、法定相続人が遺族の場合でも「被保険者によって生計を維持していたもの」という要件が付加されています。そのような観点から、まず、昭和38年9月28日決裁例「配偶者の判断基準について」においては、さらに、「届出による婚姻関係がその実態を失ったものになっている」ときには、例外的に重婚的内縁を認めるとしており、平成23年3月23日厚生労働省年金局長通知(0323第1号)では、「届出による婚姻関係がその実態を失ったものになっている」という判断基準を次のように例示しています。
<例示>
①「当事者が離婚の合意に基づいて夫婦としての共同生活を廃止していると認められるが、戸籍上の届出をしていないとき」
②「一方の悪意の遺棄によって夫婦としての共同生活が行われていない場合であって、その状態が長期間(おおむね10年程度以上)継続し、当事者双方の生活関係がそのまま固定していると認められるとき」
 なお、②の要件のうち、「夫婦としての共同生活が行われていない場合」の要件該当性の判断要素として、
 ⅰ)当事者が住居を異にすること
 ⅱ)当事者間に経済的な依存関係が反復して存在していないこと
 ⅲ)当事者間の意思の疎通をあらわす音信又は訪問等の事実が反復して存在していないこと
の全てに該当することが必要であるとしています。

(4)本事案の結論
①戸籍上の本妻B女は、離婚調停成立直前までいっており、12年間も経済的な繋がりも交流もなかったことから、「一方の悪意の遺棄によって夫婦としての共同生活が行われていない場合であって、その状態が長期間(おおむね10年程度以上)継続し、当事者双方の生活関係がそのまま固定していると認められるとき」に該当するので、受給権者の「配偶者」から除外されます。(ただし、妻B女は、相続人として年金以外の甲男の相続財産を相続します。)
②妻B女が年金受給権者の「配偶者」に該当しないとすれば、重婚的非難を受ける筋合いはないので、A子さんは、厚生年金保険法第3条第2項の配偶者に含まれる「事実上婚姻関係と同様の事情になった者」に該当しますので、A子さんが甲男の厚生年金の遺族年金を受け取ることができるということになります。(ただし、A子さんは戸籍上の妻ではなく単なる内縁関係にすぎないので相続権はありませんから、亡き甲男のその他の遺産は全くもらえません。)


第二、事案Ⅱの場合
1、この事例は、東京地裁平成28年2月26日判決(判例時報2306-48)の事案です。結論としては、事例Ⅰの場合とは異なり、妻D子さんが乙男の厚生年金の遺族年金を受け取ることができる(C子は乙男の遺族厚生年金はもらえない)ということになっています。

2、事例1の解説で述べたとおり、年金受給者の「配偶者」には、法律婚上の配偶者(本妻D子)も事実婚上の内縁の配偶者(内縁の妻C子)も含まれる余地があるのですが、C子さんは、不貞行為を20年も続け、違法な重婚状態で内縁関係に入っていますので、このような内縁の妻を戸籍上の本妻に優先して保護していいのか疑問が生じるのは当然ですし、その点、厚生年金保険法・国家公務員共済組合法に関して、内閣法制局昭和38年9月28日決裁例において「配偶者の判断基準について」示されており、「反倫理的な内縁関係にある者は、『配偶者』に含まれる『届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者』には該当しない。」としていますので、この立場からは、原則からしても、法律婚をしていないC子さんは、年金受給権者にはなれないことになります。

3、妻D子には、遺族厚生年金の受給の要件は備わっているでしょうか?
(1)死亡退職金や遺族厚生年金(公務員の場合の遺族共済年金)などは、そもそも、相続財産ではなく、収入の大黒柱を失った遺族の生活保障を目的とするものであり、法定相続人が遺族の場合でも「被保険者によって生計を維持していたもの」という要件が付加されています(厚生年金法第59条1項では、遺族厚生年金を受けることができる遺族は、被保険者の配偶者、子、父母、孫及び祖父母であって、被保険者の死亡の当時その者によって生計を維持したものとする旨の定めがあります)。

(2)そのような観点から、まず、昭和38年9月28日決裁例「配偶者の判断基準について」においては、「届出による婚姻関係がその実態を失ったものになっている」ときには、例外的に重婚的内縁を認めるとしていますので、まず、本妻D子と被保険者の乙男の別居状態等が「婚姻関係が実態を失ったものになっているかどうか」を判断すしなければなりません。

(3)平成23年3月23日厚生労働省年金局長通知(0323第1号)では、「届出による婚姻関係がその実態を失ったものになっている」という判断基準を次のように例示しています。
<例示>
①「当事者が離婚の合意に基づいて夫婦としての共同生活を廃止していると認められるが、戸籍上の届出をしていないとき」
②「一方の悪意の遺棄によって夫婦としての共同生活が行われていない場合であって、その状態が長期間(おおむね10年程度以上)継続し、当事者双方の生活関係がそのまま固定していると認められるとき」
 なお、②の要件のうち、「夫婦としての共同生活が行われていない場合」の要件該当性の判断要素として、
 ⅰ)当事者が住居を異にすること
 ⅱ)当事者間に経済的な依存関係が反復して存在していないこと
 ⅲ)当事者間の意思の疎通を表す音信又は訪問等の事実が反復して存在していないこと
の全てに該当することが必要であるとしています。

(4)妻D子の「配偶者」要件の具備
 妻D子の場合には、離婚調停は求めていますが、離婚の合意が正式に成立するまでに至っていませんし、夫婦としての共同生活が無くなった期間も2年程度であり、別居後の妻D子は、乙男が残していったD男名義の預金や金融証券等を取り崩して生活してきている面があり、定期的な生活費の仕送りがないとしても、「当事者間に経済的な依存関係が反復して存在していない」とは言えない状況です。
 したがって、妻D子と被保険者の乙男の別居状態等が「婚姻関係が実態を失ったものになっている」とは言えませんので、妻D子においては、「配偶者」要件を満たしていますので、その点で、内縁の妻C子が年金受給者の「配偶者」として認定されることはありません。

(5)次に、配偶者要件が認められた者については、更に生計維持要件に該当することが求められています。生計維持要件の認定基準は政令に託されており、厚生年金保険法施行令第3条の10で、「厚生年金法第59条第1項 に規定する被保険者又は被保険者であつた者の死亡の当時その者によって生計を維持していた配偶者、子、父母、孫又は祖父母は、当該被保険者又は被保険者であった者の死亡の当時その者と生計を同じくしていた者であって厚生労働大臣の定める金額以上の収入を将来にわたって有すると認められる者以外の者その他これに準ずる者として厚生労働大臣の定める者とする。」と定められ、生計同一要件の基準は、厚生労働大臣の定める「厚生労働省年金局長通知」がその認定基準を以下のとおり定めています(平成23年3月23日年発0323第1号厚生労働省年金局長通知「生計維持関係等の認定基準及び認定の取扱いについて」)。
〇認定基準及び認定の扱い
ア 生計維持認定対象者
 遺族厚生年金の受給権者をはじめとする生計維持認定対象者に係る生計維持関係の認定については、イの生計維持関係等の認定日において、ウの生計同一要件及びエの収入要件を満たす場合に受給権者又は死亡した被保険者等と生計維持関係があるものと認定するものとする。ただし、これにより生計維持関係の認定を行うことが実態と著しく懸け離れたものとなり、かつ、社会通念上妥当性を欠くこととなる場合には、この限りでない。
イ 生計維持関係等の認定日
 生計維持認定対象者及び生計同一認定対象者に係る生計維持関係等の認定を行うに当たっては、受給権発生日をはじめとする生計維持関係等の認定を行う時点(以下「認定日」という。)を確認した上で、認定日において生計維持関係等の認定を行うものとする。
ウ生計同一に関する認定要件(以下「生計同一要件」という。)
 生計維持認定対象者及び生計同一認定対象者に係る生計同一関係の認定に当たっては、次に該当する者は生計を同じくしていた者又は生計を同じくする者に該当するものとする。
 生計維持認定対象者及び生計同一認定対象者が死亡した者の父母、孫、祖父母、又は兄弟姉妹である場合
(ア) 住民票上同一世帯に属しているとき
(イ) 住民票上世帯を異にしているが、住所が住民票上同一であるとき
(ウ) 住所が住民票上異なっているが、次のいずれかに該当するとき
 a 現に起居を共にし、かつ、消費生活上の家計を一つにしていると認められるとき
 b 生活費、療養費等について生計の基盤となる経済的な援助が行われていると認められるとき

以上の認定要件からすれば、事案Ⅱの妻D子の場合には、ウの生計同一要件を具備しないことになるのですが、アの「ただし、これにより生計維持関係の認定を行うことが実態と著しく懸け離れたものとなり、かつ、社会通念上妥当性を欠くこととなる場合には、この限りでない。 」という例外条項に該当すると判断できます。東京地裁判決もかかる判断をして、妻D子の遺族厚生年金の受給権を認めています。
(なお、判決の前提となった行政処分では、妻D子の遺族年金申請に対して、「生計維持要件を満たしていない」として不支給処分をしたのですが、この裁判でこの不支給処分は取り消され、「支給裁定をせよ」との義務付け判決がなされました。)



以 上

町の嘱託職員と退職金支給 ~その③~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



≪ 問題点 ≫
 単年度の任用が間断なく30年継続した非常勤職員甲女(辞令では嘱託学校図書館司書)に対して、地方公務員法上の一般職員と同様な勤務態様・勤務実績であったことを理由に、地方公共団体が条例で定める一般職の退職金手当の支給を受ける権利が発生するか?


 前回の「町の嘱託職員と退職金支給~その②~」で、福岡高裁平成25年12月12日判決(判例地方自治389-26)判決で「町の嘱託職員にも退職金支給ができる」旨の判決を紹介したところですが、当該事案の最高裁判決(最高裁平成28年11月17日判決:判例地方自治403号33頁)で、逆転判決(「町の嘱託職員には退職金支給ができない」という結論)となっていることが分かりましたので、改めて、条例制定主義による退職金の支給の限界について述べさせていただきます。

1.福岡高裁判決は、嘱託学校図書館司書である甲女の任用された職が地方公務員法第3条第2項所定の一般職に当たるとするとともに、甲女は本件職員退職手当に関する条例第2条第2項(「12ケ月を越え、以後引き続き所定の勤務時間により勤務するとされている者」)の要件を満たしており、本件条例の規定は甲女にも適用されるなどとして、甲女の退職手当金請求を認容すべきものとしていました。私的意見としても、この判決は、公務員の場合でも、民間企業での終身雇用の正社員と有期雇用の非正規社員との差異を無くそうとしている労働法規制と共通する面があると評価しています。


2.しかしながら、最高裁判決(平成28年11月17日判決:判例地方自治403号33頁)は、以下のように述べています。

(1)○○町が市に編入される前は○○町教育委員会嘱託雇用職員、嘱託学校司書、○○町嘱託職員等の名称で任用され、また、上記編入後は市の規則において地方公務員法第3条第3項第3号所定の特別職の非常勤職員として設置する旨が定められていた○○教育センター嘱託員として任用されているのであるから、○○町及び市は、甲女が任用された職を同号所定の特別職として設置する意思を有し、かつ、甲女につき、それを前提とする人事上の取扱いをしていたものと認められる。

(2)そうすると、甲女の在任中の勤務日数及び勤務時間が常勤職員と同一であることや、甲女がその勤務する中学校の校長によって監督される立場にあったことなどを考慮しても、甲女の在任中の地位は同号所定の特別職の職員に当たるというべきである。

(3)平成4年の本件条例の改正において、本件条例の適用対象となる者に係る規定の文言が、それまで「一般職…の職員」とあったものを「職員(地方公営企業等の労働関係に関する法律(昭和27年法律第289号)第3条第4号の職員及び単純な労務に雇用される一般職の職員を除く。)」と改められたものの、上記改正の際に市議会に提出された条例案には、国家公務員の退職手当支給率に準じるために所要の改正をすることが上記改正の理由である旨の記載がされているにとどまり、上記改正が地方公務員法第3条第3項所定の特別職の職員を本件条例の適用対象に加える趣旨によるものであったとの事情はうかがわれない。

(4)本件退職手当条例は同項第3号所定の特別職の職員には適用されないものと解すべきであり、嘱託職員及び特別職たる甲女は、本件退職手当条例に基づく退職手当の支払を請求することはできないというべきである。


3.結局、公務員の場合には、民間において有期雇用の連続性により正社員と同様の取り扱いがなされるという面には関係なく、有期雇用の連続性があったとしても、給与条例制定主義(地方自治法第204条の2、地方公務員法第25条)の立場から、地方公務員法に反しない範囲で、条例で明確に定めない限り、退職手当の支払いはできないとされてしまうようです。
 同じように、給与条例主義の観点から、地方公営企業(公営競艇場)職員の臨時従業員(ただし、業務であるボートレース開催時期には雇用を繰り返す)に対して、条例で退職金支給適用もなかったところ、市が臨時従業員の福利団体である共済会へ補助金を交付して、共済会から雇用継続の無い臨時従業員に対して「離職せん別金」名目で退職金を与えていた事例において、一審裁判所、控訴審裁判所も、当該寄付金は退職金として相当な離職せん別金として使用されていることから「公益性」があるとしたのですが、最高裁判所(最高裁判決昭和28年7月15日)は、以下のように判断して、逆転判決をしています。
①「本件補助金は、実質的には市が共済会を経由して臨時従業員に対して退職金を支給するために交付したものである。」
②「地方自治法は、普通地方公共団体は法律又はこれに基づく条例に基づかずにいかなる給与その他の給付も職員にすることができない旨を定めている。」
③「本件補助金交付当時、離職せん別金又は退職手当を支給する旨を定めた条例規定はなく、賃金規程にも臨時従業員の賃金種類に退職手当は含まれていなかった。また、臨時従業員は、給与条例の定める退職手当の支給要件を満たさない。」
④「したがって、本件補助金交付は、給与条例主義を潜脱するのであり、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したもので、違法である。」
として、条例に定めのない臨時従業員への退職金支払いはできないという立場を示しています。



以 上

町の嘱託職員と退職金支給 ~その②~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



≪ 問題点 ≫
 単年度の任用が間断なく30年間継続した非常勤職員甲女(辞令では嘱託学校図書館司書)に対して、地方公務員法上の一般職員と同様な勤務態様・勤務実績であったことを理由に、地方公共団体が条例で定める一般職の退職金手当の支給を受ける権利が発生するか?


 前回に引き続き、今回は、判例の見解を紹介します。判例としては、大分地裁中津支部平成25年3月15日判決とその控訴審福岡高裁平成25年12月12日判決(判例地方自治389-26)の二つがあります。

1.大分地裁中津支部平成25年3月15日判決の内容
 第一審判決は次のように判示しています。

(1)昭和28年制定の退職手当条例では、支給対象者は一般職公務員以外に特別職公務員も含まれる(但し、常時勤務者)と解される余地もあるが、昭和31年に本条例とは別個に単独条例として特別職退職手当条例が制定されたことにより、非常勤の特別職の職員には退職手当が支給されていなかった実情に伴い、同条例が特別職の職員全体を対象としつつ、市長等の常勤の特別職の職員のみに退職手当を支給し、他方、非常勤の特別職の職員には退職手当を支給しないとすることも合理性があり、特別職退職手当条例は、特別職の職員全体に対する退職手当に関する条例として創設されたというべきであるから、同条例の成立により、特別職の職員に昭和28年制定の職員退職手当条例が適用される余地はなくなったと解すべきである。

(2)甲女が一般職の職員に当たるかどうかは、地方公務員法第3条第3項第3号の「臨時又は非常勤の顧問、参与、調査員、嘱託員及びこれらの者に準ずる者の職」に該当するかどうかによって決まるが、同号の趣旨は、一定の学識、知識、経験、技能等に基づいて、随時、地方公共団体の業務に参画する者については、その特殊性にかんがみ、競争試験(同法第17条の2)や職階性(平成26年6月改正前同法第23条)などを定める地方公務員法の一般的規定の適用を受けない特別職として認容、処遇することを認めたものと解される。ある職員が同号に定める特別職に該当するかどうかは、その職務内容、任命権者の意思、勤務態様等を総合して判断すべきである。
 甲女に関しては、一般職の職員の任用として必要となる選考試験等が実施された事実はうかがわれない。また、勤務実態についてみれば、勤務日数及び勤務時間の点で他の常勤職員と同一であり、校長の監督を受ける立場にあり、勤務成績が良くない場合には町長(後の合併により市長)によって解任される場合があるとされているなど、一般職の職員と共通するところがあると認められるが、勤務実態のみから、臨時又は非常勤の嘱託員として任用することが禁止されるとまでは言えないから、これらの事情によって直ちに甲女が一般職の職員と認められるものではない。
 以上の事情を総合的に考慮すると一般職の職員に該当するとは認められない。

(3)なお、原審(第一審)においては、条例第2条第2項の検討はしていません。

(4)この第一審判決は、有期雇用の連続性については、「勤務日数及び勤務時間の点で他 の常勤職員と同一である。」として認めながら、「勤務実態のみから、臨時又は非常勤の嘱託員として任用することが禁止されるとまでは言えない。」として、特段の評価はしていませんし、逆に一般職職員が、民間企業の従業員採用と異なり、地方公務員法で採用時点で競争試験や選考試験が課されている点を重視しているようです。公務員の地位は入口の問題がクリアーされないと、民間企業での労働法規制の考え方は適用されないのかも知れません。その意味で、条例第2条第2項の雇用の連続性の判断も連続性なしという判断だったのかもしれません。

2.福岡高裁平成25年12月12日判決(判例地方自治389-26)の内容
 しかしながら、その控訴審(第二審)判決は、次のとおり、逆な判断をしています。

(1)甲女は、以下のとおり「一般職の職員」に当たると言えるので、昭和28年制定の職員退職手当条例第1条の「職員」に特別職が含まれるかどうかについては判断する必要はない。

(2)ある職員が地方公務員法第3条第3項第3号に定める特別職に該当するか否かは専門性を有することは当然のこととして、その専門的な学識や知識等を、常時ではなく、臨時ないし随時業務に役立てる状況にあるかどうかが重視されなければならない。従って、勤務時間や勤務日数などの勤務条件や職務遂行に際して指揮命令関係があるかどうか、成績主義の適用があるか等が正規の職員と異なるかどうかで判断されるものである。
 本件においては、甲女は、中学校の学校図書館において、勤務日数や勤務時間の点で正規職員(一般職の職員)と異なることなく勤務しており、その勤務条件からすれば他職に就いて賃金を同時に得ることは不可能であり、校長による監督を受ける立場にあり、勤務成績が不良である場合には、町長(後の合併後市長)によって解任される場合があるとされていた。(そうであれば、甲女の立場は一般職の職員として採用されるべき勤務実態であった。)
 そうである以上は、任命権者である○○町教育員会が甲女の任用通知書等に「地方公務員法第3条第3項第3号の非常勤嘱託職員」と記載して、その意図が非常勤嘱託職員として甲女が図書館司書としての専門性に着目して任用したものであったとしても、地方公務員法の解釈を誤って任用したものであるから、そのことをもって甲女が特別職の職員であると認定することはできない。
 また、選考試験の実施の有無が定かではないが、選考試験を経てないとしても、そもそも、採用当時、図書館司書の資格を有する応募が予想される状況にあったかも疑問である。(選考試験の有無を重視すべきではない。)
 従って、甲女は一般職の職員に当たるというべきである。

(3)甲女が条例第2条第2項の「職員以外の者」に当たることは当事者間に争いはないので、仮に、甲女が一般職の職員に当たらないとしても、条例第2条第2項の要件を満たすかを判断しておく。
ア.甲女は正規の職員について定められている勤務時間と同一条件で勤務し、月内の勤務日数も正規の職員と同じであり、任期は会計年度ごとの1年間であったことから期間の満了をもって任期は終了していたが、期間満了後空白期間なく再び任用されていたのであるから、正規の職員について認められている勤務時間以上勤務した日が18日以上ある月が「12ケ月を越え、以後引き続き所定の勤務時間により勤務していた者」(条例第2条2項)に該当する。甲女のように、単年度の任用が間断なく継続した者についても条例第2条第2項の適用を排除すべきではない。
イ.従って、甲女は、本条例第2条第2項の要件を満たすものでもある。

3.この控訴審(第二審)判決では、甲女の勤務実態が一般職の職員と同様であること、1年期限雇用でも間断なく継続されてきていたことの実態を重視し、任用通知書での形式的内容には重きを置いていません。これは、民間企業を対象とする労働法規制の考え方と共通する面があります。  ちなみに、国家公務員の場合には、以下のような定めがあり、仮に有期雇用の期間満了で一旦退職したとしても、国家公務員退職手当法第7条 (勤続期間の計算)で、退職日と次の勤務日が連続した場合は「引き続いて雇用している」こととみなしています。

○国家公務員退職手当法第2条第2項 (適用範囲)
 職員以外の者で、その勤務形態が職員に準ずるものは、政令で定めるところにより、職員とみなして、この法律の規定を適用する。(=退職手当を支給する)

○国家公務員退職手当法施行令第1条第1項第2号 (非常勤職員に対する退職手当)
 前号に掲げる者以外の常時勤務に服することを要しない者のうち、内閣総理大臣の定めるところにより、職員について定められている勤務時間以上勤務した日(法令の規定により、勤務を要しないこととされ、又は休暇を与えられた日を含む。)が 引き続いて12月を超えるに至つたもので、その超えるに至つた日以後引き続き当該勤務時間により勤務することとされているもの

○国家公務員退職手当法第7条 (勤続期間の計算)
第7条 退職手当の算定の基礎となる勤続期間の計算は、職員としての引き続いた在職期間による。
2 前項の規定による在職期間の計算は、職員となつた日の属する月から退職した日の属する月までの月数による。
職員が退職した場合(第12条第1項各号のいずれかに該当する場合を除く。)において、その者が退職の日又はその翌日に再び職員となつたときは、前2項の規定による在職期間の計算については、引き続いて在職したものとみなす。



以 上

町の嘱託職員と退職金支給 ~その①~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 新年明けましておめでとうございます。新年を迎えると、すぐに新卒採用、退職等の人事異動の春―3月がやってきます。公務員関係における労働法の適用解釈は私も悩むことが多い分野です。
 今回は、退職金支給面で、公務員の有期雇用職員・嘱託職員の立場を考えてみたいと思います。

( 問題点 )
 単年度の任用が間断なく30年継続した非常勤職員(辞令では嘱託学校図書館司書)には、地方公務員法上の一般職員と同様な勤務態様・勤務実績であったことを理由に、地方公共団体が条例で定める一般職の退職手当の支給を受ける権利が発生するのでしょうか。

( 解 説 )
1.地方公務員の種類
 雇用期間を1年間とする嘱託職員を採用する例は広く地方公共団体の職員採用においても行われています。地方公務員法(以下「地公法」という。)第3条は、地方公務員を一般職と特別職に分け、特別職を、就任について公選又は地方公共団体の議会の選挙、議決若しくは同意によることを必要とする職(第3項第1号:市町村長・議員・審議会委員等)や臨時又は非常勤の顧問、参与、調査員・嘱託員及びこれらの者に準ずる者の職(第3項第3号)などと規定し、地公法の規定(第28条の2、定年制の定め有り)は、一般職の公務員に適用し、特別職の公務員には適用しないとしています(同法第4条)。
 地方公共団体では、地公法第17条の2で定める競争試験を実施しないで、1年間を雇用期間とする臨時職員や嘱託職員を採用している例が多いようですが、そのような臨時職員の雇用期間を1年ごとに更新(1年ごとの辞令交付)をして、通常の一般職員と同様に定年まで雇用継続された場合でも、一般職の公務員とはならないのでしょうか。

2.民間企業での有期雇用の継続的更新の場合の問題点
(1)民間企業の場合にも、有期雇用労働者(雇用期間を6か月間又は1年間と限定)を多く採用する例が増えてきました。不況又は生産調整時の雇用調整として、短期間労働で雇用期間の満了と同時に辞めさせることができるパートやアルバイトなどが典型です。しかし、このような有期雇用労働者は、勤務時間も仕事内容も正社員と同じでありながら時間給で賞与無しという給与割安での採用方法に流用され、1年間の雇用も継続更新され長期間雇用されるという形になっているにもかかわらず、労働需要が低下した時期に突然雇い止め(期間満了・更新無し)されても法的な救済がされないという実態が生じていました。

(2)このような有期雇用の実態に対して、まず、最高裁判例(東芝柳町工場事件・昭和49年7月22日判決、日立メディコ柏工場事件・昭和61年12月4日判決)で
ⅰ)反復更新された常用的臨時工の労働契約関係は、「実質的に期間の定めのない契約と変わりがない」ので、更新拒絶の意思表示は「解雇」と実質的に同じであり、したがって解雇に関する法規制が類推適用される、という理論
ⅱ)有期契約が期間の定めのない労働契約と実質的に同視できない場合でも、「雇用継続に対する労働者の期待利益に合理性がある場合」は、解雇権濫用法理を類推し、雇止めに合理的理由を求めるという理論
を構築し、雇い止めは自由にできないという制限法理を作りました。
 この理論は、解雇については、正社員の解雇の場合と同様に扱うということを意味し、平成26年4月1日改正施行の労働契約法で次のとおり条文化されました。

○労働契約法第19条(有期労働契約の更新等)
  有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。
一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。

(3)労働基準法や労働契約法の直接適用が無いとされる公務員の場合にも、嘱託職員としての短期雇用期間を連続更新した場合には、一般職の公務員の権利と同等の権利を持つようになる可能性があるのではないかという点を検討する必要があります。例えば、退職金支給条例に次のような規定があった場合に、臨時職員・嘱託職員は支給対象者に含まれないでしょうか?

 実際に裁判になった事例で検討していきましょう。

<条例>○○町職員の退職手当に関する条例(昭和28年制定)
第1条(目的)
 この条例は職員(地方公営企業等の労働関係に関する法律に定める職員を除く)の退職手当に関する事項を定めることを目的とする。
第2条(退職手当の支給)
1この条例の規定による退職手当は、前条に規定する職員のうち、常時勤務に服することを要するもの(地方公務員法第28条の4第1項、第28条の5第1項又は第28条の6第1項若しくは第2項の規定により採用された者を除く。以下「職員」という。)が退職した場合、その者(死亡による退職の場合にはその遺族)に支給する。
2職員以外の者のうち、職員について定められている勤務時間以上勤務した日(法令又は条例若しくはこれに基づく規則により、勤務を要しないこととされ又は休暇を与えられた日を含む。)が18日以上ある月が引き続いて12ケ月を超えるに至ったもので、その超えるに至った日以後引き続き当該勤務時間により勤務することとされているものは、職員とみなして、この条例の規定を適用する。

ア.この条例では、第1条で退職手当支給対象者から地方公営企業等の職員が除外され、次に第2条第1項で、定年退職後の再雇用職員が除外されていますが、「常時勤務に服することを要するもの」と定めるだけで、いわゆる一般職の公務員と特別職の公務員を区別していませんでした。
イ.次に、○○町では、昭和31年地方自治法改正(第204条の2「普通地方公共団体は、いかなる給与その他の給付も法律又はこれに基づく条例に基づかずには、これをその議会の議員、第203条の2第1項の職員及び前条第1項の職員に支給することができない。」を追加改正)によって、特別職の職員の退職手当について、一般職の職員の退職手当とは別個に単独条例として制定することとし、昭和31年12月に、以下の特別職退職手当条例を制定しました。

<条例>○○町特別職の退職手当に関する条例
第1条この条例は○○町特別職の職員(以下「職員」という)の退職手当の支給に関し必要な事項を定めることを目的とする。
第2条この条例は次に掲げる職員が退職した場合にはその者(死亡したときはその遺族)に支給する。
   ①町長  ②助役  ③収入役
第3条(退職手当の額)
第4条この条例に規定するものの外退職手当の取扱いについては、○○町職員の退職手当に関する条例(昭和28年制定)を準用する。

ウ.以上の条例の経過の中で、○○町は、甲女を昭和56年4月1日から1年間の任期で○○町の非常勤職員の学校図書館司書として任用しました。甲女は勤務時間も一般職公務員と同じであり、1年間の雇用期間が経過すると連続して翌年度の4月1日から1年間の辞令が発令され、平成24年3月31日に退職するまで毎年1年間の任期で再任用されました。
 甲女は定年まで働き終えたという気持ちで、一般職の公務員と同様に退職金の支給があるものと思っていましたが、○○町からは、「特別職の嘱託職員には退職金条例は定められていないので、甲女には退職金は支給できない」と説明されました。さあ、甲女としては納得がいきません。
 ○○町職員の退職手当に関する条例(昭和28年制定)第2条第2項の適用はないのでしょうか?この点�



以 上

本物の刑事捜査が録画で見れるの?~刑事取調べの可視化と取調べ方法の変化~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




1、テレビドラマのイメージ?
 刑事もののテレビドラマでは、視聴者に警察官や検察官の取調室の場面が、手に取って分かるように制作されます。昨今、「捜査の可視化(かしか)」という言葉が出てきていますが、その刑事ドラマのように、実際の警察などでの犯人の取調べ風景が録画されていると思っている方もおられるのではないでしょうか。
 
2、刑事訴訟法の改正と捜査の可視化
 平成28年5月の刑事訴訟法改正によって、刑事犯罪の捜査方法として被疑者を取り調べる場合には、その取調べ状況の録音・録画が捜査機関(警察官・検察官)に義務付けられ、平成30年6月に施行されることになっています。これは、裁判員裁判制度が始まり、素人の裁判員が、捜査段階の被疑者(犯人と疑われているだけで、まだ犯人と決まっているわけではありません。)の自白が捜査官の脅迫や押し付け又は誘導でなされたものではなく、被疑者の任意の判断でなされたかどうかについて、実際の取調べ状況を録画ビデオで見て、自白が有効か無効かの判断をしてもらうための制度です。その意味では、捜査段階での分かりやすい証拠として裁判員に全般的にビデオを見てもらって有罪か無罪かを決めてもらおうという積極的な証拠とするものではありません。
 公開される刑事公判手続で開示されますので裁判傍聴者は見れますが、基本的には、被疑者の捜査段階での自白が有効か無効かを判断する裁判官や裁判員が見るものですから、テレビドラマ風の録画ビデオとはイメージが異なります。

3、被疑者はまだ犯人と決まったわけではないという立場から見た従来までの取調べ環境について
(1)刑事裁判手続きで被疑者・被告人を弁護する弁護人の仕事をする私どもの立場は、犯罪における「犯人」という存在は、逮捕されたという警察の判断段階で決められるものではなく、裁判所による有罪判決が確定する段階までは「まだ犯人と決まったわけではない」という立場で考えており、法律の考え方も同じです。
(2)そういう立場で考えると、ある日突然に警察に逮捕された普通の人(出勤途中に痴漢冤罪で警察に引き渡されたサラリーマンを想定してみてください。)を、どのように警察や検察が調べていくのか、逮捕された普通の人には、誰かに助けや協力を求めることができる制度になっているか等を考えてみますと、今の刑事訴訟法や捜査実務においては、次のような非常識な問題点が浮かんできます。
①一旦逮捕されると、最大23日間身柄が拘束され、その期間取調べが続き、重大事件では1日10時間以上取調べが行われる。別件逮捕、再逮捕がなされるとその期間は二倍、三倍となっていく。
②逮捕段階では国選弁護人は選任されず、逮捕当初にパニック状態になっている被疑者に、最も必要な権利擁護の法的助言がなされないままで取調べが開始される。(国選弁護人が選任されるのは逮捕の2日後の勾留段階になってからである。)
③取調べは密室で行われ、取調べに立ち会うのは捜査官(警察官、検察官)であり、第三者が立ち会うことは原則としていない。弁護人の立会権も法律上認められていないので、被疑者は理解力のないまま一人で判断して供述しなければならない。
④取調べに際しては、捜査機関が収集した証拠や情報は、被疑者や弁護人には一切開示されない。
⑤逮捕前の任意の取調べ、参考人段階での取調べのときには、国選弁護人を選任することはできない。
⑥供述調書は、取調官の会話をそのまま書いてもらえるものではなく、捜査官が法律的に必要な範囲でまとめた文章を確認して、それに署名する方法で作成される形式となっており、捜査官の主観が入った内容となっている。
(3)以上のような捜査の仕組みでは、必要な証拠は捜査側に集中し、被疑者や弁護人の批判を浴びることもなく捜査側の証拠の解釈での犯行ストーリーが推測されてしまい、取調べは、結局、捜査側の推測した犯行ストーリーを被疑者に認めさせる手続きに陥ってしまう危険性が出てくるわけです。

4、取調べの可視化(録画化)による期待
 取調べの可視化(録画化)を定めた改正刑事訴訟法の施行はまだですが、検察庁では2006年(平成18年)から、警察では2008年(平成20年)から段階的に範囲を拡大して取調べの録画を始めており、裁判員裁判の刑事公判手続きでその録画ビデオが検証されたりしています。
 このことにより、今の刑事裁判手続きでは、捜査段階での被疑者の供述調書よりも法廷での被告人の公判供述が中心となり、供述調書の取調べは激減しています。そして、何よりも、密室での取調べが後日公に出る可能性があるという捜査官の心理的プレッシャーもあってか、録音・録画の下においては、非常識な言葉での攻撃による取調べや利益誘導の取調べなどはなくなりつつあるようです。



以 上

隣の土地を使わせて欲しい!③

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




 私は、自宅の改築工事を計画しているのですが、私の敷地が狭く建築面積以外に余裕がないので、建築足場の組み立てや外壁工事の際の工事関係者の作業に必要な範囲で、隣地の境界付近の部分をその間利用させてもらえないかと考えています。実は、隣のご主人以外の人たちとはうまくお付き合いしているのですが、隣のご主人とはあまり仲が良いという関係ではないので、隣の土地利用について承諾してもらえるか不安です。どうすればいいでしょうか?

≪解説≫
1、所有権絶対の原則と例外
 前回の解説でも述べましたが、所有権絶対の原則(民法第206条)から他人の土地を勝手に使用することはできません。しかし、民法第207条(法律の制限内での効力)によれば、例外的に、法令等で定めがある場合には、他人の土地を使用することもできることが民法上も想定されているということです。
 所有権絶対の原則とは言っても、隣同士のAさん、Bさんの場合に、Aさんの土地に所有権絶対の原則が適用あれば、他方のBさんにも土地所有権絶対の原則の適用があり、相互に排斥し合ってしまう関係にありながら、他方、土地というものは、事前的には連続して繋がっているものであり、相互に草も生え、虫も飛び交い、風も吹き、日の光も当たったり陰になったり、雨水も流れ込んだりして、人の力で個別的に「絶対」を実現できるものではありません。自然的に相互に作用し合う以上は、社会生活上の土地利用関係も相互に作用し合うことが想定され、相互の権利及び利用を調整する必要性があることから、民法は、「相隣関係」(民法第209条以下)を定めています。
 
2、隣地使用請求権
(1)民法第209条(隣地の使用請求)で「1 土地の所有者は、境界又はその付近において障壁又は建物を築造し又は修繕するため必要な範囲内で、隣地の使用を請求することができる。ただし、隣人の承諾がなければ、その住家に立ち入ることはできない。 2  前項の場合において、隣人が損害を受けたときは、その償金を請求することができる。」と定めてあり、あなたには、「建物を築造し又は修繕するため必要な範囲内で、隣地の使用を請求する」権利が認められています。
(2)民法では「必要な範囲内での使用」が認められるのですが、具体的に隣地のどの部分のどの範囲の土地を使えるかは、工事の規模・方法や工事期間などを勘案して総合的な判断がなされることになります。建築工事専門業者が隣地に最小限の範囲でお願いし、了解された範囲であればよろしいかと思います。
(3)次に、民法上の規定では、当然に勝手に使用してよいということではなく、あくまでも「使用を請求する」ことができるだけですから、相手方にお願いすることが大前提になります。また、使用請求権があるからと言っても、これは相互の調整のための権利にすぎなく、お願いと承諾による相互の話合いによって解決することが最も良いのは当然です。また、同条第2項に、隣人の相手方には損害賠償請求権が認められていますので、これを補償するという意識は必要であり、損害が生じたかどうかに関係なく、お礼の意味で使用料の支払いも検討しておくことも必要です。
 話合いが終わったら、念のために簡単「合意書」(使用部分と期間、使用目的、お礼代金を記載)を作成しておいてもよいでしょう。

3、隣地所有者の承諾が得られなかった場合の方法
 話合いに応じてくれなかったり、話合いで物別れになった場合にはどうすればいいのでしょうか。
(1)隣地所有者間で任意に解決できない場合には、裁判により解決する方法があります。相手方の隣地に、承諾なく立ち入ると所有権侵害の不法行為(民法第709条)になりますので、相手方の「承諾」を裁判で得る方法です。
 具体的には、相手方を被告として「A土地について、平成〇年〇月〇日から同年〇月〇日まで、B土地上の建物工事に関わる足場設置又は作業出入りのための使用を承諾するとの裁判を求める。」という内容の裁判を申し立てればいいのです。
(2)その裁判で、承諾に代わる勝訴判決を得れば、具体的には隣人の承諾を得ずに立ち入っても使用してもよいことになります。
 また、裁判には隣人(隣地所有者)も呼び出されますから、裁判期日で、裁判官が和解を勧めて話し合いで解決する場面も設けられると思います。
(3)なお、裁判という強行的な方法ではなく、最初から裁判所での話し合いを求める「民事調停の申立て」をする方法もよろしいかと思います。



以 上

隣の土地を使わせて欲しい!②

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




 公道に面している隣の空き地の下にガス管と水道管を埋設して自分の家に引き込んで利用し、さらに、家からその公道を通り商店街に出るのが近いので、通路として砂利を敷いて利用し続けていました。しかし、隣地所有者がその隣地にアパートを建築するということで、この通路を閉鎖したいと通知してきました。通路部分を外してアパートを建築することは十分可能だと思うのですが、もう、隣の土地を従来どおり通路として使わせてもらえないのでしょうか。

≪解説≫
1、今回は、前回の「囲繞地(いにょうち)」(=他の土地に囲まれて公道に通じない土地)ではなく、単に「家からその公道を通り商店街に出るのが近いので、通路として砂利を敷いて利用していた」ということですし、隣地所有者も、今までは空き地なので、他人の利用を黙認していたものの、新たにアパートを建築する計画ですから、当然に、隣地所有者は、民法第206条「所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。」、民法第207条「土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ。」と法の定めに従い「自分の所有する土地を自分の自由意思で使う」(所有権絶対の原則)のですから、隣地所有者は、他人に通行させる(使わせる)ことを拒否することもできるのが原則です。
 
2、他人の土地を通行することは、民法上の囲繞地通行権(民法第210条~第213条)の定め以外には、契約による通行権(地役権)しか認められません。逆に言えば、囲繞地でなくとも、隣地者との契約(合意)があれば、契約自由の原則から、他人の土地を使用することも可能なわけです。
 しかしながら、今回の相談の場合には、「家からその公道を通り商店街が出るのに近いので、通路として砂利を敷いて利用し続けていた」というだけで、隣地者の承諾や通行権(地役権)設定契約などをしたという形跡はないようです。そうすると、契約をしていないのですから、隣の土地を勝手に使っていることは、違法な使用であり、今後の隣地通行権が認められることはなさそうですね。
 
3、さて、皆さんは、民法の規定では、物権と債権の区別をした規定になっていることを御存じですか?
 民法第二編が「物権」、民法第三編が「債権」となっています。物権とは、他人の行為を介することなく、物を直接的に支配し利益を受けることができる権利を言います。 物権のうちでも、所有権は典型的な物権と言えるでしょう。 債権とは、ある特定の人(債権者)が他の特定の人(債務者)に対し、一定の行為をすることを要求することができる権利を言います。物権には、所有権以外に、占有権・地上権・永小作権・地役権・質権・抵当権・留置権・先取特権が定められており、債権が契約相手にしか主張できないのに対して、物権は、誰にでも主張できる権利(排他性のある権利)であるとされています。
 ところで、民法第280条は「地役権者は、設定行為で定めた目的に従い、他人の土地を自己の土地の便益に供する権利を有する。ただし、第三章第一節(所有権の限界)の規定(公の秩序に関するものに限る。)に違反しないものでなければならない。」と定めており、「他人の土地を自己の土地の便益に供する権利」としての「地役権」を物権として認めています。地役権の内容は、お互いの土地所有者間での設定行為=設定契約で決まることになりますが、便益の受ける方法として「通行」を盛り込めば、通行地役権を有することになります。
 
4、そして、この「通行地役権という物権」が民法上認められているということは、同じ物権としての所有権につき、所有権移転契約無しでも「時効取得」が認められているように、通行地役権にも、設定契約無しでも「時効取得」が認められるのではないかということが考えられます。民法第163条で「所有権以外の財産権を、自己のためにする意思をもって、平穏に、かつ、公然と行使する者は、(前条の区別に従い)20年又は10年を経過した後、その権利を取得する。」と定めているからです。
 そして、民法第283条で「地役権は、継続的に行使され、かつ、外形上認識することができるものに限り、時効によって取得することができる。」と定められています。所有権の取得時効(民法第162条)には「平穏に、かつ、公然と他人の物を占有すること」が求められているのと同様に、地役権の時効取得には「継続的な行使」と「外形上認識することができること」が求められています。
 最高裁昭和30年12月26日判決(判例時報69号8頁)は「通行地役権の時効取得については、いわゆる「継続性」の要件として、承役地たるべき他人所有の土地の上に通路の開設を要し、その開設は要役地所有者によってなされることを要する」としていますので、相談者が自ら砂利を敷いたりコンクリート打ちなどをしたりして、誰にでも通路だと分かる外形を作って使用している場合に、初めて、通行地役権設定契約無しでも、通行地役権の「時効取得」が認められることになります。

5、したがって、相談者が自ら砂利で通路部分作って、善意無過失で10年以上又は20年間通路として使用してきた場合には、例外的に、隣地所有者に対して通行地役権の時効取得の主張ができますので、今後も通路として使用することができます。
 しかしながら、このような場合には、隣地所有者としては、新たに通行地役権設定契約をして使用地代を払って欲しいということになろうかと思います。その場合には、使用地代を払ってきちんとした通行地役権を確立するか、このまま無償のままで勝手に通路部分使用を継続していくのかを今後の近所付き合いを考えて検討することが必要になると思われます。



以 上

隣の土地を使わせて欲しい!①

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




 公道に面している隣の空き地の下にガス管と水道管を埋設して自分の家に引き込んで利用したいのですが、隣地の所有者が承諾しない場合には、どうすればいいのでしょうか。

≪解説≫
1、そもそも、地中とはいえ、他人の土地を勝手に使用したり利用したりすることはできませんよね。なぜかって?それは、私たちが学校の社会科で教わった「私有財産制」「所有権絶対の原則」が日本の法律で決められているからです。どの法律に書いてあるのでしょう?それは、民法第206条と第207条です。民法第206条には「所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。」、民法第207条には「土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ。」と書いてあるのです。土地の場合には、土地表面の使用以外に地下部分、空中部分にもその支配権が認められているんですね。だから、所有者が承諾すれば別ですが、地中であっても、人の土地の所有権は侵害されない(無断で使われない)ように定めてあるのです。
 
2、しかしながら、民法第207条をよく読んでみると、「法令の制限内において」とありますね。これは、例外的に、法令等で定めがある場合には、他人の土地を使用することもできることが民法上も想定されているということです。
 例えば、民法自体が例外を定めています。民法第209条以下の「相隣関係」の規定がそれであり、特に、民法第210条第1項では「他の土地に囲まれて公道に通じない土地の所有者は公道に至るため、その土地を囲んでいる他の土地を通行することができる。」として囲繞地通行権(いにょうちつうこうけん)を認めており、下水道法第11条第1項は「前条第一項の規定により排水設備を設置しなければならない者は、他人の土地又は排水設備を使用しなければ下水を公共下水道に流入させることが困難であるときは、他人の土地に排水設備を設置し、又は他人の設置した排水設備を使用することができる。この場合においては、他人の土地又は排水設備にとつて最も損害の少い場所又は箇所及び方法を選ばなければならない。」として、排水設備に関する受忍義務(下水道事業者からみれば、排水施設権)を定めており、このような場合には、その所有者の承諾を得なくても、他人の所有地を使用したり利用したりすることができるようになっています。

3、水道やガスや電気などの配管・配線について
(1)しかしながら、水道やガスや電気などの配管・配線については、下水道法第11条第1項のような規定は見当たりません。ということは、基本的には水道やガスや電気などの配管・配線については、その所有者の承諾を得ないと他人の土地に埋設したりすることはできないと考えざるを得ないということになります。
(2)しかし、隣の土地との関係が、いわゆる囲繞地関係にあり、囲繞地通行権が民法上認められる場合でも、その通路部分に水道やガスや電気などの配管・配線をすることはできないのでしょうか。
 公道への通行権を認めるのは、その人の社会的生活とその人の土地利用を十全ならしめようとするものであり、そのために他人は最小限の受忍をしなさいという趣旨ですから、今日、水道やガスや電気などは社会生活の基本要素であり、その利用も土地利用と同様に保障されるべき生活基盤と言えますよね。
 そこで、隣の土地との関係が、いわゆる囲繞地関係にあり、囲繞地通行権が民法上認められる場合には、民法第210条第1項の類推適用(るいすいてきよう)をして、法令内の制限規定があるものとして、その通路部分にその所有者の承諾なく水道やガスや電気などの配管・配線をすることは認められるべきであると考えます。
 同じように、判例(東京地裁平成4年4月28日判決―判例時報1455号―101頁)は、「袋地の所有者等は、相隣関係を規律する隣地使用権に関する民法第209条、囲繞地通行権に関する民法第210条、余水排泄権に関する民法第220条、他人の土地に排水設備を設置できる下水道法第11条を類推して、他人の土地を通してガス、上下水道、電気及び電話等の配管、配線を袋地に導入することが許される。その場合、右法規に準じて、配管、配線の場所及び方法は、囲繞地通行権を有する者のために必要にして、かつ、囲繞地のため損害の最も少ないものを選択する必要がある。」と判断しています。
 興味のある人は、判例検索して判例を読んでみてくださいね。



以 上

他人の飼い犬に咬まれたぁ!(損害賠償と過失相殺)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




≪説明≫
 口蹄疫問題が発生してから、各養豚農場経営者は養豚場への一般立入を禁止したりしているところが多くなりましたね。当然のことだと思います。
 Cの養豚場も防疫のため立入禁止(無断立入禁止の立看板を3か所設置し、電話連絡の旨を掲載しており、最終警告看板の場所には立入防止鉄線も張っていた。ただし、猛犬注意の表示はしていなかった。)対策を行っていた。そこに、B町の農業政策課の職員Aが、農業政策情報提供のために、電話連絡をしないまま養豚場に入って(3か所目の禁止鉄線を越えて侵入)しまったところ、養豚管理室出入り口付近に長めに係留されていた(通路部分にまで伸びる形で)Cの飼い犬に咬まれて怪我をしてしまいました。
 被害者の農業政策課職員Aは、初めてCの養豚場を訪問したのですが、B町の農業政策課の職員等は新参者の職員Aには何ら訪問方法を指導していなかったようです。
 職員AはCに対して怪我の治療代などの損害賠償を請求できるでしょうか。請求できる場合に、Cは職員Aの過失割合減額をどのくらい主張できますか。

≪回答≫
(1)まずは、職員Aと養豚農場経営者Cとどっちが悪いか?って考えてしまいますよね。Cは、無断立入禁止看板を立てて警告し、飼い犬も係留(紐で繋がれていた)していたのですから、やるべきことをやっていたんじゃないかなあ~って考えてしまいますよね。
 職員AがCに損害賠償を請求するには、飼い犬を管理していたCに犬の管理上の過失があるかどうかが問題となります。
 民法第718条第1項に、「動物の占有者等の責任」として「動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りでない。」との定めがあります。
 一般的に、犬の管理者は、犬が人に危害を加えないように飼育するか、少なくとも鎖等で繋いで、常に管理者の制止可能な管理状態におく義務を有するとされています。この点、本件Cの飼い犬は、養豚場敷地内に紐で繋がれて管理室までの通路部分にも出ることができる状態であり、出入者を襲う可能性があったことから、養豚場敷地自体が第三者の無連絡立入を禁止していたとしても、飼い犬の管理上の過失があったと評価できる余地があります。
 他人が立ち入って来ない敷地内の管理という前提であれば、「犬の係留が長めである」という点も管理ミスとは言えないと思われますが、第三者の直接来訪の可能性があることが予想される場合には、その点が管理ミスとして評価される余地はあろうかと思います。
 したがって、養豚農場経営者Cの飼い犬の管理方法としては、全く注意義務違反(管理過失・管理ミス)がなかったとまでは言えないであろうと考えます。
 
(2)問題は、Cに犬の管理過失があったとしても、被害者であるAにも過失があるのではないか、Aの使用者・指導監督者であるB町にも情報を十分に与えなかった過失があるのではないか、という点です。被害者Aにも過失があれば「過失相殺」されて、損害賠償額がその分減額されることになります。
 Aは、本件養豚場に関して、防疫上の要請からの3か所の立入禁止看板の警告にそれぞれ従っていませんし、3か所目の警告地点では、立入防止鉄線を乗り越えて訪問している点で、その行為は、故意による不法侵入(農業政策上の情報提供のためであり不法侵入の目的はないが、管理者の承諾なしの侵入は刑法の住居侵入罪・建造物侵入罪となる可能性もある。)であり、その過失割合は100%に近いものがあると考えます。100%とならないのは、当該立入禁止の趣旨が防疫上の要請であり、犬の危険警告ではないことから、防疫警告の趣旨を理解できない者の場合又は自分は防疫上問題ないと勝手な判断をするおそれが残る場合には、立て看板警告だけでは十分な禁止措置とは言えない面も考慮しなければならないと考えられるからです。
 実際、Cは、訪問者から電話を受け、第一警告看板の場所まで出て行って、来訪者と一緒に飼い犬が繋がれている管理棟出入り口まで同行する方法をとっていたようであり(Cが一緒であれば飼い犬が訪問者には飛びかからない)、係る情報は、Aの勤務先であるB町農業政策課の職員も心得ていたと思われます(3人くらい農業政策課の職員がその方法で訪問していた経緯がある)。
 また、A自身もB町内で町職員として生活をしていた以上は、口蹄疫被害と立入規制の意味を十分理解できる状況にありながら無断立入りしたことから、無断立入りをそもそも想定していないCがその前提で飼い犬の管理を緩やかにしていたことを強く非難できる立場ではないわけで、職員Aが被害を受ける本件事故が発生したとしても、職員Aのその過失は、自招行為と評価されるか、少なくとも重大な過失と評価されるべきものであり、種々の判例(東京地方裁判所平成2年6月25日判決等)の基準に照らし、被害者である職員Aの過失は、少なくとも7割以上はあるものと考えてよいと思われます。(最終的には被害者過失100%~90%としてもよいと考えることも可能でしょう。)

(3)過失相殺(民法第722条第2項「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。」)において、被害者Aに仮に90%の過失割合が認められると、治療費等の損害が10万円発生したとしても、その内の9割(=9万円分)はA自身の過失によるものと計算されますので、請求額はわずか1万円ということになります。
 したがって、職員Aはあまり多額の損害賠償請求はできないと思われます。



以 上

情報公開「庁舎内に保管している他団体の文書に関する開示請求について」②

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



「文書不存在」は、二つの意味(法的不存在と物理的不存在)を考えよう。

(相談)
 前回の(A町は公文書開示条例に定める)「実施機関でないので、文書不存在」という場合と、「実施機関の保管対象文書ではあるが文書自体がない場合の、文書不存在」という場合では、非開示決定通知書には、どのように書けばよいでしょうか。A町では、いずれの場合でも単に「文書不存在」と記載すれば足りると考えて処理しています。

(助言)
1、実施機関以外の組織等が保有する文書の開示請求があった場合の対応について
 前回も引用した東京地裁平成22年3月30日判例地方自治331号13頁の事案で述べていますが、実施機関以外の団体又は組織等が保有する文書の開示請求があった場合の対応については、
①実施機関の文書の開示請求ではなく条例の対象とならないとして却下通知(理由は「実施機関の保有する文書ではない。条例の定める公文書ではない。」等になる)を出す方法
②実施機関であるA町には、町外団体の書類は保管していないという面を捉えて「当該文書は存在していない。」として、「文書不存在による非開示決定通知」をする方法
の二つが考えられるわけですが、②の場合の非開示決定の理由記載は、どのような理由の記載が求められるかという問題があります。

2、非開示決定には理由記載が必要である。
 まずは、基本から押さえましょう。市町村は、公文書の開示請求制度については、各市町村の定める情報公開条例や公文書開示条例を定めて対応することとなっていますが(行政機関の保有する情報の公開に関する法律第25条)、ほとんどの条例が、情報公開請求に対して、全部非開示又は一部非開示する場合には、非開示とする理由を非開示決定通知書に記載することが要求されています。
 その理由は、非開示とする理由の有無について処分庁の判断を慎重にさせるためということと、その処分の公正性及び妥当性を担保するため(理由のない恣意的な処分を防止するため)ということの他に、処分に対しては不服申立てが認められており、非開示の理由を開示請求者に知らせることでその不服申立の便宜を与えるためとされています。その意味では、開示対象文書が実施機関にない場合には、他にもない場合であろうが他には在る場合であろうが(他に在るかどうかはほとんど掌握できないだろう)、最終的には「文書が不存在」という理由だけで十分であると思われます。
 しかしながら、判例では、これだけでは理由として不十分であるとされています。

3、東京地裁平成22年3月30日判決(判例地方自治331号13頁)
(1)事案は、庁舎内に別ロッカーで実施機関以外の団体が作成し、保管していた文書について、実施機関である市町村に対して、公文書開示請求があった場合に、実施機関が保有する文書ではないことから公文書に該当しないとして、「文書が存在しない。」とのみ記載した通知書で非開示決定を行ったという事案です。
(2)裁判所は次のとおり判示して、非開示決定を違法な処分として取消しました。
 「公開請求に係る文書を公開しない旨の決定の通知書に、その理由を付記すべきものとしているのは、渋谷区情報公開条例(以下「同条例」とする。)に基づく公文書の公開請求制度が、公正で開かれた区政の進展を図ることを目的とするものであって、実施機関においては、公文書の公開を求める権利が十分に尊重されるように同条例を解釈し、運用しなければならないとされていること(同条例第1条、第3条)に鑑み、非公開とする理由の有無について実施機関の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに、非公開の理由を公開請求者に知らせることによって、その不服申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解するのが相当である(最高裁平成4年12月10日第一小法廷判決参照)。
 そこで、本件条例に基づく文書の公開請求があった場合に、実施機関が、物理的に当該文書を所持していないこと(以下「物理的不存在」という。)を理由とするのではなく、本件のように、所要の調査等において、物理的には当該文書を所持しているとみられる場合であることが判明したものの、それが本件条例第2条第2号にいう公文書に当たらないこと(以下「法的不存在」という。)を理由として非公開決定をする場合における理由付記の程度について検討するに、
 本件条例が、非公開決定の理由付記において、公開しないこととする根拠規定及び当該規定を適用する根拠が、非公開決定の通知書面の記載自体から理解され得るものでなければならないことを明文で定めている(第9条の3第1項)以上、実施機関が、公開請求に係る文書は本件条例第2条第2号にいう公文書に当たらないとして非公開決定をするのであれば、その通知書に付記すべき理由としては、公開請求者において、当該文書が同号にいう公文書に当たらないとの理由で非公開とされたものであることをその根拠とともに了知し得るものでなければならないというべきであるところ、本件条例に基づく公文書の公開請求制度におけるその目的を踏まえた理由付記制度の趣旨のうち、
〈1〉不服申立ての便宜という観点からは、公開請求者において、処分行政庁が物理的不存在を理由とする場合にその事実の存否を争うのと、処分行政庁が法的不存在を理由とする場合にその法的判断の適否を争うのとでは、その不服申立ての在り方が大きく異なることが明らかであり、
〈2〉実施機関の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するという観点からも、処分行政庁において、当該文書が同号にいう公文書に当たらないと判断した理由として物理的不存在と法的不存在の区別及び後者とする根拠の記載をすることは、その事実認定及び法的判断の慎重と公正妥当を担保することに資するというべきであるから、
〔要旨〕法的不存在の場合の理由付記は、少なくとも、公開請求者において、処分行政庁が非公開決定の理由とする本件条例第2条第2号にいう公文書の不存在が物理的不存在ではなく法的不存在をいうものであることをその根拠とともに了知し得るものでなければならず、非公開決定の通知書に単に「不存在」等と付記するのみでは、本件条例第9条の3第1項の要求する理由付記として十分ではないといわなければならない。
 しかるに、本件非公開決定の通知書における理由の記載は、本件非公開決定が法的不存在を理由とするものであったにもかかわらず、単に「該当公文書が不存在のため」とのみ記載したものにとどまり、物理的不存在と法的不存在の区別及び後者とする根拠が何ら示されていなかったのであるから、本件条例第9条の3第1項の定める理由付記の要件を欠くものというほかなく、同項に違反する瑕疵があったものというべきであって、その内容・態様及び前記の理由付記制度の趣旨等に照らし、これは本件非公開決定の取り消されるべき瑕疵に当たるものといわざるを得ない。」

4、二つの「不存在」理由
 要は、実施機関以外の文書についての開示請求を受けた場合に、却下通知ではなく、非開示決定通知(文書不存在)の方法を採用する場合には、この場合の「法的不存在」と、他に文書自体がどこにも存在していないという意味の場合の「物理的不存在」の二つが考えられることになるので、文書不存在を理由とする非開示決定及び同通知書の非開示理由の記載としては、このいずれかの文書不存在かが分かるように理由を記載しなければならないということです。
 この点も、各市町村での情報公開条例上の取り扱いとしては明確には定めていないところですので、情報公開事務を担当する職員としては、十分に気をつけておかなければなりません。



以 上

情報公開「庁舎内に保管している他団体の文書に関する開示請求について」①

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



庁舎内にある文書は、情報公開対象の「公文書」か?

(相談)
 A町は、各町内会から依頼されて、庁舎内にA町町内会連合会のロッカーを据え置いて、そのロッカーに重要書類綴りと会計帳簿を保管させているのですが、住民から、甲町内会の会計書類の公文書開示請求がなされました。A町担当者としては、どのように対処することになるでしょうか。

(助言)
1、市町村の公文書開示条例の骨子について
 市町村の文書に関する情報開示請求は、行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成11年法42号)の適用ではなく、同法25条で求められる「地方公共団体の情報の公開に関しての必要な施策」としての情報公開条例や公文書開示条例に基づいた開示制度による請求の範囲で認められることになります。
 地方公共団体の開示条例はほぼ次のような内容が骨子となっています。
①実施機関を定め、公文書を開示する定めとなっている。
②「公文書」とは、「実施機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画、写真及び電磁的記録であって、当該実施機関の職員が組織的に用いるものとして、当該実施機関が保有しているもの」と定めている。
③開示することを原則としているが、例外的に非開示にできるものとして「個人情報(個人識別情報)」などを定めている。
④「公文書の存否を答えるだけで非開示情報を開示することとなる場合」には公文書の存否を明らかにしないままでの開示拒否ができる旨を定めている。
⑤他の法令又は条例により、公文書の閲覧若しくは縦覧又は謄本等の交付の手続きが定められている場合には、当該条例を適用しない旨を定めている。

2、実施機関でない場合の処理
(1)A町自体は、公文書開示条例に定める「実施機関」ですが、町内会や町内会連合会などの任意団体(法人格なき社団とも呼ばれる)は、公文書開示条例に定める「実施機関」ではありません。公文書開示条例は、「実施機関が保有する公文書」(上記②)を対象とする制度ですから、町内会の会計帳簿は、そもそも公文書開示条例の対象とはならない(公文書開示条例の対象となる「公文書」には当たらない)わけです。
(2)その場合には、開示請求が条例の要件に該当しないので、「却下する」ことになります。東京都の「情報公開事務の手引き」では、「開示請求が条例に規定する要件を満たさず、開示請求者が補正に応じない等の理由により開示請求を却下する場合は、開示請求却下通知書により通知する。」との取り扱いをしています。
 また、その場合には、実施機関であるA町は、「甲町内会の会計帳簿」は保管していないという面を捉えて「当該文書は存在していない。」として、「文書不存在による非開示決定通知」をする方法(東京都渋谷区条例での取扱い例)でも間違いではないと思います。

3、「A町が保有していない」と言えるかの検討
(1)町外団体の書類をA町が庁舎内に保管している状態がある場合に、簡単にA町が当該書類を保有していないと言えるのでしょうか。
 ある裁判では、開示を求める住民が、「甲町内会を含むA町町内会連合会の事務局では、A町の役場の住所が記載された封筒を使用しており、連合会の事務をA町職員が担当しているであろうから(なぜなら、A町の地域振興課の分掌事務に「町内会等に関すること」とあるから)、町内会連合会の文書は、A町が保有しているのであり、A町が保有している文書であれば、公文書に該当する。」と主張して、争いになりました。
 条例上、「公文書」としては、①「実施機関が職務上作成又は入手したもの」②「実施機関が組織的に供用しているもの」③「実施機関が組織的に管理保有しているもの」のいずれかであれば足り、本件は、最後の③「実施機関が組織的に管理保有しているもの」に該当する可能性があります。
(2)裁判の審理としては、「実施機関が組織的に管理保有しているものか否か」の判断のために、A町と町内会連合会との関連性が争点となり、①町内会連合会の事務は誰が行っているのか(公務員が担当しているか否か)、②町内会連合会の役員又は構成員は誰か(公務員が関わっているか否か)、③町内会連合会の書類をロッカーから出し入れしているのは誰か、④ロッカーの鍵を保管しているのは誰か等について審理が行われたようです。
 A町側は、A町が町内会連合会の運営や意思決定に関わることはないこと、A町の関わりは総会への来賓出席等の後方支援に関するものにすぎないこと、町内会連合会の事務を町職員が行うことはないこと等を主張したようです。
 その結果、裁判所は「A町は、町内会連合会や各町内会の文書について、自ら作成、保存、閲覧、提供、移管、廃棄等の権限を有しておらず、町内会連合会の文書を現実的に支配、管理していないから、町内会連合会の保管文書は、A町の保有文書としての公文書ではない。」と判断しました。(東京地裁平成22年3月30日判例地方自治331号13頁参照)

4、類似事案への対応
(1)各市町村においては、地域振興策として市町村が主体となって民間事業や地域産業を活性化させるために、町以外の任意団体や任意協議会(A町活性化協議会、○○地区生産物価格保証委員会等)を設けて、そこへ補助金や支援金を提供し、その補助金の有効な使途、事業遂行等について助言指導すると共に、当該活性化活動の事務局を役所内において、会議資料や会計帳簿を当該担当課が保管していく取り扱いをしている例を散見します。
(2)その場合の任意団体の書類については、町の担当者である職員が事務局を兼務し、書類保管の出し入れ等を自ら行っているような状態であった場合には、上記の判例基準からすれば、「実施機関が組織的に管理保有している文書」として町への開示対象文書である「公文書」となり得ますので、その点は、十分に留意するようにしてください。

*次号においても、「文書不存在」の理由記載方法に関する問題点を助言します。



以 上

地方議会の議員の議会での名誉棄損行為と国家賠償責任の有無

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



 テロ防止法関連法案、森友学園問題、加計学園問題などでの「忖度」が議論された国会も6月下旬に閉会しました。証人喚問手続の質疑や議会内での首相や閣僚批判の質疑に対して、名誉棄損云々の反論がなされたりしていましたが、実際、国会内での議員の質問や地方議会での議員の質問が、名誉棄損に問われることがあるのでしょうか。今回は次の事案を参考に検討してみたいと思います。

≪事例≫
 地方公共団体での地方議会で、選挙で選ばれた議員が、議会内での執行部への一般質問でA法人の業務委託内容や契約締結面の指導の責任を問う中で、A法人の業務内容や補助金申請や契約代金の決定等の手続きがずさん極まりない旨の指摘をした発言があったが、そのことに対して、A法人は、国家賠償法第1条に基づき、議員本人にではなく、地方公共団体に損害賠償請求又は名誉回復請求をできるでしょうか。

≪回答≫
1、国家賠償法第1条は「第1項 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。第2項 前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。」と定めています。
(1)まず、「公共団体の公権力の行使に当る公務員」に地方議会の議員が含まれるかが問題となります。
 地方議会の議員は、一般職公務員と異なり、地方公共団体からの任命や契約などでその公務を担当しているわけでなく、住民の選挙で選ばれた立場にあることから、その議員の不法行為責任まで、地方公共団体(代表者首長)が負わなければならないのかという疑問が生じる人もおられるかも知れません。
 しかし、日本国憲法第93条が「地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。」こととし、また、「地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。」と定めていることから、地方議会の議員は、選挙という方法で議会の議決行為を担当する者として選出されるのであり、公務員の地位が任命や契約などの長の行為に基づくものであるとは限らないわけです。
 また、地方自治法第204条によると、常勤の職員には、労務への対価と共に、生活給の要素を含む「給与」を支給しなければならないのですが、地方自治法第203条第1項では、地方議会議員には、非常勤公務員と同様に「報酬を支給しなければならない」とされており、現行法上、当該公務に対して公費を払っている以上は、現在の地方議会議員の職務は、「非常勤の特別職公務員」という位置付けであると解釈されています。(なお、全国都道府県議会議長会は、第28次地方制度調査会に提出した資料の中で、「地方自治法第203条から『議会の議員』を削除し、新たに「公選職」に係る条項を設けるとともに、議会の議員に対する「報酬」を「歳費」に改めよ。」との改革案を提示しています。地方議会議員については、常勤・非常勤という職の区別とは別に、「公選職」という新たな概念を設けようという立場です。この立場になっても、地方議会議員が公務員であることは変わりません。)
(2)地方議会の議員が「非常勤の特別職公務員」とされる以上は、国家賠償法第1条は「公共団体の公権力の行使に当る公務員」を常勤や一般公務員に限定している文言はありませんし、議員も「公権力を行使」しますので、国家賠償法第1条の「公共団体の公権力の行使に当る公務員」には地方議会の議員も含まれるということになります。
 このような見解に立って、地方公共団体への賠償請求に対して判断している判例としては、浦和地方裁判所川越支部昭和63年9月29日判決(判例時報1304号106)、神戸地方裁判所平成5年3月17日判決(判例時報1489号137頁)、東京地方裁判所八王子支部判決平成12年12月25日(判例時報1747号110頁)があります。

2、議会での発言における違法性の判断について
(1)本件の場合、議会全体の行為(例えば、市議会議員に対する辞職勧告決議が議員の名誉を毀損したとして市の国家賠償責任を認めた事例など)ではなく、個別の議員の質問行為を対象とした行為の違法性が問題となります。この種の行為に関する国家賠償責任の範囲については、いくつかの名誉棄損事件等の例があります。
 すなわち、町議会における町長の発言が名誉毀損にあたるとして町の国家賠償責任を認めた事例、市議会特別委員会の報告書を市議会において公表・可決したこと等が名誉毀損にあたるとして市の国家賠償責任を認めた事例(上記東京地裁八王子支部判決)などです。これらを通覧しますと、特定の個人や集団を対象として権利侵害にあたる行為を議会や議員が行った場合、当該行為は、議会または議員に委ねられている裁量の範囲を逸脱した違法な行為であったとみなされており、その裁量の範囲が問題になります。
(2)議会または議員に委ねられている裁量の範囲については、そもそも、地方議会の議員は、国会議員の場合のように免責され(憲法第51条)、幅広い裁量権が認められているのではないか、という点が問題になります。
 この点については、最高裁判所昭和42年5月24日判決においても指摘されているように「地方議会の議員にあっては、憲法第51条が国会議員について認めていると同様の特権が憲法上保障されているわけではない。」とされていますので、地方議会の議員は、原則として、議会活動を行うにあたりその発言等により市民の権利、就中(なかんずく)、市民の名誉権や思想良心の自由を侵害することがないように注意すべき義務を負い、議会内での議員の[自由な発言等]の裁量性は、当該発言等の行為が違法であるか否かを決するに際して考慮すべき一事情であるに止まるものと解することになります。
(3)そうすると、地方議会・地方議員の行為については、国会の立法行為のような広範な裁量を認めることはできず、また、国会議員の免責特権のような不法行為責任の免除も認められませんので、当該議員の質問が市民であるA法人の権利を侵害しないように活動すべき義務に違背する行為であった場合には、当該行為は、原則として国家賠償法上の違法の評価を受けることになります。
 具体的に「A法人の業務内容や補助金申請や契約代金の決定等の手続きがずさん極まりない」という発言をしたことが、名誉棄損としての違法性阻却事由である「公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったとき」(刑法第230条の2)に該当するかどうかで、違法性が判断されることになります。

3、結論
 具体的な判断は、A法人の業務内容や補助金制度の趣旨、契約代金の真偽等を確定しながら、「公共利害が事実か否か」「議員の発言が公共の利益を図る意図に基づくものであったか否か」「議員の発言した当該事実は証拠上真実を認められるものかどうか」を個別的に判断し、確定を行うことになりますが、仮に、違法であった(違法性阻却事由への該当性が認められなかった)場合には、地方議員は国家賠償法第1条の「公務員」に該当しますので、議員個人ではなく、その地方公共団体(代表者首長)が損害賠償責任を負うことになります。
 (ここで、個人的に腑に落ちないのは、仮に自治体執行部への反対派議員が敢えて執行部支持派のA法人を非難した質問を行った場合に国家賠償訴訟が提起された場合には、A法人は反対派の当該議員を訴えるのではなく、支持する自治体執行部の地方公共団体(代表者首長)を訴える形となってしまうことです。A法人は訴訟提起がやりにくいのではないでしょうか。)



以 上

未成年者の住所について(その②)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


1.前号でお話した「未成年者の住所」の定め方と届け出の仕方で議論がある中で、次のような事案が発生し、裁判所の判断が示されました。

 東京高裁平成26年11月20日判決(長野県白馬村事件)判例地方自治No397-10頁
 長野地裁松本支部平成26年3月31日判決:判例地方自治No397-10頁

(事案の概要)
① X1は、平成16年9月に親権者である母乙(訴外甲と平成16年に別居中)と共に東京都世田谷区の乙実家で生活し、平成19年4月に母乙と父甲との間で裁判離婚となり、親権者は母乙と定められた。

② X1は、父甲との面会交流により、平成21年3月から22年8月まで甲の自宅(長野県白馬村)での宿泊付き面会を複数回行った。

③ X1(平成11年生まれ、小学生)は、平成22年9月17日、母乙に無断で、父甲の下へ行く旨のメモを残して、東京都世田谷区の乙宅を出て、長野県白馬村の父甲宅で、甲と一緒に生活するようになった。そのため、甲は、同月9月19日に親権者変更の申立てを行った(最終的には、母乙から平成22年11月12日に子の引き渡し申立てがなされ、取り下げた)。

④ それに対して、母乙は、平成22年9月20日に、X1を迎えに甲宅まで行ったが、X1を連れ帰ることができなかった(その後、X1の引き渡し申立てを行った)。

⑤ X1を手元に置いていた父は、平成22年9月29日から平成23年8月までの間に、4回にわたり、X1の転入届(住所移動届)を提出したが、Y(白馬村)は本件転入届を受理しない処分(本件不受理処分)をした(平成23年3月31日付け)。 なお、白馬村教育委員会は、平成22年9月24日X1に対する小学校通学に関する実態調査を行い、Y(白馬村)はX1が父甲宅(白馬村)に居ることは認識していたが、東京都世田谷区の転出証明書の添付等の手続き調整を検討し、その間、父甲と母乙との間で子の引き渡し等の法的手続きが継続していることを把握した結果、Y(白馬村)担当者は不受理の方針を決め、平成23年3月31日、X1の親権者である母乙がX1の転出を認めていないこと、転出証明書が添付されていないため、転入届を受け付けると二重登録になること、子の引き渡し申立て事件等の法的手続きが係属して紛争中であることを理由として、本件不受理処分をした。

⑥ 平成23年10月19日に甲及び乙間の調停により、X1の親権者が母乙から父甲に変更され、平成23年11月28日に、X1の父甲の戸籍への入籍届けがなされた。しかし、転入届はY(白馬村)担当者が促すも、届け出しなかった。

⑦ Y(白馬村)は、平成24年1月23、職権により転入日を平成22年9月17日とする転入を住民票に記載した。

⑧ その後、X1及び甲は、X1の居住実態が白馬村内の甲宅にあるにもかかわらず、本件転入届を不受理とし、且平成24年1月21日に至るまで、職権によってX1を住民票に記載しなかったのは、住民基本台帳法等に違反したものであるから、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償請求の訴えを提起した。

2.裁判所の判断はどうだったのでしょうか?論点は、未成年一人の住所変更届(転入届)を約1年半(平成22年9月~平成24年1月まで)住民票に記載しなかったことが、国家賠償法上違法となるかどうかという点です。判例の骨子は以下のとおりです。

○判例骨子 ・・・ 未成年一人の住所変更届(転入届)を約1年半(平成22年9月~平成24年1月まで)住民票に記載しなかったことが、国家賠償法上違法となるかどうかについての判断部分

≪ 一審判決 ≫
(1)国家賠償法上の違法の判断基準
 市町村長が客観的に当該市町村内に住所を有する者につき、住所認定をせず、そのことが住民基本台帳法上違法であったとしても、そのことから直ちに国家賠償法第1条1項にいう「違法」があったという評価を受けるものではなく、市町村長が当会社につき一見明瞭に住所要件を満たしているにもかかわらず、敢えてその認定をしなかった場合など、その認定判断が著しく合理性を欠く場合に初めて国家賠償法上の違法の評価を受けるものとするのが相当である。

(2)「住所」の認定要素について
 住民基本台帳法にいう住所とは、各人の生活の本拠をいい(法4条、地方自治法10条1項、民法21条)、その認定に当たっては、客観的な居住の事実を基礎として、これに当該住居者の主観的な居住の医師を総合して決定すべきものとされる(住民基本台帳事務処理要領)。そこで、当該居住者が未成年の場合には、親権者が未成年者の居所指定券を有すること(民法821条)から、親権者の意思が介在することは否定できない(未成年者の住所が親権や居住指定権と無関係であるとする原告の主張は採用しない)。

(本件あてはめ)
① 主観的面からの分析
 本件では、親権者(母乙)は、当初未成年者X1の転出につき明確に反対の意向を示していたことが認められ、その上、未成年者X1は、当時11歳であったことから、それなりの意思や判断力を有していたと考えられるものの、その医師や判断力に未熟な部分があったことは否定できないから、直ちに未成年者X1の意思が親権者である乙の意思に優先するものとみることもできなかったということができる。また、未成年者X1が身を寄せている非親権者の父甲の影響を受けている可能性も十分に考えられるから、Y(白馬村)担当者が未成年者X1の真意を的確に把握するのも困難であったということができる。

②客観的面からの分析
 このように未成年者X1の真意が必ずしも明らかでなく、親権者である母乙が明確に反対の意向を表明している状況下においては、未成年者X1の住所があると判断するためには、単にX1が白馬村内に居住しているとの事実のみでは足りず、その場所が社会通念上生活の本拠であると認められる程度の継続的かつ安定的な居住関係を有するに至ったと認められることが必要であったというべきである。

(継続的かつ安定的な居住関係を有するに至ったと認める基準)
 どの程度の期間にわたって客観的な居住の事実を継続すれば社会通念上の生活の本拠と言えるだけの継続的かつ安定的な居住関係が成立したといえるのかについては明確な基準は存在しない(だから、Y(白馬村)は判断することが困難であった)。
 子の引き渡しの審判で「未成年者X1が父甲の下で生活することが親権者母乙の親権を妨害する」との司法判断が出ていた(平成22年12月27日)ので、近い将来において、未成年者X1の白馬村内での客観的な居住の事実が消滅する可能性が髙くなったことから、X1の白馬村内での過去の居住の事実・住所認定にも影響を及ぼすものであったということができる(将来取り消されて住所でなくなるような住所認定は控えておくこともやむを得ない)。

(3)あてはめの結論
 このような状況下においては、Y(白馬村)がX1の住所が白馬村内にあるとの判断を行うことは必ずしも容易ではなかったということができるから、X1が父甲の下に移り住んでから約1年が経過していたことを考慮しても、一見明瞭にX1の住所が現住所(白馬村村内)にあったということができず、Y(白馬村)においてX1の住所が現住所にあると判断しなかったことが著しく不合理であったまではいうことはできない。 そうすると、Y(白馬村)においてX1の住所が現住所にあると判断しなかったことが、国家賠償法上違法であったということはできないというべきである。

≪ 控訴審判決 ≫
(1)不作為の違法の有無については、原審判決引用
(2)平成24年1月23日までに職権により住民票に記載しなかったことが国家賠償法上の違法となるか否かについて

①(合理的裁量)
 職権で住民票に記載するについて、住民基本台帳法施行令12条1項所定の事実の確認のために、どの程度の期間内にどのような範囲、限度で調査を行うかは、当該事情の下における担当公民の合理的な裁量に委ねられると解される。

②(あてはめ判断)
 本件においては、未成年者X1は親権者母乙の承諾なしに単身家を出て、父甲と同居して生活を始めたものの、X1は当時まだ11歳で判断力も十分とはいえない年少者であったこと、親権者乙がすぐさま甲宅を訪問して連れ戻そうとしたこと、乙からはX1に関する転出及び転入届をする意思がないことを知らされていたこと、子供の引き渡し請求の審判手続きが係属したので、その手続きの推移を見ることにしたことなどの経緯に照らせば、事態の推移を見つつ調査を継続したことが不合理であるとはいえないから、この時期までにY(白馬村)担当者が職権による住民票の記載をしなかったことが違法であるということはできない。
 その余の事情を見ても、Y(白馬村)の担当者において職務上行うべき義務を怠ったということはできないから、国家賠償法1条1項にいう違法はないというべきである。

3.コメント
 裁判所でも、一審判決も控訴審判決も、最終的には、地方公共団体の住所認定・住民票に記載しなかった取り扱いが違法ではないとしていることは妥当だろうと思います。
 未成年者の住所の認定基準等については、何ら法的な規定はありませんので、基本的には、民法22条(生活の本拠)と民法821条(親権者の居所指定権)の趣旨から考えれば、一審判決(長野地裁松本支部)が示すように、「住所の認定に当たっては、客観的な居住の事実を基礎として、これに当該住居者の主観的な居住の医師を総合して決定すべきもの」とされます(住民基本台帳事務処理要領)。
 そこで、当該居住者が未成年の場合には、親権者が未成年者の居所指定権を有すること(民法821条)から、「親権者の意思が介在することは否定できない。」とするのが妥当であろうと考えます。本件のような親権者の反対意思が明確で子供の引き渡し紛争まで手続きが係属しているような場合には、仮に客観的には居住の事実が継続したとしても紛争中の暫定的な事実(不安定な事実)に過ぎないと言えますので、親権者の意思に反してまで、その暫定的な居住事実を基に「住所」として認定をしなければならないわけではないと思われます。

以 上

未成年者の住所について(その①)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 未成年者の住所移転(転入届の不受理)が問題となった判例があります。東京高裁平成26年11月20日判決(長野県白馬村事件―判例地方自治No397-10頁)です。そもそも未成年者の住所はどのように定まるのか、その手続きはどうするのか等を考えてみましょう。

1、未成年者の住所に関する民法の規定から
 民法22条(住所) は「各人の生活の本拠をその者の住所とする。」と定め、 民法821条(居所の指定)は「子は、親権を行う者が指定した場所に、その居所を定めなければならない。」と定めています。

(1) 「住所」とは、生活の本拠地、すなわち人の全面的生活関係の中心となっている場所であり、そこに居住していることを要素としているものです。
 「居所」とは、人が多少の期間継続して居住しているが、土地との密着度が生活の本拠(住所)といえる程度に達していない場所をいいますが、住民票を移した場合には、形式的には「住所」と呼ばれる場合もあります。民法23条1項は「住所が知れない場合には、居所を住所とみなす。」と規定しているので、居所と住所の区別は相対的なものにすぎません。

(2) 民法821条により、未成年者は、自分の居所・住所は、親権者が決めることになっていますが、なぜでしょうか?
 親権者は、十分な判断能力を持っていない子供に対して、後見の観点から監護・教育する義務があり(民法820条「親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。」)、その監護・教育の実をあげるためには、子供が親の指定する場所に居所を定め、親の監督の目が届く必要があるからです。 親権者が子の居所を指定する権利を有するということは、子は指定された場所に居所を定めらなければならない義務を負っていることになります。子供は、勝手に自分の居所・住所を定めることはできないのです。
 それでは、子供が15歳くらいになって勝手に、他の家を借りて住み始めた場合のように、子供が親権者の居所指定に従わなかった場合には、どういう法的手段が取れるのでしょうか?・・・裁判を通じての直接強制もできるとの見解もあるのですが、多くの学説は、強制も・制裁も制度がないのでできないとしています。


2、未成年者は一人で住民票を移転できるか?
 このように、子供が15歳くらいになって勝手に、他の家を借りて住み始めた場合のように、子供が親権者の居所指定に従わなかった場合、子供は未成年者ですが、未成年者は一人で住民票を移転できるのでしょうか?
 そもそも、「住民票」とは、市町村長が、住民全体の住民票(個人を単位として作成)を世帯ごとに編成し作成する公簿である、住民基本台帳に編纂されている個人単位の票を言います(住民基本台帳法第6条1項)。 住民基本台帳法における解釈としては、

① 住所の認定基準としては、「住所の認定にあたっては、客観的居住の事実を基礎とし、これに当該居住者の主観的居住意思を総合して決定する。」とされています。

② 「世帯」とは、「居住と生計をともにする社会生活上の単位」であり、「世帯主」は「世帯を構成する者のうちでその世帯を主宰する者、すなわち主として世帯の生計を維持する者であってその世帯を代表する者として社会通念上妥当と認められる者」をいい、世帯主の認定にあたっては、その者が主としてその世帯の生計を維持しているかどうか、及び社会通念上その世帯の代表者と認められるかどうかという客観的基準に当該世帯の構成員の主観をも総合して決定すべきであり、単なる収入の多少によって便宜的に変更するような取扱いは不適当であるとされています(昭42・10・4自治振第150号)。

③ 住民基本台帳は、住民に関する行政の基礎となるものであって、その記録のもととなる届出については、誤りを防止し正確性を確保するため、住民としての地位の変更に関する届出は、住民が市区町村に自ら出向き、書面によって行わなければならない(住民基本台帳法第21条)とされており、その届出義務者は、第一義的には、本人が届出義務者です。未成年者や成年後見人制度における被保佐人及び被補助人も、意思能力を有する限りは本人が届出をすべきであるのが原則です。しかし、住民基本台帳法には届出を行う者についての具体的な年齢制限の記述はなく、一般に、窓口業務で意思能力の有無を判断することは困難であるため、戸籍法、民法などを根拠に15歳未満の未成年者を意思能力なき者として取り扱い、このような者からの届出は受理しない取扱い、例えば、幼児等、単独で届出をするのに必要な能力すなわち意思能力を欠く者であるときは世帯主、親権者、成年後見人、未成年後見人が届出をしなければならないとの取り扱いが適当であるとされています。

④ また、そういう意思能力の有無にかかわらず、世帯主が世帯員に代わって、届出を出すことができる規定になっています(住民基本台帳26条) *住民基本台帳法(世帯主が届出を行う場合)第26条

 1 世帯主は、世帯員に代わって、この法律の規定による届出をすることができる。
 2 世帯員がこの法律の規定による届出をすることができないときは、世帯主が世帯員に代わって、その届出をしなければならない。

 従って、正式な回答としては、未成年者も意思能力を有する限り(15歳以上であれば問題なく)自分一人で、住民票を移転する届出をすることはできる、という結論になります。
 なお、15歳で単独申立てを許容している根拠は、戸籍法107条の2の「名の変更」が15歳以上は未成年者単独で裁判所の許可申立できるとされていることや、民法797条1項の反対解釈で「未成年者養子縁組の代諾は、15歳以上の未成年者の場合には不要」とされていることなどからです。
 (次回に、未成年者の住所移転(転入届の不受理)が問題となった判例を具体的に検討します。)

次回に続く

プロ野球中のファールボールによる観客の負傷事故と市町村の損害賠償責任の有無(二つの異なった判決)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 いよいよ大雨と酷暑の今年の夏も終わりそうですね。甲子園の高校野球も終わり、宮崎でキャンプをしているプロ野球球団のペナントレースも佳境に入ってきているようですね。
 そこで、今回は、野球の話をしてみます。

1.プロ野球観戦中の事故として、次のような二つの事故が起こったことがありました。
 

① X女は平成23年8月21日、札幌ドーム(札幌市所有)で開催された北海道日本 ハムファイターズの野球試合に子供ら三人を連れて1塁側内野席(10列目)で観戦していたが、3回裏の攻撃中のバッターのファールボールが飛来し、X女の顔面に当たり、救急車で病院に搬送されたが、右顔面骨骨折右眼球破裂の傷害を負い、右視力を失った(後遺障害8級) X女は、球団、札幌ドーム管理会社及び札幌市の工作物責任及び不法行為責任(市には営造物責任及び国家賠償責任)を求めて提訴した。


 ② Z男は、仙台市所在の野球場(現楽天スタジアム:以下「本件球場」という。)の 3塁側内野席でプロ野球の試合を観戦中、打者の打ったファールボールに直撃されたことにより右眼眼球破裂等の傷害を負った(後遺障害は視力低下)ことから、本件球場の所有者である仙台市及び同球場を管理・運営していた運営会社が適切にファールボール等から観客を守るネット等の安全装置を設置する義務を怠ったことなどを理由として、仙台市に対しては国家賠償法2条1項に基づき、運営会社に対しては民法717条1項、同709条に基づき、連帯して損害賠償を求めて提訴した。


2.地方公共団体がプロ野球が開催される野球場を所有管理している場合は多くあります。
 宮崎の場合も、毎年2月には5球団のプロ野球チームがキャンプインしており、紅白試合やオープン戦での観客のファールボールでの負傷事故は気になるところです。
 地方公共団体は、野球場の所有者としての営造物責任(国家賠償法2条)が生じる余地があるからです。

3.つい最近といいますか、平成27年3月26日に、札幌地方裁判所で「本件座席付近 (1塁側内野席10列目)で観戦していた観客に対する野球場の安全設備等は、通常有すべき安全性を欠いていた」として、地方公共団体の営造物責任を認めた判決が出ました(札幌地裁判決平成27年3月26日)。①の事例の判決なのですが、野球界は大慌ての対策や控訴審への対応を検討しているようです。
 
 日本ハムファイターズは、この裁判で、次のような安全対策を講じていると主張していました。
 
 (1)観客との間で適用される試合観戦約款には、観客はファールボール等の行方を 常に注視し、自らが損害を被ることのないように十分注意を払わなければならない旨規定しており、入場ゲート内側受付カウンターの横に約款で定められている旨の掲示があり、希望があれば警備担当者等により約款が交付されるようになっていた。
 
 (2)試合観戦チケットの裏面には「注意事項(必ずお読みください)」として、観客 がファールボール等により負傷した場合、応急処置はするが責任は負わないので、ボールの行方を十分注意するように求めている記載がある。
 
 (3)本件事故の当日にも、本件ドーム内の大型ビジョンで、試合開始前に、打球の 行方に注意することを求める内容の静止画を表示した時間があり、更に1回表終了後の攻守交替時には、ファールボールに注意するように求める動画が表示された。
 
 (4)本件事故の当日も、場内アナウンスによって、ライナー性の鋭い打球が飛んで くることがあるので、ボールから目を話さず打球の行方には十分注意するように求める放送をした。

4.しかし、札幌地裁は、「上記(1)ないし (4)の措置は、いずれも観客席にファ-ル ボールが飛来する危険性を観客に周知する措置ではあるが、観客席に飛来することを遮断する安全設備が存在しなかった(約5mの防球ネットを平成8年に撤去していた)ことを踏まえると、これらの措置では、観客の安全性を確保するのに十分であるとは言えず、具体的な回避方法(即座に上半身を伏せる等)までを意識付けさせる必要があったが、その点の周知が果たされていたとは言えない。」として、営造物責任を認めたのです。

5.しかし、同様に事例で全く異なった判断をしている判例もあります。②の事例での仙 台地裁判決平成23年2月24日です。
 この裁判では、被害者の原告側は「チケット裏面の注意文言の記載や、注意喚起を促す看板の設置、電光掲示板の画像放映、場内アナウンス及び警笛の鳴動などの各措置は、抽象的にファールボールが観客席に飛んでくる危険性を告げ、ボールの行方に注意を促す程度のものにすぎず、観客に具体的な危険を告知するものではないことに加え、そもそも、観客がアナウンスや警笛などを聞いてから回避行動に出ても間に合うような危険であればともかく、そうではない危険については、バックネットや内野席フェンス等の安全設備によって本来的に回避されなければならない。したがって、チケット裏面の注意文言の記載や、注意喚起を促す看板、電光掲示板の画像放映、場内アナウンス及び警笛の鳴動などの各措置が講じられていることを加味しても、本件球場が通常有すべき安全性を備えているとはいえない。」と主張していました。
 それに対して、裁判所(仙台地裁)は「対策の合理性について検討するに、試合競技続行中(イン・プレー)の状態では1つのボールしか使用されないのであるから、観客としては投球動作に入るごとにボールの行方に注意を向ければファールボールによる危険は回避し得るのが通常であり、また、観客は、上記(ア)ないし(エ)の対策(★札幌ドームの対策(1)~(4)とほぼ同一内容)によって、視覚及び聴覚によってファールボールの危険性を試合前及び試合中を通じて認識できるのであるから、上記(ア)ないし(エ)の対策は、本件球場における内野席フェンスによる安全対策を補うものとして有用で合理的な措置ということができる。さらに、プロ野球においては観客にとっての臨場感を確保するという要請も考慮する必要があるところ、本件球場では、バックネットや内野席フェンスにおいて、できる限り細いフェンスやネットを使用していたにもかかわらず、本件球場が開設された平成17年の4月から7月までの間に、内野席を中心として1日数件程度、視線障害についての苦情があり、また、同年のシーズンオフの年間購入席の契約更新時においても、視線障害を理由とした解約が14件、購入席の移動が39件あるなど、ネガティブな反響があったこと(乙A16)からすれば、これ以上、観客の安全性の確保を目的として、内野席フェンスの高さを上げる等の措置を講じることは、かえってプロ野球観戦の本質的要素である臨場感を損なうことにもなりかねない。以上の検討を総合的に勘案すると、本件球場において、内野席フェンスの構造、内容(本件事故を防ぐには、10cmあげればよい程度だった)は、本件球場で採られている安全対策と相まって、観客の安全性を確保するために相応の合理性があるといえるから、本件球場における内野席フェンスは、プロ野球の球場として通常備えているべき安全性を備えているものと評価すべきである。」として、仙台市の営造物責任は認めませんでした(仙台高裁も同旨)。


6.両判決の違い
 両判決の違いは、仙台地裁事例が、一応内野席の防球フェンス・ネットがあったのに対して、札幌地裁事例は、内野席防球ネットがかつてあった状況から、はずされていた状況になっていたという点のみにあるように思われます。 各地方公共団体は野球場を管理している場合、その防球ネットの存否を再度確認しておくことが必要でしょう。

以上

空き家・廃屋の処理と法律の制定

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 前回の論考(空き家・廃屋の処理と条例制定、平成26年8月起稿)で「国会への対策法案(自民党議員法案:空き家を自主撤去した場合に土地の固定資産税を軽減することとして自主撤去を促す法案)の提出の動きもある」という形で指摘しておりましたが、平成26年11月19日、空き家等対策に関する特別措置法(以下「空き家対策法」といいます)が成立し、同月27日公布されました。施行は公布から3カ月以内になされる予定(立入調査等については、公布の日から6カ月以内に政令で定める日から施行)となっていましたので、平成27年5年26月に全面施行されました。
 この法律の目的は、適切な管理が行われていない空き家等が防災、衛生、景観等の地域住民の生活環境に深刻な影響を及ぼしていることに鑑み、地域住民の生命、身体又は財産を保護するとともに、その生活環境の保全を図り、あわせて空き家等の活用を促進しようとするものです。
 この法律の概要を示しておきます。

1.市町村長の権限
法律は、市町村の権限として次のような規定を定めています。

(1)立入調査権(9条)

ア 町村長は、当該市町村の区域内にある空き家等の所在及び当該空き家等の所有者等を把握するための調査その他空き家等に関しこの法律の施行のために必要な調査を行うことができる。

イ 市町村長は、第14条第1項から第3項までの規定の施行に必要な限度において、当該職員又はその委任した者に、空き家等と認められる場所に立ち入って調査をさせることができる。

ウ 市町村長は、前項の規定により当該職員又はその委任した者を空き家等と認められる場所に立ち入らせようとするときは、その5日前までに、当該空き家等の所有者等にその旨を通知しなければならない。ただし、当該所有者等に対し通知することが困難であるときは、この限りでない。

エ 第2項の規定により空き家等と認められる場所に立ち入ろうとする者は、その身分を示す証明書を携帯し、関係者の請求があったときは、これを提示しなければならない。

オ 第3項の規定による立入調査の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならない。

(2)家情報の利用権(10条)
ア 市町村長は、固定資産税の課税その他の事務のために利用する目的で保有する情報であって氏名その他の空き家等の所有者等に関するものについては、この法律の施行のために必要な限度において、その保有に当たって特定された利用の目的以外の目的のために内部で利用することができる。

イ 都知事は、固定資産税の課税その他の事務で市町村が処理するものとされているもののうち特別区の存する区域においては都が処理するものとされているもののために利用する目的で都が保有する情報であって、特別区の区域内にある空き家等の所有者等に関するものについて、当該特別区の区長から提供を求められたときは、この法律の施行のために必要な限度において、速やかに当該情報の提供を行うものとする。

ウ 前項に定めるもののほか、市町村長は、この法律の施行のために必要があるときは、関係する地方公共団体の長その他の者に対して、空き家等の所有者等の把握に関し必要な情報の提供を求めることができる。

(3) 空き家の除却等(14条)
ア 市町村長は、特定空き家等の所有者等に対し、当該特定空き家等に関し、除却、修繕、立木竹の伐採その他周辺の生活環境の保全を図るために必要な措置(そのまま放置すれば倒壊等著しく保安上危険となるおそれのある状態又は著しく衛生上有害となるおそれのある状態にない特定空き家等については、建築物の除却を除く。次項において同じ。)をとるよう助言又は指導をすることができる。

イ 市町村長は、前項の規定による助言又は指導をした場合において、なお当該特定空き家等の状態が改善されないと認めるときは、当該助言又は指導を受けた者に対し、相当の猶予期限を付けて、除却、修繕、立木竹の伐採その他周辺の生活環境の保全を図るために必要な措置をとることを勧告することができる。

ウ 市町村長は、前項の規定による勧告を受けた者が正当な理由がなくてその勧告に係る措置をとらなかった場合において、特に必要があると認めるときは、その者に対し、相当の猶予期限を付けて、その勧告に係る措置をとることを命ずることができる。

エ 市町村長は、前項の措置を命じようとする場合においては、あらかじめ、その措置を命じようとする者に対し、その命じようとする措置及びその事由並びに意見書の提出先及び提出期限を記載した通知書を交付して、その措置を命じようとする者又はその代理人に意見書及び自己に有利な証拠を提出する機会を与えなければならない。

オ 前項の通知書の交付を受けた者は、その交付を受けた日から5日以内に、市町村長に対し、意見書の提出に代えて公開による意見の聴取を行うことを請求することができる。

カ 市町村長は、前項の規定による意見の聴取の請求があった場合においては、第3項の措置を命じようとする者又はその代理人の出頭を求めて、公開による意見の聴取を行わなければならない。

キ 市町村長は、前項の規定による意見の聴取を行う場合においては、第3項の規定によって命じようとする措置並びに意見の聴取の期日及び場所を、期日の3日前までに、前項に規定する者に通知するとともに、これを公告しなければならない。

ク 第6項に規定する者は、意見の聴取に際して、証人を出席させ、かつ、自己に有利な証拠を提出することができる。

ケ 市町村長は、第3項の規定により必要な措置を命じた場合において、その措置を命ぜられた者がその措置を履行しないとき、履行しても十分でないとき又は履行しても同項の期限までに完了する見込みがないときは、行政代執行法(昭和23年法律第43号)の定めるところに従い、自ら義務者のなすべき行為をし、又は第三者をしてこれをさせることができる。

コ 第3項の規定により必要な措置を命じようとする場合において、過失がなくてその措置を命ぜられるべき者を確知することができないとき(過失がなくて第1項の助言若しくは指導又は第2項の勧告が行われるべき者を確知することができないため第3項に定める手続により命令を行うことができないときを含む)は、市町村長は、その者の負担において、その措置を自ら行い、又はその命じた者若しくは委任した者に行わせることができる。この場合においては、相当の期限を定めて、その措置を行うべき旨及びその期限までにその措置を行わないときは、市町村長又はその命じた者若しくは委任した者がその措置を行うべき旨をあらかじめ公告しなければならない。

サ 市町村長は、第3項の規定による命令をした場合においては、標識の設置その他国土交通省令・総務省令で定める方法により、その旨を公示しなければならない。

シ 前項の標識は、第3項の規定による命令に係る特定空き家等に設置することができる。この場合においては、当該特定空き家等の所有者等は、当該標識の設置を拒み、又は妨げてはならない。

ス 第3項の規定による命令については、行政手続法(平成5年法律第88号)第3章(第12条及び第14条を除く)の規定は適用しない。

セ 国土交通大臣及び総務大臣は、特定空き家等に対する措置に関し、その適切な実施を図るために必要な指針を定めることができる。

ソ 前各項に定めるもののほか、特定空き家等に対する措置に関し必要な事項は、国土交通省令・総務省令で定める。

2、国等の権限
財政上及び税制上の施策(15条)
ア 国及び都道府県は、市町村が行う空き家等対策計画に基づく空き家等に関する対策の適切かつ円滑な実施に資するため、空き家等に関する対策の実施に要する費用に対する補助、地方交付税制度の拡充その他の必要な財政上の措置を講ずるものとする。

イ 国及び地方公共団体は、前項に定めるもののほか、市町村が行う空き家等対策計画に基づく空き家等に関する対策の適切かつ円滑な実施に資するため、必要な税制上の措置その他の措置を講ずるものとする。

 このように、従来、地方自治法第2条2項で「普通地方公共団体は地域における事務及びその他の事務で法律又はこれに基づく政令により処理することとされているものを処理する。」としておりますが、市町村が私権(個人の所有権)を制限する際には当然に法令に根拠が必要であったにも関わらず、空き地や空き家・廃屋の不良状態について一般的に規制する法律や政令はなかったので、そもそも条例で空き地や空き家・廃屋の不良状態について規制してもよいのかが問題となる。とされていました。この点につき、今回「空き家対策法」を制定したことにより、国が一般的に規制する法律を作ったことになりますので、条例で空き地や空き家・廃屋の不良状態について規制してもよいということ以上に、市町村に直接その権限が法律により付与されたことになります。市町村長において「行政代執行法(昭和23年法律第43号)の定めるところに従い、自ら義務者のなすべき行為をし、又は第三者をしてこれをさせることができる。」と明記されたことから、今後、危険な廃屋対策をは積極的に進めていく手段も得られたことになります。

以上

公園管理委託契約の継続の権利性

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


(質問)
 A社は、20年前にビルを立てた際に、隣地に簡易な緑の公園を設置することとして、隣地所有者Xから20年間の土地賃貸借契約(期間満了時の20年間自動更新規定あり)を締結すると同時に、A社が設置する緑の公園の管理委託契約もXとの間で契約して、公園管理をXが20年間管理してきた。その後、20年経過前の平成24年3月頃にXとの間で土地賃貸借契約を更新したが(この時に、Xが10年分の賃料前払いを請求したがA社は5年分しか前払いできないとして5年分の賃料前払をしてしまった。)、平成24年7月18日にXが死亡したことから、その相続人(長男Y・公務員)から公園管理委託契約の継続の要請がなされたが、A社は、「Yが公務員をしている以上は、契約解除条項の公園管理業務の遂行が困難な場合にあたるので、管理契約を解消したい。経費削減のために公園設備は撤去してもよいと考えているし、撤去しない場合は公園をA社従業員で管理する方法を検討している。」との意向を伝えたら、Yは弁護士を立てて公園管理契約の維持のためにA社と交渉をしたいと言ってきている。
 A社はどのように対応したらいいか。 (参考:なお、借用土地については、X死亡直前の平成24年6月に生前贈与でX名義から長男Y名義に変更されている。但し、Xの相続人としては次男Zもいるが、行方不明の状態である。)  


(回答)
 本件事例は、「A社」を「A地方公共団体」と置き換えても同じ問題になりますので、Aの立場からも、Yの立場からも、地方自治体の職員の方に参考になると思います。

① まず、管理契約の問題から検討すると、管理契約は公園の管理事務を委託するものであるので、法的には民法656条の準委任契約であり、委任の規定である民法653条(受任者の死亡による契約終了)の準用があります。従って、管理契約は、民法653条により平成24年7月18日のX氏の死亡時点で終了していることになりますので、A社としては、管理契約の継続とか相続とかは全く関係がないことになります。仮に、Xの相続人長男Yと話合いをするとすれば、A社として新しい管理人を選ぶ必要があるかどうかを検討して、自社の職員で管理できるのであれば、経費削減の折から、Yと新しい管理契約をする必要は全くないので、相続人Yの要求は完全に拒否することができます。
 なお、X相続人Yは公務員であり、管理業務は勤務時間と競合するので公務員法による兼業禁止(国家公務員法第103条、104条、地方公務員法38条)に違反するので違法な契約をすることはA会社としてはできないとの説明も可能だろうと思います。

② 次に、管理契約を締結しない場合には、土地所有者長男Yとの間で、土地賃貸借契約が解消されないかの不安が生じます。長男Yが「公園管理料がもらえないなら、土地は貸さないことにする!」と感情的対応をしてくる可能性が高いからです。その場合でも、A会社として土地の利用(緑の庭園設置)が不要であれば、恐れることはありません。解除されて公園状態から更地状態にする撤去費用だけ覚悟してもらえば問題はありません。
 しかし、その場合でも、平成24年3月時点の「契約更新」について有利な検討をしておく必要があります。

ⅰ: 本件は期限前に当事者が話し合っているので、賃貸借契約に定める自動更新(期間20年)ではない。

ⅱ: 双方の合意更新であるとすれば、その場で更新後の期間の設定や契約条件を決めることが可能なので、実際に賃料の5年分の前払いの話がしてあるのは合意更新の証左であるので、
 まず、ア:期間が5年として定めた土地賃貸借契約になるので、5年間は土地は使用しますと主張できます。
 更に、イ:期間が特に定めないものとしたとも主張できるでしょう。この場合には、民法規定により1年の予告期間でいつでも契約解消できますので、契約解消をして、前払いの賃料の返還を求めることもできるでしょう。

 この理論構成で、相手の出方次第で一番有利な主張をしていくことになります。
 なお、土地賃貸契約を5年以内に解消する場合には、前払い分は返還請求できるのですが、これも相続により相続人YとZ2人の分割債務になるとされていますので、長男Yに対しては半額しか返還請求できない(行方不明のZからは回収困難)ことに留意しておく必要があります。Xが金員を返還しない可能性が高い場合には、賃貸借期間5年を主張するほうが得策かもしれません。

以上

心肺停止報道と死亡認定の有無

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


(質問)
 先月(5月)末に、鹿児島の口永良部島の新岳の噴火が起こりましたが、死亡被害等が無くて良かったと思います。島民の皆様の一日も早い帰島をお祈り申し上げます。
 さて、災害発生時のマスコミ等の被害の報道では、「心肺停止者○○名の模様」とか「心肺停止者○名を新たに発見」との表現が取られていたのですが、「心肺停止」と「死亡」は違うのですか。死亡者として報道しないのはなぜですか。

(説明)
1.まず、死亡の定義については争いがあり、明確な定義が確立されているとは言えませんが、従来は「死とは、呼吸が停止し、心臓の鼓動が停止し、瞳孔が開くという肉体的変化があった場合(三徴候説)」が一般的な定義とされていましたが、「臓器移植」が認められる前提として「脳死」という概念が出てきたことから、死の判定をめぐっては様々な議論がなされてきております。

2.死亡の定義に基づき、「死亡」ということになりますと、死亡による法律効果が生じるようになっています。法律的にはさまざまな法律手続きなどがスタートすることになります。
 例えば、①遺産相続は死亡と同時に自動的にスタートします。仮に、医師が確認して死亡宣告をしなくても「心肺停止」=「死亡」であるとした場合には、心臓の手術などで人工心肺を使用して心臓と肺の機能を一時的に停止させることはよくある手術方法なのですが、この場合にも心肺停止状態になりますから、この時点で手術中の人は自動的に法的に死亡したことになってしまい、相続が開始するため、その人の財産はすべて子供や配偶者などの相続人のものとなり、無一文になってしまうという不合理な結果が起こることになります。また、②健康保険により治療代の一部を国が負担してくれる仕組みになっていますが、健康保険は死亡により自動的に停止する取り扱いですので、心肺停止状態を=死亡とすると、この人は健康保険のない状態になってしまい、それ以後の治療はすべて健康保険外の治療になってしまいます。また、③死亡により戸籍が抹消されるので戸籍もなくなりますし、選挙権も被選挙権もなくなってしまいます。

3.最も問題となるのが、心肺停止状態でも回復する可能性があるということです。医師が確認して死亡宣告をしなくても「心肺停止」=「死亡」であるとしてしまうと、事故などで心肺停止状態になると死亡したことになりますから、相続によりこの人の財産は相続人の財産となってこの人の財産は残っていないことになります。健康保険も停止します。心肺停止以後に行った人工呼吸や心臓マッサージは保険外の扱いになりますし、この人は心肺停止状態から蘇生して生き返っても、既に死亡して財産がゼロになっているので、その医療費も支払うことができません。結局、心肺停止状態になったら、蘇生の可能性があっても蘇生措置は行わないという方向になっていくのではないかと思われます。 従って、「心肺停止」は、単に心臓の鼓動や呼吸が停止している客観的状態を意味するもので、死亡とは限らない場合指しますが、「死亡」は、「法律的に認定された」「人の死」を意味するものであり、両者は同じではないとされています。 すなわち、「死亡」というのは、ただ単に「人が死んだ」というだけでなく、法律上の様々な手続きがスタートする要件の一つであるため、医師の宣告という手続きを法律(戸籍法第86条・医師法第19条)によって定めているものであります。

4.人の「死亡」の認定は、法律上医師によって認定される必要があります。その根拠は、次のような解釈によるものです。
(1) まず、戸籍法第86条では、「1 死亡の届出は、届出義務者が、死亡の事実を知った日から7日以内(国外で死亡があつたときは、その事実を知った日から3箇月以内)に、これをしなければならない。2 届書には、次の事項を記載し、診断書又は検案書を添附しなければならない。一 死亡の年月日時分及び場所 二 その他法務省令で定める事項  3 やむを得ない事由によって診断書又は検案書を得ることができないときは、死亡の事実を証すべき書面を以てこれに代えることができる。この場合には、この場合には、届書に診断書又は検案書を得ることができない事由を記載しなければならない」と定めてあります。

(2) 次に、医師法第19条では、「1 診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。 2  診察若しくは検案をし、又は出産に立ち会った医師は、診断書若しくは検案書又は出生証明書若しくは死産証書の交付の求があつた場合には、正当の事由がなければ、これを拒んではならない。」定めてあります。

(3) この二つの条文から、 ①死亡を前提とした法律行為を行うには、死亡の事実を公的に証明しなければならない。 ②公的な証明を得る為には、戸籍を用いることができ且つ一般的である。 ③戸籍に死亡の記載をするためには、原則的に医師又は歯科医師による診断又は死体検案が必要となる。 ④医師又は歯科医師のみが死亡診断ができ、医師又は歯科医師は死亡診断書や検案書の交付を拒むことはできないことから、つまり、死亡の事実を確認する(できる)のは、医師(又は歯科医師)のみということになる。 という解釈をすることになりますので、人の「死亡」の認定は、法律上医師(又は歯科医師)によって認定される必要があるという結論になります。

以上

選挙権がある人、ない人(その1)~成年を何歳にするかの論争を含めて~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 今年4月は、統一地方選挙の時期です。地方公務員の皆さんは、選挙公示、投票・開票手続等の準備や立会で忙殺されることでしょけど、頑張ってください。
 そこで、今回は、選挙の話にしてみました。

1.普通選挙の選挙権
 憲法13条3項は「公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する」と規定し、民法4条は「年齢20歳をもって成年とする。」とあり、公職選挙法9条1項は「日本国民で年齢満20年以上の者は、衆議院議員及び参議院議員の選挙権を有する。」と定められていましたので、今までは、20歳以上の成人に選挙権が与えられていました。
 それに対して、憲法改正手続きの整備として2007年(平成19年)に公布された国民投票法(日本国憲法の改正手続に関する法律)第3条 で「 日本国民で年齢満十八年以上の者は、国民投票の投票権を有する。」と定めてしまいました。
 但し、投票権は18歳以上の者と規定されているものの、公職選挙法上の選挙権が改正されるまでは20歳以上の者しか投票できないこととなっています(附則3:国は、この法律の施行後速やかに、年齢満十八年以上満二十年未満の者が国政選挙に参加することができること等となるよう、国民投票の投票権を有する者の年齢と選挙権を有する者の年齢との均衡等を勘案し、公職選挙法(昭和二十五年法律第百号)、民法(明治二十九年法律第八十九号)その他の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする)。
 平成26年11月自民党・公明、民主、維新、次世代、みんな、生活の与野党7党は、選挙権を18歳以上とする公職選挙法改正案の国会提出を合意し、平成27年3月までに成立する予定になりました。


2.二種類の「成年」
 しかし、今回の公職選挙法改正(18歳以上選挙権付与)案には、民法改正(成年を18歳以上とすること)は伴っていません。この状態であると、成人者による選挙は18歳以上の者で行い、民法上の成年者は20歳以上の者ということになり、「成年」の定義として二種類が生じてしまう結果になります。
 この点については、仮に選挙権年齢を18歳以上に引き下げるならば、成年年齢も18歳以上に引き下げることが必要となるか否かに関する議論がありました。
 まず、政府は、選挙権年齢は主権者として代表者を適切に選挙できる公法上の年齢であるが、成年年齢は自分だけで適切に契約もできる私法上の年齢であり、両者は必ずしも一致しない旨を繰り返し述べています(法制審見解)。法制審議会民法成年年齢部会の中間報告書でも、全会一致の意見として、選挙権年齢と成年年齢は必ずしも一致しないと述べられています。
 これらの見解によれば、成年年齢は独自の基準で定まっているので、18歳以上に引き下げなくてよいことになります。 また、「選挙権を成年年齢に満たない若者に付与する場合、成年年齢は18歳以上に引き下げなくてよい。」とする論拠となり得る意見は他にもあります。
 日本弁護士連合会は、「「憲法15条3項」の成年者と「民法4条」の成年者とが一致するとしても、憲法は「成年者による普通選挙を保障」しており、これを「少なくとも成年者すべてによる普通選挙を保障」していると解釈すれば、成年年齢に満たない若者に選挙権を付与することを容認している」との意見を出していますし、佐藤 功 上智大学名誉教授、中村 睦男 北海道大学名誉教授、及び尾吹 善人 千葉大学名誉教授も、普通選挙の理念から、成年年齢に満たない若者に選挙権を付与することも可能であると述べています。
 このことから、私法上の成年は「20歳以上」、選挙権等の交付上の成年は「18歳以上」とする「二種類の成年制度」が我が国に成立することになりそうです。


3.選挙権が制限されている人についての法的問題点
 次に、公職選挙法第11条は、選挙権を有しない者を列挙して規定しています。
 平成25年5月までは、以下のような内容になっていました。

(選挙権及び被選挙権を有しない者) 
第11条 次に掲げる者は、選挙権及び被選挙権を有しない。
 一  成年被後見人
 二  禁錮以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者
 三 (略)



 (1)一号の「成年被後見人」について
 成年被後見人とは、後見開始の審判を受けた者(民法8条)で、「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況になる者」を指します(民法7条)。それ以前の「禁治産者」に置き換えられたものです。
 しかし、成年被後見人と言えども、税金を納め、経済的活動をし、生活をしてきている国民であり、選挙をする意思能力が備わっていないわけではありません。

ⅰ>これについては、まず裁判所が動きました。

 ○東京地裁平成25年3月14日判決・判例時報2178号―3頁

 「選挙権は、国民の政治への参加の機会を保障する基本的権利として、議会制民主主義の根幹を成すものであることから、憲法は、国民主権の原理に基づき、両議院の議員の選挙において投票をすることによって国の政治に参加することができる権利を国民に対して固有の権利として保障しており、その趣旨を確たるものとするため、国民に対して投票をする機会を平等に保障している。
 以上の憲法の趣旨にかんがみれば、自ら選挙の公正を害する行為をした者等の選挙権について一定の制限をすることは別として、国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず、国民の選挙権又はその行使を制限するためには、そのような制限をすることが「やむを得ない」と認められる事由がなければならないというべきである。そして、そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り、上記の「やむを得ない事由」があるとはいえず、このような事由なしに国民の選挙権の行使を制限することは、憲法15条1項及び3項、43条1項並びに44条ただし書に違反するというべきである。」
 「法は、成年被後見人を、事理を弁識する能力を欠く者として位置付けてはおらず、むしろ、事理を弁識する能力が一時的にせよ回復することがある者として制度を設けている。
 すなわち、成年後見制度について規定している民法は、成年被後見人となり得る者として「事理を弁識する能力を欠く常況にある者」(民法7条参照)と規定しているところ、「常況にある」とは、多くの時間はその状況にあるものの、そこから離脱することがある場合を意味するものであり、したがって「事理を弁識する能力を欠く常況にある者」とは、事理を弁識する能力を欠く状態から離脱して、事理を弁識する能力を回復した状況になることがある者をも含むものである。
 そして、民法は、成年被後見人に該当する者も自ら後見開始の審判の申立てができるものとし(7条)、成年被後見人が行った法律行為は取り消されるまでは有効とし(9条本文)、日用品の購入その他日常生活に関する行為については、成年被後見人自ら完全に有効な行為として行うことができ後見人といえども取り消せないものとしている(9条ただし書)。さらに、成年被後見人とされた者が行う身分行為についても、民法は、自ら有効に婚姻(738条)や協議離婚(764条)、そして認知(780条)をすることができるものとし、さらに、遺言についても、遺言をする際に、遺言するに足る能力さえあれば有効にこれを行うことができるとし、後見人といえどもこれを取り消すことはできないものとしている(962条、963条)。
 一般に、事理を弁識する能力を欠き意思無能力の状態で行った法律行為は無効とされることに照らせば、民法のこのような規定は、成年被後見者が事理を弁識する能力を欠く状態から離脱して事理を弁識する能力を回復することを想定して、様々な行為について有効に法律行為等を行えるとしたものであり、民法が、成年被後見人を「事理を弁識する能力を欠く者」とは異なる能力を有する存在であると位置付けていることは明らかである。
 そして、そもそも憲法は、主権者たる国民には能力や精神的肉体的状況等に様々な相違があることを当然の前提とした上で、原則として成年に達した国民全てに選挙権を保障し、それらの国民に自己統治をさせることで我が国の議会制民主主義の適正な遂行を確保しようとしたものであると解されるから、そのような我が国の憲法が、上記のように事理を弁識する能力を一時的にせよ回復し、一定の財産上あるいは身分上の法律行為についてその法律行為の意味や効果について理解して判断するだけの意思能力があるとされる成年被後見人について、自己統治をする主体である国民として選挙権を行使するに足る能力を欠くと宣明することはおよそ考え難い。
 そうすると、事理を弁識する能力が一時的にせよ回復することが想定される存在である成年被後見人について、そのような能力が回復した場合にも選挙権の行使を認めないとすることは、憲法の意図するところではないというべきである。
 また、成年後見制度は、精神上の障害により法律行為における意思決定が困難な者についてその能力を補うことによりその者の財産等の権利を擁護するための制度であると解されており、成年被後見人が、たとえば悪徳業者の甘言により重要な財産の売買契約をしてしまった場合に一方的に取り消せるなど、成年被後見人が法律行為をすることによって不利益を被ることがないようにし、また、後見人が、成年被後見人に代わって、その所有に係る財産等を適切に管理し処分する契約を行うことなどにより、成年被後見人が適正な利益を享受することができるように設けられた制度である。したがって、『事理を弁識する能力を欠く常況にある』として家庭裁判所が行う後見開始の審判(民法7条参照)も、自ずからそのような制度の目的に沿った審理判断がされることになるのであって、およそ家庭裁判所が、後見開始の審判をする際に、選挙権を行使するに相応しい判断能力を有するか否かという見地から審理をして後見開始の是非について判断するということは予定されていない。」
 「そもそも後見開始の審判を受け、成年被後見人になった者であっても、我が国の「国民」であることは当然のことである。憲法が、我が国民の選挙権を、国民主権の原理に基づく議会制民主主義の根幹として位置付け、国民の政治への参加の機会を保障する基本的権利として国民の固有の権利として保障しているのは、自らが自らを統治するという民主主義の根本理念を実現するために、様々な境遇にある国民が、高邁な政治理念に基づくことはなくとも、自らを統治する主権者として、この国がどんなふうになったらいいか、あるいはどんな施策がされたら自分たちは幸せかなどについての意見を持ち、それを選挙権行使を通じて国政に届けることこそが、議会制民主主義の根幹であり生命線であるからにほかならない。
 我が国の国民には、望まざるにも関わらず障害を持って生まれた者、不慮の事故や病によって障害を持つに至った者、老化という自然的な生理現象に伴って判断能力が低下している者など様々なハンディキャップを負う者が多数存在する。そのような国民も、本来、我が国の主権者として自己統治を行う主体であることはいうまでもないことであって、そのような国民から選挙権を奪うのは、まさに自己統治を行うべき民主主義国家におけるプレイヤーとして不適格であるとして、主権者たる地位を事実上剥奪することにほかならないのである。したがって、そのようなことが憲法上許されるのは、それをすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙を行うことが事実上不能ないし著しく困難であると認められる「やむを得ない事由」があるという極めて例外的な場合に限られると解すべきことは、国民主権や議会制民主主義の理念を標榜する我が憲法の解釈としてけだし当然のことであって、そのような『やむを得ない事由』がない限り、様々なハンディキャップを負った者の意見が、選挙権の行使を通じて国政に届けられることが憲法の要請するところである。」
 「成年被後見人に選挙権を付与することによって、選挙の公正を確保することが事実上不能ないし著しく困難である事態が生じると認めるべき証拠はない上、選挙権を行使するに足る能力を欠く者を選挙から排除するという目的達成のためには、制度趣旨が異なる他の制度を借用せずに端的にそのような規定を設けて運用することも可能であると解されるから、選挙権を行使するに足る能力を欠く者を選挙から排除するために成年後見制度を借用し、主権者たる国民である成年被後見人から選挙権を一律に剥奪する規定を設けることをおよそ『やむを得ない』として許容することはできないといわざるを得ない。」



ⅱ>この判決を受けて、政府は、一旦は控訴しましたが、同時に、判決に沿う形での公職選挙法改正案を国会で審議し平成25年5月23日に下記改正法律を公布して、控訴を取り下げました。

○成年被後見人の選挙権回復等のための公職選挙法等の一部を改正する法律要綱(抜粋)
一 公職選挙法の一部改正(第 1 条関係)
 1 成年被後見人に係る選挙権及び被選挙権の欠格条項の削除
   成年被後見人は選挙権及び被選挙権を有しないものとする規定を削除すること。(公職選挙法第 11 条第 1 項第 1 号関係)

○公職選挙法第 11 条
 (選挙権及び被選挙権を有しない者)
第11条 次に掲げる者は、選挙権及び被選挙権を有しない。
 一  削除
 二  禁錮以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者
 三 (略)
 四  公職にある間に犯した刑法 (明治四十年法律第四十五号)第百九十七条 から第百九十七条の四 までの罪又は公職にある者等のあっせん行為による利得等の処罰に関する法律 (平成十二年法律第百三十号)第一条 の罪により刑に処せられ、その執行を終わり若しくはその執行の免除を受けた者でその執行を終わり若しくはその執行の免除を受けた日から五年を経過しないもの又はその刑の執行猶予中の者
 五  法律で定めるところにより行われる選挙、投票及び国民審査に関する犯罪により禁錮以上の刑に処せられその刑の執行猶予中の者


 一号は削除されて立法的に解決されましたが、同じ条文の二号の「禁錮以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者」は選挙権を奪われたままでいいのでしょうか。次回検討しましょう。

選挙権がある人、ない人(その2)~刑務所内の受刑者について~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 統一地方選挙も終わりましたね。無投票選挙の自治体もあったようですが、それは政治の安定さを示すものか、政治の衰退を示すものか、どちらなのでしょう。ともかく、法律は、選挙権を国民・市民の根幹的な権利として保障しようという立場に立っていますので、今回も、前回に引き続いて選挙権の話をします。

(2)公職選挙法第11条(選挙権及び被選挙権を有しない者)二号の「受刑者」について
 前回に説明した東京地裁判決(被後見人にも選挙権を認めた判決)のように、「選挙権は、国民の政治への参加の機会を保障する基本的権利として、議会制民主主義の根幹を成すものである」「国民の選挙権又はその行使を制限するためには、そのような制限をすることが「やむを得ない」と認められる事由がなければならない」との位置付けがなされると、公職選挙法第11条二号の制約事由である「受刑者」についても疑問が生じます。 二号の「禁錮以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者」とは、「刑務所に服役している間の受刑者」を示すことになりますが、四号や五号が、公務員犯罪や選挙違反犯罪の者に限定されているのに比べ、無限定な犯罪全般の服役者には選挙権一切を認めていないという規定になります。


ⅰ>これも、裁判上は違憲であるという結論が高裁段階まで示されていますが、最高裁判例はありません。
 ○大阪高裁平成25年9月27日判決・判例時報2234号29頁
<公職選挙法11条1項2号(受刑者選挙権なし)は憲法違反!>

 「自ら選挙の公正を害する行為をした者、すなわち、選挙違反の罪を犯した者に限って一定の範囲で選挙権の制限を認めるほかは、〈1〉選挙権それ自体を制限する場合及び〈2〉選挙権の行使を制限する場合の双方について、いずれも「やむを得ない事由」の存在を要求する趣旨と解すべきである。」
「日本国憲法の改正手続に関する法律(平成19年5月18日法律第51号)は、憲法改正に関する国民投票について、3条で「日本国民で年齢満18年以上の者」に投票権を認めており、受刑者であることは欠格事由としていない。そうすると、受刑者は、憲法改正の国民投票の際には収容中の刑事施設内において投票権を行使できることとなる。
 また、公職選挙法48条の2第1項3号は、選挙の当日に刑事施設、労役場、留置場、少年院若しくは婦人補導院(以下「刑事施設等」という。)に収容されていると見込まれる投票人について期日前投票を行わせることができると定め、公職選挙法施行令50条は、上記不在者投票の方法に関する規定である同法49条1項の制度を利用して刑事施設等において投票をする場合の投票用紙及び投票用封筒の交付の請求方法等について具体的に定めている。これは、未決収容中の者については公職選挙法11条1項2号の適用がないことから、これらの被収容者の刑事施設等における選挙権行使の方法について規定したものであると解されるが、そうすると、現に刑事施設等に収容されている者であっても、不在者投票と同様の方法によって選挙権を行使することは可能であるということになる。
 受刑者の収容期間には無期懲役から禁錮15日までさまざまなケースがあり得るのであり、さらに、未決勾留日数の算入状況によっては非常に短期となる場合もありうる。これに対し、未決収容中の者には1年以上収容される者もいることからすれば、未決収容者よりも受刑者の収容期間が長いとすることはできず、選挙権の行使をさせる上での技術的問題について未決収容者と受刑者の間に有意な差があるとは認め難い。
 以上のとおり、未決収容者が現に不在者投票を行っており、また、憲法改正の国民投票については受刑者にも投票権があるとされていることからすれば、受刑者について不在者投票等の方法により選挙権を行使させることが技術的に困難であるということはできず、この点が選挙権を制限すべきやむを得ない事由に該当するということはできない。」
  「受刑者を刑事施設に収容するのは、犯した罪に対する応報として自由を剥奪するとの趣旨と、矯正処遇により改善更生を促し、再犯を防止するという目的に基づくものと考えられる。しかしながら、犯罪を犯して実刑に処せられたということにより、一律に公民権をも剥奪されなければならないとする合理的根拠はなく、平成17年最判が選挙権制限の例外を選挙犯罪の場合に限定した趣旨に照らしても、受刑者であることそれ自体により選挙権を制限することは許されないというべきである。公職選挙法11条1項2号が受刑者の選挙権を一律に制限していることについてやむを得ない事由があるということはできず、同号は、憲法15条1項及び3項、43条1項並びに44条ただし書に違反するものといわざるを得ない。」



ⅱ> この点についての法改正はなされていませんので、今回の統一地方選挙においても、「禁錮以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者」に該当する受刑者は投票できていないままでした。

4.選挙権の価値について
 選挙権の有無の問題を検討してきましたが、選挙権については選挙権の価値(一票の価値の平等)も裁判上問題となって居ます。国政選挙が終わる度に、弁護士から全国の高等裁判所に選挙無効訴訟が提起されるのをニュース等で見ることも多いと思います。判例は、選挙権の価値の平等を侵害する「違憲状態」「違憲(但し、無効ではない。)」としておりますが、最高裁は「選挙無効」は出しておりません(但し、広島高裁が違憲無効判決を出した例はあります)。選挙の意義を我々一人ひとりが考えていく必要があるように思います。  

以上

暴力団等に対する国(裁判所)の姿勢について感じること(その1)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


1.今回は、国による暴力団等の規制への個人的な感想を書き留めておきたいと思います。
 暴力団等への国による規制としては、暴力団員の刑事犯罪を検挙して刑事裁判で通常より情状として重く処罰するという司法手続き対応が長年続いてきていますが、国の警察庁の努力により平成4年に暴対法(正式には「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」が制定され、刑事犯罪に至らなくても、暴力団の「不当な行為」の禁止と措置に関する行政命令と罰則を設けて、ようやく国が暴力団規制に本腰を入れてきたという流れになってきています。

 他方、弁護士会の民暴委員弁護士は、民事上の暴力団追及ということで、平成4年当時の暴対法で定めてもらえなかった「組長の使用者責任」(※①)を民事裁判手続きで追及してきました。
 暴力団抗争で市民が流れ弾に当たったり、間違えて射撃されたりした場合、又は暴力団員の下っ端の暴行脅迫で市民が被害を受けた場合に、実際の下っ端の暴力団員への損害賠償ではお金を持っていない連中ですから意味がなく、組員を使用していた組長がお金を持っているわけですから、その暴力団の組長に対して損害賠償請求をする必要があり、その理論的構築が求められていました。その結果、会社の社長と同様に民法715条の使用者責任として損害賠償責任を負うとする法律上の理論(暴力団組長責任論)の構築を目指して、全国各地で民事訴訟を起こしてきました。

 この理論は、最判平成16年11月12日で肯定されましたが、この原審の大阪高裁の認容判決が出て最高裁でも認容判決が出るだろうという状況になってから、警察庁は平成16年4月に最高裁判決が出る前に、暴対法改正して抗争事案での使用者責任規定を定めました。
 この最高裁判決では、「階層的に構成されている暴力団の最上位の組長と下部組織の構成員との間に同暴力団の威力を利用しての資金獲得活動に係る事業について民法715条1項所定の使用者と被用者の関係が成立している」とされたので、抗争事案だけでなく、みかじめ料(※②)など金品強要の資金獲得活動の場合でも組長の使用者責任を問えることも認めています。
 この点で、暴対法での暴力団組長使用者責任規定は、なぜもっと早く網羅的に法制化してくれなかったのか、若干、国の立法姿勢に不満が残りました。

 (※①)民法715条1項は、「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。」としている(使用者責任)。 そこで、暴力団の構成員が行った犯罪行為について、使用者責任の規定を利用して、階層的に構成される暴力団の上位者である組長等に損害賠償責任を負わせることができないかが問題となる。この点につき、暴力団という組織体の特殊性から,①公序良俗に反する違法な活動であっても民法715条の「事業」に含まれるか、②暴力団構成員のいかなる行為が暴力団組長の事業と関連性を有するのか,③暴力団の構成員とその上位者との間の指揮監督関係をどのような場合に認めるのか。上位者が構成員の所属していた下部組織の組長ではなく、その上部組織の組長であった場合にも指揮監督関係を認めてよいのか等の点が解明される必要がある。最高裁判所は、この点について、次のように判示して、上位組織の組長等に使用者責任を認めた
(最判平成16年11月12日民集58巻8号2078頁 判時1882号21頁)。「階層的に構成されている暴力団が、その威力をその暴力団員に利用させることなどを実質上の目的とし、下部組織の構成員に対しても同暴力団の威力を利用して資金獲得活動をすることを容認していたなど判示の事情の下では、同暴力団の最上位の組長と下部組織の構成員との間に同暴力団の威力を利用しての資金獲得活動に係る事業について民法715条1項所定の使用者と被用者の関係が成立している。」「階層的に構成されている暴力団の下部組織における対立抗争においてその構成員がした殺傷行為は、同暴力団が、その威力をその暴力団員に利用させることなどを実質上の目的とし、下部組織の構成員に対しても同暴力団の威力を利用して資金獲得活動をすることを容認し、その資金獲得活動に伴い発生する対立抗争における暴力行為を賞揚していたなど判示の事情の下では、民法715条1項にいう「事業ノ執行ニ付キ」されたものに当たる。」

 (※②) 「みかじめ料」とは、暴力団の縄張り内で風俗営業等の営業を行なっている者等 に対して、その営業を認める対価として、又はその用心棒的な意味をもたせて、挨拶料、ショバ代、守料などの名目で金品を要求して、要求に応じた者から月々支払いをさせている金品をいう。暴力団の伝統的且つ重要な資金源である。「みかじめ」の語源は、毎月3日に支払わせるという説、3日以内に支払わせるという説、3日以内に支払わないとその店を締め上げるからという説がある。

2.そのような、暴力団等に対する国(裁判所)の姿勢に関連して、まだ二点ほど、個人的に不満が残っています。1つは、裁判員裁判からの暴力団排除の問題、もう一つは、裁判所での民事競売手続からの暴力団排除の問題です。

(次回に続く)

暴力団等に対する国(裁判所)の姿勢について感じること(その2)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


2.(前回に続き)暴力団等に対する国(裁判所)の姿勢に関連して、私が疑問に思っている点、一つは、裁判員裁判からの暴力団排除の問題、もう一つは、裁判所での民事競売手続からの暴力団排除の問題を述べておきたいと思います。

(1)裁判員裁判と暴力団
 まず、裁判員裁判からの暴力団排除の問題では、二つの問題点があります。一つは、「暴力団が被告人の場合には裁判員裁判はしないようにしましょう。」という点です。これには、二つの異なった裁判例等があります。
 平成25年9月9日福岡地裁小倉支部では「建設接会社社長に対する殺人未遂罪で起訴された特定危険指定暴力団工藤会系組幹部2人の刑事公判手続を裁判員裁判の対象から除外する。」との決定をしました。その理由は「裁判員法3条に、裁判員に危害が及ぶ可能性があり裁判員の確保が難しい場合には裁判員裁判の対象から除外できる。と規定があり、本件は、「裁判員の生活の平穏が著しく侵害される具体的な恐れがある。」というものでした。
 他方、平成25年7月18日さいたま地裁では「埼玉県ふじみ野市で暴力団幹部を射殺したとして、組織犯罪処罰法違反(組織的殺人罪)と銃刀法違反に問われた指定暴力団山口組小西一家総長(66歳)の裁判員裁判事件」で検察官が「裁判員に危害が加えられる恐れがあるとして裁判官のみによる裁判審理を求めたが、地方裁判所は却下した。」というものです。
 今後、裁判員裁判法の改正問題の中で議論としてあげてもらえるようになりました。

 もう一つの大きな問題は、「裁く側の裁判員には暴力団員はなれないようにしましょう。」という点です。平成21年1月19日の朝日新聞に取り上げられました。
 裁判員法には、裁判員から暴力団員を除外する規定は定められませんでした。ただ、検察官や弁護人がそれぞれ4人までの不選任請求権をもっていますので、この制度を使用すれば暴力団員が裁判員となるのを排除できると裁判所は非公式に回答しているようですが、私が宮崎の裁判員制度に関する協議の場で確認した時点では「検察庁としては地元警察にいちいち暴力団員であるかどうかの照会手続きは取らない。」と言っていました。検察庁がどれだけの地元暴力団情報を持っていますでしょうか?禁錮前科のある場合には検察庁も把握しているでしょうが、前科のない暴力団周辺者もいます。ましてや裁判所では、暴力団情報は制度的には全く保有していません。それは、各都道府県の警察しか情報は持っていません。検察庁は、裁判員裁判から本当に暴力団を排除しようとしているのか、疑問に思った次第でした。

(2)民事競売手続と暴力団排除
 今、九州では、久留米、鹿児島での例がありますが、全国各地で、暴力団組事務所の撤去運動が展開されている中で、肝心な国の裁判所が暴力団に組事務所用の不動産を落札させているという状態があります。
 暴力団事務所を撤去させて町から出てもらったが、出て行った先の土地にまた事務所を作っている、その土地は、暴力団が裁判所の競売手続きで競落したので暴力団の所有になっていて、撤去要求も何もできなくなったという事例が出てきています。なぜ、国の裁判所は、暴力団に土地を競落させて暴力団に売ってしまうのでしょう?
 新聞記事資料で「大半の都道府県は暴力団排除条例で不動産取引を禁じているが、国の競売物件の場合の規制はない。」としていますが、もっと正確に表現しますと、暴力団排除条例は全都道府県において制定されましたし、地方公共団体での公売手続においても暴力団排除規定はありますので、地方公共団体の手続で暴力団は土地を取得することはありません。その規制がないのは、国の裁判所での競売手続だけです。地方には暴力団排除手続を整備させながら、国は自分たちは暴力団排除の制度を整備していないまま放置しているわけです。これは、国の法律である「民事執行法(いわゆる国の競売法)」を改正して暴力団排除規定を定めれば済む話なのです。なぜ、しないのでしょうか?

3.私ども在野の法曹である弁護士の目からみますと、各都道府県の警察の方々が暴力団排除に懸命になっておられ、地方公共団体である市町村も公営住宅からの暴力団員排除等何とか対応しようとしています。それに対して、強大な権限を持つ国と国の機関の暴力団排除努力はあまり目に見えてきません。日弁連からの国の各省庁の事業からの暴力団排除の連携呼び掛けにも、対応があったのは国土交通省だけだったようで、平成22年頃から国土交通省だけが地元弁護士会の私どもと連携させていただいています。法務省も関連官庁を集めて「協議会」をされていますが、それは、多分に人権擁護の観点からの「えせ同和等の対策」の視点での協議会であり、暴力団排除を全面に出した対策はまだ取っておられないように思います。国全体で暴排体制を構築して欲しいと切望しております。

以上

NHK放送受信料の受信契約について(水道供給申込拒否事例の場合も含めて)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


(問題提起)
 放送法64条(受信契約及び受信料)は、「(日本放送)協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ただし、放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送(音声その他の音響を送る放送であって、テレビジョン放送及び多重放送に該当しないものをいう。第126条第1項において同じ。)若しくは多重放送に限り受信することのできる受信設備のみを設置した者については、この限りでない。」と定めていますが、受信設備設置者が契約を拒否した場合には、どのような法律関係になるのでしょうか?

(回答)
1.放送法64条の日本放送協会(NHK)の受信制度については、「事業に公共性を認められた協会(NHK)の財政的基礎を確保するための方法として、営業活動を認めず(放送法20条4項)に、広く国民に負担を求めることとし、協会(NHK)が受信者との間で受信契約を締結して、同契約に基づき受信料の納付を受けるという方法が採用された。」とされています。そうであれば、受信契約は、協会(NHK)と受信者との間の私法上の契約(民法上の契約)にすぎないものであり、契約の大原則である「契約は申込と承諾の合致により成立する。」ということになり、受信者が契約自由の原則(契約しない自由も含む)により受信契約を拒否すれば、受信契約は成立しないこととなり、協会(NHK)は受信料を徴収できないことになります。
 そこで、放送法64条1項本文で「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」と定めて、受信者(正確には「受信設備設置者」)には、契約義務を課して、契約の自由を制限する定めを設けたわけです。

2.放送受信料については、契約拒否事例が発生し、多くの裁判所で受信料請求裁判が継続しているようです。契約相手方の明確な承諾が得られない場合に、契約を成立させるとするのか、法律義務違反として損害又は不当利得として受信料相当分を請求させるのかという法的理論の選択が裁判上問題となっています。

(1) 法的義務を課しても契約の承諾をしていない以上は、受信契約不成立として、「法律義務違反として損害又は不当利得として受信料相当分を請求する。」のがすっきりするのですが、裁判上は、受信契約を成立させる方向で議論されているようです。

(2) 受信契約を成立させる方向で議論する場合には、明確な契約相手方の承諾時期もないまま、いつの時点での契約成立とするのかが問題となります。 これには、大きくわけて、三つの立場があります。
ⅰ> 承諾の意思表示を求める裁判が必要で、その裁判が確定した時点で契約が成立するとの説
ⅱ> 承諾義務がある以上は、正当な理由なく拒否した場合には、契約申込時点で契約成立(承諾擬制)とする説
ⅲ> 承諾義務がある以上は、正当な理由なく拒否した場合には、契約申込から相当期間が経過した時点(二週間)で契約成立(承諾擬制)とする説

(3) この点については、事案は異なりますが、既に公務員の皆さんに関係する水道事業に関連した判決がありますので、ご紹介します。

 水道法15条1項に「水道事業者は、事業計画に定める給水区域内の需要者から給水契約の申込みを受けたときは、正当の理由がなければ、これを拒んではならない。」との定めがあります。問題は、正当な理由なく給水申込を拒否した場合に、私法上の契約である水道供給契約は、成立していないのか、成立しているのか、が争われた事例があります。
 東京地裁八王子支部昭和50年12月8日判例時報803号18頁(武蔵野市マンション建設指導要綱事件)は、マンション業者の水道供給申込みに対して、建設指導要綱に定めた寄付をしなかったことを理由に給水拒否をした事案ですが、「需要者の給水契約の申込みに対し水道事業者が全く正当な理由がないのにこれを拒んだ場合には、右申込みがなされた日に給水契約が成立したと認めるのが相当である。」としています。これは、上記のⅱ>の見解になります。

3.さて、NHKの受信料については、各裁判所の判断はまだ確定的なものは出ていないようですが、同事案での一審(地裁判決)と控訴審(高裁判決)が異なった理論構成を取った事例があります。
 まず、一審の横浜地裁相模原支部平成25年6月27日判決は、上記ⅰ>の説(承諾の意思表示判決必要説)を採用し、その控訴審である東京高裁平成25年10月30日判決―判例時報2203号34頁は、「意思表示判決必要説はその判決までの期間は受信契約が成立しないという不合理さが生じるので妥当ではなく、申込みから相当期間である二週間が経過した時点で契約を成立させるべきである。」ということで、ⅲ>説を採用しています。
 いわゆる法律上明確な規定のない「法の空白」部分をどういう理論構成で補うかという技術的な問題ですが、最終的には、水道料金請求権が私法上の債権で消滅時効は2年であるとされた(東京高等裁判所平成13年5月22日判決。最高裁判所平成15年10月10日上告不受理決定で確定)最高裁判決のように、最高裁の判決が出て定まる問題だろうと思います。


以上

~御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ (芥川龍之介篇)その1~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


芥川龍之介のお伽噺「桃太郎」(その1)

 皆さんは、作家芥川龍之介は御存じでしょうが、芥川龍之介が「桃太郎」という小説を書いていることを御存じの方は少ないのではないかと思います。今回「御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ 」の続編として、“芥川龍之介の御伽噺「桃太郎」”を法律の話を交えながら、5回に分けて御紹介しようと思います。(以下、太字部分が芥川龍之介の小説部分です。)

1.「むかし、むかし、大むかし、ある深い山の奥に大きな桃の木が一本あった。大きいというだけでは言い足りないかもしれない。この桃の枝は雲の上にひろがり、この桃の根は大地の底の黄泉の国にさえ及んでいた。何でも天地開闢の頃、伊邪那岐の尊(イザナギノミコト)は、黄最津平坂(ヨモツヒラサカ)に八つの雷(イカズチ)を退けるため、桃の実を礫に打ったという、―その神代の桃の実はこの木の枝になっていたのである。
 この木は世界の夜明け以来、一万年に一度花を開き、一万年に一度実をつけていた。花は真紅の衣蓋(キヌガサ)に黄金の流蘇(フサ)を垂らしたようである。実は、また大きいのを待たない。それよりも不思議なのは、その実の核のあるところに美しい赤児を一人ずつおのずから孕んでいたことである。」
 「むかし、むかし、大むかし、この桃の木は山谷を蔽った枝に、累々と実を綴ったまま、静かに日の光りに浴していた。一万年に一度結んだ実は、一千年の間は地へ落ちない。しかし、ある寂しい朝、運命は一羽の八咫鴉(ヤタガラス)になり、さっとその枝へおろして来た。と思うともう赤みのさした小さな実を一つ啄み落とした。実は雲霧の立ち昇る中に遥か下の谷川へ落ちた。谷川は峯々の間に白い水煙をなびかせながら、人間のいる国へ流れていたのである。この赤児を孕んだ実は深い山の奥を離れた後、どういう人の手に拾われたか?それはいまさら話すまでもあるまい。谷川の末にはお婆さんが一人、芝刈りに行ったお爺さんの着物か何かを洗っていたのである。」 という文章で始まり、⇒そして、最後は、「人間の知らない山の奥に雲霧を破った桃の木は今日もなお昔のように累々と無数の実をつけている。桃太郎を孕んでいた実だけはとうに谷川を流れ去ってしまってはいるが、未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らず眠っている。あの大きい八咫鴉(ヤタガラス)は今度はいつこの木の梢へもう一度姿を現わすであろう?ああ、未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らず眠っている・・・・・。」
という文章で終わっています。

2.これは、桃太郎のお伽噺の始まりを、日本の始まりである「古事記」「日本書紀」の神話を引き合いにして、桃太郎の誕生を神代の時代に遡って話を構成しているわけですが、「伊邪那岐の尊(いざなぎのみこと)が、桃の実を三つ投げて黄泉の国の追っ手から逃げた」という桃の登場する神話の場面を桃太郎の御伽噺と融合させた芥川龍之介の手腕は天才的とでもいうべきでしょうね。
  ところで、桃の木という植物から人間の赤児が生まれるということを法律的に検討しますと、このような事象は、法律は全く想定していません。
 人間の出生については、民法3条に「私権の享有は出生に始まる」と定めてあり、出生の定義としては「胎児が生命あるものとして母体から全部露出すること」(全部露出説)として解釈されており、刑法上の胎児と人間の区別時期については「胎児が生命あるものとして母体から一部が露出」した時点であるとされており(一部露出説)、若干、民法的考えと刑法的考えが異なるものの、「(人間の)母体」から生まれることが前提となっており、人間は「植物」からは生まれないことは当然のことと考えられています。
 また、「(人間の)母体」から生まれる以上は、出生方法が自然分娩であろうが帝王切開等の人工分娩であろうかも問題ではないし、生殖行為についても人工授精であろうが問題はないとされています。
 日本神話での神々が生まれた事象も、「伊邪那岐の尊」が「是に左の御目を洗ひたまふ時に、成れる神の名は、天照大御神。次に右の御目を洗ひたまふ時に、成れる神の名は、月読命。次に御鼻を洗ひたまふ時に、成れる神の名は、建速須佐之男命」とあるように、目や鼻を洗ったときの水から神が成っている(※「生まれている」とは言っていない)ことから「出生」ではなく、結局、桃太郎も「出生」ではない形で、この世に成った(生まれたのではなく、植物みたいに成ったという意味)という風に理解せざるを得ないわけです。
 また、八咫烏(やたがらす、やたのからす)は、日本神話において、神武東征の際に、高皇産霊尊(たかみむすびのかみ)によって神武天皇のもとに遣わされ、熊野国から大和国への道案内をしたとされるカラス(烏)で、一般的に3本足のカラスとして知られています(日本サッカー協会のシンボルマークや陸上自衛隊情報部隊マークとしても使用されています)。八咫烏は高皇産霊尊(たかみむすびのかみ)の曾孫である賀茂建角身命(かもたけつのみのみこと)の化身とされ、3本の3の数字は奇数(陽の数字)であることから太陽の化身ともされています。
 そこで、芥川龍之介の「桃太郎」での八咫烏の桃の実への関与は、生命の誕生の際の陽の役割(陰陽説でいう男の役割)を象徴しているとも考えることができるのかも知れません。なお、高皇産霊尊(たかみむすびのかみ)は植物の生成繁殖の力を持つ神とされていますので、芥川龍之介の「桃太郎」は、生命の起源を植物に求める思想を現わしているとも考えられます。(次回、その2に続く)


以上

~御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ (芥川龍之介篇)その2~

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弁護士 近藤 日出夫


芥川龍之介のお伽噺「桃太郎」(その2)

1.(原文から引用)「桃から生まれた桃太郎は鬼が島の征伐を思い立った。思い立った訳はなぜかというと、彼はおじいさんやお婆さんのように山だの川だのへ仕事に出るのが嫌だったせいである。その話を聞いた老人夫婦は内心この腕白ものに愛想をつかしていたので、一刻も早く追い出したさに旗とか太刀とか陣羽織とか出陣の支度に入用のものは云うなり次第に持たせることにした。のみならず途中の兵糧には、これも桃太郎の註文通り、黍団子さえこしらえてやったのである。
 桃太郎は意気揚々と鬼が島征伐の途に上った。すると大きい野良犬が一匹、飢えた眼を光らせながら、こう桃太郎へ声をかけた。“桃太郎さん、桃太郎さん、お腰に下げたのは何でございます?”“これは日本一の黍団子だ。”桃太郎は得意そうに返事をした。勿論実際は日本一かどうか、そんなことは彼にも分からなかったのである。けれども犬は黍団子と聞くと、たちまち彼の傍へ歩み寄った。“一つ下さい。お伴しましょう。”桃太郎は咄嗟に算盤を取った。“一つはやれぬ。半分やろう。”犬はしばらく強情に“一つ下さい”を繰り返し、桃太郎は何と言っても“半分やろう。”を撤回しない。こうなればあらゆる商売のように所詮持たぬ者は持った者の意志に服従するばかりである。犬もとうとう嘆息しながら黍団子を半分貰う代わりに、桃太郎の伴をすることになった。
 桃太郎はその後、犬の他にも、やはり黍団子の半分を餌食に、猿や雉を家来にした。しかし、彼らは残念ながら、あまり仲の良い間柄ではない。丈夫な牙を持った犬は意気地のない猿を莫迦にする。黍団子の勘定に素早い猿はもっともらしい雉を莫迦にする。地震学などにも通じた雉は頭の鈍い犬を莫迦にする。こういういがみ合いを続けていたから、桃太郎は彼等を家来にした後も、一通り骨の折れることではなかった。その上、猿は腹が張るとたちまち不服を唱え出した。どうも黍団子の半分くらいでは、鬼が島征伐の伴をするも考え物だと言い出したのである。すると犬は吠え猛りながらいきなり猿を噛み殺そうとした。もし、雉がとめなかったとすれば、猿は蟹の仇討ちを待たず、この時もう死んでいたかもしれない。しかし、雉は犬をなだめながら猿に主従の道徳を教え、桃太郎の命に従えと云った。それでも猿は路ばたの木の上に犬の襲撃を避けた後だったから、容易に雉の言葉を聞き入れなかった。その猿をとうとう得心させたのは確か桃太郎の手腕である。桃太郎は猿を見上げたまま、日の丸の扇を使いわざと冷ややかに言い放した。“よしよし、では伴をするな。その代わり鬼が島を征伐しても宝物は一つも分けてやらないぞ。”欲の深い猿は円い眼をした。“宝物?へええ、鬼が島には宝物があるのですか?”“あるどころではない。何でも好きなものの振り出せる打出の小槌という宝物さへある。”“ではその打出の小槌から、幾つもまた打出の小槌を振り出せば、一度に何でも手に入る訳ですね。それは耳寄りな話です。どうか私も連れて行ってください。”桃太郎がもう一度彼等を伴に鬼が島征伐の途を急いだ。」


2.桃太郎が、犬、猿、雉をお伴にする場面ですが、「頭の鈍い犬」「意気地のない猿」「もっともらしい雉」という表現があり、あまり好意的には書いてありませんね。「地震学などにも通じた雉」との表現がありますが、昔から、雉は地震の直前に鳴き騒ぐことから、雉は人体で知覚できない地震の初期微動を知覚できるため、人間より数秒速く地震を察知することができると言われているそうですね。

 「桃太郎のお伴は、なぜ犬と猿と雉の3匹なのか?」という疑問に次のように答えていた論説があります。『桃太郎の家来は、桃太郎の“武器”の役割を果たしている。犬は「忠実・誠実」の象徴であり、猿は「知恵・才能」の象徴であり、雉は「勇気・実直」の象徴であり、悪人を征伐するには、この三つの要素を持ち続ければ勝てるということの教えである。桃太郎は、正義の者として、この三つの要素を手に入れていたのである。』というものです。これは丁度、民暴弁護士が暴力団と対峙する際の心構えと共通するものであり、私は勝手に「民暴弁護士には、暴力団で困って恐れおののいている市民を助けようと言う誠実さ、法的知識を駆使する知恵、暴力団と対峙する勇気があればよい。民暴弁護士はその意味では桃太郎と同じである。これを“民暴弁護士桃太郎理論”という。」とあちこちで話しまくっております。

 さて、芥川の桃太郎は黍団子は半分ずつしかあげなかったようですが、物をもらってお伴するという関係は、法律的には、お伴という労働力の提供に対して、その対価としての報酬(黍団子)をもらうのですから、労働契約(雇用契約)か請負契約かのいずれかになります。三匹は、桃太郎の支配下において桃太郎の指示命令で行動するということになるでしょうから、「労働契約(雇用契約)」になるだろうと思います。ちなみに請負契約は、誰の支配下にもいないで自分の自由な行為で約束の行為をしたり約束の物を完成させたりする場合です。

 労働契約の場合、労働基準法第24条により「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」として通貨払いの原則、直接払いの原則、全額支払いの原則が定められていますので、桃太郎はこの原則を守らないと30万円以下の罰金刑を受けます(労働基準法第120条第1項)。黍団子は通貨ではありませんので、黍団子だけを報酬とすると法律違反になりますが、他方「現物給付」は全く認められないのかという点が問題となるのですが、法令もしくは労働協約に現物給付の定めをしている場合には、例外として現物給付しても罰せられないので、これを検討する必要があります。例外を許す労働協約は労働組合との間でなされる必要がありますので、残るは法令で許される範囲内でということになります。しかしながら、厚生労働省令(法令)では、「確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合」 (労働基準法施行規則第7条の2)の規定しか定めがありませんし、その規則には「黍団子の支給」の定めがありませんので、「黍団子半分」での現物給付は許されないことになります。

 次に、労働契約の場合には、労働時間の制限があります。労働基準法32条では「使用者は、労働者に休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて労働させてはならない。 使用者は、一週間の各日については労働者に休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。」 と定めていますので、「お伴」という労務は24時間全部の労働と解釈できますので、この規定に反するのではないか疑問が生じます。しかしながら、労働基準法第41条で労働時間等に関する規定の適用除外の規定を設けており、労働基準法第41条には「この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。 一  別表第一第六号(林業を除く。)又は第七号に掲げる事業に従事する者 二  事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者 三  監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの 」とあります。「別表第一第六号(林業を除く。)又は第七号に掲げる事業」とは農業、水産業等を指しますが、「お伴」はこれには該当しません。もうひとつは、三号の「監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの」への該当性ですが、該当するとしても「行政官庁の許可」が必要ですので、桃太郎は、3匹をお伴にする契約をする場合には、黍団子をケチるだけでなく、厚生労働省か「3匹を監督する行政官庁(農林水産省?)」の許可を取る必要があったと言えるでしょう。
 したがって、桃太郎と猿・雉・犬のお伴契約(労働契約)は、労働基準法違反の点が多くあることになります。
  (以下、次回のその3に続きます。)  


以上

~御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ (芥川龍之介篇)その3~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


芥川龍之介のお伽噺「桃太郎」(その3)

1.(原文引用)「鬼が島は絶海の孤島だった。が、世間の思っているように岩山ばかりだった訳ではない。実は椰子の聳えたり、極楽鳥の囀ったりする、美しい天然の楽土だった。こういう楽土に生を享けた鬼は勿論平和を愛していた。いや、鬼というものは元来我々人間よりも享楽的に出来上がった種族らしい。
 瘤取りの話に出て来る鬼は一晩中踊りを踊っている。一寸法師の話に出てくる鬼も一身の危険を顧みず、物詣での姫君に見とれていたらしい。なるほど大江山の酒顛童子や羅生門の茨木童子は稀代の悪人のように思われている。
 しかし茨木童子などは我々の銀座を愛するように朱雀大路を愛する余り、時々そっと羅生門へ姿を現わしたのではないであろうか?酒顛童子も大江山の岩屋に酒ばかり飲んでいたのは確かである。その女人を奪って云ったというのは ― 真偽はしばらく問わないにもしろ、女人自身の言う所に過ぎない。女人自身のいう所をことごとく真実と認めるのは、― わたしはこの二十年来、こういう疑問を抱いている。あの頼光や四天王はいずれも多少気違いじみた女性崇拝家ではなかったであろうか?
 鬼は、熱帯的風景の中に琴を弾いたり踊りを踊ったり、古代の詩人の詩を歌ったり、すこぶる安穏に暮していた。そのまた鬼の妻や娘も機を織ったり、酒を醸したり、蘭の花束を拵えたり、我々人間の妻や娘と少しも変わらずに暮らしていた。殊にもう髪の白い牙の抜けた鬼の母はいつも孫の守りをしながら、我々人間の恐ろしさを話して聞かせなどしていたものである。
 「お前たちも悪戯すると、人間の島へやってしまうよ。人間の島へやられた鬼はあの昔の酒顛童子のように、きっと殺されてしまうのだからね。え?人間というものかい?人間というものは角の生えない、生白い顔や手足をした、何ともいわれず気味の悪いものだよ。おまけにまた人間の女ときた日には、その生白い顔や手足へ一面の鉛の粉をなすっているのだよ。それだけならまだ好いのだがね。男でも女でも同じように、嘘はいうし、欲は深いし、自惚れは強いし、仲間同士殺し合うし、火はつけるし、泥棒はするし、手のつけようのない“けだもの”なのだよ・・・・」


2. まずは、酒顛童子と茨木童子という鬼の説明が必要でしょう。
 酒顛童子(酒呑童子)は、平安時代に大江山を本拠に京都を荒らし回ったとされる「鬼」の一人で、茨木童子はその酒顛童子の最も重要な家来の鬼であり、小説「羅生門」で女性に化けた鬼として出てくる。源頼光配下の頼光四天王(渡辺綱・坂田金時・碓井貞光・卜部季武)から成敗されたとされています。
 ところで、鬼が島での鬼の生活は、南洋の楽園みたいな生活で、逆に人間を恐ろしいものとして考えているという位置付けになっています。人間は鬼を恐ろしいものとして差別し、逆に鬼も人間を恐ろしいものとして差別していることになります。法律的に考えますと、そもそも差別とは何でしょうか。その逆の「平等」とは何なのでしょうか?

 憲法14条は「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。2 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。」 と定めています。
 この「法の下での平等」は数学的・機械的な絶対的平等ではなく、現実に生活している人間は事実上の差異を有しているので「相対的平等」(事実上等しいものは法的にも等しく、事実上異なっているものは、その異なりの特質に従って法的に等しく(事実上区別されて)取り扱うべきであるとの考え)であるとして理解されています。合理的な差別(区別)は許されると解釈されているわけです。
 しかし、 仮に、人間か鬼かが人種の違いであれば、「人種が違う」ということだけで差別することは合理的ではありませんので、人間が鬼を差別し、鬼が人間も差別するというような相互の差別は憲法14条違反になります。差別という意識は、お互いが間違った情報の下で、他者を区別するだけでなく、恐怖・恨みという感情的な要素が根底にあるかのような意識で、相手の価値を認めないというものだろうと思います。お互いが間違った情報の下で意識しているからこそ、問題の根は深いのでしょうが、間違った情報を学習で修正していくことを基本に、差別は解消されていかなければなりません。
 鬼退治から連想される現実社会での問題として「暴力団に関する法的規制・社会的規制」を考えてみましょう。

 裁判になった事案ですが、広島市は公営住宅管理条例を改正して、暴力団員が市営住宅の入居を拒絶し使用許可を出さないという制度にしました。その結果、既に入居していた暴力団員の使用許可(継続使用許可)をせずに退去させたことから、暴力団員が「合理的理由に基づかない不当な差別であり憲法違反である。」として広島市を訴えました。皆さんはどう考えますか?
  平成21年5月29日広島高裁判決は、「暴力団構成員であることのみによって差別することは憲法14条に違反すると主張するが、暴力団構成員という地位は、暴力団を脱退すればなくなるものであって、憲法のいう“社会的身分”とはいえず、暴力団のもたらす社会的害悪を考慮すると、暴力団構成員であることに基づいて不利益に取り扱うことは許されるというべきである。合理的な差別にすぎないので憲法14条に反するとはいえない。」としています。いまや、全国都道府県すべてに「暴力団排除条例」が整備され(宮崎県は平成23年8月1日「宮崎県暴力団排除条例」を施行しています。)、暴力団排除への動きが高まってきている次第です。
 但し、芥川龍之介の「桃太郎」の場合、後で鬼征伐の理由についての問答が出てきますが、桃太郎側が暴力団なのか、鬼側が暴力団なのか、よくわからなくなってきます。 (以下、次回その4に続きます。)


以上

~御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ (芥川龍之介篇)その4~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


芥川龍之介のお伽噺「桃太郎」(その4)

1.(原文引用)桃太郎はこういう罪のない鬼に建国以来の恐ろしさを与えた。鬼は金棒を忘れたなり“人間が来たぞ!”と叫びながら、亭々と聳えた椰子の間を右往左往に逃げ惑った。“進め!進め!鬼と言う鬼は見つけ次第、一匹も残らず殺してしまえ!”桃太郎は桃の旗を片手に日の丸の扇を打ち振り打ち振り、犬猿雉の三匹に号令した。犬猿雉の三匹は仲の良い家来ではなかったかも知れない。が、餓えた動物ほど、忠勇無双の兵卒の資格を具えているものはないはずである。彼等は皆あらしのように、逃げ回る鬼を追い回した。犬はただ一噛みに鬼の芸者を噛み殺した。雉も鋭い嘴に鬼の子供を突き殺した。猿も―猿は我々人間と親類同志の間柄だけに鬼の娘を絞殺す前に、必ず凌辱を恣にした。
 あらゆる罪悪の行なわれた後、とうとう鬼の酋長は、命をとりとめた数人の鬼と、桃太郎の前に降参した。桃太郎の得意は思うべし。鬼が島はもう昨日のように極楽鳥の囀る楽土ではない。椰子の林は至るところに鬼の死骸を撒き散らしている。
 桃太郎はやはり旗を片手に、三匹の家来を従えたまま、平蜘蛛のようになった鬼の酋長へ厳かにこう言い渡した。「では格別の憐憫により、貴様たちの命は赦してやる。その代わりに鬼が島の宝物は一つ残らず献上するのだぞ。」「はい、献上いたします。」「なおその他に貴様の子供を人質のために差し出すのだぞ。」「それも承知しました。」鬼の酋長はもう一度額を土へするつけた後、恐る恐る桃太郎へ質問した。「わたくしどもはあなた様に何か無礼でも致しため、御征伐を受けたことと存じております。しかし実はわたくしを始め、鬼が島の鬼はあなた様にどういう無礼を致したのやら、とんと合点が参りませぬ。ついてはその無礼の次第をお証し下さる訳には参りますまいか。」桃太郎は悠然と頷いた。「日本一の桃太郎は犬猿雉の三匹の忠義者を召し抱えた故、鬼が島へ征伐に来たのだ。」「ではそのお三方をお召し抱えなすったのはどういう訳でございますか?」「それはもとより鬼は島を征伐したいと志した故、黍団子をやって召し抱えたのだ。―どうだ?これでも分からぬといえば、貴様たちも皆殺してしまうぞ。」鬼の酋長は驚いたように。三尺ほど後ろへ飛び下ると、いよいよまた丁寧にお辞儀をした。


2.ここでは、桃太郎の鬼の征伐が、正義による征伐では全くなかったような描写がなされています。
 前回(その3)で解説したように、桃太郎側が違法な暴力団なのか、鬼側が違法な暴力団なのか、よくわからなくなってきます。戦争での人間の行為の残虐性を表したかったのでしょうか。
 財宝は、鬼が桃太郎に「献上した」形になっていますが、明らかに強奪しています。桃太郎は征伐の理由も何ら応えることができていません。ただ「征伐したいと志した」から征伐したと説明しているだけです。結局「征伐」は「侵略」「強奪」の犯罪行為にすぎなかったことになっています。
 世界の封建時代・植民地時代の西洋列国の新天地への進出や啓蒙行為は正にこのような理屈で行なわれてきたのでしょう。芥川龍之介は、これが人間社会の本性だと言いたいのかも知れません。

3.この場面を法律的に眺めてみても、犯罪行為の実態があるだけですが、ここでは、「犯罪行為の反対側に、犯罪被害者がいる」という視点でお話をしておきたいと思います。
 皆さんは、日本には10年前まで犯罪被害者を手続的に救済する仕組みも法律もなかったことを御存じでしょうか。平成8年の地下鉄サリン事件(オウム真理教事件)で多数の犠牲者(犯罪被害者)が出た時期に、一人の女性がある学会で「この国は犯罪者の人権を守る法律はあるが、犯罪被害者の人権を守る法律はない。犯罪被害者やその遺族はこの国から見捨てられている。」という趣旨の発言をして犯罪被害者救済の必要性を必死で訴えられました。確かに、その当時の刑事裁判では、犯人側には国の費用で弁護士が付く―犯罪被害者は刑事法廷で訴える機会も手続もされないままで弁護士も付けられないで何もできない―刑事法廷の傍聴席で被告人を非難する発言をすれば、裁判長から退廷命令を受ける。―そのような取扱いでした。

 刑事裁判は誰のためにあるのでしょう?警察や検察官は誰のために仕事をしているのでしょう?犯罪に遭った被害者を救済するためだと思われますか?実は違うのです。
 最高裁判所は平成2年2月20日判決において、「犯罪の捜査及び検察官による公訴権の行使は、国家及び社会の秩序維持という公益を図るために行われるものであって、犯罪の被害者の被侵害利益ないし損害の回復を目的とするものではなく、被害者又は告訴人が捜査又は公訴提起によって受ける利益は、公益上の見地に立って行われる捜査又は公訴の提起によって反射的にもたらされる事実上の利益にすぎず、法律上保護された利益ではないというべきである。」と判示しています。
 つまり、刑事司法は、公の利益を護るためのもので、個々の被害者の利益擁護や損害回復のためにあるのではない、と言い切っているのです。だから犯罪被害者に対して、捜査情報の提供も、起訴不起訴の通知も、公判期日の通知もせず、起訴状、判決の送達も不用だということにしてきていたのです。犯罪被害者は刑事裁判では犯罪立証の証拠として証人として扱われるだけでした。

 犯罪被害者を刑事裁判の証拠としか見ない~このような考え方は、平成8年2月の警察庁「被害者対策要綱」に「犯罪被害者救済問題は犯罪被害者の人権の問題である」と位置づけられた頃から、劇的に変わり始めました。
 平成12年5月12日成立し5月19日公布された犯罪被害者保護関連二法は、刑事裁判手続に関する被害者の関与を認め始めました(被害者の意見陳述権、優先公判傍聴権利等)。私も宮崎県弁護士会において平成14年4月に「犯罪被害者支援委員会」と「犯罪被害者支援弁護士制度」を立ち上げました(当時、新聞報道していただいております。)。そして、平成16年2月に 犯罪被害者等基本法が制定され(平成17年12月・犯罪被害者等基本計画案作成)平成19年6月29日に犯罪被害者等の権利利益を守るための刑事訴訟法等改正・刑事参加制度と賠償命令制度の創設、平成20年12月1日に刑事被害者参加制度等施行され(なお、平成21年5月21日に裁判員刑事裁判制度の施行)、犯罪被害者が主体的に刑事裁判に関与できるようになりました。
 しかし、まだ犯罪被害者は民事的には救済されていません。犯人への損害賠償については国は関与しません。被害者が自ら自前の費用で民事裁判又は賠償命令を申し立てて犯人から直接回収するしか方法がないのですが、ほとんどの犯人は全く資力はなく、被害者は泣き寝入りせざるを得ません。ただ、殺人罪などの重大犯罪の被害者には、犯罪被害者等給付金支給法により被害者本人には重傷病給付金や障害給付金、遺族には遺族給付金が支給されますが、これも賠償額全額には達していません。
 この国は、犯罪者を守るのか、犯罪被害者を守るのか・・・意識を明確にしていきたものです。 (次回最終回へ続く)


以上

~御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ (芥川龍之介篇)その5~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


芥川龍之介のお伽噺「桃太郎」(その5)

1.(原文引用)「日本一の桃太郎は犬猿雉の三匹と、人質に取った鬼の子供に宝物の車を引かせながら、得々と故郷へ凱旋した。―これだけはもう日本中の子供のとうに知っている話である。しかし、桃太郎は必ずしも幸福に一生を送った訳ではない。鬼の子供は一人前になると番人の雉を噛み殺した上でたちまち鬼が島へ逐電した。のみならず、鬼が島に生き残った鬼は時々海を渡って来ては、桃太郎の屋形へ火をつけたり、桃太郎の寝首をかこうとした。何でも猿が殺されたのは人違いだったらしいという噂である。桃太郎はこういう重ね重ねの不幸に嘆息を洩らさずにはいられなかった。“どうも鬼というものの執念の深いのには困ったものだ。”“やっと命を助けて戴いた御主人の大恩さえ忘れるとは怪しからぬ奴等でございます。”犬も桃太郎の渋面を見ると、口惜しそうにいつも唸ったものである。
 その間も寂しい鬼が島の磯には、美しい熱帯の月明かりを浴びた鬼の若者が五、六人、鬼が島の独立を計画するため、椰子の実に爆弾を仕込んでいた。優しい鬼の娘たちに恋をすることさえ忘れたのか、黙々と、しかし嬉しそうに茶碗ほどの眼の玉を輝かせながら・・・・。」
 「人間の知らない山の奥に雲霧を破った桃の木は今日もなお昔のように累々と無数の実をつけている。桃太郎を孕んでいた実だけはとうに谷川を流れ去ってしまってはいるが、未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らず眠っている。あの大きい八咫鴉(ヤタガラス)は今度はいつこの木の梢へもう一度姿を現わすであろう?ああ、未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らず眠っている・・・・・。」



2.この結末はどう理解したらいいのでしょうか―結局、桃太郎の征伐の犠牲になった鬼たちは、その後は、鬼の若者たちは平和な世界で恋をすることもなく、新たな武器を作って桃太郎への逆襲や報復行為に出ようとしています。新たな戦い・戦争・テロ行為が続くのでしょう。それは、桃太郎という「天才」が巻き起こした争い事であると断言しているようであり、世界には、そのような争いごとの種となる人物がいつ出て来てもおかしくないというふうに結んでいるように思われます。芥川龍之介は御伽噺「桃太郎」の世界の中に描かれていない「桃太郎のその後」を書き表したかったのでしょうか。「桃太郎のその後」を現実的に考えた場合、桃太郎は正義により征伐したとしても、決してその後の生活は平穏な生活ではあり得なかったと考えるのでしょう。
 “不当な差別”が反撃闘争へ、政治革命へ、民族自決の独立闘争へ、戦争へと拡大化していくことは歴史的事実として繰り返し現れてきています。

 法律的に考えてみますと、「鬼が島の独立を計画するため」とありますので、このような問題は、国際法の分野になります。
 国際法とは、16世紀から17世紀のヨーロッパにおける宗教戦争の混乱を経て、オランダの法学者グローティウス等が創始した分野で、万民法(jus gentium)は慣習法として成立し、それが実定法として国際社会全体を拘束すると考えることを提唱し、条約等の手続を経験して、国家間の紛争、通商および外交関係を規律する法として成立・発展してきた分野です。
 国際法としての形式的法源は、条約、慣習国際法、法の一般原則が挙げられますが、国際司法裁判所規程38条1項は、「裁判所は、付託される紛争を国際法に従って裁判することを任務とし、次のものを適用する」として以下のものを列挙しています。
―(a)一般又は特別の国際条約で係争国が明らかに認めた規則を確立しているもの、(b)法として認められた一般慣行の証拠としての国際慣習、(c)文明国が認めた法の一般原則、(d)法則決定の補助手段としての裁判上の判決及び諸国の最も優秀な国際法学者の学説。
 また、国際法は、国連総会決議(2625 (XXV) 、1970年10月24日)に従えば、以下の原則が国際法の一般原則として確立しているといえます。

(1)国際関係における武力の威嚇と行使の禁止の原則(第一原則)
(2)国際紛争の平和的解決の義務の原則(第二原則)
(3)国内管轄事項への不干渉義務の原則(第三原則)
(4)国々が相互に協力する義務(第四原則)
(5)人民自決の原則(第五原則)
(6)国の主権平等の原則(第六原則)
(7)国連憲章の義務の誠実な履行の原則(第七原則)

 この原則に従えば、人間と鬼の民族性の違いで紛争が生じたのであれば、鬼は「民族自決の原則」「人民自決の原則」で紛争解決手段等について他者の干渉は受けませんが、「国際紛争の平和的解決の義務の原則」もありますので、結局、物理的・武力的解決ではなく、平和的解決を図ることが国際法の要請であるということになります。
 但し、国際法は、国内法のような立法・行政・司法の中央集権機関がなく、組織的な法の適用、執行の機構を欠いているため、従来から、国際法の法としての性格を否定する見解も多く、現実の国際社会においても、国際法違反行為に対する被害国による「対抗措置」報復(合法的な措置)といった形で制裁行為が取られることがありますが、違反国を従わせる強制的性質はありません。国連決議の北朝鮮制裁問題がその典型例でしょう。
 その意味では、国際社会が未成熟であることから国際法もまだまだ未成熟の分野であると思われます。

3.鬼の報復の問題を国内法的に検討しますと、鬼は正当防衛又は自力救済として反撃することができるか?鬼の反撃行為は刑事犯罪となるのか?という問題で考えてみることができます。
 正当防衛とは、刑法36条「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。」とある場合の正当行為のことを言います。桃太郎が不正な宝物強奪をしてきたので、自分の命や財産を守るために桃太郎を襲うんだという場合に、この正当防衛となるのでしょうか。残念ながら、正当防衛のためには、「急迫不正の侵害に対して」との要件があり、緊急的な状態での反撃行為でないといけないことになります。しかし、桃太郎の事案では、桃太郎の不正な略奪行為は既に終わった状態になっていますので、このような相手方犯罪行為が終わった後は、「急迫不正の侵害に対して」との要件がないことになりますので、正当防衛にはなりません。

 自力救済(じりょくきゅうさい)は、民事法の概念で、何らかの権利を侵害された者が、司法手続によらず実力をもって権利回復をはたすことをいいます。刑事法の自救行為(じきゅうこうい)もこれに該当します。日本法の歴史では、古代から自力救済が行われていたと考えられ、飛鳥時代後期に整備された律令制においても、裁判制度が整備された後も一定の範疇で自力救済が行われていたと言われています。律令法には判決に関する強制執行の規定がなく、国家権力に関する救済は十分でなかったからだと思われます。しかし、法的に救済手段が整備された近代及び現代の法制度においては、そのような自力救済は原則として禁止されています。民法には、自力救済を規定した条文は存在しませんが、通説・判例は原則禁止の姿勢をとっていますし、最高裁判決(昭和40年12月7日)では、一般論として「私力の行使は、原則として法の禁止するところであるが、法律に定める手続によったのでは、権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合においてのみ、その必要の限度を超えない範囲内で、例外的に許される」と述べていますので、緊急状態の例外的な場合を除いては、自力救済は認められません。刑法の自救行為も同様です。鬼が桃太郎から財宝を取り戻す行為や桃太郎を襲う行為は、法律上は許されないことになります。鬼は裁判手続きを通じて救済を求めることを考えなくてはいけないことになります。


 以上で今回が最終回になりますが、つくづく考えますと、芥川龍之介の桃太郎での鬼は法律では救われないのだろうなあという感じになりますが、芥川龍之介は、現実の犯罪からの救済の限界を認識した上で、それでも「復讐したいという人間の性(さが)」と「犯罪の不条理さ」を書きたかったのかも知れないと考えた次第です。


以上

~犯罪被害者と犯罪報道(その①)~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


~犯罪被害者が被害者としての実名報道を望まない場合の報道のあり方(その①)~

○ マスコミの犯罪報道では、犯罪者も犯罪被害者も実名で報道されるようですが、犯罪者はともかく被害者を実名報道する必要性はあるのでしょうか?犯罪被害者の場合には被害者のプライバシーの保護の観点から法律上は問題はないのでしょうか?


<私的論説>
1. はじめに
 今回から数回に分けて、「犯罪被害者と犯罪報道のあり方」について、弁護士としても犯罪被害者支援に携わっている立場から、色々な法的検討をしてみたいと思います。
 町村関係の皆様もご存じの方は多いと思いますが、「犯罪等による被害について第一義的責任を負うのは、加害者である。しかしながら、犯罪等を抑止し、安全で安心して暮らせる社会の実現を図る責務を有する我々もまた、犯罪被害者等の声に耳を傾けなければならない。国民の誰もが犯罪被害者等となる可能性が高まっている今こそ、犯罪被害者等の視点に立った施策を講じ、その権利利益の保護が図られる社会の実現に向けた新たな一歩を踏み出さなければならない。」との理念のもとに、平成16年12月に成立した「犯罪被害者等基本法」には、「第五条(地方公共団体の責務) 地方公共団体は、基本理念にのっとり、犯罪被害者等の支援等に関し、国との適切な役割分担を踏まえて、その地方公共団体の地域の状況に応じた施策を策定し、及び実施する責務を有する。」「第六条(国民の責務) 国民は、犯罪被害者等の名誉又は生活の平穏を害することのないよう十分配慮するとともに、国及び地方公共団体が実施する犯罪被害者等のための施策に協力するよう努めなければならない。」と定めてあります。
 宮崎県内では、平成16年から県内全市町村が公益社団法人みやざき被害者支援センターへ負担金を拠出して、地方公共団体の責務としての「地方公共団体の地域の状況に応じた施策を策定し及び実施すること」の一部を果たしてきてもらっております。これは全国的には先進的なものです。ただ、立法理念の中の「犯罪等を抑止し、安全で安心して暮らせる社会の実現を図る責務を有する我々もまた、犯罪被害者等の声に耳を傾けなければならない。」との視点での対応や被害者擁護の政策等は全く不十分であり、特に、犯罪に関する警察の記者発表やマスコミの犯罪報道における犯罪被害者の擁護は、何ら法的規制も対策もなされていないことから、行政的立場からも犯罪被害者等の視点に立った施策を講じてもらうための、基礎的な考え方を述べさせてもらいたいと考えています。


2.具体的政策検討の出発点
(1)平成16年12月に成立した「犯罪被害者等基本法」に基づく内閣府犯罪被害者等施策推進会議(犯罪被害者等基本計画検討会)が平成17年10月に「犯罪被害者等基本計画案(骨子)」を発表していますが、その中で、基本法15条関係「安全の確保-今後講じていく施策(2)犯罪被害者等に関する情報の保護 エ項目」に、「警察による被害者の実名発表、匿名発表について、犯罪被害者等の匿名発表を望む意見と、マスコミによる報道の自由、国民の知る権利を理由とする実名発表に対する要望を踏まえ、プライバシーの保護、発表することの公益性等の事情を総合的に勘案しつつ、個別具体的な案件ごとに適切な発表内容となるように配慮していく(警察庁)」との案が示されていました。まさに、「犯罪被害者と犯罪報道」が全国的な議論となってきたことのはしりであり、今後、「具体的な犯罪被害者の意向と意向確認方法」を含めて議論が展開されることが期待されたものでした。

(2)しかし、それに対し、平成17年10月21日、社団法人日本新聞協会は、意見書を提出し、「事件や事故を正確に、客観的に取材、検証し、報道するために、被害者は実名で発表されなければならない。」「被害者の実名報道は、広く社会全体でその悲しみや怒りを共有し、社会が一体となって背景にある原因を考え、再発防止、根絶に向け取組むために必要なものだと信じる。」「われわれは、警察に限らず行政当局が国民にかかわる情報を、随意にコントロールする社会に不安を覚える。」「この際、基本計画からこの項目を削除することを求める。」旨発表していました。

(3)確かに、マスコミの報道の役割から、権力行政が匿名発表の決定権を持てば、匿名社会となって国民は何も知らされない社会になるとの危惧感があるのは理解できますが、従来、マスコミは、この平成17年意見書にも書いてあるのですが、「被害者の安全にかかわる場合はもちろん、プライバシー侵害や何らかの二次被害のおそれがある場合は、当然匿名で報道する。」という方針を打ち出していなかったのではないでしょうか、平成17年意見書でいう「被害者から要望があれば被害者と誠実に話合い、警察が被害者の声を仲介する場合は警察と真摯に協議する。」ということをして来なかったのではないか、という疑問がありましたし、その後、今までに10年の歳月を経て、マスコミ各社は、そのような被害者匿名報道へ受けた被害者の要望を汲み取るシステム構築への努力をしてきているのでしょうか。
 ただ、私の個人的立場としては、犯罪被害者の報道については、今後、上記の方針をマスコミ自身が更に深化させ「被害者の報道同意」「被害者の取材同意」を基本とした明確な基準化とシステム構築をしていくのであれば、私は、「警察実名発表」「マスコミ匿名報道」の形が最も理想的な犯罪報道(犯罪被害者報道)のあり方になるのではないだろうかと考えています。

(・・・その理由については、次回から二回に渡り説明していきます。)


~犯罪被害者と犯罪報道(その②)~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


~犯罪被害者が被害者としての実名報道を望まない場合の報道のあり方(その②)~

○マスコミの犯罪報道では、犯罪者も犯罪被害者も実名で報道されるようですが、犯罪者はともかく被害者を実名報道する必要性はあるのでしょうか?犯罪被害者の場合には被害者のプライバシーの保護の観点から法律上は問題はないのでしょうか?

<私的論説>

1、はじめに(前回)

2、具体的政策検討の出発点(前回)



3、報道(マスコミ)の役割と位置づけの基本
(1) 我が国おいては、国民は、憲法21条の表現の自由の内容として憲法上「知る権利」が保障されており、国民・市民の「知る権利」を保障する手段としての保障が報道・取材の自由であり、報道取材の自由も憲法上保障されています。
 憲法は、本来、国家から国民に対する人権侵害を防止するために、国民の基本的人権を保障し、基本的人権保障に基づいた国家政策を実施するというのが、近代憲法の理念であり、その意味では、「知る権利」「報道の自由」「取材の自由」は国家権力に対する自由権であり、主権者である「国民」に対する報道機関の自由権ではないとするのが原則であると言わざるを得ません。また、この「国民」はいわゆる「主権者」「理想的な意思判断者」という意味での抽象的概念であり、個々の市民一人一人を意味するものではないと言われております。
 そもそも、国民に「知る権利」が保障されているというのはなぜか、という点を考えますと、主権者である国民は、国家意思を決めるための「政治的表現の自由」を基本的人権として保有しており、政治的意思判断に必要な「政治的事実」を知ることが保障されないと、自由な判断ができなくなるからだと言われています。そうしますと、「国民の表現の自由」「国民の知る権利」から導かれる「報道の自由」「取材の自由」は、国民の民主的意思表明に必要な「政治的事実」に関する報道の自由・取材の自由であり、そもそも、「国民の個々のプライバシー的事実」に関する報道の自由や取材の自由ではありえないという理解にならざるを得ません。


4、マスコミの犯罪事実報道のあり方
(1) それでは「犯罪事実」は、国民の民主的意思表明に必要な「政治的事実」であるのか、それとも「国民の個々のプライバシー的事実」であるのか、この点の検討が必要となります。
 両者の区別については、政治家や行政機関、公務員等の犯罪に関する場合には、「政治的事実」の要素が強くなるであろうし、一般社会内の個人的身体的精神的な個人性の高い法益を侵害する犯罪の場合には「国民の個々のプライバシー的事実」の要素が強くなるであろう、と考えます。(他方は、行為主体が公的立場のものか否かの要素であり、一方は犯罪被害の客体が個人的なものか否かであり、基準が一致しないことから、一般社会での個人的法益を侵害する犯罪の場合でも、犯罪者や被害者が公的立場の者である場合には、国民の民主的意思表明に必要な「政治的事実」となるというふうに区別することになろうかと思います。)

(2) 国民の民主的意思表明に必要な「政治的事実」に属する犯罪の場合には、国民の知る権利を保障するためには、事実が客観的事実であることが必要であり、何らマスコミは政治的判断を介入させた「色物事実」であってはならないことは当然です。マスコミによる世論統制もあってはならないことだからです。政治的意思の判断者は読者・受け手である国民一人一人であり、マスコミや報道機関がその判断者であってはならないのです。
 このような客観的報道の原則からすれば、政治家同士の名誉棄損行為とか政治的収賄公平を害する贈収賄行為などの「政治的事実」に属する犯罪報道では、被疑者も被害者も実名報道が原則であるということになってもやむを得ないものと思われます。

(3) しかし、国民の民主的意思表明に必要な「政治的事実」に属しない犯罪報道(例えば、個人間の暴行傷害行為、痴漢行為など)においては、「実名報道」が必要なのでしょうか?この場合に、マスコミが言う「国民の知る権利」は「何を」知る権利なのでしょうか?
 ① この点で、「被告人(逮捕段階の被疑者も含む)の実名報道」と「被害者の実名報 道」を分けて考える必要があるように思います。しかしながら、この区別は、マスコミでも国民の間でも従来からあまり意識されていません。昭和50年代(1980年代)ころには、「犯罪者の実名報道」について議論されてきた経緯がありますが(講談社文庫「犯罪報道の犯罪」-浅野健一共同通信記者)、その時点では、「犯罪被害者の実名報道の可否」については議論の対象にすらなっていないのです。この点は、犯罪被害者に関する人権問題が全く意識されていなかった時代であることの証左でもあるのです(そもそも、犯罪被害者支援が取り上げられるようになったのは、平成8年「被害者対策要綱」(警察庁次長通達)の制定の頃、平成11年10月の日弁連が「犯罪被害者に対する総合支援に関する提言」を行った頃からにすぎません。)。
 ② 犯罪報道での犯罪者実名報道に対しては、「匿名報道」を主張する考え方もあ るのですが、マスコミ全体では、犯罪者実名報道が大原則となっています。 これは、おそらく、実名報道こそがマスコミの判断を介入させていない客観的事実であること(「色物事実」ではないこと)、犯罪は社会全体の秩序に関する問題であり国民全体に客観的に報道する必要性が高いこと、犯罪報道は国民個々人への予防・警鐘となり犯罪抑止効果があること等の理由があるようです。また、犯罪に対する法的制裁以外に社会的制裁の機能を有すると明言する人もいて、裁判所の審理の中で裁判官が「被告人は既に本件犯行を報道され、職を辞しているなど、社会的制裁を受けているので、情状を勘案し・・・」と言及する実務例もあります。
 犯罪者は犯罪により他人の人権を侵害した者であるわけですから、誤報でないかぎり、「実名報道」をする理由はそれなりにあろうかと考えます。刑法230条の2第2項では「公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は公共の利害に関する事実とみなす」との規定もあることから、犯罪者自身は実名報道による名誉失墜の影響が出たとしても止むを得ないわけです。   しかし、「被害者の実名報道」の理由はどこにあるのでしょうか?
(この点は、次回に続きます。)

~犯罪被害者と犯罪報道(その③)~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


~犯罪被害者が被害者としての実名報道を望まない場合の報道のあり方(その③)~

○マスコミの犯罪報道では、犯罪者も犯罪被害者も実名で報道されるようですが、犯罪者はともかく被害者を実名報道する必要性はあるのでしょうか?犯罪被害者の場合には被害者のプライバシーの保護の観点から法律上は問題はないのでしょうか?

1 はじめに(前々回)

2 具体的政策検討の出発点(前々回)

3 報道(マスコミ)の役割と位置づけの基本(前回)

4 マスコミの犯罪事実報道のあり方(犯罪者に関する実名報道)(前回)



5 マスコミの犯罪事実報道のあり方(犯罪被害者に関する報道について)

 現実にマスコミ報道でなされている「被害者の実名報道」の理由はどこにあるのでしょうか?

(1)「被害者の実名報道」の理由
① まず、警察の犯罪に関する「記者発表」では「殺人のような重大犯罪の場合には、被害者(死亡者も含めて)も実名で発表することになる」と警察当局から説明を受けたことがあります。その根拠は「従来からのマスコミとの慣例による」ということのような回答でした。私が担当したある具体的事件に被害者支援を通じて経験した例でも、上記のような回答であり、その積極的な法的根拠は示してもらっていません。また、仮に「従来からのマスコミとの慣例」というのであれば、その慣例は、まだ犯罪被害者支援とか被害者の人権を警察もマスコミも全く意識できていなかった時代(平成8年くらいまでのことを言います。)の慣例にすぎないわけですから、平成8年頃から始まった犯罪被害者支援の流れと平成16年の犯罪被害者等基本法の理念が制定された以上、そのような慣例は、修正又は破棄されてもよいものではないかと考えます。
 この慣例修正には、マスコミが「被害者実名報道の積極的理由を構築しない限り」、警察の記者発表時点で犯罪被害者の人権保障の観点で、「犯罪被害者については、被害者の同意を得ない限り匿名発表とする」というふうに、警察の記者発表の取扱原則を変える意図を含ませています。 (但し、前述したように、警察は国家権力機関であり、匿名発表を許していくといかなる犯罪事実も匿名発表になり、強いては、政治的犯罪の場合にも実名発表を避けるという状況を生む危険性があることに留意する必要はあります。)

②次に、マスコミ・報道機関は、なぜ、犯罪被害者についても実名「報道」を原則としているのでしょうか?(但し、多くの報道各社は、例外として、性犯罪被害者は「魂の殺人」に遭った者であり、今後の人生での人権保障と擁護が必要であるとの観点から「被害者匿名」報道としていますので、この点は、犯罪被害者の擁護の精神は生かされています。)
 その理由としては、「殺人事件等の重大事件は被害者実名報道が大原則である。匿名を原則とすると警察等の国家権力側が事件発表自体を匿名とすることを容認することになり、匿名社会となって報道の意義がなくなる。」「事実の報道は実名報道こそ客観性をもっている」ということのようです。「死んだ者は人ではなくなっているので人権への配慮は低くなる。」と考えているのかも知れません。
 私個人の疑問点としては、死という被害、貞操侵奪という被害、傷害という被害、財産侵奪という被害において、なぜ、「貞操侵奪という被害」という点だけ被害者の擁護が必要で、他の被害者には擁護は必要ないのか、という点にあります。 その点の区別は、マスコミや報道機関の基準は明確な理由付けはできていないのではないでしょうか。「犯罪被害者の人権保障」「個人情報の保護」という観点から考えた場合には、それぞれの犯罪被害者にはそれぞれの被害感情と今後の不安があり、被害実態の種類からの差異はないのではないでしょうか。「死という被害」という殺人犯罪の場合には、むしろ、性被害よりも結果は重大であり、遺族という被害者に対して今後の擁護が必要ではないとまでは言えないでしょう。生きていく遺族の思いを重視すれば、生きていく被害者自身と同じように、実名報道を望まない遺族の場合にもその心情を尊重する必要はあると思います。
 報道マスコミが、「警察の記者発表においては、殺人事件等の重大事件は被害者実名報道が大原則である。匿名を原則とすると警察等の国家権力側が事件発表自体を匿名とすることを容認することになり、匿名社会となって報道の意義がなくなる。」というのであれば、それこそ、国家に対する「知る権利」を理由に被害者の実名「発表」を要求すればいいのであり、仮に、報道マスコミにおいて、警察の犯罪発表が被害者の実名「発表」だったから、報道も無批判に被害者の実名「報道」も許されるのだと即断するのであれば、それこそ権力からの情報の垂れ流しをしているにすぎず、マスコミの崇高な独自性を放棄していることに他ならないでしょう。
 マスコミ・報道機関は、犯罪被害者側から被害者匿名報道の要請があり、匿名報道の理由もあり、実名報道の弊害(*)の可能性がある場合には、被害者保護・個人情報保護の観点から、積極的に「犯罪被害者は匿名報道」との姿勢を構築すべきであると考えます。
(*従来、マスコミの取材・報道による人権侵害については、被疑者・被告人及びその家族を対象とした研究・対策の論文・見解等に重点が置かれ、犯罪被害者及び家族を対象とした研究等には重点が置かれていなかった。しかし、犯罪被害者やその家族こそ、保護対策や研究もなされないまま、犯罪者から犯罪に依り人権を侵害された上に、マスコミから取材を受け、住所・氏名だけでなく、事件とは関係のないプライバシーを実名報道されることにより、地域・職場の生活の場面で周囲の好奇の目に晒され、転居・失職するというような深刻な精神的被害や生活被害を受けている。その被害は、現代社会で大きな影響力を有するテレビ・新聞・雑誌などで知ることにより生じており、一旦報道被害を受けてしまうと、その被害回復は非常に困難となるのである。)


6 マスコミに要請される社会的状況の変化に伴う意識変革
(1)世界情勢として自由主義陣営と社会主義陣営の冷戦構造下での世界では、国家と市 民の二極概念での理解(自由主義社会では市民側がマスコミと通じて知る権利が保障されていたという社会であるとの理解)は明確であったし、マスコミが市民側の「知る権利」を支える重要な役割を担っていたことも明確でありました。
(2)しかし、世界の冷戦構造が崩れ、自由主義経済社会を中心に、市民は「大衆」から 「個々の利益主体者」としてアイデンティティを持ち始めていると言われています。国家はむしろ国民個人の利益を保護する政策を要求され、多方面での市民主体の制度変革(地方自治改革・裁判員制度等の司法制度改革・市民参加型の諸制度)が行われようとしています。
 他方、インターネットを中心としたIT社会化の中で、情報は多方面から享受できるようになり、マスコミ・報道機関の変容の状況も発生しており、「国民の知る権利」はマスコミ・報道のみが支えることができるという社会情勢ではなくなりつつあります。(アメリカでは、インターネット情報提供者(ブログ記者)もマスコミ記者か?という論点が議論されている状態でもあります。)
(3)そこで、今後のマスコミの意義付けは、国家から国民の知る権利を基に国家情報(犯 罪処罰情報や犯罪情報等も含む)を「市民全体」に提供するという役割を超えて、「個々の市民の権利」を社会全体の中で誰からも侵害されないように全般的に擁護し、社会的問題点を指摘して必要な国家政策等の方向付けをするような報道をし、市民側に立った「個々の市民の権利」を保障できる社会的機関(第4の権力でも第5の権力でも何でもいいが。)としての役割になるのではないでしょうか。
 犯罪被害者の人権保護は、国家がその人権保障・手続保障・制度保障をしていないという意味で、昨今、新しく問題とされた人権問題であり、犯罪被害者に関しては、マスコミも放置し、あるいは逆に報道被害を与え続けてきた分野であります。
(ちなみに、犯罪被害者によるアンケート結果では、犯罪被害者の実名報道の禁止についての意見としては、まず、マスコミでの犯罪被害者の実名報道に何らかの問題があると考えている人は68・8%の多数であるが、実名報道の禁止自体については、半数以上が「わからない」と答えているものの、30%が賛成意見を述べ、反対はわずか7%であったという調査結果もあり、犯罪被害者がマスコミ報道の自由も考えながら困惑している状況である。)
 また、犯罪被害者の人権を考える場合、犯罪被害者は犯罪被害後も、その「地域」で生きていくという事実の直視が重要であります。マスコミ報道による「地域での影響」「地域からの被害者への目」「地域での被害者の立場・環境」を考えれば、被害者「実名」報道はほとんど意味を持たないだろうと思われます。なぜなら、現在のマスコミの犯罪被害者実名報道の意義は、地域において被害者だと知らなかった人に「この人が被害者だ」と教えるだけの「被害者実名報道」なのであり、地域での弊害を増やすだけのことしかできておらず、そこに、報道としての高貴な配慮・真実を伝えるという高貴な職業性は全くないことになっています。市民側に立った「個々の市民の権利」を保障できる社会的存在としてのマスコミ・報道機関の役割からすれば、犯罪被害者の報道に関しては、「匿名」報道の原則が導き出されるだろうと考えます。
 犯罪被害者が被害者「実名」報道を望んでいない場合にまで、「犯罪被害者の実名報道」をする必要性と価値がどこにあるのか?・・・・考えてみてください。
 「犯罪被害者の実名報道」の問題は、新しい人権問題として、犯罪被害者救済・犯罪被害者支援という新しい視点をもって、マスコミ報道各社全体で考えて改変していくことが必要な問題なのです。

以上

~不在者に対する町営住宅の明渡手続について~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


○町営住宅の居住者が家財道具を放置したまま所在不明となった場合、どのような方法で退去手続きを進めることができるか?

 (参考事例)

 契約者甲死亡で第三者Aが居住していたことから承継拒否・明渡請求をしていたところ、平成18年3月以降にAが所在不明となった例(Aの母親は町内に在住している)で、その後何らの手続きもされていないまま住宅管理が放置されていた。(居室のカギは、最近、町が取り換えた。契約者甲の家族全員が平成20年頃夜逃げ状態で、保証人(乙1、乙2)2名がいるが平成20年頃から保証人への請求手続きもしないまま手続きが放置されていた。)

 (回答)

(1) まず、町営住宅の管理権を町が有していたとしても、不正な住宅使用者(A)であっても、占有(住宅の使用)している事実が確立している場合には、自力救済行為(カギを取り換える等、事実上、町の管理に戻すような行為を勝手にすること)はできず、裁判等の法的手続をして立退き要求を実現することになります。
 そこで、町の担当者が居室のカギを取り換えたのは、不当な自力救済行為と評価される面もあります(その場合には、国家賠償法1条又は民法709条の不法行為として損害賠償責任が発生しますが、所在不明のAに損害が発生するか具体的には不明です。)が、仮に、住宅の管理上、錠(鍵)も壊れていて部屋に置きっぱなしの荷物の管理が充分ではない、誰かが勝手に出入りしたり、持ち出したりしているような状況があって、不在者Aのために、他人が自由に出入りできる状態を改善したものである場合には、民法697条の「事務管理」行為となり、違法(不法行為)とはならないので、損害賠償責任はありません。

(2) 次に、不在者Aの荷物が残置され、任意の明渡を受けていない場合には、不在者Aがその居室を占有している状態だとされますので、その明渡しをさせる手続が必要になります。Aの居室占有は、住宅使用許可や住宅賃貸借契約がないAの不法占拠状態であるので、 まず、ⅰ>裁判手続きと執行官明渡執行で対応するのが原則となります。この場合に、この裁判手続では弁護士費用と時間がかかるので、便法として、ⅱ>Aの母親にAの代理人(無権代理又は表見代理)として退去手続きを取ってもらうか、退去と荷物処分承諾書又は退去と荷物処分依頼書を書いてもらって、Aの母親の費用で(又は町の費用で)処理するか(母親の事務管理行為)、ⅲ>町が独自に業者への適正な見積と委託で処分するか(町の事務管理)という方法を取っても止むを得ないと考える立場もあろうかと思います。
 しかし、ⅱ>及びⅲ>の方法は、基本的には、住宅居室の占有者(荷物の所有者)である不在者Aに無断で、母親や町が手続を進めて荷物を処分するものですから、後日、不在者Aが戻ってきた場合に「人の荷物をどうして勝手に処分したのか!」と賠償請求をしてくる可能性が残り、後に説明する「事務管理」の要件を満たさない場合は、違法な行為となります(自力救済の禁止)ので、お勧めできる方法ではありません。
 仮に、やむを得ずこの方法を取るというのであれば、Aに対して、「不法行為ではない。事務管理の行為にすぎないので損害義務は負わない。」と反論できる要件を完全に備えて置く必要があります。民法697条は「1 義務なく他人のために事務の管理を始めた者(以下この章において「管理者」という。)は、その事務の性質に従い、最も本人の利益に適合する方法によって、その事務の管理(以下「事務管理」という。)をしなければならない。 2  管理者は、本人の意思を知っているとき、又はこれを推知することができるときは、その意思に従って事務管理をしなければならない。 」とされ、その結果、「不法行為にはならない(損害賠償は負わない)」とされています(民法698条)。従って、Aの母親も町も「その事務の性質に従い、最も本人の利益に適合する方法によって、その事務を管理する」ことが必要です。簡単に言えば、このままの状態で放置すれば、不在者Aにとって所有する家財が盗まれて無くなる不利益や居室使用料(不法使用の相当損害金)が嵩んで債務が増えるという不利益発生を防止するために、退去事務や財産処分(処分代金での管理)をしたというような理論構成が可能だろうと思いますが、事務管理として確実に認定されるかどうかは疑問が残ります。

(3) 解決方法としては、不在者Aに対する裁判(住宅明渡請求訴訟)及び住宅明渡強制執行手続が最も望ましい方法です。そのためには、まず、従来の居住者甲の相続人らとの間の住宅使用許可又は住宅賃貸借契約の解除が必要になると思われます。なぜなら、元の使用許可を得ていた甲の使用権を不在者Aが転借している可能性も疑われるからです(但し、この点については不要であるとの見解もあり得ます)。解除手続をする場合には、本来の契約者甲の相続人に対して行うことになりますが、相続人らが夜逃げ状態で居住先が不明であれば、意思表示の公示送達手続で行うことができます(民法98条)。保証人2名への解除通知は、原則としては不要です。
 その上で、現実の占有者のAに対する無権限占有(不法占有)を理由に、Aに対する住宅明渡し請求と判決後の執行官明渡執行手続をすることになります。この場合の裁判は、Aが行方不明ですので、今度は、民事訴訟手続上の公示送達の方法で(民事訴訟法110条以下)裁判をすることになります(この場合には、いわゆるAの欠席裁判ではなく、証拠調べを実施他した上での判決になります)。更に、この場合の裁判の工夫としては、住宅からの明渡請求だけでなく、必ず、不法使用期間の使用相当損害金(使用料相当金を基準に算定する)の請求も同時にしておくことが必要です。住宅明渡の勝訴判決を得て強制執行をする際に、室内に残置された動産(家財や荷物等)を使用相当損害金で差押え売却してもらえば、明渡執行後の不在者Aの家財や荷物を町が管理しなくて済む(執行官保管等の倉庫費用等を負担しなくて済む)からです。
 公的な立場で問題解決を図る場合には、費用と時間を惜しまずに、このような正式な法的手続で対応されることをお勧めいたします。


以上

図書館職員が掲示した張り紙~貸出し図書の返還要請の張り紙~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




1、町営図書館の図書の返却期限を守らない人への返却のお願いはどのような方法があるでしょうか。返さない人に対して、「約束どおりに返せない何か事情があったのかしら?」って思うか、「なんで約束通り返さないのよ!」って思うか、人それぞれでしょうし、借りた相手の日頃の態度でも異なるでしょうか。ともかく、日本も「情の社会」から「契約の社会」になってきていますので、「約束どおり返却してください。」というお願いをすることになります。「お願い」と言っても、法的には「返還請求」ということになります。
(1)まずは、借主の方(Aさん)に電話して「図書の返却期限が過ぎていますので、ご返却の手続きをお願いします。」と、お願いする方法を最初に採るでしょうね。電話に出ない場合には、留守電に伝言を残しておく方法になるでしょう。
(2)又は、ハガキ等の郵便で、「返却期限徒過による図書返還のお願い」をすることになるでしょう。
(3)問題は、この二つの方法を採っても返却されない場合(応答がない場合も含む)に、どういう方法を採るかです。
 ア.その場合に考えられるのは、借主宅に直接訪問する方法です。日中不在の場合が多いでしょうから夕方や土日に訪問することになるでしょうが、ここまではされないのではないでしょうか。
 イ.次に考えられるのが、①図書館に返却未了者の名前を掲示する方法、②借主宅を日中訪問して留守だった場合に、返却のお願いの張り紙を見えるところに貼っておく方法です。これらは、他人に見られる心理的負担を契機に図書返還に努めてもらおうという措置です。

2、〇▽町の図書館職員(Bさん)が、上記(3)イ.借主自宅を訪問し、不在だったため「貸出し図書を大至急返還されたい」旨のA3版の大きさの張り紙を玄関ドアに掲示しました。その結果は、どうなったでしょうか。
(1)借主のAさんが、その張り紙を見て怒り、名誉棄損とプライバシーの侵害の不法行為だとして、〇▽町と職員Bさんに対して国家賠償法に基づく損害賠償の裁判を起こしました。
(2)張り紙による請求行為は、サラ金業者の貸金返還請求方法として一時期蔓延しましたが、それに対しては、社会的な返済請求方法としては相当性がなく違法であるとする判例が多く出ていることは皆さんご存知かと思います。
 〇▽町も、裁判で訴えて図書の返還請求をする方法もある中で、あえて「他人に見られる心理的負担を契機に図書返還に努めてもらおうという方法(大衆に知られる張り紙)を取る場合は、法的危険性を十分に注意することが必要です。
 他人に暴力的に圧力をかけて回収を図る方法と心理的に圧力をかけて回収を図る方法との間に違法性の差異はないと考えておくべきでしょう。

3、ただし、実際の東京地方裁判所の判決では、例外的な救済判例ですが、Aさんからの損害賠償は認められませんでした(〇▽町と職員Bさんの勝訴)。
 その理由が、①本件図書が他の図書館からの協力貸出の図書であり、〇▽町の図書館は、協力図書館への早期の返還義務を負っていたので、早期の回収をする必要性が高かったこと、②図書館員Bは、借主A宅を何度も訪問して置手紙を入れていたにも関わらず、借主Aさんが何ら応答もなかったこと、③本件張り紙行為は、公共の利害に関する事実で公益を図る目的に出たものと評価でき、名誉棄損は成立しないこと、④プライバシーの侵害に関しては、Aの返還できない理由は仕事で忙しかったというだけで他に合理的な理由はなく、Aが自ら招いた状況であると言えるのでプライバシー侵害と評価できない、というものでした。(第一法規「自治体訴訟事件事例ハンドブック320頁参照」)
 この結論は、一般的に「未返還図書の返還請求方法として、張り紙等で名前等を公表してよい」というものではありませんので、十分に注意してくださいね。



以 上

お正月と法律(その③)~正月勤務と休日労働賃金について~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




 あけましておめでとうございます。
 今年の年賀状には、戌年の犬にちなんで「ワン●●ダフル(Wonderful)」の言葉が使いたくて、“ワンダフル 年の初めの 験し事(ためしごと)” という俳句を書いて賀状の挨拶としました。皆さんの一年が、不思議な良いことや素敵なことがたくさんある素晴らしい一年であるますようお祈り申し上げます。
 さて、安倍内閣では「働き方改革」「人づくり革命」を強力に推し進めてきていまして、今年の正月には、主だったサービス産業では、「正月営業休止」という流れが出てきているようです。「お正月は休みにしましょう。」という動きです。昭和40年代までは、正月2日が「初商い」で、正月元旦はサービス業関連の店舗は「正月休業」としてあらゆる所が休んでいました。昭和50年代からでしょうか、コンビニ店舗や量販店が進出してきた時代から、年末年始無休営業という流れが始まって今に続いているように記憶しています。
 しかし、今までのそういう流れの中にありつつも、逆に、この「働き方改革」の中で、働くもの全体が「正月くらいは休んでのんびり過ごしましょう。」という意識に戻るのも、人の健全な生活と命の安らぎを実現するためにはとても良いことだと考えています。
 それでは、正月勤務に関する法律上の取り扱いについて説明しましょう。

1、年末年始に休む場合
 ところで、年末年始は行政官庁が休日になっていますが、民間でも当然休みなのか、というと法律上はそうではありません。年末や正月については、まず、労働基準法には、年末年始の休暇に関する規定はありませんし、会社や事業者は年末年始を休日にする義務もありません。他方、労働基準法上は、勤続年数に応じて有給休暇を付与しなければならないという規定はありますので、会社が就業規則で年末年始を休日とする規定を設けていない場合でも、労働者・従業員が有給休暇を使って年末休みや正月休みを取得すること自体には、法的には何ら問題がありません。
 しかしながら、普段から有給休暇が取りにくく、年末年始には会社事業がなくその年末年始期間のみ有給休暇をスムーズに取得できるような状況になっていたり、会社から積極的に「年末年始は有給休暇申請をして有給休暇を消費してくれ。」と指示されたりしている場合には、全く問題がないわけでもありません。
 有給休暇は原則として労働者・従業員が請求する時季(時期と同じ意味です)に取ることができる権利です。したがって、労働者・従業員が年末休みや正月休みを取る時季を決めるのではなく、会社側から取得の時季や期間を指定されて「有給休暇を取らされていた場合」には、会社のそのような行為は、労働者・従業員の有給休暇の時季指定権を侵害している可能性があり、逆に、会社側が年末年始に事業を行わないことが恒常化している場合には、会社都合による休業ということになり、有給休暇を使用しなくても、休むことができることになる場合も生じます。

2、正月勤務をした場合
 ところで、正月の営業休止がなく、年末年始に働いた場合には、労働基準法上の割増賃金はもらえないでしょうか。
 先に述べたように、労働基準法上での年末や正月については、まず、労働基準法には、年末年始の休暇に関する規定はありません。(労働基準法が定めているのは、労働時間が週40時間、休日が週1日、それに加えて勤続年数に応じて有給休暇を付与しなければならないという規定があるだけで、国民の祝日を休日にしなければならないという規定はありません。また、振替休日を設ける必要もありません)。12月29日から翌年の1月3日までの日(国民の祝日に関する法律に規定されている1月1日を除く。)は、行政機関等の休日として法律で決められているにすぎませんので、法律上は、民間には年末年始の休日はないことになっています。
 しかし、ほとんどの民間会社では、就業規則等で正月三が日を祝日又は休日と定めている場合が多く、その場合に、正月に出勤して働いた場合には、特別手当を支給する企業はあります(このような特別手当支給についても労働基準法には規定はありません)。ただ、特別手当の制度が無くても、出勤した正月が法定休日であれば、会社は3割5分以上の割増賃金を支払わなければなりませんし、22時から翌日5時までの間は深夜割増として、2割5分以上の割増賃金を必ず支払わなければなりません。正月は休日となっていても、法定休日でない場合(その週1日を与えている場合)には、法律上は割増賃金は発生しません(労働基準法第37条1項)が、就業規則上で休日割増賃金規定を定めている場合には、割増賃金を支払うことになります。

3、公務員の正月勤務の場合
 公務員の場合には、行政機関の休日と定められている年末12月29日から1月3日の間でも、消防・警察・検察・裁判などのように緊急事態へも対応できるようにするために、日直当番対応・夜間宿直当番対応が求められます。そこで、公務員の場合においても正月勤務が生じます。人事管理者は、休日に割り振られた勤務時間の全部について特に勤務することを命じることができ、その場合には、事前に当該休日後の勤務日等を代休日として指定することができます(代休日を指定するかどうかは職員の希望を尊重)。代休日を指定せずに当該休日の正規の勤務時間を勤務した場合は、法律の定めがあり、休日給(支給率135/100)が支給されますし、また、当該休日に正規の勤務時間を超えた時間外勤務をした場合には超過勤務手当や夜間勤務手当も支給されます。(一般職の職員の給与に関する法律第16条、第17条、第18条)。
 なお、地方公務員の場合には、各地方自治体の条例の定めによりますが、(地方自治法第204条第2項)国家公務員の場合と同様の規定が定められていることが多いようです。



以 上

~お正月と法律(その1)~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


新年を迎え、心からお慶び申し上げます。 

今年も皆様にとって良い年でありますようお祈り申し上げます。

“年の初めの例(ためし)とて~~♪”の歌は、「お正月の歌」ではなく、「一月一日」という歌なのだそうですね。
ともあれ、“松たけを立てる”代わりに、「お正月」を法律的に考えてみました。

 


1.お正月はみんなお休みですか?

 お正月は一般に「正月三が日」と呼ばれて、休日扱いとするのが通例ですが、「国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号)」では、「一月一日」だけが祝日(年のはじめを祝う)となっています。ただ、「行政機関の休日に関する法律(昭和63年法律第91号)」では、その第1条1項で「次の各号に掲げる日は、行政機関の休日とし、行政機関の執務は、原則として行わないものとする。
 1、日曜日及び土曜日
 2、国民の祝日に関する法律 (昭和23年法律第178号)に規定する休日
 3、12月29日から翌年の1月3日までの日(前号に掲げる日を除く。)
と定めているので、官公庁は、暮れの29日~元日を挟んで正月3日まで「6連休日」となります(同様に、「裁判所の休日に関する法律(昭和63年法律第93号)」でも、「国会に置かれる機関の休日に関する法律(昭和63年法律第105号)」でも同じ規定があります)。それで、行政機関である刑務所も執務状況について暮れ正月の特別扱いがあり、服役者は免業となり作業役務はなく、深夜まで紅白歌合戦の視聴も許されるようです。

2.お正月にも働いているの?

 労働基準法上での正月については、労働基準法には、年末年始の休暇に関する規定はありません。(労働基準法が定めているのは、労働時間が週40時間、休日が週1日、それに加えて勤続年数に応じて有給休暇を付与しなければならないという規定で、国民の祝日を休日にしなければならないという規定はありません。また、振替休日を設ける必要もありません)。しかし、就業規則等で正月三が日を祝日又は休日と定めている場合が多く、その場合に、正月に出勤して働いた場合や年末年始に出勤した場合には、特別手当を支給する企業はあります(これも労働基準法には規定はありません)。特別手当の制度が無くても、ただ、出勤した正月が法定休日であれば、企業は3割5分の割増賃金を支払わなければなりませんし、22時から翌日5時までの間は、深夜割増として、2割5分の割増賃金を必ず支払わなければなりません。正月は休日となっていても、法定休日でない場合(その週1日を与えている場合)には、法律上は割増賃金は発生しません(労働基準法第37条1項)が、就業規則上で、休日割増賃金規定を定めている場合には、割増賃金を支払うことになります。

3.お正月が来ると歳をひとつ取るのですか?

 お正月に年齢を一歳分増やすという「数え年(かぞえどし)」というものがあります。
 「数え年」というのは、生まれた時にまず、一歳となり、次の正月(元日)が来れば二歳と計算し、その後も元日が来る度に一歳ずつ年を取るという年齢計算方法です。これは長い間、日本の伝統的な年齢計算の方法でしたので、正月が来るとひとつ歳を取るという認識が浸透していました。しかし、「年齢計算ニ関スル法律(明治35年)」と「年齢のとなえ方に関する法律(昭和24年)」の二つの法律によって、「国民は、年齢を数え年によって言い表わす従来のならわしを改めて、年齢計算に関する法律(明治35年法律第50号)の規定により算定した年数(一年に達しないときは、月数)によってこれを言い表わすのを常とするように心がけなければならない。」「国又は地方公共団体の機関が年齢を言い表わす場合においては、当該機関は、前項に規定する年数又は月数によってこれを言い表わさなければならない。」と定められ、満年齢による年齢計算となりましたので、「数え年」の数え方は無くなりつつあります。

4.お正月から新しい書類や新しい番号で仕事を始めます!

 1月1日は、「司法年度」の初日に当たります。裁判所などの司法事務の取り扱いは、1月1日から12月31日までを1年度としています。事件番号も、1月1日に事件申立をすれば「平成26年度第1号事件」となります。この点、4月1日から翌年3月31日までを1年度とする「会計年度」とは異なります。司法年度は、新年1月の人事異動などもない中で、私達法曹家は、正月を迎えて、これからの仕事も新たな若い番号を付して新鮮な気持ちで取り組む契機(きっかけ)に なっています。


以上

お正月と法律(その2)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


~ 福袋 ~

 新年明けましておめでとうございます。昨年のお正月に引き続き、正月明けの本塾のお話として、「正月と法律」という視点で「福袋」についての法律のお話をさせていただきます。
 古来、日本で言う福袋は、福(幸福、幸運)が入っている袋のことで、代表的なものは、福の神である大黒天が打出小槌(うちでのこづち)・米俵とともに携えている大きな布袋を言うようですが、現代においては、日本の商習慣の一つである正月初売りで、「年始(正月)用の割安な商品として企画販売される袋詰め商品(複数の異なる品が同封されている)」を言うようです。
 福袋の多くが中身は非公開ではありますが、中身に宝飾品(宝石など)・電気製品などが含まれる高額なものや衣料品の場合、購入前に中身の確認が許される、袋の素材が透明で中身が見える、あらかじめ内容が公表されている、指定された商品群からの選択性になっている、などといった方法が執られることがあります。



1.「福袋」を法律から眺めてみますと、景品表示法(不当景品類及び不当表示防止法)の一般懸賞の限度額の問題と独禁法の不当廉売が考えられますが、福袋としての販売方式は、景品を付ける形ではなく、組み合わせた商品の合計価格以下で販売する形(値引)であれば、「正常な商慣習に照らして値引と認められる経済上の利益」であるので景品表示法における景品類には該当しませんので、最高額および総額の規定(販売価格が5,000円未満の場合20倍まで、5,000円以上の場合10万円まで、総額は売上予定総額の2%まで)は適用されませんし、また、低価格が「他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあるもの」でもないので、独禁法の不当廉売でもないでしょう。



2.次に、実は化粧品(医薬部外品を含む)を中身の見えない福袋のような形式で販売することは、法律に違反してしまう可能性があります。
 薬事法という法律によって、化粧品が入っている容器には、使用しているすべての成分(医薬部外品の場合は有効成分のみ)や製造販売業者名などを表示することが義務付けられています(これを「法定表示」といいます。薬事法第61条)。さらに、その化粧品を不透明な箱に入れるなどして、直接の容器に表示された「法定表示」が外から見えなくなってしまう場合は、その外側の箱にも法定表示をする必要があります(薬事法第62条・51条)。つまり、化粧品は、「購入時に何が入っているか分からない」=「法定表示が見えない」状態で販売することは認められていないのです。そのため、化粧品を“不透明な袋”に包まれた「お楽しみ袋」や「福袋」で販売する場合、その袋にも法定表示をしなければなりません。人によっては特定の成分で肌にアレルギーなどの障害が起こる可能性もあり、そうしたことを防ぐ意味でも、表示が義務付けられているわけです。



3.最後に、福袋は多くが非公開の中身となっていますが、これを購入した人が、インターネットで中身の公開をして広めることは、何か法的問題となるでしょうか。
 福袋の販売は正当な業務であり、中身の公開はその福袋の販売力を低下させる可能性があります。そうなると、福袋の中身を公開する方法で人の業務を妨害したという威力又は偽計による方法での業務妨害罪(刑法233条・234条)になる可能性があります。(233条・業務妨害罪等「虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」)
 しかしながら、自分の購入した福袋やその中身は購入した人の所有物ですし、自分の所有物をどのような方法で得たかも含めて公開することは、基本的には違法なことではありませんので、何ら犯罪にはならないと考えます。福袋を販売する商人としては、むしろ購入者が公開すれば、「良い品が入っている福袋だ」と宣伝になるような商品揃えにすればいいだけですし、それこそ、「福(幸福、幸運)が入っている袋」なのではないでしょうか。


以上

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<質問>
 少子高齢化社会の現象のひとつとして、独居高齢者が死亡後の地方の土地の管理放棄・家屋の管理放棄(空き家・廃屋)による環境上や防災上のトラブルが発生したりして問題となってきています(相続人の子らが都会で生活して帰省もしないままで全てを放置している例が多いようです)。土地は雑草が背の高さまで伸び、蚊や蝿などの発生地となっていたり、建物は今にも崩れそうな状態で台風がくれば瓦も屋根も近所に飛んで行ってしまうような危険な状態です。地方に現実に住んでいる人にとって、衛生面・安全面で迷惑を被っていることになるのですが、市民生活を守る地方行政として何らかの方策は取れないものでしょうか?

<回答>

  1.  まず、放置されていても、土地や建物は個人の所有物なので、それらの処分や管理権限はその所有者にあり、法律上は、市町村が行政として管理状況を変えたり、取り壊して処分したりすることは基本的にはできません。しかし、民法上の事務管理として第三者に迷惑や危険を及ぼして第三者への損害を発生させるような状況に対しては、所有者の利益になる方法であれば、「所有者のために」行政を含めた近隣住民が管理状況を変えたり、取り壊して処分したりすることができる場合もあります。(民法698条「管理者は本人の身体、名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるたに事務管理をしたときは、悪意又は重大な過失があるのでなければ、これによって生じた損害を賠償する責任を負わない。」と定めていますので、人の物を勝手に処分しても不法行為責任を負わないとしていることになります。) 
  2.  次に、民法上の事務管理以外に、市町村は条例を制定して、このような物件に対して規制し、何らかの強制措置を取ることはできないのかを検討してみましょう。
     地方自治法第2条2項で「普通地方公共団体は、地域における事務及びその他の事務で法律又はこれに基づく政令により処理することとされるものを処理する。」としており、市町村が私権(個人の所有権)を制限する際には当然に法令に根拠が必要であり、空き地や空き家・廃屋の不良状態について一般的に規制する法律や政令はないので、そもそも条例で空き地や空き家・廃屋の不良状態について規制してもよいのかが問題となります。しかし、憲法29条2項で「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める。」とあるものの、法律で定めなくてはならないのは「財産権の内容」であり、「財産権の行使の制限」は、直接に法律によらなければならないとは規定していないことから、また、空き地や空き家・廃屋の不良状態について規制は地方自治法第2条2項の「地域における事務」に該当するので、処理権限を与えられているので条例で定めることは可能と考えます。
     
  3.  実際に、空き地や空き家・廃屋の不良状態について規制については、多くの市町村で「空き家条例」「空き家空き地の適正管理に関する条例」等として空き家等の所有者に適正な維持管理を義務付けるとともに、自治体が立入調査権を有して、空き地等の所有者に必要な措置を勧告できることなどを規定しています。中には以下のように行政代執行まで規定している条例もあります。

       (行政代執行の条例規定例)
    第○条(命令)
     市長は、空き家等の所有者等が前条第2項の規定による勧告に応じないとき、又は空き家等が著しく管理不全な状態であると認めるときは、当該所有者等に対し、履行期限を定めて必要な措置を講ずるよう命ずることができる。
    第○○条(行政代執行)
     市長は第○条の規定による命令を受けた者がこれを履行しない場合において、他の手段によってその履行を確保することが困難であり、且つ不履行を放置することが著しく公共の利益に反すると認めるときは、行政代執行法(昭和23年法律第43号)に定めることにより、自ら必要な措置を行い、又は第三者にこれを行わせ、その費用を当該命令を受けた者から徴収することができる。

     この点、行政代執行の対象は、「法律(法律の委任に基く命令、規則及び条例を含む。以下同じ。)により直接に命ぜられ、又は法律に基き行政庁により命ぜられた行為(他人が代ってなすことのできる行為に限る。)」との行政代執行法2条の規定から、個別の法律の委任に基づく条例についてのみ代執行が認められるようにも読めるのですが、しかし、個別的な法律の委任に限らず地方自治法第14条第1項の規定に基づき一般的に委任されていることでよく、個別的な法律の委任のない条例に基づく義務も代執行することができると解釈できるという立場での条例制定になります。 なお、平成25年11月17日付宮崎日日新聞記事(一面トップ記事)によると、宮崎県内の宮崎市・延岡市・都城市・日南市の4市では、国会への対策法案(自民党議員法案:空き家を自主撤去した場合に土地の固定資産税を軽減することとして自主撤去を促す法案)の提出の動きもあることから、その法案に合わせた条例制定を視野に検討を始めているとの報道がなされています。

以上

~司法修習生の給費制について~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 宮崎県内においては、弁護士の員数は、一時期50名~80名程度で落ち着いていましたが、2010年(平成22年)には新入会員8名、2011年(平成23年)には新入会員15名、2012年(平成24年)には新入会員12名を迎えており、会員総数は121名を超える状態になっています。これは、2002年(平成14年)3月19日に閣議決定された「司法制度改革」での「司法制度を支える体制の充実強化(人的基盤の拡充)」という理念の下で法曹人口の拡大が図られた結果であるのですが、全国的には、既に法曹人口の拡大=弁護士人口のみの拡大になってしまっていることから、この弁護士急増現象に対して、弊害が生じています。弁護士新規登録者の就職困難問題、「ノキ弁」(法律事務所から給与をもらわずに事務所の使用を許されて弁護士活動を始める例・軒を借りるだけの弁護士の意味)や「即独弁」(法律事務所への就職をあきらめ、初心者ながら自分の事務所を経営する例)の問題などの弁護士過剰による悪影響として生活のなりたたない弁護士が出てきています。更に、法科大学院希望者や法曹を目指す者の減少化問題など法曹養成制度全体にまで影響が生じているのが現状です。

 また、2011年(平成23年)11月には、「司法制度改革」の一つとして、裁判所法改正に基づく司法修習「給費制」(司法修習生には公務員給与に準じた給与が支給されて最高裁判所職員として修習生活を送れる制度)が「貸与制」(司法修習生には給与は支給しない。修習生活は自己費用で賄うこと、自己費用はない場合には、貸付制度を利用させる制度)へと変更されて、法曹養成制度が法科大学院を中核とするいわゆる「ロースクール」化されたことから、弁護士、裁判官、検察官の法曹になるためには、大学4年間、法科大学院2~3年間、試験期間1年~5年間、司法修習期間1年間が必要であり、少なくとも、合計8年間~10年間の教育及び養成期間を要することとなり、その間の費用として1000万円を超える資金(又は奨学金ローンや借金)が必要となる制度になってしまっています。

 また、法科大学院卒業後は、7~8割の司法試験合格者が輩出される構想であったところ、2割~3割の合格率に低迷したままで法曹資格の取得も困難な状況になっており、しかも、仮に法曹資格を取得して弁護士になったとしても、前述したように法律事務所への就職すら困難な状況になっているのですから、そのことにより、資力のない家庭の子弟の場合は、いかに優秀な若者であっても、法曹の道を目指すことをあきらめてしまうという流れが生じています。

 ところで、2002年(平成14年)3月19日に閣議決定された司法制度改革推進計画では、「司法を担う法曹に必要な資質として、豊かな人間性や感受性、幅広い教養と専門的な法律知識、柔軟な思考力、説得・交渉の能力等に加えて、社会や人間関係に関する洞察力、人権感覚、先端的法分野や外国法の知見、国際的視野と語学力、職業倫理が広く求められる」としています。この法曹の資質向上の精神は、ノブレス・オブリージェ(仏: noblesse oblige-「高貴なる責任」「選ばれし者の高度な倫理観」)の考え方から来るものだと思われます。そこでは、一定の経済的安定(身分保障ないし生活保障)があることが前提とされてきたのですが、ここ数年来の司法制度改革の結果としての無計画な法曹人口拡大は、この法曹の資質及び役割(=人権救済の砦としての役割=社会における人権保障システムとしての人的基盤であること)の本質を見ずに、法曹の業務を単に「ひとつのサービス商品」として自由経済原理に復させようというシステムに変容させていくだけです。

 宮崎県弁護士会では、2010年5月から「司法修習給費制維持に関する運動本部」(正式には、「市民の権利の守り手となる法曹養成制度の維持を求める運動宮崎県本部」)を設置し、2011年7月13日には「司法修習給費制維持の街頭宣伝」を、同7月16日には、「司法修習給費制維持の市民集会~災害予防・復興から考える弁護士の公的役割~」を実施し、若手会員が数回に及ぶ地元選出国会議員への要請活動を継続的に取り組んでいます。

更に、2011年(平成23年)11月1日に「法曹人口問題政策検討本部」を設置し、政府の法曹養成フォーラムに向けての日弁連本部(法曹人口政策本部)の方針の検討又は意見集約と活動を行う体制を構築し、司法修習生に給与を支給する制度に戻すように、現在も活動を続けています。2010年(平成22年)9月16日の宮崎市議会での「司法修習生給費制存続を求める意見書」採択を始め、多くの地方議会で同様の採択もなされてきています。

 しかし、2013 年(平成25年)1 月30 日、内閣の「法曹養成制度関係閣僚会議」の下にある「法曹養成制度検討会議」は、司法修習の貸与制を前提とした上で、今後、司法修習生間の公平性を確保するために何らかの必要な措置が講じられないか検討すべきであるという方向性を打ち出しました。この方向性のうち、司法修習生に対して必要な措置を講じることを検討する姿勢は評価できますが、貸与制を前提としており、かつ、「司法修習生間の公平を是正するために必要な措置」は転居費等の手当を支給することを念頭においているようであり、依然として、司法修習生は借金せずして最低限の衣食住を確保することすらできない苦しい経済状況におかれ続けることに変わりはないような方向です。

 そこで、2013年(平成25年)8月2日には、元修習生(弁護士)約120人が「国が司法修習生の給費制を廃止したのは、給費を受けた過去の修習生との差別にあたり、法の下の平等を定めた憲法に違反する」「給費制を廃止しながら、公務員と同じような修習専念義務を残しアルバイトも禁止しているのは、不当な差別にあたる」などを理由に、国に1人あたり1万円の損害賠償を求める国賠訴訟を東京地裁に起こしました。名古屋、広島、福岡の各地裁でもこの日、元修習生(弁護士)が集団で同種の国賠訴訟を提起しています。

 皆さんも、この国の司法制度・司法修習制度がどうなっていくのか、どうなるほうがいいのか、注視していただければ幸甚です。

以上

~あるテレビ番組の話(旅館での忘れ物・高級時計)~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<法律相談>
 法律問題を取り上げて答えさせるテレビ番組がありますが、そこでの問題で、「旅館に宿泊している人が、宿泊料を支払わないで逃げた。しかし、その部屋に高級腕時計を置き忘れていたので、旅館としては、それを売却して宿泊料に当てたいのですが、勝手に売っても良いでしょうか?」という質問に対して、ある人は「 時計は、そのお客個人の所有物だから、勝手に売っては駄目。」という見解であり、ある人は「勝手に売っても良い。」あるいは「何か、特別な救済処置が有って、ちゃんとした法律に則ったルートなら売っても良い。」という見解もあったのですが、どうなんでしょうか? 旅館としては、無銭飲食された上、宿泊料も踏み倒されたら、踏んだり蹴ったりなので、勝手に売却してもよさそうに思うのですが、法律はきっと何か旅館を助けてくれる方法を定めていると思うので、分かりやすく教えてください。

≪回答≫
 最近は、テレビ番組でも法律相談番組なのか、クイズ番組なのか、はたまた、お笑い番組なのか、よく分からない番組が定着してきていますが、法律を分かりやすく広めてくれているという意味では評価していいのではないかと思います。ご相談内容も、結論は分かったのだが、理由がよくわからなかったということのようです。
 その番組は私も見ていないので、出演者や弁護士の回答内容はよく把握していませんが、旅館にお客様が忘れた高級腕時計についての話ですが・・・・・。
 まず、(1)旅館は、お客様の忘れ物については、一般的にどのように取り扱うことになるのか?その次に、(2)旅館がお客様に宿泊料などの未払請求権があった場合には、その忘れ物に対して何か権利行使ができるか?という順で、考える必要があろうかと思います。


(1)忘れ物についての処理
 宿泊客の忘れ物は、「他人の置き去った物」として遺失物法の対象になりますので、それを拾得した旅館経営者は「速やかに、拾得した物を遺失者に返還し、又は警察署長に届け出なければならない。」とされています(遺失物法4条2項、但し、特例施設占有者は手元保管で足りる。同法17条)。
 警察署長に届け出た場合には、公告手続を経て、3ケ月待てば、旅館経営者が忘れ物(高級腕時計)の所有権を取得することもできる可能性もあります(*①)が、しかし、遺失者(お客様)が現れた場合には、報労金(5~20%)の問題にしかなりませんので、旅館経営者としては、全額回収ができない場合も想定されます。
 そこで、旅館としては、遺失物法による「遺失者に返還する」方向での対応をした上で、他の権利行使ができないかと考えることになります。


 *① 民法第240条
 「遺失物は、遺失物法(平成18年法律第73号)の定めるところに従い公告をした後3箇月以内にその所有者が判明しないときは、これを拾得した者がその所有権を取得する。」 


(2)宿泊料請求権の特色(優先権-先取特権)
 宿泊料の未払いに関しては、民法311条・317条の「先取特権(さきどりとっけん)」という担保権の規定があります。民法311条に動産先取特権として「旅館の宿泊を原因に生じた債権を有する者は、債務者の特定の動産について先取特権を有する」とあり、民法317条で「旅館の宿泊の先取特権は、宿泊者が負担すべき宿泊料及び飲食料に関し、その旅館に在るその宿泊客の手荷物について存在する。」と規定されています。
 「先取特権(さきどりとっけん)」には、抵当権の規定が準用されています(民法341条)ので、旅館経営者は、宿泊客の高級時計を(返還する方法として)管理しながら、裁判所に競売申立(時計提出)をして、売却(競売)してもらい、その競売代金から「先に」宿泊料分を「取って」いいことになります。先に取れるので「先取特権(さきどりとっけん)」というのだろうと思います。 裁判所の競売の場合には、そのような動産類の競売への入札参加者は、古物商・質屋業者がほとんどなので、質屋さんらが競落してくれることが多いだろうと思います。そういう意味では、旅館が質屋に売却したのと同じような結果が、裁判所の競売手続きを通じてされていることになります。

以上

~弁護士の職業意識について~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 いよいよ、夏も終わり二学期(?一学期後半というのが正確でしょうか)が始まりました。
 弁護士は裁判等の仕事以外に、講演を頼まれたりします。学校関係の講演もあります。ある高校で進路講演を依頼され、生徒の皆さんに「弁護士の仕事」の話をする機会がありました。そのときの話の概要をまとめると、次のような話をしています。
 具体的な訴訟や裁判の話もしていますが、ここでは割愛させていただきます。


1、法曹三者について
  法曹三者とは、裁判官、検察官、弁護士を言います。法曹の仕事・法律家の仕事は、裁判官も検察官も弁護士も、人を相手にする仕事です。しかも、人が争っているとか、人が犯罪を犯したとかいうような場合の、人の不幸な状態を問題にして、お金をもらい収入を得ています。世の中には、「人の不幸を仕事にして、収入を得る仕事が4つある」と、歴史的にいわれています。医者 ・ 弁護士 ・ お坊さん ・ 学校の先生 です。
 医者は、病気という人の不幸をみて、収入を得ています。弁護士は、人の争いや犯罪をみて、収入を得ています。お坊さんは、人の死という不幸をみて、収入を得ています。学校の先生は、人の無知・無教養をみて、教えることで収入を得ています。
 この4つの仕事は、常に人間の弱い場合を相手にして仕事をしているわけです。 それなのに、この職業の人たちは、歴史的には、高貴(けだかい)職業だと言われてきています。なぜでしょうか。
 フランス語で、「ノーブレス・オブリージュ」(Noblesse Obrige)・・・「高貴なる義務責任」という意味の言葉です。本来は、貴族などの地位の高い人にはそれなりの責任感、倫理観、世界観が求められるという意味の言葉でしたが、資格をもって権力的に仕事をする立場にある人が弱い人を相手にする場合には、常に強者となれるのですから、相手は誰も文句を言いません。誰も何も言わないからこそ、資格をもって仕事をする人は、自分自身で立派な倫理観を磨いていかないと、すぐ「悪徳」になってしまうのです。
 だから、このような職業についている人に、一般人と違う戒め・自戒を与えたのが、「ノーブレス・オブリージュ」(Noblesse Obrige)という言葉です。


2、弁護士の職務について
 弁護士も、そのような倫理観をもって仕事をするというのが、まず、第一です。弁護士法には、2条に「弁護士の高度な品位保持義務」が規定されています。(なお、裁判官も検察官も弁護士と同様ですが、いずれも公務員として位置づけられていますので、裁判官も検察官も公務員としての品位保持義務はあります。)
 弁護士のバッチは、ひまわりの形をして真ん中に秤(はかり)が描かれています。ひまわりは、常に太陽のほうを向かうということで正義を表しています。秤は公平を表しています。
 弁護士の使命は、弁護士法1条で「社会正義の実現」と「人権擁護」であると定めてあります。
 ついでに、他の法曹三者のバッチのお話をしておきますが、裁判官のバッチは三種の神器の「八咫(ヤタ)の鏡」の形をしています。 (三種の神器とは、八咫鏡(ヤタノカガミ)・草薙の剣(クサナギノツルギ)・八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ) )
 鏡は、真実を写すという意味があり、裁判官は清らかな姿勢で真実に基づいて紛争を解決するという使命を帯びています。
 検察官のバッチは「秋霜烈日」といって、霜の形に太陽が真ん中に描かれています。これは、霜の降りる寒い冬の日も太陽が照りつける夏の暑い日にも、地道に捜査をつづけ、犯罪者を見つけ、社会の安全のために厳しい職務を行っていくという意味が込められていると言われています。
 このような使命を帯びて、それぞれ、法曹三者は立場を違えて法律の仕事をしていくわけですが、法曹三者に共通する仕事の姿勢は、「紛争や犯罪」の中に、「真実を発見」していくということでは共通しています。「嘘やごまかし」は絶対に許さないという態度で仕事をします。
 そして、最終的には「社会の正義は、どうあるべきか」を常に考えていくことになります。「社会正義」とは、私は、「人間全員の幸福」であり、「人間それぞれが他人への思いやりをもって生きていけること」ではないかと思っています。


3、法律と子供の福祉
 法律は将来性のある子供の福祉や幸福を基本に、家庭や子供の問題を捉えています。 「子供の福祉」「子供の幸福」とは何でしょうか。
 これは、子供の身勝手や無責任な自由を認めるものではありません。子供の福祉とは、「人間同士の責任と義務を負いながら、人生を楽しみ、人生を生きていく力」を子供が持てることです。
 親は、子供に、「人と交わり、人から評価される力」を与えやらなくてはいけないのです。
 人の評価は、学校の成績や知識だけでは、不十分です。それが「生きていく力」に結びつかないと意味がありません。「生きていく力」とは、私が思うには「紛争解決能力」です。
 子供は、生きていく中で様々な困難にぶつかったり、紛争に巻き込まれたりします。それを「自分の力で解決していく解決能力」を身につけさせること、「解決できる手段を知っていること」が大切だと思います。その能力を身に着けるために、まずは「読み・書き・ソロバン(計算)」の勉強が必要なのです。その基本的な読み書きの勉強が、人から「いいもの」を学び取る力を作ってくれる力になるからです。そして、一番大切なことは、「いいもの」と「悪いもの」を見分ける力を与えてやることです。「いいもの」と「悪いもの」を見分けるために、親からの養育と教育(親の躾)が絶対に必要なのです。
 善悪の判断は、子供は、親の姿を見て、親の躾を受けて、身に着けていくのです。 ですから、親は、「正義」を子供に伝えてあげてください。そして、正義を親から伝えてもらった子供は、今度は親になって、自分の子供にその正義を伝えてあげてください。
 それが、弁護士として、相続などの親子紛争や少年犯罪に取組まなければならない、私からのお願いであります。

以上

~海遊びと法律~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


(問)
 海に出かけると、所々で、「ウニやサザエを勝手に取ってはいけない」という看板が海岸にあるのを見かけます。これはどういうことなのでしょうか?


(解説)

 今年は猛暑、暑い真夏日が続きますね。こういう夏には家族で海に遊びに行きたくなるものですが、海に遊びに行ったときに、海で魚介類を自分で取得することって、誰でも普通にしてよいことって思っているのではないでしょうか。
 ところで、海で魚介類を取ること(例えば、潮干狩りで貝を採る、素潜りで貝を採る、竿で魚を釣るなど)で、なぜ採った魚介類はその人の物になるのでしょうか。
 民法第239条に「1 所有者のない動産は、所有の意思をもって占有することによって、その所有権を取得する。 2 所有者のない不動産は国庫に帰属する。」という規定があります。第2項は、土地(樹木も含む)や建物で所有者のいない場合には国のものとなりますが、動産(物品や生き物)は、先に自分の物として取得した人のものになるとされているわけです。(これを「無主物先占(むしゅぶつせんせん)」と言います。
 それであれば、「ウニやサザエを勝手に取ってはいけない」という看板は、この無主物先占を認めないということを誰かが勝手に言っているだけで、何の法的効果もないのでしょうか?

 私達は多くの法律で幅広く私達の生活を守ったり規制されたりしています。
 海は、管理や防災の仕方によって「港湾」、「漁港」、「一般海岸」などのようにいくつかに分けられ、それぞれの海域は異なる機関(役所)によって管理されています。 その管理はそれぞれに決められた法律によって行われます。
 港湾の場合は「港湾区域」として分けられ、「港湾法」という法律によって管理されます。
 漁港の場合は「漁港区域」として分けられ、「漁港法」という法律で管理されます。
 残りの「一般海岸」は、「海岸保全区域」として分けられ、「海岸法」という法律で管理されます。
 この中の「漁業法」では、漁業者や漁業従事者が漁業を営んでもよいとされる海面が決められています。この決められた海面で漁業を営む権利を「漁業権」(ぎょぎょうけん)といい、「定置漁業権」(ていちぎょぎょうけん)、「区画漁業権」(くかくぎょぎょうけん)、「共同漁業権」(きょうどうぎょぎょうけん)などがあります。
そして、各都道府県の漁業調整条例・規則(魚業法に基づく)で、許される漁法、許されない漁法、取得禁止の魚介類、取得禁止期間などの様々な規制がなされています。一般的にいうと、スクーバ(潜水具)での魚介類の取得はできませんが、素潜りによる魚介類の取得は許されています。竿による魚釣りは許されていますが、刺し網での漁法は許されません。
 また、伊勢海老・しゃこ貝などの保護魚介類やサンゴなどの採取や取得自体が禁止されている(許可を受ける必要がある)場合がほとんどです。
 
 日本では、江戸時代から「共同漁業権が設定されている漁村の地先水面(漁村の前の海)を「われわれの海」と呼んで、漁業協同組合がその地先水面の利用を管理調整する慣習(ならわし)があります。
 この慣習を、「地先権」(ちさきけん)といいます。ですから、「ウニやサザ工を勝手に取ってはいけない」という看板は、地元の人が「自分たちの海を守り、育てたい」、「よそ者に荒らされては困る」という意味で立てられているのです。
 そこで、「慣習」は「法律」と同じようなカをもっていますから、最近では、この「地先権」を理由に、マリン・スポーツによる「海」の利用を管理する運動が各地で起こっています。

 それに対して、スクーバ・ダイビングや釣りなどのマリン・スポーツのように、漁業以外で海面を利用することを管理する法律は、実はないのです。漁業を営むことが認められた海面以外での利用に関する法律はないので、「海産物(水産動植物)は自由に採れるじゃないか」、「ウニやサザ工を勝手にとってはいけない」という看板はおかしいんじゃないか」「漁業さえしなければ、海での遊び方を邪魔することはできないのではないか。」と思う人たちも多く見られます。
 なお、那覇地裁平良支部平成10年9月25日仮処分決定は、漁業者が一定の範囲の漁業権のある水域でのスクーバ・ダイビング禁止を求めた事案で、私人に海面の独占的排他的利用権(地先権)を慣習上の権利(漁業権の内容)として認めることはできないとした(漁業者敗訴)裁判です。しかし、これは、スクーバ・ダイビングでの漁行為(ウニやサザ工の捕獲等)を認めたものではなく、泳ぎ楽しむマリン・スポーツとしてのスクーバ・ダイビングを漁業者は排除できないとしたものです(伊良部町漁協がダイビング事業者らに対し、「漁業権」水域内でのダイビングを妨害排除請求権に基づき、ダイビングスポットの全面禁止を求めたものの、地裁、高裁ともダイバー側の勝訴となり、最高裁(平成14年2月22日判決上告棄却・平成15年10月23日判決上告棄却)において、ダイバー側勝訴が確定しました。

 エコツーリズム推進法(平成19年6月27日法律第105号)が制定され、各市町村長が特定自然観光資源の所在する区域への立入りを制限する条項が盛り込まれた(エコツーリズム推進法第10条)が、これに依拠して、慶良間諸島では、渡嘉敷、座間味の両村と事業者でつくるエコツーリズム推進協議会が、ダイバーの立ち入り制限の条例制定の計画を進めているとの報道もあり、最終決着には至っていないようです。

以上

地方自治体の金銭債権の管理 「時効管理と回収手続を中心に」の付録②として

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


学校給食費の徴収手続(その2)

 前回に引き続き、学校給食費の管理方法と徴収手続きを説明しましょう。


4. 学校給食費を公会計として管理する方策


<克服すべき問題点>

 学校給食費を公会計で管理すると、収納事務・支払事務を地方自治法や地行法に則って実行しなければならないので、その手続きは複雑になり、その事務は予算の執行なので、基本的には校長にはこれらを扱う権限がないこととなります。

(1) 学校給食費は、「分担金(地方自治法224条)」ではない。(分担金は、一部の利害のある事件に関し特に利益を受けている者にから徴収するものであり、すべての小中学校の児童生徒が給付を受けられる性質の給食には適用できない。)

(2) 学校給食費は、「使用料(地方自治法228条)」ではない。(使用料であれば学校給食費の額を条例で定めないといけなくなる(地方自治法228条)。
 公の施設利用に関わる債権であっても、地方自治法上の使用料として扱われるとは限らない。(例:①公営住宅の使用料・最高裁判決昭和59年12月13日、②水道料債権・最高裁判決平成15年10月10日、③公立病院の診療債権・最高裁判決平成17年11月21日)



<学校給食費を公会計として管理する法律関係>

 学校給食費支払請求権は、地方公共団体(市町村)と保護者との間の契約により発生する私債権である。

(1) 学校給食費を徴収するための契約が必要です。 学校入学時に学校給食に関する説明文書を配布し、保護者から給食の申込書(支払約束書)の書面を徴収しておく必要があります。(但し「黙示の契約」成立の構成も可能ですが、書面で明らかにしておくことが望ましいと思われます。)

(2) 契約するには、契約締結権限が必要です。 本来は、契約締結権は市町村の首長にあるので、学校や教育委員会は契約当事者にはなれません。なぜなら、学校は教育員会監理下の単なる一組織一部署にすぎないし、教育委員会も地方公共団体の内部組織にすぎないからです。
 校長に、地方自治法180条の2に定めるところにより首長から契約締結事務についての委任を受けるか、補助執行の権限を取得する必要があります(規則若しくは規程を制定し教育委員会や校長等に包括委任し、あるいは補助執行させることもできると思われます。)

(3) 学校給食費の調定(額の決定)をするには、権限が必要です。 学校給食費の調定、納入通知は、徴収事務に属し予算の執行であるから、首長に権限があり(地方自治法180条の2第1項、149条第1項)、教育委員会や校長はその権限がありません。
 教育委員会や校長が学校給食費の調定、納入通知をするには、地方自治法180条の2に定めるところにより首長からの委任を受けるか、補助執行の権限を取得する必要があります。また、学校給食費の調定(額の決定)した場合には収入管理者に通知する必要があります。

(4) 現金納付の場合には、出納員である必要があります。 現金の出納は会計管理者の権限とされている(地方自治法170条2項第1号)ので、教育委員会や校長は給食費を現金で受け入れることはできません。
 しかし、地方自治法171条2項で、「出納員その他の会計職員は、首長の補助機関である職員のうちから首長が任命する」ことになっており、同4項で「首長は会計管理者をしてその事務の一部を出納員に委任させることができる」ので、教育員会又は学校の職員を首長部局の職員に併任して出納員に命ずることとすれば、教育委員会でも学校でも給食費を現金で受け入れることができることとなります。

(5) 督促事務は、首長名義で公費負担で実施できることになります。



5. 学校給食費の徴収手続


(1) 学校給食費の徴収も予算の執行にあたるので、それを教育委員会若しくは学校長・学校職員が行うには、地方自治法180条の2に定めるところにより首長から契約締結事務についての委任を受けるか、補助執行の権限を取得する必要がありますが、裁判上の手続き(支払督促手続き・訴え提起)は、地方公共団体を代表して行う必要がありますので、首長の名義で行うこととなります。

(2) 裁判手続きの場合に裁判所に提出する必要のある書類等

  ① 地方公共団体と保護者との間での給食に関する契約関係書類 (入学時の給食説明書・保護者からの給食申込書)
② 納入通知関係書類 (納入通知書・督促書等、給食費の調定(額の確定)資料)
③ 教育委員会・学校長・給食施設長等が首長より権限又は出納員委任を受けている規定等
④ 首長からの訴訟委任状(弁護士を依頼する場合)又は指定代理人指定書(職員を訴訟代理人として使用する場合)



(3) 裁判手続きの種類

  ① 民事調停手続
 民事調停法に基づき、滞納者の住所地を管轄する簡易裁判所に調停申出書を提出して、裁判所の調停期日に滞納者及び地方公共団体首長又は訴訟代理人(指定代理人も含む)が出頭して、調停主任裁判官及び調停委員の仲介の元で、双方の話し合いで解決する方法です。請求額に制限はありません。
② 支払督促手続
 民事訴訟法382条に基づき、滞納者の住所地を管轄する簡易裁判所(裁判所書記官)に支払督促申立書を提出して、書面で支払督促をしてもらう方法です。書面の送付だけでする手続きですので、滞納者も地方公共団体首長又は訴訟代理人(指定代理人も含む)も裁判所に出頭する必要はありません。これも請求額には制限はありません。但し、支払督促を受けた滞納者が異議申立をすると通常の裁判に移行します(民事訴訟法395条)ので、裁判手続をする予定で行う必要があります。
③ 少額訴訟手続
 民事訴訟法368条に基づき、滞納者の住所地を管轄する簡易裁判所に少額訴訟の訴状を提出して、裁判所の弁論期日に滞納者及び地方公共団体首長又は訴訟代理人(指定代理人も含む)が出頭して、裁判官の元で裁判手続きを行うものであり、通常の裁判手続きとは異なり、簡易な方式、一回だけの審理で判決が出されます。請求額は60万円以下の請求に制限されています。また、年間10回しか利用できません。
④ 通常訴訟手続(裁判)
 民事訴訟法に基づく本裁判手続です。140万円以下の請求額であれば簡易裁判所へ、140万円を超える場合は地方裁判所に訴状を提出して、裁判所の弁論期日に滞納者及び地方公共団体首長又は訴訟代理人(指定代理人も含む)が出頭して、裁判官の元で裁判手続きを行うものです。請求額に制限はありませんが、給食費等で140万円を超えるような請求はないと思われますので、ほぼ簡易裁判所への申立になるだろうと思います。


(註)指定代理人とは ― 地方公共団体の事務に関する訴訟については、当該地方公共団体又は行政庁が職員を指定代理人として選任することができます。この場合において、行政庁が長のときは地方自治法第153条第1項の規定が、教育委員会のときは地方教育行政の組織及び運営に関する法律第26条第3項の規定が、地方公営企業管理者のときは地方公営企業法第13条第2項の規定がその根拠となります。また、選挙管理委員会(地方自治法第193条)や監査委員(同法第201条)は、同法第153条第1項の規定を準用するとされています。指定代理人は、個別の事件ごとに選任され、その事件についてしか権限を与えられていません。指定代理人を選任すれば、地方公共団体の首長が裁判に毎回出頭する必要はありません。

以上

地方自治体の金銭債権の管理 「時効管理と回収手続を中心に 」の付録①として

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


学校給食費の徴収手続(その1)

 「地方自治体の債権管理(消滅時効を中心に)」に引き続いて、その付録として具体的徴収方法について「学校給食費の徴収手続き」というテーマで説明していきたいと思います。 まず、ここ数年の間で、学校給食費滞納問題が市町村・学校関係者の間で問題になっています。学校の先生や校長先生が滞納している家庭を訪問して支払を督促したり、最終的には法的手続に踏み切った地方自治体も多いようです。学校給食費を払わない親たちの言い分を聞けば、「学校は義務教育なのだから、給食費もタダでいいんじゃないの?」とか、あるいは居留守を使って支払を免れようとするとか、とにかく生活費の使い方の順番が、外食とか、遊興費というような浪費的な支払が優先されて子供の教育関係費用が後回しにされるという形で、給食費を支払わない親が増えていると聞きます。

1. 給食費に関する法律の規定
(1)学校給食費については「学校給食法」という法律に基づいて、以下のとおり、保護者が負担しなければならないことを定めています。
   (経費の負担)
 第11条1項「学校給食の実施に必要な施設及び設備に要する経費並びに学校給食の運営に要する経費のうち政令で定めるものは、義務教育諸学校の設置者の負担とする。」同条2項 「前項に規定する経費以外の学校給食に要する経費(以下「学校給食費」という。)は、学校給食を受ける児童又は生徒の学校教育法第16条 に規定する保護者の負担とする。」

  つまり、学校給食にかかる設備やその他の経費に関しては学校や国・地方自治体が負担し、それ以外の経費は保護者が負担すべきもの、としているわけですが、この条文では「保護者の負担すべき」学校給食費の経費についての詳細の定めがありませんし、結局は、この条文は、「保護者の負担範囲」を決めただけで、具体的な法律上の負担義務を課した規定であるとは言えませんし(昭和33年4月9日文部省監理局長から北海道教育委員会教育長あて回答)、その徴収方法についても全く規定はありません。

(2) そこで、地方公共団体では、学校給食費条例を制定して、条例に基づいて、保護者の給食費支払義務を定め、徴収手続きを定めている場合もあります。(平成22年横浜市学校給食費条例)


2. 給食費の法的性格と会計管理
(1) 学校給食費はどういうことを原因として誰との間で法律上の負担義務が保護者に生じることになるのでしょうか。保護者に対して、給食費滞納分の請求ができるのは誰なのでしょうか。校長先生でしょうか?PTAでしょうか?教育委員会でしょうか?あるいは市長村長なのでしょうか?

(2) この点を混乱させているものが、給食費管理に関する旧来の文部省通知又は回答です。
ⅰ:まず、昭和32.12.18文部省管理局長の福岡県教育委員会教育長あて回答によると、
 ① 学校給食の実施者は、その学校の設置者(市町村等)である。
 ② 保護者の負担する学校給食費を公会計上の歳入とする必要はない。
 ③ 校長が学校給食費を取り集め、これを管理すること(私会計)は差し支えない。

ⅱ:次に、昭和33年4月9日文部省監理局長から北海道教育委員会教育長あて回答によると、
  ① 学校給食法11条2項の規定は、保護者の負担の範囲を明らかにしたものであって、保護者に公法上の負担義務を課したものではない。
  ② 法11条の規定は、保護者の負担を軽減するために、設置者が学校給食費を予算に計上し保護者に補助することを禁止した趣旨のものではない。
  ③ 学校給食費の性格は、学校教育に必要な教科書代と同様なものであるので、学校給食費を地方公共団体の収入として取り扱う(公会計とする)必要はない。
とされている半面、

ⅲ:昭和39.4.9文部省体育局長から北海道教育委員会教育長あて回答では、
  「学校給食費を市町村予算に計上し、処理されることはさしつかえない」 とされており、公会計(総計予算主義・地方自治法210条)の管理をすることも、また、公会計以外の私会計(総計予算主義の例外)としての管理をすることも許してきたという従来からの現状があります。これらは、給食費の金額規模や実際の食材調達・契約業務などから、当該自治体が、その各々について、歳入歳出として取り扱うのか否かの選択を任されているものと解されます。


(3)現状の給食費徴収体制の例
 かかる経緯から、各学校で給食費の徴収形態としては様々な方法があるようです。
 ① 学校名及び校長先生名義の預金通帳への振込支払(口座引落し)。
 ② PTA名義(代表者会長)の預金通帳への振込支払(口座引落し)。
 ③ 学級担任への手渡し又は学校事務職員への手渡し(学級袋方式)支払
 ④ PTA役員による集金方式 ⑤ 市町村指定口座への振込支払 などです。

3. 学校給食費を「私費」と扱うことの妥当性の検討
(1) 校長・共同調理場施設長・教育委員会・学校給食会又はPTAなどが給食費を私費扱いで管理している実態があります。

(2) そもそも、学校長等が学校給食費を管理していることは、全くの個人的関係ではなく、「校務」として学校給食費を徴収管理していると解すべきです。学校給食が市町村の営造物としての学校の教育活動の一環として行われているからです。(教科書代同視説)

(3) 学校長が保護者に学校給食費を請求できる法的根拠はどのような法律関係にあるのでしょうか。学校給食費を食材等の購入費と考える(民法555条:売買説)か、食材等の購入という委任事務処理に必要な費用と考える(民法649条・650条:委任説)かのいずれかということになります。いずれにしても、この場合には、学校給食費支払請求権は「契約により生ずる私債権」であり、法形式上は校長が個人として契約を締結していると解釈するしかありません。

(4) <問題点>
 ① 給食費未納者に対して「市町村の首長」名義での法的手続きが取れない。(学校給食費支払請求権は校長個人と保護者との契約によるものと考えられるから。)また、「学校及び学校長」名義での法的手続きも取れない。(学校や学校長は、行政機関の一部署にすぎなく法的主体性がないから。) ⇒給食費未納者に対しては、校長個人名義での請求(法的請求)しかできないことになります。
 ② 学校給食費会計の不足は、本来は公的予算から補填できない。 ⇔しかし、実際は補填していると思います。
 ③ 学校給食費の徴収費用・人件費用等は、本来は校長が私的に集めた給食費から支出しなければならない。 ⇔しかし、実際は公費から支出していると思います。
 ④ 債権の消滅時効は10年(民法)と長すぎる。(但し、民法173条1号生産者販売、又は同3号の食の代価として2年とする見解もあるでしょう。)

(5)以上の観点から、学校給食費を「私費」と扱うことは、妥当ではないように思われます。 (次回に、給食費の「公会計」としての管理方策と徴収手続きを具体的に説明します。)

以上

地方自治体の金銭債権の管理 「時効管理と回収手続を中心に ⑦ 」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


< 時効の中断について >

 地方自治体の金銭債権の消滅時効についての「時効中断」について説明します。

 地方公共団体の金銭債権を時効で消滅させないように管理することは公務員として当然の業務です。そのためには、「消滅時効を中断させて金銭債権を消滅させない工夫」が必要になります。公務員として、時効の中断に関する基礎的な理解をしておく必要があります。
 もう一度、地方自治法236条(地方自治体の金銭債権)の規定を見てみましょう。

【地方自治法第236条】
1 金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利は、時効に関し他の法律に定めがあるものを除くほか、五年間これを行なわないときは、時効により消滅する。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
2 金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利の時効による消滅については、法律に特別の定めがある場合を除くほか、時効の援用を要せず、また、その利益を放棄することができないものとする。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
3 金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利について、消滅時効の中断、停止その他の事項(前項に規定する事項を除く。)に関し、適用すべき法律の規定がないときは、民法 (明治二十九年法律第八十九号)の規定を準用する。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
4 法令の規定により普通地方公共団体がする納入の通知及び督促は、民法第百五十三条 (前項において準用する場合を含む。)の規定にかかわらず、時効中断の効力を有する。


(1)時効の中断としての督促・請求通知

<1> 時効の中断については、民法上の原則としては、民法第147条、153条により、「請求・催促」だけでは、その後の6ケ月以内の裁判等の法的手続きを採らないと、時効の中断とならないとの規定があります。何度請求を繰り返していても、裁判の手続きをしないままその間に時効期間が経過すれば、消滅時効が成立してしまうという制度になっています。

【 民法153条 】
「催告は、6ヶ月以内に、裁判上の請求、支払督促の申立、和解の申立、民事調停法若しくは家事審判法による調停申立、破産手続き参加、再生手続参加、更生手続き参加、差押、仮差押え、又は仮処分をしなければ時効の中断の効力を生じない。」


<2> しかし、地方公共団体の「公法上の債権」については、「請求・催促」自体に時効中断の効力を持たせる規定となっています(地方自治法236条3項、4項)。その上、地方自治法236条4項は、条文上、公法上の債権と私法上の債権を区別していない規定ですので(「金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利」の文言が無い。)、地方公共団体の「私法上の債権」についても、「請求・催促」自体に時効中断の効力を持たせる規定となっています。
 これは、まず、地方公共団体は、その歳入を収入するとき(徴収するとき)は、納入義務者に対し、納入の通知をしなければならず(地方自治法231条)、分担金、使用料、加入金、手数料及び過料その他の歳入について納期限までに納付しない者に対しては、町はその督促をしなければならないとされている(地方自治法231条の3第1項)ことから、その結果、納入通知及び督促は、公法上の債権・私法上の債権の区別なく、裁判上の手続を採らなくても、その通知及び督促自体に時効中断の効力を認めたものであり、極めて強力な権限を地方公共団体に与えているわけです。 その趣旨は、地方公共団体での歳入確保の要請、納入通知及び督促は、行政機関が法に基づいて法の定める形式で行うために公的な権利の存在の確認がなされているとの信頼に基づくものであるとされています。


<3> 債権管理の基本⇒納入通知・督促手続の体制処理 従って、地方公共団体の債権管理の基本は、各地方公共団体において、消滅時効期間を完成させ債権回収ができなくなること、及び特定の者にのみ時効消滅の利益を与えることがないようにするために、財務規則で督促の時期や手続などを明確に規定し、早期且つ確実に督促等の手続を実施できるように体制作りと担当者の意識醸成を図る必要があります。



(2)時効中断の効果

【 民法157条 】
「1 中断した時効は、その中断の事由が終了したときから、新たにその進行を始める。2 裁判上の請求によって中断した時効は、裁判が確定したときから、新たにその進行を始める。」

 
 時効中断の効果は、民法157条により「新たにその時効を始める」ということですから、債権消滅対策としては、時効期間内での中断行為をするというのが、債権管理の重要な職務ということになります。中断行為の手順は以下のようにまとめることができます。

① 公法上の金銭債権も私法上の債権も、督促・請求通知を重視して、中断させることが基本である。

② 催促・請求通知後に時効が再度来る場合には、民法上の時効中断を考える。
 <民法上の時効中断事由>としては、民法147条 ①請求 ②差押、仮差押え又は仮処分 ③承認が定められています。
  二度目の時効中断を狙う、この「請求」は、裁判上の請求でないと確定的な時効中断にはならない(民法153条)ことに注意してください。

③最も効果的な時効中断の方法は「債務承認」である。
 「債務承認」の具体的な方法としては、債務者に、債務確認書、納税確約書、誓約書などの債務承認書面を提出させることです。
 この債務承認では、その書面には必ず債務金額が明示されていないと効力がないと言われていますので、その点は、留意してください。

 それでは、最後に、公法上の金銭債権の催促・請求通知に関する条文だけを最後に抑えておきましょう。


 【地方自治法第231条の3】
ⅰ) 分担金、使用料、加入金、手数料及び過料その他の普通地方公共団体の歳入につ いて納期限までに納付しない者があるときは、普通地方公共団体の長は、期限を指定してこれを督促しなければならない。
ⅱ) 普通地方公共団体の長は、前項の歳入について同項の規定による督促をした場合 において、条例の定めるところにより、手数料及び延滞金を徴収することができる。
ⅲ) 普通地方公共団体の長は、分担金、加入金、又は法律で定める使用料その他の普 通地方公共団体の歳入につき、第1項の規定による督促を受けた者が同項の規定により指定された期限までにその納付すべき金額を納付しないときは、当該歳入並びに当該歳入に係る前項の手数料及び延滞金について、地方税の滞納処分の例により処分することができる。


 【地方自治法第240条】
ⅰ) この章において「債権」とは、金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利をいう。
ⅱ) 普通地方公共団体の長は、債権について、政令の定めるところにより、その督促、強制執行その他その保全及び取り立てに関し必要な措置をとらなければならない。


 【地方自治法施行令第171条】
 普通地方公共団体の長は、債権(地方自治法第231条の3第1項に規定する歳入に係る債権を除く。)について、履行期限までに履行しない者があるときは、期限を指定してこれを督促しなければならない。


(まとめ)

 歳入債権は ⇒ 地方自治法第231条の3で督促規定(手数料付加)

 一般債権は ⇒ 地方自治法施行令第171条で督促規定(手数料付加はできない)

以上

地方自治体の金銭債権の管理 「時効管理と回収手続を中心に ⑥ 」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 今回は、本来は行政実務としてはあってはならないことですが、今まで説明してきたそれぞれの債権の消滅時効期間が経過した場合の処理についてお話します。

<時効利益の援用(放棄は禁止、援用は不要)>

 地方自治法第236条第2項は、時効の援用に関しても画一処理・平等取扱の要請から「時効利益の放棄禁止」「時効援用の排除」を規定しています。

 ※地方自治法第236条第2項
「金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利の時効による消滅については、法律に特別の定めがある場合を除くほか、時効の援用を要せず、また、その利益を放棄することができないものとする。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。」

まず、時効に関する原則をお話しますと、

(1)私法上の時効援用必要の原則

 民法の原則:民法は、時効によって利益を受ける者が時効の利益を受けようとする単独の意思表示(時効の援用)をしなければ、それは確定的な法的効力を生じないとする制度になっています(民法145条)。
 (趣旨)これは、時効の利益を受けることを潔しとしないで真実の権利関係を認めようとする者がいるときには、その者の意思を認めることが私的自治の原則に適うので、その私的自治の精神と時効制度の本質との調和を図ろうとしたものです。
これが、原則です。

(2)公法上の要請と時効援用不要(例外)

 しかしながら、地方公共団体が一方の当事者となる金銭債権については、地方公共団体の債権債務関係をいつまでも不確定のままにしておくことは適当でないこと(権利確定の早期確定の要請)、公金は担当者の恣意を排除して公正に管理されるべきであること(公平処理の要請)、国民や住民の負担に関することを個々の担当者毎の時効を援用するか否かの自由を認めると、公平処理のための画一的処理が困難となること(画一的処理の要請)から、時効の援用はなく、時効期間経過という客観的事実で時効が完成する(法的効果が確定する)こととしています。
 しかし、この例外法則は、地方自治法236条1項、2項が「公法上の金銭債権」に関しての規定であるということは条文上「金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利」の文言解釈として説明しましたので、公法上の金銭債権のみ地方自治法第236条第2項(時効援用排除)の適用があります。

(3)他方、地方公共団体の「私法上の金銭債権」には、地方自治法第236条第2項の 例外法則(時効援用排除)の適用はありません。民法の時効原則のとおり、「時効の援用が必要である」ということになります。 (最高裁判例昭和41.11.1、同昭和44.11.6)

☆最高裁判例昭和46.11.30は、
:「国又は公共団体が国家賠償法に基づき損害賠償責任を負う場合関係は、実質上、民法上の不法行為により損害を賠償すべき関係と性質を同じくするものであるから、国家賠償法に基づく普通地方公共団体に対する損害賠償請求権は、私法上の金銭債権であって、公法上の金銭債権ではないので、従って、その消滅時効については、地方自治法第236条2項にいう「法律に特別の定めがある場合」として、民法145条の規定が適用され、当事者が時効を援用しない限り、時効による消滅の判断をすることはできない。」としています。

以上の、理論から、
(4)時効期間経過後の債権管理(支払・受入の処理)を考えてみますと、
Ⅰ:(~時効期間完成後に債務者が地方公共団体に支払いをしてきた場合にどうするか?地方公共団体は時効期間完成後に支払いを受領することができるか?~地方公共団体が債権者である場合で受領する場合)

①公法上の金銭債権
⇒時効の援用を要しないで消滅時効が完成しているので、確定的に債権債務は消滅していることになり、支払いを受領すべきではない。
結論としては、受領しないで不納損金処理をすることになる。

②私法上の金銭債権
私法上の債権は、時効の援用をしないと債権債務は消滅していないので、理論的には、地方公共団体は、時効期間経過後でも、債権回収すべきであり、支払ってきた場合には正当な弁済として受領できる。
  しかし、相手方が時効援用の知識がない場合が多いので、画一処理の要請からして、請求は控えるべきでしょうし、時効援用できる旨を告知した上で、それでも「払うものは払う。」と言われた場合に支払いを受領すべきでしょう。
 この点は、特に、かつては、水道料金等は、公法上の債権としていましたので、時効完成分は控除して請求している行政実務が多いと思いますが、判例上は、水道料金は私法上の金銭債権とされましたので、時効期間経過した水道料金も相手方が時効を援用してこない限り請求できることになります。しかし、やはり、時効期間経過分は請求を控えておくというのがいいのではないかと思います。要は、時効期間を経過させないうちに、時効中断措置を取ることに熱心であるべきだと思います。

Ⅱ:(~時効期間完成後に地方公共団体が相手方に支払いをすることができるか?~地方公共団体が債務者である場合)

①公法上の金銭債権(債務)
 ⇒消滅時効が完全に成立しており、相手方の債権は時効完成で消滅しており、地方公共団体の時効完成後の地方公共団体の債務支払は、不当支出になります。相手方に支払うことはできなくなっています。

②私法上の金銭債権(債務)
 ⇒私法上の債権(債務)は、時効の援用をしないと債権債務は消滅していないので、理論的には、地方公共団体は、消滅時効の援用をしないで債務支払を実施することも、時効消滅を援用して債務支払いを免れることも可能であるということになります。
 公平処理の要請・画一処理の要請から考えれば、一律的に援用する場合(例えば、不法行為債権債務)と援用を控える場合(例えば、契約に基づく代金支払債権債務)の基準を作って時効援用に関する取扱を準則化しておく必要もあろうかと思います。
 また、予算処理上計上していなければ、時効援用をして支払わないことも検討することになるでしょう。

以上

地方自治体の金銭債権の管理 「時効管理と回収手続を中心に ⑤ 」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<公法上の債権か、私法上の債権か~判例の検討 ③~>

6.体育館、文化センター(公立劇場)使用料金   ⇒   地方自治法適用(5年「使用許可」による公法上の債権

 公的施設の使用料金は、本質的には、民間会議場使用契約と同じ法律関係であると考えられます。私法上の契約では、一時賃貸借契約に準じた契約ということになりますので、民法167条で10年の消滅時効となり、更に、その中で、「旅館、料理店、飲食店、貸席又は娯楽場」に該当する場合だけ、民法174条4号により1年の消滅時効に掛かるという解釈になります。

 しかし、他方、公用財産の使用については、公法上の規定があり、地方自治法でも、238条の4で「行政財産は、貸し付けたり処分したり等の私権設定はできない。」とされ、238条の5で「普通財産は、貸し付けたり処分したり等の私権設定はできる。」としているものの、必要に応じていつでも解除できるとされていたり、第244条で「住民が公の施設を利用することを拒んではならない。」第244条の2で「公の施設の設置・管理・廃止について条例で定めなければならない。」として私法上の自由契約とは異なる規定をしており、一概に私法上の債権と考えることは困難であるように思います。

 従って、公的設備(物的施設や用具等)を利用するもので、「私的契約」ではなく、「使用許可」という行政処分の形式だから、公法上の債権であり、地方自治法236条による5年の消滅時効にかかると解するべきであろうかと思います。

  ・民法167条(債権等の消滅時効) : 「債権は10年間行使しないときは消滅する。」

・民法174条(短期消滅時効) : 「次に掲げる債権は1年間行使しないときは消滅する。
  (1)~(3)は略
  (4)旅館、料理店、貸席又は娯楽場の宿泊料、飲食料、席料、入場料、消費物の代価又は立替金にかかる債権

・地方自治法236条1項 : 「金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利は、時効に関し他の法律に定めがある場合を除くほか、「5年間」これを行わないときは、時効により消滅する。」

7.公営住宅家賃(⇒5年)  ⇒  地方自治法適用(5年)「使用許可」による公法上の債権又は民法169条定期金(5年)

 公営住宅家賃も公的施設の使用対価という面を有しつつ、滞納問題もクローズアップされてきました。家賃滞納が多くなってきている現状にあります。

 これは、私法上の債権となると、民法167条で通常の私法上の債権として10年の消滅時効又は、民法169条定期金債権で5年時効のいずれかということになります。

 ここで、地方自治法236条1項の「他の法律に定める場合」の他の法律には民法も含まれるのかという頭書の命題の問題がありましたが、判例は、含まれるとしていますので、そうなると、5年時効を超えて民法上の10年時効も適用があるということになります。

 これを明確にした判例もあります。

   【 最高裁昭和41年11月1日判決(国の普通財産売払代金債権事件)
 「国の普通財産の売払は、国有財産法等の公法に従い行われるとしても、その法律関係は本質上私法関係というべきであり、その結果生じた代金債権も私法上の金銭債権であって、公法上の金銭債権ではないから、会計法30条(地方自治法236条と同一内容)の規定により5年の消滅時効期間の服すべきものではない。私法上の消滅時効期間(10年)に服するものである。」

 但し、私の個人的見解としては、公法上の債権に関し、財政の早期処理、画一的処理要請との観点から、地方自治法第236条が民事上の消滅時効10年よりも5年という短い時効期間を定めたという趣旨からすれば、私法上の関係であっても、時効期間は5年として判断すべきではないかと考えています。

 ましてや、公営住宅の使用家賃に関しては、民間住宅よりも低額家賃とし、住民の居住面での福祉政策という面があり、さらに、公用財産の使用については、公法上の規定があり、地方自治法でも、地方自治法238条の4で「行政財産は、貸し付けたり処分したり等の私権設定はできない。」とされ、地方自治法238条の5で「普通財産は、貸し付けたり処分したり等の私権設定はできる。」としているものの、必要に応じていつでも解除できるとされていたり、地方自治法第244条で「住民が公の施設を利用することを拒んではならない。」、地方自治法第244条の2で「公の施設の設置・管理・廃止について条例で定めなければならない。」として私法上の契約自由の原則とは異なる規定をしており、一概に私法上の債権と考えることは困難であるように思います。

 従って、公営住宅の使用家賃は、公的設備(物的施設や用具等)を利用することを「私法上の契約」ではなく、「使用許可」という行政処分の形式で認めるものなので、「公法上の債権」であり、地方自治法236条による「5年」の消滅時効にかかると解するべきであろうかと思います。

 仮に、公営住宅の使用家賃を、「私法上の契約による私法上の債権である」としても、公営住宅家賃は、売買契約の代金債権とは異なり、民法169条の定期給付債権とも評価されますので、時効期間はその意味でも「5年」になります。

   民法169条(定期給付債権の短期消滅時効)
  「年又はこれより短い時期によって定めた金銭その他の物の給付を目的とする債権は5年間行使しないときは消滅する。」

以上

地方自治体の金銭債権の管理 「時効管理と回収手続を中心に ④ 」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<公法上の債権か、私法上の債権か~判例の検討 ②~>

4.保育園保育料  ⇔  幼稚園施設料とは異なる?   ⇒   地方自治法適用(5年)or 民法173条3号準用(2年)

 民主党政権の下で「公立高等学校に係る授業料の不徴収及び高等学校等就学支援金の支給に関する法律」が成立し、2010年(平成22年)4月1日から公立高校の授業料はなくなり、もともと公立小中学校は義務教育ですから授業料徴収はありませんでした。しかし、公立幼稚園・保育園の保育料は地方自治体の金銭債権として問題となります。 特に、厚生労働省が初めて行った、2007年8月に発表した認可保育所の保育料滞納調査の結果内容は、朝日新聞の報道によりますと、「06年度の滞納者数は当初の発表より843人減の8万5120人で保護者全体に対する割合は4.3%、滞納額は6億円減の83億7000万円で保育料全体に対する割合は1.7%となった。」としています。その後公立小中学校の給食費と同様に昨今の未納滞納問題の横綱格になっています。
 この保育料については、教育という側面よりも幼稚園・保育園で、幼児を預かるという施設利用面が強いという特色がありますので、かつて高校の授業料について、【民法173条3号の「学芸又は技能の教育を行う者が、生徒の教育、衣食、又は寄宿舎の代価について有する債権」として、私立高校の授業料と同じように、公立高校の授業料も民法173条3号に該当して、2年の消滅時効にかかると考えるべきだろうとの考え方】と同じようなわけにはいかないのではないかと考えてもいいのかもしれません。
 つまり、公的設備(学校保育園施設や保母職員等の人的設備)を利用するもので、「私的契約」ではなく、「使用許可」という行政処分の形式だから、公法上の債権であり、地方自治法236条による5年の消滅時効にかかると解釈する立場です。
また、児童福祉法56条3項で、「保育の実施に要する保育費用を支弁した市町村の長は、本人又はその扶養義務者から当該保育費用を徴収することができる」とありますので、公法上の債権であり、児童福祉法上、特別の定めがありませんので、地方自治法236条による5年の消滅時効にかかると解釈することもできます。更に、児童福祉法56条10項で「地方税の滞納処分の例により処分できる」ますので、強制徴収公債権ということもできます。
 しかし、他方、幼稚園施設料は私法上の債権、保育園の保育料は公法上の債権という区別をする見解(自治体のための債権管理マニュアル・ぎょうせい・東京弁護士会編)もあります。幼稚園の場合は児童福祉法の保育園の保育事業とは異なり、地方公共団体による公的幼稚園であろうと市立幼稚園であろうと、幼児に幼稚園の目的に適った教育を施すと共に幼児に施設を利用させる義務を負う入園・在園契約をしているもので幼稚園での費用は、その施設利用の対価としての金銭請求債権と見ることになるとの見解です。この場合には、民法173条3号『学芸又は技能の教育を行うものが生徒の教育、衣食又は寄宿の代価について有する債権』として2年の短期消滅時効にかかることとなります。
 また、保育園の場合でも、私的契約児童(受入余力のある場合の契約による保育児童の場合)など具体的事案となって裁判になった場合に、判例が、実質的な観点から、児童福祉法に基づくものでなく私法上の契約に基づく保育と考えられる場合として、民法173条3号準用の見解(2年説)に立つ可能性もありますので、保育園でも幼稚園でも、消滅時効に関する債権管理としては、2年管理を基準に考えておいたほうがいいのではないかと思います。


5.学校給食費   ⇒   地方自治法適用(5年)× 民法173条3号(2年)

 次に、保育料と同じように、マスコミで問題とされている「モンスターペアレント」とも言われる学校給食費は、未納問題がクローズアップされてきました。給食費は、公法上の債権でしょうか、私法上の債権でしょうか?
 学校給食法という法律があります。その3条で「学校給食とは、義務教育諸学校において、その児童又は生徒に対し実施される給食」とされ、日常生活での職習慣や栄養改善・健康増進の公的目的が設定された制度であります。更に、その6条で、施設及び設備に関する費用は学校設置者である地方公共団体等の負担とされていますが、第6条2項で「設備経費等以外の学校給食による経費(学校給食費)は、学校給食を受ける児童又は生徒の学校教育法22条1項に規定する保護者の負担とする。」と定めてあります。
 これは、前述の下水道料金と同じように、私法上の契約というより、公法上の債権という方向へ解釈できます。
 従って、地方自治法236条の適用で消滅時効は5年と考えられます。公的施設利用としての公法上の債権ということになるという考え方です。
 ただ、ここでも判例の実質論の立場から、私法上の債権としての可能性があるかどうかを念のために検討しておきますが、民法上の債権としては、民法173条1号又は3号(2年)と民法174条4号(1年)が考えられます。

・ 民法173条1号『生産者、卸売商人、小売商人が売却した産物又は商品の代価に係る債権』
・ 民法173条3号『学芸又は技能の教育を行うものが生徒の教育、衣食又は寄宿の代価について有する債権』
・ 民法174条4号『旅館、料理店、飲食店、貸席又は娯楽場の宿泊料、飲食料、席料、入場料、消費物の代価又は立替金に係る債権』



 まず、民法174条4号は、一時的な宿泊や食堂利用を想定した規定であり、学校給食は継続的負担に特質がありますので、準用すべき根拠もないと思います。
 また、民法173条1号は、電気料や水道料という場面で準用されましたが、継続的給付の対価という面では学校給食費も同じ性質になります。そこで、学校給食費2年時効説が出てきても変ではないと思いますが、使用料に応じた対価というより平等提供による平等対価という限定があることから、当事者の自由な意思による契約内容・料金の変更要素・給食内容の選択要素も給食費の場合にはありませんので、契約による料理提供(食事提供) とは全く異質なものであると考えますので、民法173条1項の準用も考えられないと思います。
 しかし、民法173条3号『学芸又は技能の教育を行うものが生徒の教育、衣食又は寄宿の代価について有する債権』には該当するのではないかと思われます。判例の実質論を重視すれば、5年説は採らないほうがいいのではないかと思います。 私債権と解する場合には、学校給食法第6条1項2項は、給食関連費用の分担を区別しただけで、保護者に公的負担を定めたものではないと解釈することになります。
 なお、注意してほしいのは、現実的には、学校給食費は、多くの場合給食を実施する学校又は給食センター等の財団・公益法人が児童生徒の保護者から、事実上、学校給食費を集金し、それで食材等を購入しているので、市町村自体が児童生徒の給食費を請求する債権を有しているわけではないと思われますが、私債権としても公法上の債権としても、訴訟主体としては、市町村長が徴収権を持っているとされる場合が発生しています。学校給食法第6条1項で、「施設及び設備に関する費用は学校設置者である地方公共団体等の負担」とされている一方で、同上2項で「設備経費等以外の学校給食による経費(学校給食費)は、学校給食を受ける児童又は生徒の学校教育法22条1項に規定する保護者の負担とする。」と定めてあることから、入学時点で学校を通じて地方公共団体が学校給食費を保護者から預かり徴収するとの契約を締結しているとの解釈がなされているからです。

以上

地方自治体の金銭債権の管理 「時効管理と回収手続を中心に ③ 」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<公法上の債権か、私法上の債権か~判例の検討~>

 昨年末の総選挙により政府与党も交代して新たな体制でスタートすることになりますが、行政は行政として公平・中立の立場で、法に基づいて執務していくことを心がけていくことが大切だと思います。今年も「何でも法律塾」をよろしくお願いします。

 さて、昨年に引き続き、地方自治体の管理する金銭債権(債務)が公法上の債権か、私法上の債権かという観点から、実際の判例や行政解釈を検討してみましょう。

1.公立小学校の教職員の日直手当   ⇒   2年(労働基準法の賃金)

 今は、もう制度的にはなくなっていると思いますが、公立小学校の教職員には日直・宿直という制度がありました。この日直・宿直手当は、公法上の債権でしょうか?私法上の債権でしょうか?

仙台高裁判決昭和38.2.28、最高裁判決昭和41.12.8の事案があります。この判例では、「労働基準法も地方自治法第236条の「他の法律に定めがある場合に該当する。」とされています。すなわち、

 【仙台高裁判決昭和38.2.28】
 「一般職の地方公務員に支払われる宿日直手当は、いわゆる実費弁償ではなく、その額のいかんを問わず労働基準法にいう賃金であり、その請求権の時効は2年である。」
【最高裁判決昭和41.12.8】
 「一般職の属する地方公務員の日直手当請求権は公法上の債権であるが、労働基準法115条により、2年間の短期時効によって消滅すると解すべきである。」


と判断しています。
 これは、日直手当て債務(教職員の日直手当て債権)は、「公法上の債権」としながらも、「他の法律の定めがあるとして」私債権的に労働基準法115条を適用した。ということになります。
 通説の基準からすれば、公法上の債権であれば、地方自治法236条1項の5年を採用すべきであるのですが、この判例は、公法上の債権としながら、労働基準法115条を適用しています。敢えて、通説と調整するためには、「労働基準法」は、地方自治法236条1項の「他の法律の定めがある」という「他の法律」に含まれるという解釈になるということになります。公務員にも労働基準法の適用があるという前提に立つことになりますが、要は、その債権の公法上、私法上の性格よりも、実質的に公務員の日直手当てと民間企業の日直賃金との間で差異があるかという観点から実質的な差異は無いということで、判断しているものと思われます。

 次に、職務上管理すべき債権(地方自治体が貰い受ける側になる場合)についての判例を検討していきましょう。
 従来の地方自治体の債権管理体制を根本から覆す最高裁判例が、平成15年に出ています。この判例で、自治体での債権時効管理が再度意識されるようになりました。既にご存知の方も多いと思いますが、水道料金債権に関する判例です。


2.水道料金   ⇒   2年(民法第173条1号準用?)

 水道料金は、いわゆる公共料金として、公法上の債権ではないか、正確に言えば、水道法という公法で定められた利用関係であるから水道料金債権は、公法上の債権ではないかという観点から、従来の自治体は地方自治法236条により5年の時効として管理してきていたところですが(宮崎県内の町村でも水道料金は時効を5年とした前提で条例を定めていたようです。)、その行政実例とは異なり、「水道料金債権は私法上の債権として2年の短期消滅時効にかかる」という最高裁の判断が示されました。
 最高裁判決平成15.10.10ですが、これは、控訴審の判断をそのまま認容したもので、理論的には、控訴審の東京高裁の判例が詳しく論述しています。

 【東京高裁平成13年5月22日判決】
 「地方自治体が有する金銭債権であっても、私法上の金銭債権に当たるものについては、民法の消滅時効に関する規定が適用されるものと解されるところ(地方自治法236条1項は「金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利は、時効に関して他の法律に定めのあるものを除く他、5年間これを行わないときは時効により消滅する。」と定めているが、同項にいう「他の法律」には民法も含まれるものと解される。そして、このように解したとしても、上記規定は、公法上の金銭債権について消滅時効期間を定めた規定として意味を有するのであって、無意味な規定となるものではない。)、水道供給事業者として控訴人(地方自治体)の地位は、一般私企業のそれと特に異なるものではないから、控訴人(自治体)と被控訴人(住民)との間の水道供給契約は私法上の契約であり、従って、被控訴人が有する水道料金債権は私法上の金銭債権であると解される。また、水道供給契約によって供給される水は、民法173条1号所定の「生産者、卸売商人及び小売商人が売却したる産物及び商品」に含まれるものというべきであるから、結局、本件水道料金債権についての消滅時効期間は、民法173条所定の2年間と解すべきこととなる。」


 この判例で、行政実務は混乱しました。次に述べる「下水道料金」との兼ね合いで、従来の時効5年の債権管理体制を改める動きをスムーズに浸透させることができなかったという実情にあります。実は、この判例理論には、前提となる判例が既に存在していまして、同じように「公共料金」として呼ばれている「電気料」についての判例が、昭和12年6月29日大審院判例で出ています。すなわち、「電気料金債権は、民法173条1号の『生産者、卸売商人、小売商人が売却した産物又は商品の代価に係る債権』に準ずるものとして、2年の消滅時効にかかる。」と判断していました。 水道も、電気も、事業体である市町村、電力会社が「生産して商品として売っている」ということになるようです。
 それでは、水道料金と同じように管理されてきた下水道料金はどうなるのでしょう?


3.下水道料金   ⇒   地方自治法適用(5年)施設利用としての公法上の債権

 下水道とは:下水を排除するために設けられる排水管、排水渠その他の排水施設(かんがい排水施設を除く)、これに接続して下水を処理するために設けられる処理施設(し尿浄化槽を除く)又はこれらの施設を補完するために設けられるポンプ施設その他の施設の総体を言いますが、下水道料金は、その下水道施設の使用料金であり、水道料金のように水を売るというような物の販売性はありません。また、下水道利用開始の公示がなされた場合には、一定期間のうちに、個人負担での排水設備を設置することになっています。下水道法では、『遅滞なく排水設備を設置しなければならない。』と義務付けられています。下水道法によって供用開始の公示がなされたら、すみやかに排水設備の工事を行い公共下水道へ接続しなければなりません。そして一般排水としての下水道使用料金が発生します。 これは、私法上の契約というより、公法上の債権という面しかありません。
 従って、地方自治法236条の適用で消滅時効は5年と考えられます。公的施設利用としての公法上の債権ということになると思います。
 そうなると、ここでちょっと気をつけないといけない点があります。従来、下水道料金は、水道料金と同時に請求してきていたという地方自治体の実例が多いと思います。
 しかし、水道料金は時効2年、下水道料金は時効5年ですので、債権時効管理が異なりますので、その点に留意しておく必要があります。特に、時効債権を不納欠損処理することがある場合には、下水道料金はまだ不納欠損処理できない場面も出てきますので、すこし管理がややこしくなると思います。
(次回、他の債権についても具体的にみていきましょう。)

以上

地方自治体の金銭債権の管理 「時効管理と回収手続を中心に ② 」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<地方自治法第236条と民法の関係>

 前回に引き続き、地方自治体の金銭債権の管理についての消滅時効の基本部分を説明していきます。

 (地方自治法第236条1項)
 金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利は、時効に関し他の法律に定めがある場合を除くほか、「5年間」これを行わないときは、時効により消滅する。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。


1.地方自治法第236条1項の「他の法律に定めがある場合」というのは、債権法の基本法律である民法や商法なども含まれるのか?という問題です。
 これは、実は、地方自治法236条1項の「金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利」は公法上の債権に限定されるか?私法上の債権も含まれるか?という問題として解決することになります。すなわち、債権の消滅時効は、債権法の基本法である民法では、10年としており、地方自治法は、それを5年原則に変えているのはなぜかという立法趣旨から解釈されることになります。
 「他の法律」に民法も含まれると単純に解釈してしまいますと、地方自治法第236条の5年の時効期間は全く意味のない規定になってしまいます。そこで、地方自治法の言う金銭債権と、民法の規定する金銭債権とは性質が異なるのではないかという考え方が出てくることになります。
 地方自治法236条1項の「金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利」は公法上の債権に限定されるか?私法上の債権も含まれるか?という問題について、結論を先に言えば、私法上の債権は含まれないという結論になります。 (☆但し、後でお話しますが、判例は、地方自治法236条1項の「他の法律の定め」には、民法も含まれるとしています。除外規定の表現として「他に特別の法律がある場合」「他に特別の規定がある場合」とは表現しておらずに、「他の法律の定め」としているからです。これは、民法上の5年より短い短期時効規定が含まれるという趣旨にしか使っていないと考えることもできますが、地方自治法236条1項は、民法の特別規定と考えるのではなく、民法の補充規定として考え、民法の適用の無い場合に適用する、すなわち、公法上の債権の場合の規定だと理解することになるのだろうと思います(私見)。)

 そもそも、公法上の債権の消滅時効については、以下の通りの理由が考えられます。
① 時効制度の趣旨は、真実の法律関係がどうであろうと、永続した事実状態をそのまま尊重し、これを法律上保護することによって、その上に築かれた法律関係の安定を図ることを趣旨として、「権利の上に眠る者は法的には保護に値しない」こと、長期間の権利不行使によって権利の存在の証拠(立証)が困難となっていくことを理由とする。
② 元来、時効制度は、私法上の制度として発展してきたが、上記の趣旨は公法上の領域でも妥当するものであり、特に公法上の消滅時効に関しては、権利関係の早期確定の要請、財政画一主義の要請に基づき、大量且つ反復して賦課徴収されるものが多く存在するので、私法上の10年の消滅時効期間よりも短くして「5年間」とし、また、時効の援用に関しても画一処理・平等取扱の要請から「時効援用の排除」を規定したものである。
ということです。
 その結果、以下のとおり、形式的に3つのジャンルに分けて、消滅時効を考えるのが妥当ではないかとされています。すなわち、

(結 論)
(ⅰ) 私法上の債権(取引契約行為に基づいて発生する債権)・・・・土地建物売買代金、物品購入代金、工事請負代金等)は、⇒ 民法・商法等の消滅時効の適用となる(民法10年間原則・・・商法は5年)
(ⅱ) 公法上の債権で税等の公法上の法律の定めがある債権は、⇒各法律の規定による。
(ⅲ) 公法上の債権で、公法上の法律の定めがない債権は、⇒地方自治法236条の「5年間」の消滅時効の適用となる。(会計法同趣旨)

2.このような区別をすると、次に、「公法上の債権」と「私法上の債権」の区別は、具体的にはどのようにするのかという問題が生じます。例えば、水道料金債権は「公法上の債権」か?、「私法上の債権」か?というような問題です。
 一般的には、
 ☆ 「公法上の債権」とは、・・・国や地方公共団体が優越的意思主体として命令・強制することで法律関係が形成される場合の法律関係(権力関係)で発生する請求権
 ☆ 「私法上の債権」とは、・・・国や地方公共団体を含めて当事者が対等な意思主体として合意(契約)することで法律関係が形成される場合の法律関係で発生する請求権

という区別があるのですが、 実は、かかる定義でも、両者には、区別できそうで区別ができにくいという債権が多々あるのでやっかいなんです。例えば、国や地方公共団体が、公の施設や財産を管理し、事業を経営し公共的役務を提供し、国民・市民に給付・供給する「公共料金」と通称呼ばれている債権関係は、私法的側面がありながらも公共の福祉の見地からの公法的側面も有しているということが考えられるのです。「水道料金」債権はどうでしょうか?公共の水道施設の使用料として公法的側面を有しているようにも考えられます。「下水道料金」債権はどうでしょうか・・・。
 また、更にやっかいなのは、判例は、必ずしも通説の区別基準によらずに、実質的な債権の内容によって判断をしている傾向があり、理論的に明確にしにくいというのが現状なのです。
 そこで、次回に、判例事案を通じて、具体的な債権が「公法上の債権」か、「私法上の債権」かの視点で検討していきましょう。(新年へ続く)

地方自治体の金銭債権の管理 「時効管理と回収手続を中心に ① 」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<地方自治体の金銭債権債務の消滅時効の原則規定>


1.地方自治体の管理徴収する金銭債権は、税金を始め様々なものがあります。法令に定められたものも多数ありますが、ある地方自治体では、条例を制定して特殊な貸付制度を設けたりしているところもあります。給食費未納問題・奨学金未返納問題を目の当たりしますと、自治体がいかに多種多様な金銭債権の管理徴収をしていることは理解できると思います。
 問題は、そのような多種多様な金銭債権を、100%徴収・回収を目指して、消滅させずに、どのように管理し、どのような手段で徴収・回収していくかという方法論を身に付けなくてはならない時代になっているということです。(昨今、地方自治体の金銭債権の消滅時効について、その期間を知り、管理基準とする必要があるのではないかという問題意識が生じていますが、この点については、「しぶき297号の法律相談室コーナー」で殿所哲先生(弁護士)が「行政の現場における危機管理20」ということで、債権消滅時効に触れておられますので、参照していただければと思います。)
 各自治体・各団体共に、債権の時効管理については、各部署でそれぞれ法令に従って管理されているようですが、担当職員は3年から5年の間隔で各部署への移動がなされるようですので、各部署各部署での管理だけで十分だろうかいう疑念もありますので、一度、基本的な考え方を知っておくのも悪いことではないと思いますし、統一的な時効管理一覧表等の作成にも努めていただくとよろしいのではないかと思います。
 なお、平成20年7月に、東京弁護士会自治体債権管理問題検討チームが「自治体のための債権管理マニュアル」、平成22年11月に大阪弁護士会自治体債権管理研究会が「地方公務員のための債権管理・回収実務マニュアル」という本を出しております。それぞれ、自治体の複雑な債権関係を要領よくまとめた内容になっていますので、参考にされるとよろしいかと思います。

2.自治体の債権債務関係の消滅時効に関する基本条文
 まず、地方自治体の金銭債権に関する消滅時効の条文としては、地方自治法236条が基本になります。

【地方自治法】
第236条 金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利は、時効に関し他の法律に定めがある場合を除くほか、“5年間”これを行わないときは、時効により消滅する。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
2 金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利の時効による消滅については、法律に特別の定めがある場合を除くほか、“時効の援用を要せず”、また、その利益を放棄することができないものとする。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
3 金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利について、消滅時効の中断、停止その他の事項(前項に規定する事項を除く。)に関し、適用すべき規定がないときは、“民法の規定を準用する”。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
4 法令の規定により普通地方公共団体がする納入の通知及び督促は、“民法第153条(前項において準用する場合を含む)の規定にかかわらず、時効の中断の効力を有する”。

 これは、地方公共団体の債権債務に関する規定ですが、国の金銭債権債務については、会計法第30条、31条に同趣旨の規定があります。 国や地方自治体の金銭債権・債務の消滅時効は「5年」であるということになります。

3.消滅時効(5年)の例外
地方自治法236条1項によれば、「他の法律に定めがある場合」は、その法律の定める時効期間となりますが、「他の法律に定めがある場合」というのが非常に多いということで、自治体現場では、全体的に整理しにくいという問題点があります。
他の法律の定めを何例かピックアップすると以下のような法律があります(分かりやすくするために省略や追記をした箇所があります)。

【地方税法】
 (地方税の消滅時効)
第18条 地方団体の徴収金の徴収を目的とする地方団体の権利(「地方税の徴収権」)は、法定納期限の翌日から起算して“5年間”行使しないことによって時効により消滅する。
2 前項の場合には時効の援用を要せず、また、その利益を放棄することができない。
 
 (時効の中断・停止)
第18条の2 地方税の徴収権の時効は、次の各号に掲げる処分に係る部分の地方団体の徴収金につき、その処分の効力が生じたときに中断し、当該各号に定める期間を経過した時から更に進行する。
(1)納付又は納入に関する告知-その告知に指定された納付又は納入に関する期限までの期間
(2)督促-督促状又は督促のための納付若しくは納入の催告書を発した日から起算して10日を経過した日までの期間
(3)交付要求-その交付要求がされている期間

 (還付金の消滅時効)
第18条の3 地方団体の徴収金の過誤納により生ずる地方団体に対する請求権及びこの法律の規定する還付金に係る地方団体に対する請求権(「還付金に係る債権」)は、その請求をすることができる日から“5年間”を経過したときは、時効により消滅する。

【国民健康保険法】
第110条 保険料その他この法律の規定による徴収金を徴収し、又はその還付を受ける権利及び保険給付を受ける権利は、“2年”を経過したときは、時効によって消滅する。
2 保険料その他この法律の規定による徴収金の徴収の告知又は督促は、民法第153条の規定にかかわらず、時効の中断の効力を生ずる。

【土地改良法】
第39条7項 (土地改良区が賦課金、延滞金、過怠金の納入未払者分の徴収依頼を市町村にしてきた場合の、その徴収金の)その時効については、国税及び地方税の例による。(5年)

【道路法】
第73条5項 負担金等(この法律、この法律に基づく命令若しくは条例又は処分により納付すべき負担金、占用料、駐車料金、割増金又は料金)並びに手数料及び延滞金を徴収する権利は、“5年間”行わない場合においては、時効により消滅する。

  おおよそ例外規定としての特別法の規定は、消滅時効期間としては、2年か5年の定めをしているようです。

以上

高齢者と法律  「トラブル発生の未然防止策 ①」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 私どもが今後の訴訟社会(法的社会)で安全に生活していくための方法や具体例のお話しを、特に高齢者が遭遇し易い事例を中心に、数回に分けてしていきたいと思います。 市町村職員の皆さんも、自分の地域の高齢者が被害に遭わないように、高齢者被害防止策を心がけて欲しいものです。

【訴訟社会・法的社会とは】
 社会内のトラブルを裁判によって法的に解決しようとする傾向の強い社会、また、一般に訴訟が多く日常的である社会を指します。我が国が規制緩和政策を基本に自己決定・自己責任原理の社会を目指す方向になれば、トラブルは自分で解決しなければならなくなるので、訴訟社会へ移行していくことになります。

    

1. 高齢者を狙う詐欺的商法や振り込め詐欺(俺々詐欺)

(1)高齢者社会と高齢者の貯蓄資産

 今、日本は超高齢化社会と言われています。高齢化社会とは、総人口に対する65歳以上の老齢者人口が多数を占める社会をいうのですが、その割合が7%~14%だと高齢化社会、15%~20%だと高齢社会、そして21%以上だと超高齢社会といいます。日本は、昭和45年に高齢化社会、平成6年に高齢社会となり、つい最近の平成19年に超高齢社会となりました。今では、5人に一人以上が65歳以上であるという人口比率になっています。団塊の世代(1947~49 年生まれ)が65 歳に達する2012~14 年には国民の4人に1人が65 歳以上の高齢者となる見通しです。
 また、少し古いですが、私の手元にある「平成17(2005)年完全生命表」によると、平均寿命(0歳における平均余命)は、男78.56年、女85.52年となっており、年金生活が13年~20年くらい続けられる時代になっていますし、高齢者人口のうち、男性の8%、女性の18%が独居生活をしているとの統計結果(平成18年高齢者白書)もあります。
 そして、最も重大な要素は、高齢社会と同時に少子化社会(出生率の低い社会)になっていき、高齢者層の年金制度が維持されていくと、家計の貯蓄が高齢者に集中する構図が一段と進む見通しであるとされています。
 すべての団塊の世代が60歳となる09 年には、60 歳以上の世帯が保有する貯蓄額のシェアは60%程度まで上昇していき、高齢者ほどお金を持っているという社会になっていきます。
 高齢者がお金持ちになるというより、若い人の負担が大きくなり、若い層の人がお金が無いという状態になるので、高齢者層がよりお金をもっているように見えるということでしょう。


(2)高齢者をターゲットにした悪徳商法

 高齢者が多くなり、その高齢者がお金を持っているということになれば、市場原理として高齢者がビジネスや商売のターゲットとなるのは当然だということになります。高齢者の生活に必要な商品開発や商品販売が盛んになることは好ましいことですが、高齢者の知識不足や判断不足に付け込んだ「悪徳商法」が横行しています。訪問販売などでの押売り商法などがその典型例ですが、二、三紹介しましよう。

①点検商法
 ある日、70歳一人暮らしの太郎さんの家に、リフォーム業者が訪ねてきて、「福岡からきた○○工務店です。うちはシロアリ防除資格がありまして、今回、九州一円の宣伝活動として、宮崎地区を担当して、無料で床下の点検サービスで近所を廻ってます。お宅の床下の点検も無料でしますので、いかがですか?」と宣伝して、床下に入って点検し、「シロアリに蝕まれていますね。」とポロライド写真を見せて、薬剤貼付と薬剤散布を20万円で勧められたので、現金で支払って工事してもらうことにした。薬剤は即日床下に散布された。後日、花子さん宅を立てた大工さんに話をしたところ、床下の点検をしてもらったが、シロアリ腐食箇所はまったく無かった。騙されたが、業者の連絡先もわからず、名刺や領収書の住所にはその会社は存在していなかった。

 これは、「点検商法」と言って、サービスで点検してあげますということで信用させ、点検して問題点を指摘して、自分の買わせたい修理商品や補正剤などを売り込むやり方です。特に地元業者を語らず都会の業者であるとすることが多く、その点で不審な点があるのですが、専門家による点検がサービスならば、誰でも受けたくなるという心理を利用しているものです。また、よその会社であることに疑問を持たれたら、その地元の有名業者を調べていて、「現在、宮崎地区の連携業者として、○○建設ともお話しをしている会社です。」と地元業者の名前を勝手に使って、その信用を利用することなどをしたりしています。
 この商法は、虚偽の事実を告げて契約させていますので、民法96条の詐欺として取り消し、又は特定商取引法に基づき契約日から8日以内にクーリングオフ(無理由解除)をして、代金額20万円を返してもらえるはずですが、業者名や担当者の所在が明らかでないとそのような請求すらできない状態になります。警察に詐欺被害として被害届をするだけで泣き寝入りになる可能性が高いです。

 (次回の「②見本商法と次々商法」へ続きます。)

以上

高齢者と法律  「トラブル発生の未然防止策 ②」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 前号に引き続き、高齢者の知識不足や判断不足に付け込んだ「悪徳商法」の例を検討していきましょう。

②見本商法と次々商法(つぎつぎしょうほう)

 ある日、70歳一人暮らしの花子さんの家に、リフォーム業者が訪ねてきて、「屋根や壁などの細かな修理をしている会社で、この近所の家を見て廻っています。お宅の屋根をみましたら、そろそろ葺き替えなどのご注文はないかと思ってお立ち寄りしました。」と申し込んできました。断わったら、「じゃあ、うちの会社のパンフレットだけでもみてください。屋根や壁だけでなく、水周りの工事もしていますから。」と置いて行ったので、悪徳業者でもないみたいだと感じていました。
 一週間くらい経って、同じ業者が、若い従業員を同伴して「うちの若手従業員の研修として、サービスで水周りの点検作業をさせていただいております。お宅の水周りの点検を研修としてさせていただけませんでしょうか?」と依頼してきたので、花子さんも無料ならどうぞお願いします。」と承諾しました。点検の結果は、水漏れはないが、水道管と風呂の排水管が腐食しているので替え時だという結果であったが、お一人の判断では難しいでしょうから、今すぐに管の取替え工事をするというわけにもいかないので、工事される場合には、うちの会社に頼んでいただくとありがたいです。」と言って、素直に帰っていきました。
 その二日後に、電話連絡が入り、「お宅の水周りの件ですが、管の取替え工事をしないで、お風呂全体を取り替えてみませんか?丁度、明日からキャンペーンが始まり、お風呂のモニターとして、お風呂の宣伝写真を撮らせてもらったりして宣伝モデルになることを了解していただける契約をすれば、ものすごくいいお風呂が、格安で設置できますし、配管工事も無料ですし、サービスで水周りの管の取替えもできます。お伺いしてお話しを聞いてもらえませんか?」と申入れがあり、信用できる親切な業者さんとのイメージを持ち始めていたので、訪問してもらって、200万円の契約を150万円にしてもらい、業者の持参したローン契約書で契約して、風呂の改修工事をしてもらいました。
 その後、その担当者は、風呂の掃除をしてあげたりしながら、「風呂工事の際に床下点検をしましたが、耐震構造になっていないので、家が危険な状態です。あなたの身の安全のために、耐震構造の処置ができる友人を連れてきます。相談してみてください。」と言ってきて、翌日、その友人が「やはり危険な状態なので、床下工事したほうがいいですね。耐震部品を付ければ、30年くらいは地震にも問題ない構造になります。」と説明して、耐震部品の購入と付加工事をローン契約しました。
 その工事が済んだら、担当者が、お風呂のモニターの話をするとの口実で、工事の御礼やお土産のお菓子などを持ってきたりして頻繁に花子さんの話し相手になったりしていました。花子さんは、地震の心配をしてくれたり、お菓子を持ってきたりしてくれるので、すっかり信用するようになり、ある日、「おばあちゃんも、子供夫婦やお孫さんとなかなか会えないで、独り生活は寂しいですね。」と慰められて、その担当者が「やはり、家は屋根が命です。最初お知り合いになったのも、家の屋根が気になったからです。屋根の葺き替え工事をしましょう。床下の耐震だけでは、まだ不安が残りますので、独り暮らしのおばあちゃんのためには、万全を期したほうがいいですよね。」と屋根の改修工事を持ちかけてきて、ローン契約は二つもしているので、預金や蓄えから500万円ほど都合してもらえれば、家全体の悪いところの修繕もしますということで、屋根修理契約をして、預金から500万円を支払いました。
 しかし、工事内容は、屋根の葺き替えではなく、瓦の塗装を塗り替えるだけの杜撰な工事で終っていたこと、風呂の工事も、耐震床下工事も、通常の5倍~10倍の代金でのローンを組まされていること、業者の所在地には業者がいないことが消費相談で判明しました。

 これは、見本商法に始まり、一度の契約をすると短期間に次々に不要な契約をさせて商品や工事を購入させる「次々商法(つぎつぎしょうほう)」の例です。

 このような冷めた親子関係にある独居高齢者を悪徳商法のターゲットにするマニュアルがあるようです。それによれば、

 A まず、独り住まいの高齢者の家に上がり込む方法を考える。サービス・無料で信用させ、最初から無理強いはしない。

 B 家に上がり込むことができたとしても、自分からは話さず、高齢者の話相手になって話を聴いてあげる。

 C 子供さんの代わりに高齢者の生活を心配して、専門業者として助言しているように思わせる。

 D 危険を誇張して、早急に工事したりする必要があると思い込ませる。

 E 短期間に次々と契約をしておく。

 F 高齢者が信頼するポイントは、

  ⅰ>掃除をしてあげる。

  ⅱ>お土産を持参する。

  ⅲ>擬似親子関係をつくる(「実際の子供さんの代わりに」と説明する。)とされています。

 このマニュアルには、今の日本の独居高齢者の心の隙間を悪用する意図が表れています。
 他方高齢者のほうには、騙される寂しさがあり、騙された結果、実の子供に叱責される姿が想像されます。唯一の蓄えも使って、家を修繕したのは、実の子への相続財産の補完でもあったはずなのに、その子から怒られる。「自分の蓄えを自分の判断で使って何が悪い!」と内心で自分を慰める高齢者の心情も窺えます。
 最終的には、高齢者は、時間が過ぎていけば契約時のことを忘れてしまい、契約書自体も失くしたりしていて、面倒くさい解決手続も嫌う傾向にあります。そこで、泣き寝入りする場合が多くなります。ここに、悪徳業者が高齢者を狙う理由のひとつがあります。  (次号に続きます。)

以上

高齢者と法律  「トラブル発生の未然防止策 ③」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 悪徳商法への未然防止策としては、具体的な被害例を聞いておくことが有効ですので、前号・前々号に引き続き、高齢者の知識不足や判断不足につけ込んだ「悪徳商法」の例を検討していきましょう。
 今回は「利殖商法」の例です。

③利殖商法

  1.  高齢者は3つの大きな不安 = 「お金」の不安、「健康」の不安、「孤独」の不安を持っていると言われています。それゆえに、この3つの不安を解消してくれるような話(商法)には、関心を持ってしまい騙される傾向があります。
     「お金の不安」は、手軽にお金が増えるというようなマルチ商法や利殖商法に騙される素地を作っており、「健康の不安」が健康布団や健康薬品等の訪問販売に騙される素地を作っており、「孤独の不安」は、次々商法や催眠商法に騙される素地を作っています。

  2.  特に、老後の蓄えで生活している高齢者は、「お金の不安」から、まだ蓄えに余裕がある時期に蓄えを増やしておこうという投機的な利殖商法に騙される傾向があります。
     利殖商法は、昔から、天下一家の会のねずみ講事件に始まり、有名なのは、金のペーパー商法であった豊田商事事件、「円天」という独自紙幣を利用したL&G出資法違反事件、東南アジアでのエビの養殖事業投資を唄ったワールドオーシャンファーム事件など、高利回り・高配当の利殖投資に参加して、蓄えの全財産を取られた高齢者の人たちも多いことは、皆さんもテレビ・新聞のニュース等でご存知のことと思います。

    <利殖商法の具体例>

    「ねずみ講」 ⇒ 「商品の販売は目的としないで金銭の配当だけを目的とするもので、無限連鎖講防止法で禁止されている手法を言います。

    (例):「5万円で会員になってもらえば、その後、新たに会員を2名探して加入させると1万円の紹介報奨金が戻ってきますので、5人会員紹介で元が取れ、その後は会員1人につきお金が入るだけの状態となり儲かる制度です。5万円会員から5人紹介していただいた段階で、100万円会員コース、500万円会員コースに登録することが可能です。集まったお金で○○総裁が世界的に経営している10企業へ融資することで莫大な利益を生むことができるので、このような方法は、私どもだけ可能となっています。」として、最終的には500万円コースに案内し、会員費用500万円を受け取った時点で、会員紹介奨励金をなかなか支払わないようになり、そのうちに、組織が無くなった状態になり、500万円が全く回収できなくなった。

    「マルチ商法」 ⇒ 物品・商品の権利・サービスを組織の上位者から下位者に販売し、更に下位者を会員に入れることで販売利益を連鎖的に得ることができる組織的商法であるのですが、連鎖販売法という方法で、ねずみ講とは、商品が動く点で異なるだけです。特定商取引法により連鎖販売業として規制されていますが、ねずみ講とは異なり禁止まではされていません。

    (例):近所の保険外交員などをしているという女性から、「保険の話じゃないんだけど、いい話があるんですよ。月100万円くらいまで儲かる話があって、会員になると特別価格で健康食品が購入できて、それを知人や友人に勧めて売れたらバックマージン(手数料)がもらえて、知人や友人が会員になれば、紹介者として手数料比率が上がって、健康食品を買えば買うほど手数料がどんどん増えていくんですよ。」という話を真に受けて、貯金していた200万円を払って会員になったが、買ってくれる人を見つけられないまま、意味もない健康食品が大量に残り、他の会員を紹介することもできなかった。その女性も行方不明となり、200万円を取り戻すことはできなかった。

  3.  「うまい話にゃ、裏がある。」という話ですね。人間には限りなく欲というものがありますので、利得商法(もうけ話)には、特に気をつけなくてはいけないと思います。最初にお話しましたように、「不安」があるので、不安を解消し安心したいために、つい騙されてしまうということですから、悪徳商法にひっかからないためには、三つの不安の安全な解消法を探すことです。そもそも三つの不安を持たないのが一番いいのですが、それぞれが根本的な不安なので、宗教的に悟らない限り誰しもが不安を持たざるを得ません。このシリーズの後半で「未然防止策」を書く予定ですが、細々とした防止策よりも、まずは「高齢者は自分1人で判断しないこと」そして「高齢者を1人にしないこと(高齢者を孤独にしないこと)」が重要です。

以上

高齢者と法律  「トラブル発生の未然防止策 ④」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 引き続き、高齢者の知識不足や判断不足に付け込んだ「悪徳商法」の例を検討していきましょう。
 東日本大震災が起こる前の平成22年暮れ頃から、「タイガーマスク」「伊達直人」などと名乗る人から、児童養護施設などに善意のプレゼント運動(タイガーマスク運動と呼ばれ始めました)が続いていますが、現実の社会の中では、そのような福祉への善意を逆手に取るような悪徳商法もあることを知っておきましょう。福祉を語るエセ福祉詐欺商法などです。その方法として、自宅に訪問してこないで、電話等で勧誘して契約させる悪徳商法が利用される場合があります。ひどい例では、電話もしないで、突然、高価な本や商品を送りつけてくる場合もあります。「送りつけ商法・ネガティブオプション」とも呼ばれています。今回は、その話をしましょう。

④電話等による「送りつけ商法」
(例) : ある日、70歳一人暮らしの次郎さんの家に、身に覚えのない会社から小包みが送られてきた。不審に思いながら、包みをあけてみると、「あなたの思いやりで、困っている人に盲導犬・介助犬をプレゼントしましょう。盲導犬・介助犬の飼育事業・訓練事業を立ちあげるために、同封のハンカチを購入していただける協力者を求めています。5000円で購入いただくことで、あなたの行為で、何人もの身体不自由な人が救われることになります。」と振込用紙が同封されていました。
 次郎さんは、不審に思いながらも、福祉事業への協力なら少ない生活費から無理してでも協力しようと5000円を送金しました。
 その後、すぐに、同じ会社から、北方領土返還運動の協賛事業であるとの説明書を同封した豪華本の小包みが送られてきて、「5万円の口座振込請求書」が同封されており、「福祉事業の多くの方々にもお買い上げいただいています。お読みになって不要な場合には、1週間以内にご返送ください。代金の支払いもなく且つ本の返送がない場合には、お買い上げいただいたことになります。」との説明が書いてあった。
 次郎さんは、面倒くさいことは嫌なので、代金の支払をしようと思っています。


<対応の仕方>
① 相手側の仕組み
 この次郎さんの例の場合には、最初のハンカチの「送りつけ商法」は福祉事業団体を仮想した虚偽の説明をしているものだと思います。まともな福祉事業団体であれば、普通は、チラシ送付かダイレクトメールなどで購入案内をして、申し込んだ人に品物のハンカチの送付をするはずです。ハンカチを購入しない場合の返送文言もなく送りつけるだけの方法ですから本当は非常識なやり方ですが、逆にハンカチはプレゼントと思わせて、善意の寄付金を求めているような形式を取っています。
 また、送りつけ商法とまではいかない段階で、同封のハンカチをそのまま貰っている人のほうが多いかもしれませんが、これは、業者のほうでは多くが送りつけたままで終ることも覚悟した「駄目モト商法」というもので、払ってくれるものが一人でもいれば、それはそれで損はしないということを計算しているものです。
 そして、このハンカチ購入をした人(代金を振り込んだ人)に対して、その情報に基づいて、今度は本気で「送りつけ商法」を始めるのです。業者から見ると、ハンカチを購入した人は真面目でお金のある人なわけですから、社会福祉や国の政策への協力に嫌とは言えないやさしい人として見抜かれて、今度は、断れないような正義事業の名目で、高額な本の購入を求めるのです。後の「豪華本」は完全な「送りつけ商法」です。

② 対応方法とその基礎知識
 ここでの相手方の説明書には、法律上は完全に間違っていることが書かれてあります。「代金の支払いもなく且つ本の返送がない場合には、お買い上げいただいたことになります。」との記載です。法律上は、勝手に送られてきた本を1週間以内に返送しなくても、買ったことにはなりません。
 物の売買契約は、売ろうとする「申込」に対して買おうとする人が「承諾」をすることで契約成立となります。業者が本を送りつけたことは、本の売買の申込であり、こちらはまだ「買う」という承諾をしていません。本の売買契約は成立しないままで、本がそこにあるというだけで、契約成立で発生する代金支払義務は全く発生していません。「本の返送がない場合には、お買い上げいただいたことになります。」という文言は全くの嘘です。次郎さんは、本の代金を払う必要は全くありません。
 じゃあ、手元にある本はどうすればいいのか? ということですが、本はまだ送り主である業者に所有権が残っていますので、次郎さんは勝手に処分できません。しかし、法律(特定商取引法)で、送付されてから14日経過した後(返還請求の連絡をした場合には、請求から7日が経過した後)には、こちらで勝手に処分できるとの規定がありますので、次郎さんは、その本を捨てて構いませんし、送り返さずに自分の手元にそのままにしておいても構いません。  なお、自分の手元に置いていたり、捨てたりするのは気持ちが悪いと思う人は、相手方の着払いでもこちら払いででも、相手方に返送すること自体は何ら問題ありませんので、送り返すことも当然できます。


以上

高齢者と法律  「トラブル発生の未然防止策 ⑤」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 高齢者をターゲットにした悪徳トラブルとして、日本の社会で大きな問題となっているのが「振り込め詐欺」(「オレオレ詐欺」とも言われていました)です。我が国に、そのような犯罪行為が蔓延してきた背景からお話しましょう。

⑤電話等を利用した詐欺(俺々詐欺)~駄目もと請求商法
 電話や郵便を利用した詐欺として、「駄目もと商法」というようなものがありました。 これは相手方の姿が全く見えないという特徴があります。(前話の「送りつけ商法」はある程度会社事務所は明らかにしている場合があります。売買契約をしているという口実で代金を請求しますので、犯罪にまで至る場合が少ないので、ある程度身元を明らかにしています。)
  「駄目もと商法」というのは、駄目でもともという意味で、次のような方法で詐欺をしてきます。

  1.  若い人をターゲットにして、「インターネットのサイト接続代金の債権を買い取りました。サイトに接続した利用代金がまだ未納のままです。明日までに、2万円を振り込んでください。振り込まない場合には、職場や自宅に直接に取り立てに伺います。」とか、「裁判で強制執行します。」などと架空の請求をはがき等でしてくるものです。
     インターネットを使用している人は、どこか変なサイトに間違って接続したかなあという思いとか、人には言えない恥ずかしいサイトに接続したことが公になるのは嫌だなあという思いから、2万円くらいならいいかと思って払ってしまいます。
     これは皆が皆払ってくるものではないんですね。インターネットに詳しい人は全くの虚偽の請求だと思いますし、インターネットを利用していない人は全く払うことは考えないでしょう。自分で思い当たるような人だけが払ってくるのですが、請求者は、それほど費用をかけないで請求しているのですから、払ってくれる人が多ければ多いだけ儲かるだけです(1枚のはがき代だけで2万円入るのですから)。はがきを送った人から全部振込がなくても、数人から振込があれば大儲けになるのです。必ずしも全員からもらう必要はなく、もともと駄目な人(詐欺にひっかからない人)もいることを予定していることから、「駄目もと商法」と言います。
     これは、詐欺の刑事犯罪ですから、電話をかけてきたり、メールや郵便を送りつけてきたりして、脅し文句をいうだけで、自分の素性は全く明らかにしないのです。これに払うと相手の素性も住所も分かりませんので、後で取り戻すことは全くできません。相手が誰か特定できないからです。幽霊みたいな輩たちです。

  2.  これと同じような高齢者をターゲットにしたのが、俺々詐欺に始まる「振り込め詐欺」です。
     ある日、突然電話で「もしもし、おばあちゃん。俺だけど。今、車で交通事故を起こして相手方が怪我していて、示談しないと警察に連れて行かれてしまう・・・。」と孫のふりをして、示談金を高齢者に振り込ませる詐欺のことです。
     数年前「よしもとお笑いExpoイン宮崎」の大阪吉本漫才を家族で観に行ったときに、東京ダイナマイトかアップダウンという漫才師が「俺々詐欺」のネタで漫才をやっていました。 ~~「オレオレ」っていう電話がかかってきたら、こちらも「オレオレ」って答えるんだって。普通は、電話先で「もしもし」で始まって、こちらも「もしもし」って答えるんだから、相手が「オレオレ」って言えば、こちらも「オレオレ」って答えるのが正しいとかなんとか言ってました。更に、「おじいちゃん?」って聞いてくれば、「森に芝刈りに」と答え、「おばあちゃん?」って相手が聞いてくれば、「川に洗濯に」って答えればいいそうですよ(笑い話として)。~~

  3. このような振込め詐欺は、様々なパターンがあります。   
    • * 交通事故・示談や裁判費用を装うパターン(孫・警察官・弁護士を語る)
    • * 定期交付金の振込み手続の代行を装うパターン(市役所職員を語る)
    • * 税金の還付手続を装うパターン(税務署職員を語る)
    • * 浮気の代償を装うパターン(相手方の男・暴力団・弁護士を語る)
    • * 借金の債権譲渡を装うパターン(債権回収会社・債権回収機構を語る)
    • * 借金返済の保証貸付けを装うパターン(金融会社や保証会社を語る)

 これらの詐欺集団は組織的に動いています。携帯電話を用意する人間、個人情報名簿を用意する人間、電話を担当して請求する人間、振り込まれたお金をすぐに引き出しに行く人間、他人名義の預金通帳を用意する人間などが、まるで正当な仕事をしているみたいな感覚で詐欺をしています。
 警察の捜査で何人かが捕まって刑事裁判になって、弁護人として弁護する場合もありますが、彼らは「騙すのが悪いというより、騙される人間がうじゃうじゃいることが途中で楽しくなる。」という異常な感覚でやっているのですから、弁護をしていて愕然とします。警察で逮捕してくれない限り、騙されて振込んだ大金は戻って来ないのがほとんどです。
 法律の方も、この様な犯罪を防止するために、自分の預金通帳を他人に貸したり売ったりする人も犯罪として処罰する法律(本人確認法、又は、犯罪による収益の移転防止に関する法律)を作りましたし、犯罪に使用されている預金口座を凍結する制度も作り、口座に残った被害金を被害者に分配する制度(犯罪被害財産等による被害回復給付金の支給に関する法律)も作りましたが、犯罪者側が、振り込ませたらすぐに引き出すということを組織的にしていますので、この制度でも、あまり返金されることはないようです。 (次号から:対策についてお話します。)  


以上

高齢者と法律  「トラブル発生の未然防止策 ⑥」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<高齢者をターゲットにした悪徳商法に対する解決策や対策>

 今回から、高齢者をターゲットにした悪徳商法に対する解決策や対策について、お話していきましょう。

  1. 生活上の心構え
     「高齢者の生活の三大不安は、「お金」「健康」「孤独」であり、「お金の不安」は、手軽にお金が増えるというようなマルチ商法や利殖商法に騙される素地を作っており、「健康の不安」が健康布団や健康薬品等の訪問販売に騙される素地を作っており、「孤独の不安」は、次々商法や催眠商法に騙される素地を作っている」と、このシリーズでお話ししたことがあります。
     まずは、次のように考えましょう。「自分の不安は、自分だけの不安ではなく、他の人も同じ不安を持っています。自分だけで不安解消するのではなく、みんなの力で不安を解消していきましょう。遠慮は要らないのです。」・・・このことをしっかり認識しておく必要があります。その上で、一番大切なことは、高齢者が孤独にならないことです。誰か信頼できる近所の方や身内の方(当然、公的な立場にある民生委員の方々も)に、何でも気軽に話せるような生活環境を作っておくこと、高齢者の周りの人はそのような生活環境を作ってあげることが第一です。

  2. 「財布を守る」秘訣
     消費者生活センターで、悪徳商法から高齢者を守るキャッチフレーズが出されています。
      「さいふをまもる」という次のようなキャッチフレーズです。
    • 「さ」誘い文句にのせられない。
    • 「い」家の戸、財布にも鍵かけて
    • 「ふ」不審な人には戸を開けない。
    • 「を」お断りをいたしましょう。
    • 「ま」まずは、家族や消費者生活センターに相談し
    • 「も」もしもの時に備えて成年後見
    • 「る」留守番でも一人暮らしでも大丈夫。

     このキャッチフレーズを紙に書いて、玄関ドアやインターホン受話器前の壁などに、貼っておいて、常に意識する訓練をしておきましょう。

  3. もうひとつの対策の工夫
     悪徳商法をしてくる輩(やから)は、「悪人」であり、昔話の「桃太郎」で言えば「鬼」です。悪徳商法を撃退することは、ちょうど「桃太郎の鬼退治」みたいなものです。そこで、私なりに「桃太郎方式撃退理論」を考えてみました。
     悪徳商法の輩を退治するには、桃太郎と同じように三匹の味方、三匹の家来が必要だと思います。桃太郎は、犬、雉(キジ)、猿の三匹の家来を連れて鬼退治に行きました。ところで、なぜ、牛やクマやライオンではなくて、「犬、雉(キジ)、猿」の三匹だったのでしょう?
     実は、これには、中国儒教や風水学の考えが生かされているようで、「犬」は「仁」(おもいやり、誠実、)の意味があり、「雉(キジ)」は「勇」(勇気、正義)の意味があり、「猿」は「智」(知恵、知識)の意味があるとされ、悪を倒すには、「思いやり」と「勇気」と「知恵」があれば倒せるという教えを表しているという解釈があります。
     そこで、高齢者、特に一人暮らしの高齢者には、次のような意味での「犬、雉(キジ)、猿」の三匹の家来を持つことをお勧めします。
    (1)犬【忠誠・誠実】 ⇒ 日ごろから、近所の人や民生委員などお世話をしてくれる人と仲良くしておく。
    (2)雉(キジ)【勇気・正義】 ⇒ 悪い人には泣き寝入りしない。嫌なものははっきり断わる勇気を持つ。
    (3)猿【知恵・知識】 ⇒ 色々なことを知るように努めて知識を持ちましょう。弁護士 などの専門家へ相談する。
     これで、あなたも、立派な「桃太郎」になれるはずです。

 そこで、次回は、「桃太郎式撃退理論」の各論(具体的撃退方法)として、「猿(智恵)」のお供としての悪徳商法対策の具体的方法をお話していくことにしましょう。


以上

高齢者と法律  「トラブル発生の未然防止策 ⑦」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<高齢者をターゲットにした悪徳商法に対する解決策や対策>

 今回は、先月の「桃太郎式撃退理論」の各論として、「猿(智恵)」としての悪徳商法対策の具体的方法をお話しましょう。

 基本的な対処方法としては、

 〈ⅰ〉予防方法(未然防禦 みぜんほうぎょ)~「契約をしない方法」と、

 〈ⅱ〉事後対処方法~契約をした場合の取り戻し方法」~がありますが、契約をした後の事後対処方法は、相手方の所在がわからないか、会社の実態が全く不明という場合がほとんどですので、被害金を取戻すには相当な困難が伴います。

 まずは、予防方法(未然防禦)~「契約をしない方法」を身に付けておいたほうがよいと思います。


1.自宅訪問販売に対する対処方法
 まず、高齢者の一人暮らしでの訪問販売への対応手段としては、鍵をかけて訪問販売を断わる・家に入れないということが第一なのですが、日常生活の中で全く第三者に対応しないというのも寂しい限りですから、つい対応してしまいます。
仮に、訪問販売者と対応しても、次のように意識しておく必要があります。


ⅰ>訪問販売者か否かの確認と判断基準
 特定商取引法3条に関する通達では、まず突然に居宅を訪問する場合には、「玄関口から」インターホン等で冒頭に「事業者名」「勧誘目的であること」「商品名」を告げなければならないことになっています。予め、電話で訪問の約束を取り付ける場合でも、電話口で「事業者名」「勧誘目的であること」「商品名」を告げなければならないことになっています。無関係な話題で居宅に入り込んで売り込みをした場合には、特定商取引法3条の明示義務違反となり、別途、住居侵入罪になる可能性もありますので、無関係な話で入り込んで、その後に、商品販売の話をした人には、「あなたは法律違反だ!」と告げることもできます。
 訪問販売者か否かの区別は、訪問者が名乗るかどうかで区別できる建前になっていますが、悪徳業者ほど名乗らずに、関係のない話で家に入り込んで、家に入ってから突然売りつけようとしますので、結局は、訪問販売だと告げない人も知らない他人は家には立ち入らせないということが一番賢明な方法だろうと思います。


ⅱ>訪問販売者と知らずに中に入れてしまった場合の対処方法
 こういう場面は、無関係な話で入り込んで、その後に、商品販売の話をしてきた場合ですから、まずは、「貴方のやり方は、法律違反ですね。」と強く言って、帰ってもらうこともできるでしょう。
 法律違反かどうかは、販売員も研修を受けたりして法律の聞きかじりをしていますので、それだけでは太刀打ちできないかもしれません。そういう場合には「息子に相談してからにします。」「相談にのってくれる友達に話してみてからにします。」「民生員の人に相談することになっていますので」と他人の意見を聞いてからでないと契約しないという態度を示すことがいいと思います。
 「印鑑がないので」という拒否の仕方では、クレジット契約などは三文判でも通用していますので、販売者側は「サインだけでもいいんですよ。印鑑は、私のほうで印鑑屋さんで買い求めて押しておきます。」な~んて言ってくるので、あまり有効ではありません。


ⅲ>契約をしたくない場合
 商品に興味があって家に入れてしまったが、値段や商品の種類が気に入らないので、断わってもしつこく勧めてくる場合が、対処が難しいと考えている方も多いと思いますが、相手方訪問販売者が、法律違反をしていないとしても、実は法律違反をしていることになります。
 特定商取引法6条3項で、契約を締結させるために人を威迫させたり困惑させてはならないとされています。また、省令7条1号では執拗に勧誘を継続する行為については「迷惑を覚えさせる行為」として違法としていますし、帰って欲しいと退去を求めたのに帰らない場合には刑法130条の不退去罪(懲役3年以下、罰金10万円以下)になりますので、「これ以上は、迷惑なので帰ってください。」とはっきり言えば、相手方販売者のしつこく勧めてくる行為は違法な行為になりますので、積極的にご自分の考えを声に出していくことが肝心なのです。更に、「これ以上は警察に連絡します。」「消費者センターに連絡します。」という言葉を言っても大丈夫です。
 要は、「猿」の知恵としても、「雉」の勇気を持って、「言うべきことは言う。」ことが撃退法になるわけです。


2.電話・ハガキでの振り込め詐欺に対する対処方法
 これらへの対処法は、「一人での対応・即断はしない。誰かに相談を!」に尽きます。
 振り込め詐欺の電話やハガキなどへの対策は、目の前に相手方がいる訳ではありませんので、本当は、時間的に余裕のある話なのですが、「今すぐでないと間に合わない。」、「公表されたり、裁判になったりして公になると今の段階で早い解決をするしかない。」という“急がせ文句”必ず付いてきます。自分にも余裕がないほど急がなくてはならないお金の支払いなんて、本当は全くないのです。仮にあるとしても、それはそもそも間に合わない問題にしかすぎません。
 そこで、「今すぐでないと間に合わないお金の支払いはしない!」と肝に銘じておく必要があります。
 そうしますと自ずから自分で考える時間ができるわけですから、信頼できる家族・知人・ヘルパーさんに話して相談する時間もあります。是非、自分以外の誰かに相談した上で、出すべきお金であれば出すという判断をすることを心がけておくべきです。
 相談相手がいないときは、民生委員さんでも、交番でも、相談電話かけていいんですよ。 誰かに相談すれば、「何か変だ。おかしい。」という返事をくれるはずです。一人では対応・即断しないことです。電話やハガキの場合でも、消費者センターの指導格言「さいふをまもる」は使えますので、紙に書いて電話などに貼っておいてください。


<さいふをまもる>

さ・・・誘い文句にのせられないで

い・・・家の戸、財布にしっかり鍵かけて

ふ・・・不審な人には注意して

を・・・お断り上手になりましょう

ま・・・まずは、家族や消費生活センターに相談

も・・・もしもの時に備えて、成年後見制度を利用

る・・・留守番、一人暮らしもこれで安心

 
次回は、事後対策・事後解決策を予定します。

高齢者と法律  「トラブル発生の未然防止策 ⑧」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<事後的対策と解決策について>

 高齢者が訪問販売や振り込め詐欺等の被害にあった場合、事後的に対応する方法もあります。今回は「被害に遭った場合の事後的対策と解決策」についてお話しましょう。


1.高齢者が訪問販売や振り込め詐欺等の被害にあった場合には、泣き寝入りはせずに、悪い人間は許さないという強い意思で法的手続をされることが必要だと思います。法的手続きになりますので、まずは、消費者(生活)センター・弁護士会・警察などへの相談窓口に相談してください。


*宮崎県弁護士会・☎0985-22-2466

*宮崎県消費生活センター   宮  崎 ☎0985-25-0999

        〃         延岡支所 ☎0982-31-0999

        〃         都城支所 ☎0986-24-0999

*宮崎県警 「悪質商法110番」相談窓口 ☎0985-22-8080


2.事後的対応方法の概要だけを簡単にお話ししておきます。 訪問販売で契約した場合には、


① まず、クーリング・オフで契約解消ができますので、この通知をしてください。クーリング・オフのクーリングはクール(Cool 頭を冷やす)の意味で、押しかけられて頭がパニック状態になって契約したものを、頭をクールにしてみたら、要らない商品だったので契約をオフにする(契約をやめる)という制度です。
 普通、契約を辞めたい場合には、正当な理由や相手方の解約理由が必要なのですが、このクーリング・オフは、8日間内の契約解除であればよいだけで、契約を辞める理由は全くいりません。ハガキや封書で、とにかく文書で相手方販売会社へ「契約は辞めます。」「クーリング・オフをします。」と書いて送ればいいだけです。典型書式を下に書いていますので、参考にしてください。
 しかし、大切なことは、その文書の控えをちゃんと残しておくか、又ははっきりした証拠として残すために、内容証明郵便か書留郵便にして通知することです。これは、後で争いになったときに、「8日以内の通知だったか」「本当に通知したのか」を証明する必要があるからです。



<クーリング・オフの通知文書の書き方の例> ※ハガキで出す場合(必ず簡易書留にして、コピーをとっておく)


あて先 〒○○○ 
  ▲県△市××××番地  
         有限会社○○○(××課)  行き
          

               契約の解除通知

 契 約 の日  平成○年○月○日

 買ったもの  ××××××××××××××


 この契約の申し込みを撤回します(契約を解除します)ので、通知します。   支払ったお金を返していただき、買った商品を引き取ってください。



                    平成○○年○○月○○日

                          住 所
                          氏 名            印


② それでは、8日以内に通知できなかった場合には泣き寝入りしないといけないのでしょうか?8日の起算日は有効な契約書が交付されたときからなのですが、その契約書を細かくチェックすると有効要件を具備していない無効な契約書であり、8日間の起算が始まっていない場合もあります。だから、まだ8日が経過していない事も多くあります。
 次に、法的な8日が経過した後でも、消費者契約法違反や民法の詐欺・脅迫で契約自体を取り消したり無効にする方法もあります。ですから、必ず弁護士や消費者生活センターに相談に行かれることをお勧めします。



③ 強引な訪問販売や悪質・高額な販売を受けたときには、刑事上の詐欺罪や脅迫罪になります。振り込め詐欺などは、警察に被害届出をしてください。警察が逮捕してくれれば、いくらか戻ってくる可能性もでてきます。



④ 最後は、行政相談として、その業者を県の消費者生活センターなどに訴え出て、行政処分をしてもらう方法もあります。

 
次回はこのシリーズの最終回の予定です。一人暮らしの高齢者が自分の財産を守る制度の利用をお話する予定です。   以上



高齢者と法律  「トラブル発生の未然防止策 ⑨」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<トラブル発生の未然防止のための成年後見制度・弁護人顧問制度>


 今回は、このシリーズの最終回として、高齢者が、自分の情報不足や判断力不足を悪用されて被害に遭わないように、事前に、情報不足や判断力不足を補ってくれる制度のお話をしましょう。

  1. まず、独居高齢者だけでなく、同居生活を送っていても、日本の孤独化・家庭関係の希薄化の生活関係からして、様々な法的トラブルが当然起こる状況にあります。

     親のサラ金借金・学生である子供のサラ金借金・男女付き合いでの妊娠責任・パソコンサイト接続での出会い系料金・保険なし車の運転による交通事故・会社リストラの突然解雇など様々な法的トラブルが一般の日常的な家庭でも起こってきています。
     このような個別的トラブルが起きやすくなった背景には、平成4~5年までのバブル経済での新自由主義経済の流れと平成10年くらいからの小泉政権下での規制緩和政策・自己責任世界の実現という日本らしくない政策があります。要は、信用と基盤のある会社に許可を出して行政が規制しながら営業させていたものを、規制をはずしてどこの誰でもやっていいということにしてしまったわけです。
     どこの誰でもいいのであれば、どんな商品が売られるかも事前規制できず、どんな商売の仕方でなされるかも規制できず、要は、「国民(消費者個々人)が、自分の判断でいい商品・いい会社を判断しなさい。」という社会なんですね。そうすると、判断する情報や知識のない人は、言われたままの商品を買い、損をしてしまうのではないかという危険があるのですが、それは「自分が判断したんだから、自己責任です。」というわけです。
     老後の介護という視点だけを取って説明しますと、従来は、市町村が国のお金で(予算で)老人の介護施設を作って、介護・保護の必要な老人には、措置として、必要な施設への入所と費用負担をしてくれていました。それに対して、平成12年4月から導入された介護保険制度は、自分の介護は自分の介護保険に保険料として支払っておいて、自分の意思で自由に介護施設と介護契約して代金を払ってくださいという制度になり、自由に判断できない人、自由に契約できない人はどうするんだという問題になりました。この点でも、判断する情報や知識のない人は、言われたままの介護契約を結ぶか、介護を受けないままか、いずれにしても、損をしてしまうのではないかという危険があるわけです。 そこで、法律上、十分に判断できない高齢者のために、弁護士や親せきなどの判断能力の十分な人が補助するという後見人制度を充実させました。

  2. 成年後見人制度とは?

     判断能力(事理弁識能力)の不十分な者を保護するため一定の場合に本人の行為能力を制限すると共に本人のために法律行為をおこない、または本人による法律行為を助ける者を選任する制度です。ドイツでは “世話法” と呼ばれていますが、日本では、旧来の禁治産・準禁治産制度にかわって平成12年(2000年)4月から “成年後見人制度” が設けられました。
     簡単に言えば、高齢者となって、又は病気となって、判断力が落ちたので、親戚の人や弁護士や司法書士さんなどに、相談しながら決めたいときに、家庭裁判所に申し立てて、親戚の人や弁護士や司法書士さんなどを “後見人” (他に、保佐人、補助人も選べます)。に選任してもらうことができます。
     弁護士や司法書士の場合には、仕事としてやっていますので、有料(月3万円~5万円)になります。

  3. まだ健康なうちに、任意成年後見契約制度で弁護士利用を!

     家庭裁判所に申し立てる成年後見は “法定後見” と言って、自分が判断能力不十分とならないと認められないのですが、まだ、健康なうちでも、後見人を選んで後見して欲しいということもあると思います。その場合には、 “任意後見” 契約を公正人役場で公正証書で取り交わすことで、弁護士などを任意後見人とすることもできます。(かつて、私も86歳のおばあちゃんを任意後見して財産管理をさせてもらっていた時期がありました。)
     このような弁護士との任意後見契約は弁護士との契約以外に公証人役場での公正証書手続が必要ですが、これは、やはり弁護士でも悪いことをしてしまう者がいるので、任意後見契約は後見人登録をして公にしておいたほうがいいだろうという考えに基づくものです。そのための手続の負担に面倒な点(弁護士費用以外に公正証書作成費用がかかる、公証人役場に行かないといけない等)があります。

  4. まだ健康なうちに、弁護士顧問契約(ホームロイヤー)で弁護士利用を!

     信頼できる弁護士がいれば、財産管理は任せないでも、「必要なときに相談にのってくれたり、電話で助言してくれたりするだけでも十分だ。」と思う人は、その弁護士と “個人顧問弁護士契約” を結べばいいわけです。会社や事業ではなく、個人としての顧問弁護士契約は、日本ではあまり多く利用されていませんが、今後は増えていくだろうと思います。今のところ、事業をしていない個人の顧問契約の場合には、月5千円~2万円程度の顧問報酬で契約していますので、訪問販売や個人トラブル、諸手続で分からないことをいつでも聞ける個人顧問弁護士がいるということで、弁護士を利用していただくことが便利ではないかと思います。いつも行く病院のお医者さんや往診してくれるお医者さんを「ホームドクター」と言いますが、弁護士の場合も「ホームリーガル」「ホームロイヤー」として駆けつけてくれる、相談相手になってくれる弁護士をつける時代になっているのかも知れません。弁護士個人顧問契約をしておられると、将来の子供たちの財産争いを防止する意味での「遺言書」の作成相談や遺言書の保管もしてもらえるメリットもあります。
     私の事務所も、私以外に弁護士スタッフ1名、事務スタッフ3名がいますので、個人顧問弁護士契約はどしどし申し付けていただいても構いませんよという宣伝を最後にしておきましょう。

以上

「行政に対する反対署名簿に関する調査行為の適法性」(1)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 行政に対して、様々な苦情申出や署名簿提出を伴う要請などがなされますが、市町村レベルでは、首長の政治方針や行政方針が出された際に、政治的な反対派等の活動や住民活動として、行政に反対する署名簿が提出される場合も多いように思います。
 そこで、今回は、そのような反対署名簿が提出された場合に、行政が署名の真否確認調査をする必要があるのか、それはまた、どのような方法ですることが可能かという問題を二回に分けてお話してみたいと思います。

< 説 例 >

 次の説例は、岐阜地裁平成22年11月10日判決―判例時報2100-119の裁判事例を要約したものです。

  1.  A小学校を考える会とA小学校PTAは、S町長が構想していた町内のA小学校とB小学校の統廃合案(Aを廃校しBに吸収統合する案)に反対するために、反対署名活動を開始し、議員有志の守る会も、その署名活動に参加した。 本件署名活動は、考える会らの会員が戸別訪問を行い、署名書の住所・氏名欄に記載してもらう方法で行われ、年齢を問わず、家族の分全員分の署名を頼むなどして署名してもらっていた。

  2.  上記署名簿は、第1回目に3576名分、第2回目に1632名分が関ヶ原町S町長並びに教育員会宛て「要望書」と共に提出された。 提出された署名書には、「①子供の教育に関わることは、地域住民・保護者・先生の意見が重視されることを要望します。②B小学校の耐震対策の校舎建築が、統廃合問題を前提に遅れていくことに反対し、一刻も早い改築が行われることを要望します。③私たちはA小学校が廃校されることに反対です。」と記載されていて、これに加えて、「A小学校PTA会長○○」「A小学校PTAA小学校統廃合問題特別委員会委員長△△」とのみ記載されているものと、それに加えて「A小学校の統廃合を考える会○△」「A小学校を守る会×△、△○、××△」「賛同者・・・。・・・・。・・・・。」と記載されている署名書の二種類が混在していた。

  3.  本件署名簿には、一見して、同一人による同一筆跡と見える他人署名が多数存在し、同一住所及び同一姓での同一筆跡による同一世帯の者の署名によると推測できるもの以外に、異なる住所地や異なる姓でありながら同一筆跡のものや、関ヶ原町民以外の署名5筆分の重複、関ヶ原町民でも256名分の署名重複となっていた。

  4.  その後の関ヶ原町議会で、議員から「小学校統廃合案は反対による署名要望が3265名(後に5200名)集まっているので、同案への町民の理解は得られていないのではないか。」と質問し、S町長は「自分の考えは変わらない。町としては住民に小学校統合案を具体的にまだ説明していない段階であり、町民の理解が得られていないという判断は早計であり、署名簿に記載された署名には重複記載があり、要望意思がないのになされた署名が多数あると思われる。」と答弁した。

  5.  関ヶ原町は、A小学校管轄住民、B小学校管轄住民を対象に、19回の学校整備計画説明会(統廃合案を含む)を行った。

  6.  S町長は、上記統廃合案を含む学校整備計画案を6月議会(6月23日開催予定)に上程する予定で、6月13日の企画会議において、「6月23日までに反対署名簿に関する戸別訪問調査を実施する」ように町職員に命じた。
     なお、個別訪問調査は、下記の要領で行うように準備された。

     ① 次の8項目の質問をし、調査対象者から回答を拒否された場合には、回答を強要しない。

      *この署名はいつされましたか。

      *この署名はどこでされましたか。

      *この署名は誰が頼みに来られましたか。

      *この際に署名活動の趣旨についてどのような説明がなされましたか。

      *ご署名は自分で書きましたか。

      *ご家族で署名されている場合、家族一人一人の意思の確認はされましたか。

      *町が開催した学校整備計画説明会には参加されましたか。

      *(参加した場合)町からの説明を聞いて、署名された時と統廃合に対する考え(反対)に今も変わりはないですか。

      *(参加しなかった場合)説明会にでなくても、その後統廃合について色々な話を聞いておられると思いますが、署名された時と統廃合に対する考え(反対)に今も変わりはないですか。


     ② 訪問調査時には、調査員の身分及び調査趣旨(署名の意思確認)を説明する。 しかし、統廃合への賛成を誘導するような説明や説得は行なわず、署名者本人の意思を確認するに留めるようにS町長は指示をした。

     ③ さらに、B小学校校区での説明会では反対意見がほとんどなかったにも関わらず、署名者が多数いたことから、個別訪問調査はB小学校区から先に実施するようにS町長は指示した。

  7.  被告税務課課長補佐であったH野は、他の二人の職員と共に、原告の一人である○ 山宅に戸別訪問した際、○山は調査担当のH野らに、町村合併などへの意見を長々と述べたので、調査担当者であるH野らは、これを遮ることもなくただ黙って聞いていた。そして、H野らは、○山の話が終わった後に、上記8項目の質問をして調査を終了した。

     
  8.  関ヶ原町においては、AB小学校統廃合案が賛成5、反対4で可決された。議会で は本件戸別訪問調査結果は報告されなかった。

  9.  その後、反対署名活動をした特別委員会委員長△△、議員で且つ守る会会員▼川、特別委員会委員○山の三名が、本件戸別訪問は違法であり、精神的な犠牲を強いられたので、慰謝料50万円及び弁護士費用5万円をそれぞれに支払えとの国家賠償請求の民事裁判を提起してきた。(岐阜地裁平成22年11月10日判決―判例時報2100-119)

<問題点として考えられるもの>

 この説例で、問題点として考えられるものは、次のような事項です。

 ① 要望書の提出に対して、どのように取り扱うか。

 ② 反対署名簿提出後の署名確認調査として戸別訪問方法は許されるか。

 ③ 上記6での戸別訪問調査要領は何を留意しているものか。

 ④ 質問事項の内容は適切か。

以下、順次解説していきましょう。

< 解 説 >

その1 本説例は、岐阜地裁平成22年11月10日判決―判例時報2100-119の裁判事例を要約したものです。


1、 署名簿付き要望書提出に関する処理方法について(請願法)


 要望書が議会に提出された場合と行政部に提出された場合と異なる手続きになる(議会に出されたものは議会が処理し、行政部に出されたものは行政執行部・行政担当部が処理することになっていると思います。)

・請願法5条「この法律に適合する請願は、官公署において、これを受理し誠実に処理しなければならない。」

・地方自治法124条「普通地方公共団体の議会に請願しようとする者は、議員の紹介により請願書を提出しなければならない。」

・同125条「普通地方公共団体の議会は、その採択した請願で当該普通地方公共団体の長、教育員会・・・・において措置することが適当と認めるものは、これらの者にこれを送付し、且つ、その請願の処理の経過及び結果の報告を請求することができる。」

・同109条(常任委員会審査等)3項「常任委員会は、その部門に属する当該普通地方公共団体の事務に関する調査を行い、議案、陳情等を審査する。」

 要望書を法的に捉えた場合に、法的権利として認められている「請願」かそれ以外の「要望」「陳情」「意見」に過ぎないのかの判断があります。本件の場合には、町長と教育委員会への「要望書」と署名簿提出という形であり、請願か陳情かの区別が困難ですが、請願の場合には、請願法5条の受理義務と誠実処理義務を負うこととなり、陳情等の場合には、そのような法律の要請はないのですが、請願と実態は変わらないので、同様に誠実に処理することとなると思われます。

 なお、請願書の要式を具備している場合には、請願として取り扱うこととなるでしょう。

(以下、来年の次回に続けて解説します。)

「行政に対する反対署名簿に関する調査行為の適法性」(2)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 前回に引き続き、今回も岐阜地裁平成22年11月10日判決―判例時報2100-119の裁判事例を解説していきましょう。


< 解 説 >
  1. 反対署名簿提出後の署名確認調査として戸別訪問方法は許されるか。

    (1) 請願権の権利性について
     岐阜地裁判決は、請願権の権利性につき、次のように述べています。

    ①  「署名は署名活動をする者らの政治的表現行為に賛同する趣旨でなされるものであるから、かかる署名行為も一定の政治的な態度表明ということができ、表現の自由(憲法21条)によって保障されるものであり、さらに、署名は、署名活動する者らが官公署に署名簿を提出することに参加する意味を有するので、かかる署名行為は請願権(憲法16条)によって保障される。」

    ②  「署名活動とは、一定の目的をもって署名を収集する行為を指し、特定の政治課題について署名活動を行うことは、自己の政策的意見に賛同する者から署名を募り、集めた署名簿を官公署等に提出することによって、自己の政策的意見を表明するものであるから、署名活動の自由は表現の自由(憲法21条)によって保障されるし、さらに、署名による請願の主体は、同署名活動に賛同し署名を行った各署名者であるが、その署名活動を行った者もそれを官公署等に提出することを目的としているのであるから、各署名者同様に、請願権(憲法16条)によってその活動が保障されると解される。」

    (2) 署名の真正確認方法と個別訪問確認方法の相当性
     岐阜地裁判決は、署名の真正確認方法につき、次のように述べています。

    ① 「請願が署名活動による署名活動による署名簿の提出という方法で行われた場合には、その請願事項にかかわる多数の国民又は住民が同一内容の請願を行うことに意味があり、請願を受けた官公署等は、請願に対し誠実に処理する義務を負う(請願法5条)から、提出された署名簿に偽造等署名の真正を疑わしめる事情があったり、請願の趣旨が明確でないときは、その真正であることや請願の趣旨を確認する限度において、各署名者や署名活動者に対し、相当な調査を行うことは許されるというべきである。」

    ② 「署名者の同意を得た上で、回答を強要することのない態様で、個別訪問を行うこと自体は許されるというべきである。その理由は以下のとおり。」

    ③ 「本件では、ⅰ:多数の同一筆跡思しき署名が含まれていたこと、ⅱ:反対署名者の多くが学校存続のB小学校校区の住民であるにもかかわらず、B小学校校区住民の説明会でのほとんどで反対意見が出なかったこと、ⅲ:署名簿の要望事項は3つ記載してあり、そのうちの二つは、A・B小学校統廃合案とは直接関係のない要望事項であったことから、その三つの要望事項のすべてに請願する趣旨が明確であないという事情が存在する。ⅳ:町議会では、本件署名活動をした▼川が町議として住民の過半数の反対署名が集まっていることを主張してS町長に統廃合案の見直しを迫っていたことから、署名者に郵送で質問確認する方法では、多額の費用を要し、その回答が必ず返送されるとも言えないことから(直接の戸別訪問による調査も許される。)

  2. 上記6(前回、解説分)での戸別訪問調査要領は何を留意しているものか。

     上記6の要領は、「統廃合への賛成を誘導するような説明や説得は行なわず、署名者本人の意思を確認するに留めるように」S町長が指示しているように、請願(署名押印)をしたことに対する圧力的変更要求や差別を避けることに一応は注意を払っていることを示していると思われます。
     岐阜地裁判例も「請願とは、官公署に対して、その職務に属する事柄について希望を述べることであり、何人も請願したためにいかなる差別待遇も受けない(憲法16条、請願法6条)が、それには、請願を実質的に委縮させるような圧力を加えることも許されないとの趣旨が当然に含まれると解される。」と言及しており、本件調査当初もこの点の意識は確認されていたと思われます。

  3. 質問事項の内容は適切か。

     問題は、S町長や行政職員に上記のような「圧力的変更要求や差別を避ける」という意識があったのにも係わらず、質問内容がそのような意識での質問内容になっていたかはまた別次元の問題です。
     岐阜地裁判決は、この点につき、次のように述べて、町側が敗訴した判決になりました。

    「本件調査事項は、署名者に対しての署名の真正や請願の趣旨の確認にとどまらず、

    *この署名は誰が頼みに来られましたか。
    *この際に署名活動の趣旨についてどのような説明がなされましたか。
    *町が開催した学校整備計画説明会には参加されましたか。
    *(参加した場合)町からの説明を聞いて、署名された時と統廃合に対する考え(反対)に今も変わりはないですか。
    *(参加しなかった場合)説明会にでなくても、その後統廃合について色々な話を聞いておられると思いますが、署名された時と統廃合に対する考え(反対)に今も変わりはないですか。

    という質問事項というのは、署名の真正や請願の趣旨の確認と言う目的を超えた質問であり、その質問をして調査している。これは、本件戸別訪問調査を受けた署名者や署名活動者に対して不当に圧力を加えるものであったと認められる。」
     「そうすると、S町長は違法に原告らの請願権及び表現の自由を侵害したもので、同侵害につき少なくとも過失があると認められる。」

  4.  判例の結論 原告ら一部勝訴
     慰謝料額:署名活動侵害分は2000円(+弁護士費用200円)、署名者侵害分は1000円(+弁護士費用100円)

以上

御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ ①

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

前置き : 昨今、「法教育」制度の運用が始まろうとしていて、小中高学校において法律的な考え方を教育する方法が検討されています。小学生に対しては、事実関係の分かりやすい御伽噺を題材にした話が工夫されたりしています。もう7~8年前に「御伽噺を法律的に考えるとどうなるか」という出版活動をしたことがあります。年末年始のバタバタの時期に皆さんに一息付いてもらう題材として、その例を、挙げていきます。適当に楽しんでみてください。


【 桃 太 郎 】

(質 問)

 鬼ケ島の鬼が、頭に包帯をし、松葉杖を突きながら、痛々しい姿で「桃太郎にこっぴどくやられました。仲間もたくさん死んだ。財宝も全部持って行かれた。やり方がひどすぎる。桃太郎が英雄のままでは納得がいかない。これは犯罪じゃないでしょうか。桃太郎を刑事告訴したい。う、うううわ~ん。」と泣きながら法律相談にきました。
 桃太郎やキジ・猿・犬は刑事犯罪者なのでしょうか?(それぞれ「人間」と想定して検討します。)

<回 答>

1. 法律では「人間」以外は「物」と見ますので、「鬼ケ島の鬼」が「人」か「物」かという根本的な疑問がありますが、鬼も「生命を持ち人間の悪性のみを凝縮した人間」という意味合いで理解し、「人」であるという前提で、桃太郎やキジ・猿・犬の行為(鬼の征伐)が刑事犯罪となるのかどうかを検討してみましょう。

2. 鬼を人間と仮定した場合、鬼ケ島での鬼の財宝は、鬼が所有・占有する「財物」となりますが、財宝が「村の人々から盗んだ物」であっても、鬼の所有・占有が法的に認められ、刑事処罰の被害品として法律は保護するのかどうかが、まず問題になります。強盗罪や窃盗罪の保護法益の問題です。ここには、① 盗まれた本人が取り戻す場合と、② 盗んだ物を更に第三者が盗む場合との2つの場面が検討される必要がありますが、② の場合には、「盗まれた物を更に盗むことは窃盗罪等になる。」ということで争いはありません。問題は①の場合と考えられるかどうかですが、桃太郎が村の人々の代理として盗まれた物を取り返しに行ったという面を考えれば、①の場合として考えることになります。

3. 自分の物を盗まれたので、直ぐに犯人を追いかけて取り戻すことは許されるかという問題は、刑法上、「自力救済」「自救行為」として、犯罪の成立要件である「違法性」を阻却されることとなり許されています。しかし、それも、犯人が盗んで間もない状態(時間的同一機会・場所的同一性)であり、その場で警察等の国家的救済手続を取る暇のない緊急状態であること(緊急性)、取り返し方法が社会的に相当な手段でなされること(手段の相当性)が必要です。そこで、桃太郎の場合の鬼の財宝について、「自力救済」としての「同一機会性」「緊急性」「手段の相当性」の要件を満たしているかどうかが問題となります。鬼の財宝は今盗んできたようなものではなく、昔から盗み続けてきたものであり、犯罪現場との同一性を認めることは困難であります。また、桃太郎は、キジ・猿・犬にキビ団子を渡して奪取兵力の準備までしており、今鬼を征伐しないと警察を頼む余裕がないというような場面でもありません。手段も、財宝を奪い返すことだけでなく、金棒も持たないで酒盛りをしていた鬼たちを一方的に襲撃していますので、手段の相当性を逸脱していることとなります。そうしますと、桃太郎たちの行為は、「自力救済」とは認められませんので、違法性のある行為と言わざるを得ません。

4. また、鬼ケ島の鬼の財宝は、そもそも村人らから略奪してきたものであり、それを盗み返しても鬼たちには被害はなく、窃盗罪や強盗罪は成立しないのではないかという疑問があると思いますが、財産犯罪の被害法益(保護法益)は、正当な所有権・占有権だけでなく、「平穏な占有」で足りるとするのが最近の刑法学会の多くの見解です。刑法242条には「自己の所有物であっても他人が占有するものであるときは他人の財物とみなす」とする規定も存在します。盗んできた物でも一旦争いのない状態で物を管理している状態があれば、違法な行為で獲得した物であっても、それを盗むと窃盗罪等になるという結論になります。従って、この点からも、鬼ケ島の鬼の財宝を個人的に奪い返すことはできなく、法律上は、民事強制執行等の法的手続きで返還請求するか、鬼の同意を得て返還を受けないといけないということになります。

5. 以上のことから、桃太郎は、鬼を殺したり傷つけたりして財宝を盗んだということになりますので、刑法240条の強盗致死罪(死刑又は無期懲役)が成立することになります。なお、キジ・猿・犬はその共犯(共同正犯・刑法60条)となり、おばあさんやおじいさんも少なくとも、その幇助犯(犯行をしやすくするために援助した=キビ団子を作って送り出した)として処罰されることになるでしょう。  

6. 最期に、桃太郎は、警察や裁判制度のない時代のお話ですので、桃太郎が警察と同じような役割を担ったんだという面は充分に考えてやる必要があります。国家に正義を守る機構がない場合には「桃太郎」や「桃太郎侍」が必要だった時代もあったのでしょう。そのことは忘れて、形式的な法律適用をすることは極力避けなければいけないと思いますが、形式的に法律問題を考えた場合の一つの解釈例であるとお考えいただければ幸いです。

御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ ②‐1

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



まずは、皆さん、さわやかに新年をお迎えになられたことと存じます。今年もよろしくお願い申し上げます。
 新年最初に、若い男女の優しさを感じさせるお話を法律的に紐解いてみましょう。
 さて、「美女」と「野獣」は二人一緒にお正月を迎えられたのでしょうか?



【美 女 と 野 獣】(前編)
(質 問)

 「美女と野獣」のお話は、フランスの昔話でデイズニー映画などでも有名ですが、美女は父親がバラの花1本を野獣の屋敷から取って来たために、脅されて娘の美女を代わりに差し出せと言われて、醜い野獣と一緒に生活させられます。しかし、野獣が優しい人であることが分かり始めています。美女は夫の野獣とのんびりとお正月を迎えたいと思っているのですが、美女は最近、警察が、父親や夫である野獣を逮捕するといううわさを聞いて心配でたまりません。
 父親や夫の野獣は犯罪者なのでしょうか。教えてください。

<回 答>

1.野獣と法律

野獣とは、「山野に住み獰猛で人に慣れていない獣」「野生の獣」であり、法律上は「物」に該当するもので、「人」には該当しません。法律は人と人との関係を規律するもので、「物」は権利の主体にはなれないとされています。しかし、「美女と野獣」での野獣は、本来は王子様でありそれが魔法で野獣に変えられていますので、「野獣」=「人」と考えて法律問題を考えていきます。

2.父親とバラ1本の窃盗?

 まず、美女の父親の問題を考えましょう。「バラの花を一本取って」という行為は、刑法235条の窃盗罪となります。刑法235条には「他人の財物を窃取した者は窃盗の罪とし10年以下の懲役に処する」との規定があります。但し、刑法理論上は、わずかな価値しかない財物と取った場合でも犯罪が成立するのかという問題があります。犯罪が成立するには、① 構成要件該当性(法律の定めた犯罪の形態に該当すること) ② 違法性(法律を初めとする社会的規範に反していること) ③ 有責性(規範を意識して自分の責任を認識できること)の3つの要件が必要です。②の違法性の判断で、犯罪とするには処罰するほどの大きな違法性が必要ではないか、わずかな違法の場合には「可罰的違法性」がないとし犯罪成立に必要な違法性はないとする考え方(可罰的違法性論)があります。「価格一厘にあたる葉煙草」を政府に納入しなかった煙草専売法違反事件で無罪とした判例(明治43年10月11日大審院判例:一厘事件)がありますが、裁判例のほとんどは経済的価値がわずかな場合でも犯罪を成立させていますので、父親には窃盗罪が成立します。


3.野獣のしたことは違法なの?

次に、野獣がした行為や要求が、法律に違反しているかどうかの問題を考えてみましょう。


(1) まず、窃盗犯の現場を見つけた被害者が犯人を捕まえることが許されるでしょうか。これは当然許されています。刑事訴訟法213条は「現行犯人は何人でも逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。」としています。但し、私人による逮捕の場合には、直ちに検察官か警察官に引渡さなくてはなりません(刑事訴訟法214条)。この手続を無視して逮捕したままの状態を長く続けると、刑法220条の逮捕監禁罪が成立しますが、野獣はすぐ美女の見返りを要求して父親を帰していますので、刑法220条の逮捕監禁罪とはならないでしょう。


(2) 野獣は、美女の父親に対して逆に損害賠償を請求することができました。美女の父親の「バラの花を一本取って」という行為は、民事上の不法行為となります。民法709条は「故意又は過失によりて他人の権利を侵害したる者は之によりて生じたる損害を賠償する責に任ず」と定めています。父親は故意に他人である野獣(?)の所有するバラの花の所有権を侵害して盗んだことになりますので、損害賠償義務を負います。
 しかし、野獣は損害賠償というより、「娘を代わりに差し出せ」と要求している点が非常に問題となります。民事上の不法行為責任に関しては、民法417条で「損害賠償は別段の意思表示なきときは金銭を以って定む」とあります。この条文では、損害賠償は金銭でするという金銭賠償の原則が認められているのですが、例外として双方の意思によって金銭以外の方法での賠償もできるような条文になっております。「バラのことを許して欲しければ、お前の娘を連れて来い」という要求をし、父親が弁償方法として「娘を差し出す」弁償方法を真摯な気持ちで了解したとするとその方法は許されるのでしょうか。いわゆる人身売買の方法は今の法律では「公序良俗違反」の意思表示となりその承諾や了解は法律上無効となります(民法90条)。従って、父親が強迫されていた場合でも、仮に強迫ではなく真摯に了解したとしても、金銭賠償以外の方法として「娘を差し出す」ということは有効な損害賠償方法とは認められません。 (なお、「強迫」は民事分野の場合に使用し、「脅迫」は刑事分野の場合に使用する言葉として区別されています。)民事上の強迫で法律行為などをさせ、有効な法律関係で無い場合には、刑法222条の脅迫罪や刑法223条の強要罪となりますが、野獣の行為は「娘を差し出すことを要求した」だけにとどまらず、実際に「娘を差し出させた」という結果が発生していると考えられます。刑法222条の脅迫罪や刑法223条の強要罪にとどまらないと考えるべきです。刑法225条の営利目的等略取誘拐罪が適用されると考えます。刑法225条は「営利・わいせつ又は結婚の目的で人を略取し又は誘拐した者は1年以上10年以下の懲役に処する」と定めています。「略取」は暴行・脅迫を手段として他人を不法に保護生活環境から離脱させて自己の支配内に置くこと、「誘拐」は欺したり誘惑したりする方法を手段として他人を不法に保護生活環境から離脱させて自己の支配内に置くことをいいます。ここでいう「結婚目的」は法律上の結婚ではなくても事実上の結婚・内縁関係であれば足りると解釈されていますので、美女と野獣のお話の場合には、野獣には、刑法225条の営利目的等略取誘拐罪が適用されると考えます。
 また、長い間美女を拘束していますので、刑法220条の逮捕監禁罪も別個に成立することになります。
 
~ 「後編」に続く ~
 ところで、「美女と野獣」のお話は、最後はどのようになっていたか覚えていますか?次回、後編では、美女が野獣を助けることができる法理論を考えます。


御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ ②‐2

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



【美 女 と 野 獣】(後編)

前回、「美女と野獣」のお話では、野獣に対して、刑法犯罪として刑法225条の営利目的等略取誘拐罪、刑法220条の逮捕監禁罪が成立してしまうことをお話しています。美女は、野獣の本当の優しさが分かっています。野獣を刑事犯罪者にはしたくありません。さて、美女が野獣を助ける方法はないか。考えてみましょう。


1.まず、美女は野獣の外見の醜さを超えてその心の優しさを知り、結婚していますし、美女自身が犯罪被害者です。
  ところで、犯罪被害者が刑事処罰を望まない場合には法律はどうなっているのでしょうか?「被害者の事後承諾と親告罪」ということで説明しましょう。

 (1) 犯罪の成立は、犯罪行為が行なわれた時点において、①構成要件該当性(法律の定めた犯罪の形態に該当すること)②違法性(法律を初めとする社会的規範に反していること)②有責性(規範を意識して自分の責任を認識できること)の3つの要件が存在するかどうかで判断されます。被害者が行為時点で犯罪行為に対して承諾(心からの真意の承諾)がある場合には、違法性が阻却され犯罪が成立しない場合もあります(窃盗罪・器物損壊罪で事前に処分を任されていた場合や出入りを事前に許されていた場合の住居侵入罪等)。犯罪の種類によっては、被害者の承諾があったとしても別の軽い犯罪が成立したり(殺人罪の承諾があれば承諾殺人罪となる等)、犯罪に全く関係ない場合もあります(受託収賄罪等)。

 (2) しかし、犯罪が成立する時点での承諾が無く、犯罪が成立した後に承諾した(事後承諾)場合には、その事後承諾は犯罪の成立には影響を与えません。事後承諾は、事件後の示談(犯人と被害者との話合での解決)と同じように、処罰をどのくらいの刑にしたらよいかという「量刑」を裁判所が判断する場合に刑が軽くなる方向で参考にされるだけになります。

 (3) 事後承諾に近い問題として「親告罪」があります。これは犯罪の成立要件3つの他に処罰要件として考えられるものです。犯罪が成立しても一定の特殊な犯罪に関しては被害者の親告(告訴)がないと処罰できないとしている制度です。これは、被害者が犯罪で被害を受けながら裁判手続を被害者に無断で進めると更に被害者に被害を与えてしまう可能性のある罪や軽微な犯罪の場合に要求されているものです。
 実は、逮捕監禁罪は親告罪ではないのですが、結婚目的略取誘拐罪は親告罪となっています(刑法229条)。被害者本人のプライバシーの保護の要請が強い場面だからです。
 従って、この点については、結婚目的略取誘拐罪については、「美女」が告訴をしなければ、「野獣」の逮捕・勾留や裁判手続きには進まないでしょう。また、「美女」が告訴したとしても婚姻を解消した後での告訴でないと告訴の効力はありません(刑法229条但書)ので、「美女」が野獣と離婚しない場合には警察は野獣を犯罪者とすることはできません。警察は美女が告訴しない限り、刑法220条の逮捕監禁罪でしか動かないでしょう。しかも、その逮捕監禁罪についても、美女の事後承諾や許しがあるとすれば、刑事裁判まで手続きしていくような刑事事件としては立件しにくいと思います。仮に、警察が逮捕に動いたとしても、刑事手続は、警察の捜査・逮捕後には検察官に事件送致(勾留)され、検察官が裁判をするかどうかを決定します。裁判する場合を「起訴する」(公訴提起)といいますが、裁判しない場合を「不起訴」処分といいます。不起訴処分の理由として、無罪である場合の「嫌疑なし」、無罪か有罪かどうか不明の場合の「嫌疑不十分」、有罪であるが起訴する必要がない場合の「起訴猶予」などがあります。本件では「美女」の許し(事後承諾)があったとしても、逮捕監禁罪が成立しそうですが、それについても「起訴猶予」の判断がなされ釈放される可能性が高いと思われます。

(4) 父親の窃盗罪についても、被害が軽微であり、野獣が事後でも許しているとすれば刑事事件として警察が取り上げることはないでしょう。



2.最期に

 美女は心配しないで、野獣を積極的に評価する話を警察にすればいいのです。そうすれば優しい夫と幸せに暮らせることは間違いないと思います。
 なお、「美女と野獣」の文学的価値を下げないために、ひと言付加します。「突然に外見の醜い野獣と一緒に暮らさなくてはならなくなった場合に、あなたはその野獣の外見に囚われずにその心の優しさを感じ取り、外見上の恐怖感や嫌悪感に打ち勝つことができるでしょうか。」
 このような心の問題を、美女と野獣の物語はあなたに突きつけています。あなたの心が試されている物語です。「美女」のように心の優しさを本当に感じられる素敵な女性や「野獣」のような心優しい男性が多くなるといいですね。そうなれば、法律や刑罰はほとんど必要なくなるのかもしれません。

以 上



御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ ③

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



【花 咲 か じ い さ ん】
(質 問)

 意地悪じいさんが、花咲じいさんを妬んで、弁護士の法律相談に来ました。相談内容は次のような相談でした。「花咲じいさんのお話では、私も悪かったと反省してはいるんですが、良いおじいいさん(花咲じいさん)のほうだって、子犬を拾ってきて飼ったり、土から出てきた財宝などを手に入れたりしていますが、このように勝手に自分の物にすることは許されるのでしょうか。」
 さて、意地悪じいさんの相談に応じてみましょう。

<回 答>

 弁護士の法律相談は、先に善悪を決めてどちらかに有利になるように相談に乗ることはしません。事実が法律的にどうなるかを検討した上で、その行動が良かったのか悪かったのかを判断します。
 そこで、意地悪じいさんの相談も聞いてあげることにしました。
 次の内容が弁護士の考え方(法律的な考え方)になります。

1.子犬を拾ってきたこと

 おじいさんが、野生のタヌキなど明らかに「無主物」であるものを捕ってきた場合には、これを先に占有した者がその動物の所有権を取得することになりますから(民法239条)、捕まえた者が、家で飼おうが、売ってしまおうが自由です。このことを「無主物先占」(むしゅぶつせんせん)と言います (そのような動物をペットなどにしている場合もあり得るのですが、民法195条で、「家畜外の動物」であれば、これを占有したときに他人の所有物であると知らずに飼育し続け、1ヶ月が経過しても元の飼い主からの請求を受けなかった場合には、所有権を取得できるものと規定しています)。

① 人の飼い犬と思われる場合
  まず、子犬は普通はペットとして飼われているものですから、これを明らかな「無主物」と同じに考えることはできません。首輪などがついている場合は当然として、首輪がなく飼い主が誰であるか分からない場合でも、「遺失物」(人の物であることは分かるが、誰の物かがわからない物)として取り扱うことが必要と思われます。「遺失物」ということは、拾った財布などと同様に扱う必要がある、ということです。
 そこで、遺失物法によれば、他人の遺失物を取得した者は、すみやかに遺失物を遺失者に返還するか、警察(交番など)に届け出をしなければなりません。そのうえで、3ヶ月間以内に飼い主が現れなかった場合には、取得した者が所有権を取得することになります(民法240条)。しかし、犬のような生き物の場合に、警察や交番で飼育預かりをしてくれるような体制にはなっていないようです。遺失物法9条、10条で、管理しにくい物や管理費用のかかる物の場合には、二週間以内にその遺失者が判明しない場合には、売却したり廃棄したりすることができるようになっていますので、犬・猫の場合には、遺失物法10条三号により、保健所に送られることになるようです。
 花咲かじいさんは、警察への届け出をせずに、勝手に子犬を自分の飼い犬として育てていますが、もし、もとの飼い主が現れた場合には、犬をその飼い主に返還しなくてはなりませんし、犬が管理不十分で死んでしまったような場合には、飼い主から損害賠償を請求される可能性もあります。
 それどころか、勝手に、これを自分の犬として飼ってしまうと、占有離脱物横領罪(刑法254条)に該当し、1年以下の懲役又は10万円以下の罰金もしくは科料、という刑罰に処せられる可能性もあります。

② 捨て犬である場合
 この子犬が捨て犬などの場合には、もとの所有者(飼い主)は子犬の所有権を放棄したといえるので、無主物と同じに扱って、花咲かじいさんが子犬の所有権を取得したと考えることも出来るでしょう。無主物先占により新たな所有権が認められるわけです。

③ まとめ
 しかし、一般的には、①と②のいずれにせよ、子犬を拾った時点では、もとの飼い主のもとから逃走してきたのか、飼い主が捨てたのか、分からないわけですから、警察に届け出をなすべきだった、といえるでしょう。しかし、動物愛護の強い人は、警察には届けないで、預かったままで飼い主を探してくださいと主張する人も多くいます。そこで、警察に届け出るけれども、警察から了解を得て、拾い主自身で預かってもらって飼うか、動物保護センター等で預かるという方法がいいのかも知れませんね。

2.埋蔵金を持ち帰ったこと

 埋蔵金についても、犬の問題と同じ、つまり拾った財布と同じで、遺失物法が適用されます。誰の所有物か分からないわけですから、警察に届け出る必要があります。これをせずに、勝手に使ってしまったりすると、占有離脱物横領罪(刑法254条)で処罰される可能性があります。 仮に警察に届け出ていたとしても、全額がもらえるわけではありません。埋蔵金といっても、誰かのへそくりを隠しただけかもしれませんし、埋めた人とその相続関係が分かれば、相続人がその所有者となります。
 遺失物の届け出を受けた警察は、埋蔵金の所有者が誰であるかを調べるために、公告・閲覧・備え付けで公示し、それから6ヶ月以内(埋蔵物の場合)に所有者が分かれば、警察としては埋蔵金の全額をその所有者に返還します。発見した人は、埋蔵金の価格の5パーセントから20パーセントの「報労金」をもらう権利があるだけです(遺失物法7条、28条)。一般的に、「財布を拾ったときに10パーセントもらえる。」と言われているのは、この「報労金」のことです。
 しかし、所有者が分からなかった場合でも、全額を花咲かじいさんがもらえるわけではありません。民法241条で、他人の土地から埋蔵物が発見された場合には、その土地の所有者と折半することになっています。
・・・最後に、弁護士は、相談者の意地悪じいさんにも「悪いことをあなたもしているのではないか」と、ちゃんと次のことを付け加えました。・・・

3.意地悪じいさんの行いについて

 民法や刑法では、動物も「物」と言うことになりますので、犬を殺したり、臼を焼いたりする行為は、刑法上では器物損壊罪(刑法261条:3年以下の懲役または30万円以下の罰金もしくは科料)になり、民法上は不法行為(民法709条)になりますから、意地悪じいさんは花咲かじいさんが受けた損害を賠償する責任が生じます。ただし、子犬に関しては、その金銭的価格が賠償金額となるので、同種の犬を他から飼ってくる場合の価額相当額が損害額となります。また、愛玩動物の場合には、そのような物の価値以外にも、精神的苦痛を受けたとして慰謝料が請求される場合もあります。
 だから、この世の中では、意地悪ではなく、お互いに仲良く助け合うことのほうが楽しいはずですよ。これからの高齢化社会ではお年寄りには厳しい社会になるかもしれません。意地悪じいさんも、花咲かじいさんたちと高齢者同士で仲良く一緒に楽しんで生きていってくださいね。もうすぐ、桜の季節でしょ。花咲かじいさんに、桜の花を咲かせてもらって、一緒に花見などしたらいいんじゃないですか。  
 
~ おしまい ~


 

御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ ④

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

【かぐや姫(~竹取物語~)】


 秋の風情が深まる時季です。秋の月を眺めながら『かぐや姫』の話を思い出してみましょう。

(相 談)

 竹取りのおじいさん、おばあさんは、「かぐや姫は、月の両親らしき人物の使いに無理やりに連れ去られたんだ。」と思っています。かぐや姫は、泣く泣く「本当はおじいさん、おばあさんとずーっと一緒に地球で暮らしていたい。」と話していました。「本当は、地球で一緒に暮らしたいと願っているのですから、どうにかして、かぐや姫を取り戻して欲しい。」と泣きながら、法律相談にやってきました。法律は、どうしてあげることができるのでしょうね。

<弁護士のさてさて話>

 さてさて、これは難問、難しいご相談ですなあ・・・・。
 かぐや姫は、まだ、20歳未満の未成年だと思われます。法律的には、未成年として自分の親(月の両親?)の親権に服することになります(民法818条)。おじいさんとおばあさんは、事実上の監護者としてかぐや姫の面倒を看てきただけであり、基本的には法律的な権利は有していません。(しかし、例外的に養子縁組をしているかもしれません。)
 したがって、今のままでは、法律上の権利者である親からかぐや姫を取り返す方法は全くない、と言わざるを得ません。  そこで、おじいさん、おばあさんが、かぐや姫を取り返すためには、①親(月の両親)の親権をなくしてしまうこと、②おじいさん・おばあさんが、法的な監護養育権を得ること、という二つのハードルをクリアする必要があります。


  1.  ところで、この月の両親は、生まれたばかりのかぐや姫を竹やぶの中に放置し、そ のままで長期間が経過しています。このような者が、法律上の親であるからといって親権者であるというのは、納得できる話ではありません。民法834条は、親権者に親権濫用あるいは著しい不行跡がある場合には、家庭裁判所は子の親族又は検察官の請求によって、親権を剥奪することが出来ると規定しています。
     おじいさん・おばあさんは、法律上の子の親族ではないので、検察官に請求を促し、親から親権を剥奪してもらうことが出来ます。裁判例の中には、7年の長期間にわたって、子どもの養育を怠り、他人任せにしてきた事例について、親権の剥奪を認めたものがあります。

  2.  次に、親権の剥奪が認められると、その子(かぐや姫)には親権者がいなくなりま すので、「後見」が開始し、家庭裁判所によって後見人が選任されることになります(民法838条以下)。後見人は、原則として、親権を行うものと同一の権利を有する(民法857条)ことになります。
     ただし、未成年者の後見人には1名しかなれませんので、おじいさんかおばあさんのどちらかしか後見人にはなれません。

  3.  また、おじいさん・おばあさんが、かぐや姫と養子縁組していれば、養親としての 親権が認められることになりますので、以上の後見人選任手続きをするまでもなく、おじいさん・おばあさん双方に、親権の権限が与えられます。
     未成年者の子を養子にするには、実の親の同意がないとできないのですが、未成年者との養子縁組は、未成年者の子どもが15歳以上になれば、実親の同意がなくても、自分の意思で出来ることになっていますから(民法797条)、家庭裁判所の許可(798条)だけを得て、おじいさん・おばあさんとかぐや姫が養子縁組をすることができるのです。この制度は、子供が自分の親を決められる権利を15歳になれば認めてあげる制度であると言ってもいいかも知れません。

  4.  この後見人選任、養子縁組をして、ようやく、おじいさん・おばあさんは、かぐや 姫の引渡しについて法律上の請求をすることが出来ます。
     後見人に選任されたおじいさんあるいはおばあさん、あるいは、養親となったおじいさん・おばあさんは、家庭裁判所に「子の引き渡しを求める審判」を申立、同時に「審判前の仮処分」の申立をなしたり、地方裁判所に人身保護法に基づく引き渡し請求をしたりすることが出来ます。

  5. 最後の結論
     しかし、法律上このような請求手続きが出来るようになっても、実際にかぐや姫を取り戻せるかというと、実は大きな問題が残ります。
     かぐや姫は、未成年と言っても帝や貴族の男どもとの結婚話が出ているくらいなので、満16歳以上(民法731条-女性は16歳から婚姻可能)と思われます。そうすると、親権といえども、事理弁識能力のある年齢(12~13歳以上)の子どもについては、親権は、その子の自主的判断やその意思を最大限尊重して行使されなくてはならないのですから、かぐや姫の自主的判断やその意思を無視してまで、事を進めることは出来ません。かぐや姫は、おじいさん・おばあさんへの思いは残っていたとしても、自分の意思で月に戻って行ったのですから、おじいさん・おばあさんは、かぐや姫のそのような意思(おじいさん・おばあさんとは別れるのは悲しいけれど、生まれた親の元に帰らざるを得ないという思い)に反してまで、人身保護請求手続きなどで強制的にかぐや姫を取り戻すことも出来ない、と考えるべきでしょう。
     仮に、人身保護法上の取り戻し請求に勝訴しても、月の両親やかぐや姫が任意に戻さない(戻らない)場合には、強制的に人間を動かして戻す手続き(差押えや強制執行)は、今の日本の法律制度にはありません。
    (参考:「間接強制」といって、引渡判決に従わないと罰金を科しますという命令で間接的に強制する方法があるだけで、罰金さへ払えばかぐや姫を渡さないで済むのかというふうに考える人には、この間接強制方法は何ら効果がありません。)

以 上

御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ ⑤

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

【鶴の恩返し(夕鶴)】

 秋も深まり、やがて冬到来の時季がきますね。
  「夕鶴」のお話はしんみりした悲しみを漂わせているお話です。
  今回は、この「夕鶴」のお話を法律的に考えてみましょう。

(質 問)

 夫である「与ひょう」は、鶴であった「おつう」にあれほど固く“機(はた)織りの現場を見ない”という約束をしたのに、その約束を破ったために、「おつう」から、別れを告げられ飛んで行かれてしまい悲しみます。  「与ひょう」は「おつう」を好きで好きでたまりません。「与ひょう」の「おつう」とは別れたくないという思いを法律的に守れませんか。

(回 答)
  1.  「別れを告げられ飛んで行かれてしまい悲しんだ」という場面を現代の法律に当てはめますと、「離婚」という場面になります。「悲しんだ」ということから、夫の「与ひょう」は離婚したくないという思いを持っていると理解することになるでしょう。

  2.  離婚には、①協議離婚、②調停離婚、③裁判離婚の3種類があります。
     協議離婚とは、夫婦で話し合いをして、離婚届を役所に提出することによってする離婚です。調停離婚は、家庭裁判所の離婚調停を利用して、家庭裁判所で調停委員に間に入ってもらって、離婚の協議をするものです。協議離婚にしろ、調停離婚にしろ、夫婦間で離婚するという合意が整わなければ成立しませんから、本件では、夫側が離婚をかたくなに拒んでいる以上は、これらの方法での離婚の成立は困難だと思われます。そうすると、裁判で離婚出来るかどうかが問題となりますが、民法では離婚原因が定められており、このいずれかに該当しなくては、判決で離婚が認められることはありません(なお、裁判離婚と言っても、「調停前置主義」と言って、裁判の前に調停による話し合いの機会をもうける必要があり、いきなり裁判をすることはできません)。

  3.  民法が挙げる裁判上の離婚原因は、以下の5つです(民法770条)。
    ①「配偶者に不貞な行為があったとき」:いわゆる浮気での離婚がこれにあたります。
    ②「配偶者から悪意で遺棄されたとき」:たとえば、夫婦なのに同居を拒み、生活費なども渡さない場合がこれにあたります。
    ③「配偶者の生死が3年以上明らかでないとき」
    ④「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」
    ⑤「その他婚姻を継続しがたい重大な事由があるとき」
    これらの原因が離婚される側(本件では夫)に存在することが要件となります。
    本件では、夫「与ひょう」に浮気・不貞行為もなければ、その他の離婚原因もなく妻「おつう」との夫婦生活は上手くいっていたようですので、離婚が認められるためには「その他婚姻を継続しがたい重大な事由」があるかどうかが問題となってきます。平たく言えば、結婚生活が破綻しており、これ以上一緒に生活していくことが不可能なほどに修復不可能であるか、ということです。夫が妻に度重なる暴力行為をしているような場合には、これに該当しますが、本件は、そのような典型的な事例ではありません。

     
  4.  嫁である「おつう」の言い分として考えられるのは、 まず、「夫婦間の約束を破ってしまった夫は、信用できず、これから一緒に暮らしていくことはできない」ということでしょうが、これだけでは離婚は認められないでしょう。というのは、夫婦間においては、夫婦が互いに協力して、その関係を維持・発展させるべきであり、妻が実は鶴だったという秘密がばれたとしても、夫がこれを受け入れて、婚姻生活を続けようと主張するならば、婚姻生活が破綻したとは言えないからです。(現在の法律では、人間と鶴はそもそも結婚できませんが、そのことは考えないことにします。)最初は、秘密がばれて、あるいは秘密を知って、ギクシャクした関係になるかもしれませんが、「そのくらいのことでは、俺の愛は変わらないぜ!」と、夫の方が強く主張すればよいのです。

     
  5.  次に、妻の主張として考えられるのは、「夫は自分では働かず、私が身がやつれるほどの苦労をして機(はた)を織って、家計を維持してきた。夫は、私の苦労も知らず、生活費としては十分なお金を稼いだにも関わらず、さらに機(はた)を織らせようとした。もうこんな、自分勝手で、自堕落な男とはやっていけません」ということです。これは、多少、夫の方には分が悪いかもしれません。夫が、自分でも働けるにも関わらず、働きに出ることをせず、無為に生活しているとすれば、妻との信頼関係は崩壊し、婚姻生活が維持できなくなることもあり得ない話ではないからです。 これに対して、夫としては、妻に負担をかけたのは一時的なものであり、夫も定職を持ち働くことを、強くアピールすべきです。裁判の前には必ず調停が開かれますから、それまでに定職を見つけて、収入を確保すべきです。裁判になっても、収入が一定しており、今後の生活の目途が立っているのであれば、離婚が認められない可能性は高いと思われます。(ただ、裁判で離婚が認められないからと言って、妻の気持ちが変わらなければ、その後の結婚生活は円満に戻るわけでもなく苦しいものになりますから、どうしたら妻を納得させられるのかを、よく考えるべきです。)
     なお、原則として、有責配偶者(離婚原因を作った方の配偶者)からの離婚請求は認められないので、夫の方としては、「隠し事をしていた妻の方が悪い」という主張をなすことも考えらないわけではないのですが、本件では、「婚姻関係が破綻していないので離婚原因がない」と主張する方が良いと思われます。

     
  6.  夫「与ひょう」は、自分の思いを妻「おつう」に告げ、復縁を願う手続をするべきです。再度、ラブレターを出すのもいいでしょうし、求愛行為が必要です。夫「与ひょう」のほうからすべきその後の法的手続としては、家庭裁判所で「夫婦円満調整の調停手続」をすみやかに申立てましょう。

以 上

公有地内の宗教施設の取扱い

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 公務員としては、宗教的中立性が要請されており、宗教面に関する配慮が必要であるともに、「配慮しないという配慮」も必要となっています。日本の宗教の自由と政教分離に関しては、古来からの習わしとしての習俗と宗教との区別があいまいであることから、公務上でも、宗教に関する取り扱いが憲法上の問題に発展する場合もあります。要は、宗教行為には便宜は与えられないという意識で公務を遂行することが大切です。そこで、次のような判例の事案を検討してみましょう。

<質問>
 最高裁判例(平成22年1月20日大法廷判決・北海道砂川市判決)で、「砂川市が寄付を受けて所有している公有地を、宗教施設である神社・鳥居の宗教施設を所有する団体に無償で貸与しているのは、憲法89条、20条1項後段に違反する。」とした判例が出ましたが、今後、地方公共団体においては、かかる状況にある公有地については、どのような対応をすればいいのでしょうか?


<回答>
 確かに、最高裁判決で違憲判断が出ていますが、更に、その判例(平成22年1月20日最高裁大法廷判決)が、「本件土地の全部又は一部を無償で譲渡し、又は有償で譲渡し、若しくは適正な価格で貸し付けるなどの方法で、憲法違反性を解消できる。」としている点についての理解をしていただければ、地方公共団体の対応は導かれるのではないかと思います。



1. 最高裁判例(平成22年1月20日大法廷判決)の概要
 まず、その違憲判断をした最高裁判決の内容を説明しましょう。以下のとおりです。 <事案>本件土地は、昭和23年頃は個人所有地で、当時公立小学校隣接の公有地にあった本件神社を移設したもので、昭和28年頃に神社施設のあるままに地方公共団体砂川町(現北海道砂川市)に寄付された。その後、神社の所有者である空知太(そらちぶと)連合町内会に無償で貸与してきた。

<判決骨子>

① 本件利用提供行為(無償使用させていること)は憲法違反である。 本件神社物件は神道の神社施設に当たる。そこで行われる祭事等の諸行事も宗教的行事として行われている。本件無償使用の行為(本件利用提供行為)は、一般人の目から見て、市が特定の宗教に対して特別の便益を提供し、これを援助していると評価されてもやむを得ないものであり、憲法89条で禁止する公の財産の利用提供にあたり、憲法20条1項後段の禁止する宗教団体に対する特権付与にも該当し違憲と解される。(裁判官14名中、8人の多数意見)
② 憲法違反を解消する方法が存在する。 土地明け渡し請求をしていないことが「怠る事実」として財産管理上違法とされるのは、本件土地の全部又は一部を無償で譲渡し、又は有償で譲渡し、若しくは適正な価格で貸し付けるなどの方法で、憲法違反性を解消できるので、それらの方法を考慮しても、明け渡し請求をせざるを得ないと評価される場合に限定される。 その点本件は、その他の方法が検討されていないので、審理を尽くさせるために差し戻す。 (*無償譲渡は寄付者への返還の趣旨だろうと思われます。)
  

2.公有地に社寺境内等の宗教的施設が存在する理由(公有地の形成過程について)
(1) そもそも、市町村が所有する土地には、寄付によるもの、売買取得によるものなど様々な取得過程があると思われますが、公有地の形成過程全般を俯瞰的に眺めますと、明治政府の版籍奉還から始まっていると言われています。
 NHKドラマの坂本龍馬伝ではないですが、大政奉還と版籍奉還により、幕府及び各藩の領有地はすべて明治政府の所有に帰したのですが、社寺境内地は旧来のままであり、これを整理する必要があったので、明治4年に太政官布告「社寺領上地令」「地租改正令」を発して、民有地である証拠のない境内地はすべて官有地としました(この際、課税対象地となることを恐れて、または官有地として保護してもらおうという考えで、民有地の証拠があっても官有地に編入させた境内地も多くあったと言われています)。
 そのために、公有地の上に寺社等の宗教的施設が存在する例が全国的に多く存在するようになったわけです。

(2) その後、明治政府は、官有地に編入しても寺社等が存在し官有地として使用・管理する必要性のない土地は、寺社等に無償で下付(払下げ)することにしたり、昭和14年には、「寺社等に無償にて貸付しある国有財産の処分に関する法律」まで制定して、官有地からはずす処分を続けてきており、戦後の昭和22年には上記処分法を改正し、「社寺上知、地租改正、寄付又は寄付金による購入によって国有となった財産で、現に国有財産法によりお無償で貸し付けてあるもの等について譲渡する」道を開いています。同様に地方公共団体の公有財産で同様のものは同じ取り扱いをすることとしています。(昭和22年4月2日内務文部次官通牒第24号「社寺等宗教団体の使用に供している地方公共団体有財産の処分に関して」)
 さらに、昭和42年7月24日蔵国有第1196号通達「社寺境内地等として使用されている普通財産の処理について」により、神社、寺院等が境内地等として使用している普通財産の処理の促進を図るため、売り払い、貸付け、管理委託又は処分留保による処理を図るように指示されています。
 そこで、国及び地方公共団体は公有地境内地について、日本憲法の政教分離の原則との接触を避ける要請から、新処分法、通達、条例等を定めてその処分を進めていくという現状にあるわけです。


3.北海道砂川市の対応と差戻審の判決(平成22年12月6日札幌高裁判決)
 この最高裁の判決後、砂川市と地域住民らと有償で本件土地を貸すことで協議が成立したとの報道(平成22年4月21日付日経新聞報道)があり(敷地全体(1500㎡)を賃貸すると高額になるので、祠(ほこら)を鳥居の近くに移転して周辺70㎡を年4万円~5万円程度で貸すという協議である)、最高裁の差戻審である札幌高裁は平成22年12月6日に住民側の住民訴訟請求を棄却する判決(違憲判決市敗訴の一審判決取り消し)を言い渡しています。
 すなわち、 「最高裁の判決は、砂川市による神社への市有地無償提供を憲法の政教分離原則に違反すると判断し、適切な対価を得ていない点で違憲であるとしたことから、違憲状態解消策として、市が提案している有償化や神社施設の改変は合理的かつ現実的なものであり、市が施設撤去を神社側に求めないことは違法ではなく、住民側の請求は棄却する。」


(参考条文)
憲法20条:①信教の自由は何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。②何人も宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。③国及びその機関は、宗教教育そのたいかなる宗教的活動もしてはならない。
憲法89条:公金その他の公の財産は宗教上の組織若しくは団体の、使用・便益若しくは維持のため、(又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し)これを支出し又は利用に供してはならない。
地方自治法238条の4 行政財産の管理処分:原則禁止、  238条の5普通財産の管理処分:原則OK


以 上 




地方公共団体と暴力団排除条例について1

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 宮崎県では、平成23年3月22日に宮崎県暴力団排除条例が制定・公布され、平成23年8月1日から施行することになっております。 
 宮崎県内では、4団体、約330人(平成22年8月末現在)の暴力団が警察で把握されているようです。
 そこで、全国的な暴力団規制の動きに合わせて、暴力団排除条例制定の運びとなってきたようです。
 県の条例が施行されれば、市町村単位でも同様の暴力団排除条例を制定していくこととなるでしょう。その意味で、本コーナーで宮崎県暴力団排除条例を取り上げてみたいと思います。 
 次のように三回に分けてお話したいと思います。
 1.今回 ~条例のあらまし~
 2.次回 ~条例で禁止される取引行為の例~
 3.次次回 ~条例で禁止される行為と暴力団等の人権~

【条例のあらまし】

1.まず、第1条(目的)では、「この条例は、宮崎県からの暴力団の排除に関し、基本理念を定め、県及び県民等の責務を明らかにするとともに、暴力団の排除に関する基本的施策、青少年の健全な育成を図るための措置、暴力団員等に対する利益の供与の禁止等を定めることにより、暴力団の排除を推進し、もって県民の安全で平穏な生活を確保し、及び社会経済活動の健全な発展に寄与することを目的とする。」と定めてあり、

第3条(基本理念)で、「暴力団の排除は、県民等が、暴力団が県民の生活及び社会経済活動に不当な影響を与える存在であることを認識した上で、暴力団を恐れないこと、暴力団に対して資金を提供しないこと及び暴力団を利用しないことを基本として推進されなければならない。
2 暴力団の排除は、県、市町村及び県民等による相互の連携及び協力の下に推進されなければならない。」 と定め

第5条(県民等の責務) で、「県民は、基本理念にのっとり、暴力団の排除のための活動に自主的に、かつ、相互の連携協力を図りながら取り組むよう努めるとともに、県が実施する暴力団の排除に関する施策に協力するよう努めるものとする。
2 事業者は、基本理念にのっとり、その行う事業(事業の準備を含む。以下同じ。)により暴力団を利することとならないようにするとともに、県が実施する暴力団の排除に関する施策に協力するものとする。
3 県民等は、暴力団の排除に資すると認められる情報を知ったときは、県に対し、当該情報を提供するよう努めるものとする。」 と、市町村や県民の暴力団排除の責務を規定しています。

 次に、この条例は、 第12条(暴力団事務所の開設及び運営の禁止) で、「暴力団事務所は、次に掲げる施設(学校・公民館など)の敷地の周囲 200メートルの区域内においては、これを開設し、又は運営してはならない。 」と定め、暴力団事務所が開設できないようにしており、

第13条(利益の供与の禁止)で、「事業者は、その行う事業に関し、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、次に掲げる行為をしてはならない。
 (1) 暴力団の威力を利用する目的で、金品その他の財産上の利益の供与(以下「利益の供与」という。)をすること。
 (2) 暴力団の威力を利用したことに関し、利益の供与をすること。
2 事業者は、前項に定めるもののほか、その行う事業に関し、暴力団の活動又は運営に協力する目的で、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、相当の対償のない利益の供与をしてはならない。
3 事業者は、前2項に定めるもののほか、その行う事業に関し、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、情を知って、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる利益の供与をしてはならない。ただし、法令上の義務又は情を知らないでした契約に係る債務の履行として利益の供与をする場合その他正当な理由がある場合は、この限りでない。 」として、県民の私たちに暴力団への利益供与行為(契約行為)も禁止しており、その第13条に違反すると、説明・資料提出義務、勧告、氏名公表の不利益が科されるようになっています(条例18条、19条、20条)。


2.さて、この宮崎県暴力団排除条例は、どのような基本視点で定められているのでしょうか?
 それは、平成19年6月19日の・警察庁「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」(第9回犯罪対策閣僚会議決議)までさかのぼることになります。 
 この指針は、暴力団被害を受けないための基本原則として次の5つの原則をうたっています。
  ① 企業組織での対応
  ② 外部専門機関との連携
  ③ 取引を含めた一切の関係遮断
  ④ 有事における民事と刑事の法的対応体制
  ⑤ 裏取引や資金提供の責任における内部統制システム構築
 この中での「取引を含めた一切の関係遮断」は、「暴力団を恐れないこと、暴力団に対して資金を提供しないこと、暴力団を利用しないこと」の暴力団三ないスローガンにうたわれているように、市民個々人、そして社会全体が、暴力団とは契約関係も含めて一切関係しないことを要請したものです。
 この要請を実現するためには、逆に、暴力団と関係する取引をした一般人のほうを処罰するなり、警告する方策が功を奏するという考え方が出てきます。そもそも、警察の暴力団取り締まりが強化されてきても、暴力団が存在し続けてきているのは、みかじめ料なり賭博掛金なり社会の一人一人が何らかの利益供与を暴力団にしているからです。本来はそのような悪質な供与をしている個人や事業者をも処罰することで、暴力団へ利益が渡らないようにする必要があるわけです。例えば、福岡県暴力団排除条例は、その種の処罰規定を設けていますが、社会を裏切って暴力団と取引をしたりした者は暴力団と同じように処罰する(社会全体が暴力団と対峙しなければならない)との視点なのです。
 宮崎県暴力団排除条例では、一般人を処罰する規定までは盛り込んでいませんが、説明・資料提出義務、勧告、氏名公表の不利益が科されるようになっています(条例18条、19条、20条)ので、同じ視点に立つ条例です。暴力団取り締りの構図を、「暴力団vs警察」から「暴力団vs社会」へと発展させている条例であると言えます。



☆次回(~条例で禁止される取引行為の例~)へと続きます。




地方公共団体と暴力団排除条例について2

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 前回に引き続き、今回は、宮崎県暴力団排除条例第15条(利益の供与の禁止)に触れる取引がどのようなものがあるかを具体的に考えてみましょう。

【条例で禁止される取引行為の例】

① 建築会社が、マンション建設に反対する地域住民を黙らせるために暴力団の指定する建設業者を下請けに入れて、地域住民との交渉・対応をさせた。・・・1項1号?

⇒ 条例15条1項1号は「暴力団の威力を利用する目的で、金品その他の財産上の利益の供与すること」を禁止していますが、「下請に入れる」ことは「その他の財産上の利益の供与すること」になりますので、禁止される行為です。

② 交通事故の示談交渉を暴力団員に代行させ、解決したときに謝礼金を暴力団員に払った・・・1項2号?

⇒ 条例15条1項2号は「暴力団の威力を利用したことに関し、利益の供与をすること」を禁止しています。「示談解決した時の謝礼金」は、「利益の供与」(金品その他の財産上の利益の供与)」になりますので、禁止される行為になります。

③ 風俗営業者が暴力団に「みかじめ料」を支払うこと・・・2項?

⇒ 条例15条2項は「暴力団の活動又は運営に協力する目的で、暴力団員等に相当の対償のない利益の供与をしてはならない」としています。「みかじめ料」とは、「用心棒代金、店でトラブルが起きた時に解決してくれる」という目的で払う金銭のことですから、暴力団の「シマを守る」という活動に協力をしていることになり、「みかじめ料」を払っても暴力団は何もしないわけですから「相当の対償のない利益」になりますので、禁止される行為になります。

 暴力団の襲名披露と知ってホテルが宴会場を通常価格で利用させた・・・・3項?(安価ですると2項?)

⇒ 条例15条2項は「相当の対償のない利益」を禁止していますが、同15条3項は「相当の対償のある利益」(=単なる「利益の供与」)」も禁止しています。ホテルが宴会場を暴力団に通常価格で貸すことは、通常の取引であり、契約の自由の原則からして禁止される行為ではないはずです。しかし、暴力団の襲名披露は「暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資すること」になりますので、その範囲では普通の取引形態であっても禁止されます。しかし、暴力団とは知らないで契約した場合には、禁止される行為にはなりません。この場合に、ホテル利用代金を格安にしたりすると「相当の対償のない利益」の供与になりますので、3項ではなく、2項違反になります。このときは、暴力団と知って格安で契約するわけですから、契約の義務の履行の場合でも禁止される行為になります。


⑤ 暴力団の代紋バッジや暴力団員の名刺を作成して販売した・・・3項?(安価ですると2項?)


⇒ ④の場合と同じ解釈になりますが、この場合には、注文を受けた品物自体から暴力団の使用する品物であることが一見して分かるので、「暴力団とは知らないで契約した場合」という例はあり得ません。通常価格で契約した場合でも3項違反で禁止される行為になります。「暴力団の代紋バッヂや名刺」を作る契約は、作る名刺に「暴力団○○組」とか「暴力団の肩書(「若頭」等)」が書いてあるものを注文してきているので、当然相手が暴力団だと分かるからです。


⑥ 暴力団事務所と知って、建物の内装を格安で工事した・・・2項?(適正価格であれば3項?)

⇒ ⑤と同じで禁止される行為になります。


⑦ 暴力団事務所と知って、水道供給契約をして水道水を提供した・・・☆3項×?(法令上の義務?)

⇒ 水道供給契約は、水道事業者として各地方公共団体が契約当事者になっていますので、条例15条3項の「暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資すること」の中の「助長行為」になるとすれば、暴力団対策の有効な策になるだろうと思われますが、これを現実に実践するとなると現場は大変な混乱が起こるかもしれません。しかし、仮に水道水供給契約が「助長行為」に該当するとしても、水道法15条(給付義務)1項で「水道事業者は、事業計画に定める給水区域内の需要者から給水契約の申込みを受けたときは、正当の理由がなければ、これを拒んではならない。」との定めがありますので、行政解釈としては、条例15条3項但書の「法令上の義務として利益の供与をする場合」となり、禁止行為にはならないと解釈されるのではないかと思います。個人的には、禁止行為になるという解釈の余地もあろうかと思います。


⑧ 暴力団員の刑事事件の弁護を弁護士が適正報酬を約束して刑が軽くなるように弁護活動した・・・・☆3項×?

⇒ 弁護士の弁護依頼契約が「暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資すること」になるかという問題点があるわけですが、弁護士には刑事事件の弁護をする義務がある(正当な理由がないと弁護依頼を拒否できない。)という立場に立てば、条例15条3項但書の「法令上の義務として利益の供与をする場合」となり、禁止行為にはならないと解釈されます。


④⑤⑥あたりの取引は、事業者にとっては酷なようにも見えますが、処罰規定ではなく、契約関係の説明やその際の相手方の資料を提出する義務、警告を受けるというだけの不利益であり、その効果は今後の暴力団情報を警察に提供するという有意義な効果ですから、禁止行為とされても社会的に相当な制約にすぎないと思われます。



☆次回(次回「~条例で禁止される行為と暴力団等の人権~」へと続きます。 )




地方公共団体と暴力団排除条例について3

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 8月1日に「宮崎県暴力団排除条例」が施行されました。7月26日には、宮崎県、教育庁、県警本部を中心に民間業界等約500名の県民が集まり、暴力団排除条例施行に向けての県民総決起大会が開かれたようです。  さて、このように、条例で「暴力団である」というだけで、処罰されたり、契約を締結してもらえなかったりする取り扱いは、法律上許されるのでしょうか?

【条例で禁止される行為と暴力団員等の人権】

1.憲法の法の下の平等との関係は?

 法律上の問題としては、宮崎県暴力団排除条例により、暴力団や暴力団員は県内の事業者から取引をしてもらえないことになり、暴力団であるというだけで、本来人間が享有している衣・食・住に関する生活する権利を不当に侵害され、法の下の平等の原則(憲法14条)に違反しているのではないかという点が問題になります。条例は、法令の範囲内で定めるとされており、憲法や法律に反する条例の定めは違憲・無効となるからです。  確かに、憲法14条1項は「すべての国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と定めており、「すべての国民」の中には暴力団組長や暴力団員も含まれるでしょう。  しかし、裁判例では、「合理的な根拠に基づいて各人の法的取扱いに区別を設けることは憲法14条1項に違反しない。」(最高裁判決平成7年12月5日)とされています。  また、条例による各都道府県の取扱いの差に関しても、「憲法が各地方公共団体の条例制定権を認めている以上、地域によって差別を生ずることは当然に予想されることであるから、売春取締条例によって地域差が生じても違憲とはいえない。」(最高裁大法廷判決昭和33年10月15日)とされており、条例で暴力団員等の人権を制約することは可能とされています。

2.暴力団に水道を供給するのは?

 問題は、暴力団であるというだけで、本来人間が享有している衣・食・住に関する生活する権利(取引する権利)を制約することが合理的根拠に基づくものかどうかです。  この点で、国の行政解釈として、ひとつ気になる解釈があります。電気事業法18条や水道法15条には、事業者が「正当な理由がない限り、電気(又は水道)の供給を拒否してならない。」旨の定めがあります。  この解釈で行政当局は「暴力団であること」は「正当な理由」にはならないとの解釈をしているやに聞き及びます。前回の取引実例⑦「暴力団事務所と知って、水道供給契約をして水道水を提供した」場合を「法令上の義務」だから、条例15条3項但書により禁止されないとする結論が、その結果です。このような解釈を基本にしますと、暴力団員でも衣食住にかかわるライフライン関係の取引や契約は、条例で禁止できないのではないかという考え方が出てきます。  それに対して、「暴力団員であることは、電気供給や水道供給を拒否できる正当な理由になる。」との解釈になれば、大きな暴力団排除対策として電気や水道の供給停止が可能になります。

3.裁判例からみれば暴力団への法的規制の許容性

 最近、衣食住の「住」に関して、公営住宅から暴力団員を追い出す条例(公営住宅使用許可取消と明渡要求)が憲法14条違反ではないかが問題とされた判例が出ました。  広島地裁平成20年10月21日判決及び広島高裁21年5月29日判決では、10年くらい前から市営住宅に居住している暴力団員を後で条例改正(平成16年に暴力団員への住宅使用許可は取り消すとの暴力団排除条文の付加改正)をして使用許可を取り消して暴力団員に対して明渡しを要求した事案で、

  1.  「暴力団員であることをもって平等取扱いをしないとする点はそのとおり である。しかしながら、上記地方自治法の該当条項に照らせば、市営住宅の適正な供給とその入居者ないし周辺住民の生活の安全と平穏の確保という観点から暴力団員であることを理由として市営住宅の供給を拒絶することは相当であって不合理な差別であるということはできない。」(広島地裁判決)
  2.  「暴力団構成員であることのみによって差別することは憲法14条に違反すると主張するが、 暴力団構成員という地位は、暴力団を脱退すればなくなるものであって、憲法のいう「社会的身分とはいえず、暴力団のもたらす社会的害悪を考慮すると、暴力団構成員であることに基づいて不利益に取り扱うことは許されるというべきである。(合理的な差別であるので憲法14条に反するとはいえない。)」(広島高裁判決)

との判断をしています。
 これによれば、衣食住に関するライフライン関連取引であっても、「暴力団員であることを理由に、取引禁止・契約拒否をしても、憲法違反にならない。」との解釈の方向性が示されたことになります。
 私も宮崎県暴力団排除条例は、憲法の平等原則に反する条例ではないと考えます。 以上

議会議員の兼職禁止について

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 4月の統一地方選挙も、東北大震災の最中に被災地を除いて行われ、地方公共団体の新しい長、新しい議員が誕生しています。
 地方公共団体における首長や議員は選挙で選ばれる「特別職の地方公務員」であり、試験採用される一般公務員とは異なる取扱がなされる場合が多くあります。
 特別職とは次に掲げる職であるとして地方公務員法第3条第3項に定めてあり、法律に特別の定めがある場合を除き、特別職である公務員には地方公務員法は適用されないという取扱になります(地方公務員法第4条第2項)。例としては、「就任について公選又は地方公共団体の議会の選挙、議決若しくは同意によることを必要とする職」として、都道府県知事、市町村長、議会の議員、副知事、副市町村長、行政委員会の委員などが挙げられます。
 取扱の異なるその一つが、兼職禁止規定です。地方公務員法第38条では、一般職の公務員に関して「職員は、任命権者の許可を受けなければ、営利を目的とする私企業を営むことを目的とする会社その他の団体の役員その他人事委員会規則で定める地位を兼ね、若しくは自ら営利を目的とする私企業を営み、又は報酬を得ていかなる事業若しくは事務にも従事してはならない。」と一般的に営利行為全般の兼業禁止となっていますが、他方、地方公共団体の首長については、地方自治法第142条に「 普通地方公共団体の長は、当該普通地方公共団体に対し請負をする者及びその支配人又は主として同一の行為をする法人(当該普通地方公共団体が出資している法人で政令で定めるものを除く。)の無限責任社員、取締役、執行役若しくは監査役若しくはこれらに準ずべき者、支配人及び清算人たることができない。」との定めがあり、また、地方公共団体議会の議員については、地方自治法第92条の2に「 普通地方公共団体の議会の議員は、当該普通地方公共団体に対し請負をする者及びその支配人又は主として同一の行為をする法人の無限責任社員、取締役、執行役若しくは監査役若しくはこれらに準ずべき者、支配人及び清算人たることができない。」との定めがあり、地方公共団体からの請負契約等の利害関係がない企業に関しては、営利目的行為を可能ということになります。会社経営者が町長になったり議員になったりする場合などがありますが、それ自体が問題とならないのは、特別公務員には、原則として兼業禁止がないからです。

(質 問)

 ① 村が管理委託している「○○村観光協会」の理事長が村議会選挙に立候補する予定であるが、上記協会団体が、「請負すると同一の行為をする法人」に該当し、議員の兼職禁止になるのか。

 ② 観光協会の理事長ではなく「理事」の場合も禁止されるのか。

 ③ 兼業禁止に関する決定は、選挙時点で判明する場合には選挙管理委員会、当選後は議会(2/3以上の多数決議)が行うことでよいか。

 ④ 同人は、バス会社の社長であり、村の委託運行が大半である。このバス会社の社長は辞退するが顧問という関係は残しておきたいと希望しているが、顧問であれば兼業禁止に触れないか。

<回 答>

 本件の参考判例として、東京高裁平成15年12月25日判決(議員と社会福祉協議会会長理事の兼任は地方自治法92条の2の禁止に該当しないとした事例)があります。 地方自治法92条の2の兼職禁止団体の判断基準については、地方公共団体からの請負が同団体の業務の主要部分を占め、当該請負の重要度が首長(議員)の職務執行の公正・適正を損なう恐れが類型的に高いと認められる団体をいい(最高裁昭和62年10月20日判決)、請負代金の収入比率が半分を超えて、その請負事業の重要度が、公平・適正を損なうような事情が見られる場合には、兼業禁止となるとされますが、相談例では、補助金を除く業務委託費(請負代金)は、収入4273万円に対して約770万円しか占めておらず、また、その団体の事業は、村の観光振興・雇用促進事業の公益目的を有するものであり、理事長の報酬も無償であるということから、地方自治法92条の2の禁止に該当しないと思われます。以下、各相談事項に回答しますと、

 ① について、 議員の兼職禁止(地方自治法92条の2)には該当しない。

 ② について、 議員の兼職禁止にはならない。仮に、兼職禁止に該当する場合には、団体意思の決定権を有する場合を「準ずるもの」としているので、理事でも兼職禁止となる。

 ③ について、 当選証書交付前は選挙管理委員会が判断し(公選法104条)、当選後は村議会が自治法127条で決定することとなる。

 ④ について、 バス会社は兼職禁止に触れる団体なので、代表取締役社長は辞任すべきであるのですが、意思決定権限のない「顧問」であれば、兼業禁止にはなりません。但し、顧問という形であっても、取締役会に出席して有効な意思決定へと導くような行為をして実質的に意思決定を支配している場合には、兼業禁止に触れることになります。

以上

地方公共団体と法人への財政援助の規制

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

新年度開始ですので、そろそろ「御伽噺(おとぎばなし)シリーズ」を中断して、公務員としての仕事に関連する堅い法律の話に戻りましょう。
 今回は、地方公共団体が地域活性化のために色々な活動を展開したり、援助したりする場合に、経済的バックアップをする方法として地域活性事業に関する債務負担や損失補償をするという手段を取らざるを得ない場合も出てくるのですが、その場合に、どのような法律問題があるのかを考えてみましょう。

1. まず、「法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律(以下、財政援助制限法)」(公布:昭和21年9月25日法律第24号・最終改正:平成11年12月22日法律第160号)という法律があります。その内容はわずか3条だけですので、ここに書き表しておきます。

 第1条 会社その他の法人は、他の法令又は定款にかかはらず、政府の所有する株式又は出資に対して、政府以外の者の所有する株式又は出資に対すると同一の条件を以て、利益又は剰余金の配当又は分配をしなければならない。

 第2条 政府は、他の法令又は契約にかかはらず、会社その他の法人に対し、毎事業年度における配当又は分配することができる利益又は剰余金の額を払込済株金額又は出資金額に対して一定の割合に達せしめるための補給金は、これを交付しない。
 2 前項の規定によつて補給金の交付を受けることのできない会社その他の法人について、法令、契約又は定款に特別の配当準備のための積立をすることを必要とする旨の規定があるときは、その規定は効力を失ふ。

 第3条 政府又は地方公共団体は、会社その他の法人の債務については、保証契約をすることができない。ただし、財務大臣(地方公共団体のする保証契約にあつては、総務大臣)の指定する会社その他の法人の債務については、この限りでない。

 この法律で、地方公共団体に関係するのは、第3条の保証禁止です。例えば、土地区画整理組合方式での土地区画整理事業を行う場合に、土地区画整理組合が地元の信用金庫から資金借り入れをする場合に、その市町村が借入れ債務の保証人となるような契約をしてよいかという場合に、この法律が問題となります。


2. このように地方公共団体と全く別個の他の法人や団体の債務に関して、地方公共団体が肩代りして責任を負うような処理をする具体例として、
 ① 社団法人の経理合理化(赤字解消)として、銀行からの社団法人の新規借り入れに地方公共団体が保証して資金作りを促す。
 ② 社団法人の消滅に伴う残債務を地方公共団体が引き継いで支払っていく。
 ③ 企業団地への地元企業への進出のための資金繰り協力として、地元企業が地元金融機関から資金借り入れの際に、地方公共団体が、当該金融機関との間で損失補償契約をする。 というような例も考えられます。
 さて、これらは法律上はどうなるのでしょうか?

(1) 債務引受をする場合はどうか
 法律上の債務保証の機能を有する方法として、「債務引受」という方法があります。債務保証契約は、一般的には主債務が発生する時点でその主債務の支払を保証する契約をするのですが、債務保証は、主債務者が既に債務を負っている段階で、その主債務を引き受けて、引受人が支払うという契約をすることを言います。その場合には、主債務者の支払義務を残したまま債務引受をする「重畳的債務引受」と、主債務者の支払い義務を免除した上で債務引受人のみが債務を負担して支払うという内容で債務引受をする「免責的債務引受」とがあります。 地方公共団体が、他の法人の主債務を「債務引受」することは、財政援助制限法3条の保証契約禁止に当たらないのでしょうか? 行政解釈としては、異なる下記の二つの通達があります。この二つの通達によれば、「重畳的債務引受の場合は3条違反となり、免責的債務引受は3条違反とはならない。」という結果になります。おそらく、保証契約は主債務契約を並存する形での法律関係ですから、重畳的債務引受はその保証契約関係に類似し、免責的債務引受は並存する他の債務がないので保証契約に類似しないと考えているのではないかと思われます。

(2) 損失補償契約の場合はどうか。
 損失補償とは、財政援助の一種として、特定の者が金融機関等から融資を受ける場合に、将来、その融資の全部又は一部が返済不能となって当該金融機関等が損失を被ったときに、地方公共団体等が債務者に代わって、当該金融機関等に対してその損失を補償することをいいます。この損失補償と財政援助制限法3条との関係については、福岡地裁平成14年3月25日の判決があり「損失補償契約と債務保証契約とはその内容及び効果の点で異なるものであり、また、会社その他の法人のために地方公共団体が損失補償契約を締結し債務を負担することは法の予定するところであるといえるから、損失補償契約の締結自体をもって、財政援助制限法等の法令に違反するものとはいえない。そのため、当該損失補償契約は私法上当然に無効とはいえない」として、控訴審・上告審でも同様に判断されています。 「債務保証契約」は、主たる債務が履行遅滞になると直ちに「従たる債務」として履行義務が発生するのに対し、「損失補償」は「損失」が生じて初めて補償すべきものであり、単にある債権が弁済を受ける時期が到来したのに弁済がなされないということのみをもってしては、「損失」が発生したとみなされません。具体的には、債務者が倒産あるいは、そうした事態に至っていなくとも、客観的に当該債権の回収の見込がほとんどなくなった場合に初めて「損失」となったと認識され、その時点で債務となるという点で、保証契約とは異なると判断されたものだろうと思われます。同様の行政解釈として、昭和29年5月12日自丁行発65号大分県総務部長への自治省行政課長からの回答があります。  但し、東京高裁判決平成22年8月30日‐判例時報2089-28においては、次のような区別判断がなされています。この判決では、末尾に掲示する行政解釈例に基づいて損失補償契約した場合だったのですが、その行政解釈を一部変更しています。

〈1〉 損失補償契約の内容が、主債務者に対する執行不能等現実に回収が望めないことを要件とすることなく、一定期間の履行遅滞が発生したときには損失が発生したとして責任を負うという内容の場合(保証契約と同様の内容と異ならないので)――財政援助制限法3条の類推適用があり禁止されるので、その損失補償契約は私法上無効となる。

〈2〉 損失補償契約の内容が、主債務者に対する執行不能等によって既に発生している損失を事後的に補償する内容であって、地方公共団体が不確定な債務を負うのではない場合――財政援助規正法3条の類推適用もなく、禁止されていないので、その損失補償契約は私法上有効のままである。


3.具体例についての回答
(1) 以上の見解によれば、上記具体例の①の場合は、債務保証契約なので、禁止される「保証契約」に該当するので違法となります。具体例②の場合には、本来の債務者である社団法人は消滅しているので、免責的債務引受と評価できるので、行政解釈としては、禁止される「保証契約」に該当しないので適法ということになり、具体例③の場合も、損失補償契約は、禁止される「保証契約」ではないので適法ということになります。但し、損失補償契約の場合に債務額不確定のままでの補償契約である場合には、禁止されているという見解(東京高裁判決平成22年8月30日)もありますので、十分な検討が必要となる場合もあります。

(2) 参考として、下記に行政通知を掲示しておきます。
 ○ 地方公共団体が法人の債務を重畳的に引き受けることについて
  【平成20年7月11日総財務第162号 財務省自治財政局財務調査課長から滋賀県総務部長宛】
  地方公共団体が法人の債務を重畳的に引き受けることは、「法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律」(昭和21年法律第24号)第3条で禁止されている保証契約に相当するものと解されるため、違法の疑いがある。

 ○ 地方公共団体が法人の債務を免責的に引き受けることについて
  【平成20年8月19日総財務第187号 財務省自治財政局財務調査課長から滋賀県総務部長宛】
  地方公共団体が法人の債務を免責的に引き受けることは、「法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律」(昭和21年法律第24号)第3条で禁止されている保証契約に相当するものとは解されない。

 ○損失補償契約について
  【昭和29年5月12日自丁行発65号 大分県総務部長への自治省行政課長からの回答】
  「損失補償については、財政援助制限法第3条の規制するところではないものと解する」

以上

地方公務員の身分と法律~~健康情報の詐称と採用取消(分限免職)①

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 ストレス社会の昨今、公務員においても、ストレスによる精神疾患等の治療を必要とする職員が多くなっているという報道に接したりします。今回は、公務員採用時点での問題として、健康情報の提供の問題を考えてみましょう。


(質 問)

公務員採用時の面接や健康診断において、メンタルヘルスについての既往歴(うつ病等の治療の有無等を 含む)や経歴中で仕事が困難となったり苦労したりした身体的事情はなかったか等を質問したが、その際に、「うつ病などの既往症はない。」と答えた人物を採用した。ところが、実際は、採用面接時点でうつ病の治療中で、採用後一ケ月もたたないうちに、うつ病を理由に休職を申し出た場合、条件採用期間が満了するまでは免職(採用取消し)にすることはできないでしょうか?

 
<回 答>

1. 労働安全衛生規則(昭和47年9月30日労働省令第32号)第43条(雇入時の健康診断)では、「事業者は、常時使用する労働者を雇い入れるときは、当該労働者に対し、次の項目について医師による健康診断を行わなければならない。ただし、医師による健康診断を受けた後、三月を経過しない者を雇い入れる場合において、その者が当該健康診断の結果を証明する書面を提出したときは、当該健康診断の項目に相当する項目については、この限りでない。①既往歴及び業務歴の調査 ②自覚症状及び他覚症状の有無の検査 ③・・・(以下省略)」と定めていますが、この規定の行政解釈としては、「「雇入時の健康診断」は、常時使用する労働者を雇入れた際における適性配置、入職後の健康管理に役立てるために実施するものであって、採用選考時に実施することを義務づけたものではなく、また、応募者の採否を決定するために実施するものでもない。」とされています(平成5年5月10日付け事務連絡・労働省職業安定局業務調整課長補佐及び雇用促進室長補佐から各都道府県職業安定主管課長宛て)。このことから、職員の採用は、応募者の適性と能力のみによって判断されるべきであり、採用時の不必要な健康診断により病気による就職差別につながるような状態は不適切であるとされています。


2. 採用時の不適切な健康診断による採用拒否が問題となった判例事案があります。HIVやC型肝炎など虚偽の情報が広まっていた病歴による例が裁判上で争われました。

(1) 東京地裁平成7年3月30日判決・判例時報1529‐42 :タイ現地法人派遣HIV解雇事件
Ⅰ: 事案の概要:原告(X)は、被告会社Aとの間で、タイ現地法人(被告会社B)への派遣労働を内容とする雇用契約を締結し、タイ渡航後、被告会社Bの指示で、就労ビザ申請のための健康診断を受けたが、原告Xには無断でHIV(ヒト免疫不全ウイルス)抗体検査が実施された。被告会社Aは、抗体検査の結果が陽性であることを告げ、その後解雇した。
Ⅱ: 裁判所の判断⇒解雇無効、著しく社会相当性の範囲を逸脱した違法行為と判断された。

(2) 東京地裁平成15年5月28日判決・警視庁HIV無断検査採用拒否事件
Ⅰ: 事案の概要:原告Xは平成九年に警視庁採用試験に合格し、翌年警察学校に入校したが、その際入校者全員に身体検査が行われ、採取された血液が警察学校に送られ、HIV抗体検査が行われた(入校者へのHIV抗体検査をする旨の説明もなく、同検査への同意、拒否の確認もなされなかった)。原告Xの検査結果で陽性反応が出たため、警視庁担当官が原告Xに対して「君の健康状態は良くない。免疫力が相当低下している。このまま仕事を継続することは困難だろう。今回の就職は諦めて欲しい。」などと話、動揺している原告Xに、入校辞退願を作成させ提出させた。
Ⅱ: 裁判所の判断
 * 「HIV感染の事実から当然に、警察官の職務(警察学校における訓練も含む)に適さないとはいえず、本件HIV抗体検査は、本人の同意なしに行われたというにとどまらず、その合理的必要性も認められないのであって、原告Xのプライバシーを侵害する違法な行為と言わざるを得ない。」
 * 「警察病院は、HIV抗体検査を行うにあたり、実施及び結果通知に関し、本人の同意の有無の確認等を一切行わず、警視庁から依頼されるまま、漫然と検査を実施しその結果を伝えたものであり、医療機関に求められる留意事項に顧慮することなく、故意又は重大な過失で、原告のプライバシーを侵害する違法な行為に該当するというべきである。」

(3) 判例分析
 以上の判例の見解は、健康情報において、現実に発症している状況でもない段階で、労働力提供に現実的に支障のない病気感染について、「本人に無断で」検査したり、情報を取得したりしてはならないとして、プライバシーの侵害をした違法な行為としたものです。(次号にて、このような判例の立場から、本人が病歴詐称した場合の問題点を検討しましょう。)

参照文献・経営法曹163号(拙稿)に一部記載

以上

 

地方公務員の身分と法律~~健康情報の詐称と採用取消(分限免職)②

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

  1. HIV診断訴訟の問題点
     採用時の健康診断で、「本人に無断で」HIV血液検査をした場合には、不法行為となるというのが判例でした(前号参照)。
     さらに、個人情報保護法第17条では「個人情報取扱事業者は、偽りその他不正な手段により個人情報を取得してはならない。」とされていますので、「本人に無断で」個人情報である「健康情報を取得することは法律違反になることも明らかです。また、労働力提供に現実的に支障のない病気感染について、そのことを理由に採用拒否したり解雇したりすることも、解雇権の濫用となり、解雇は無効となるということも明らかでしょう。
  2. 就労に必要な健康情報を得ることは許されるのでは?
     しかし、現実に病気が発症しており、病気休暇を取らざるを得ないというように現実の労働提供に支障を生じるような病気・治療等の健康情報の取得は、採用権者においては、適性及び能力を判断するための必要且つ合理的な理由に基づくものであり、その情報がプライバシーの範疇にあっても、本人の同意の下で取得することは、何ら違法ではないというべきであり、HIV診断判例はこの点まで否定しているものではありません。なお、個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)でも、センシティブ情報 (※註)について取得禁止の特別規定は設けていませんので、人の病歴等の健康情報の取得自体も禁止されていません。

    (※註)「センシティブ情報」とは、健康、病気、学歴・経歴、思想信条、家族状況、資産状況などのように、プライバシーの侵害になりやすい取り扱い要注意情報を意味します。

  3. 経歴詐称による懲戒解雇の法的問題

     そこで、次に問題となるのが、そのような面接質問に対し、採用応募者は、どのように対応できるかという点です。まず、「プライバシーに関することなので御答えできません。」と対応する権利を有しています。それに対して、会社側は、健康情報を与えないという一事をもって、採用拒否をしたり、解雇したりすることは基本的にはできないと思われます。

    (1) 健康情報に関する虚偽回答と「経歴詐称」
      しかし、採用応募者において、病気中でありながら、積極的に「健康上の異常はない。既往歴もない。」と積極的に虚偽の回答をしていた場合はどうでしょうか。
      経歴詐称が問題となった判例(仙台地裁昭和60年9月19日マルヤタクシー事件判決等)で、「使用者が雇用契約を締結するにあたって相手方たる労働者の労働力を的確に把握したいと願うことは、雇用契約が労働力の提供に対する賃金の支払という有償双務関係を継続的に形成するものであることからすれば、当然の要求ともいえ、遺漏のない雇用契約の締結を期する使用者から学歴、職歴、犯罪歴等その労働力の評価に客観的にみて影響を与える事項につき告知を求められた労働者は原則としてこれに正確に応答すべき信義則上の義務を負担している。」との基本原則が認められています。
      それでは、健康情報に関する事項は「その労働力の評価に客観的にみて影響を与える事項」と言えるでしょうか。労働関係法令が、労働安全衛生や労働災害防止まで配慮し、使用者に安全配慮義務を課しているのは、労働者の生命・身体の保護を図るとともに、健全な労働力が求められているからであり、使用者が健全な労働力得て維持管理することは労働の本質とする部分であり、「健康情報に関する事項」は、まさに「その労働力の評価に客観的にみて影響を与える事項」であります。実際に、本設問にあるように、「雇用後、一ケ月もたたない内に、病休・休職となって」労働力の提供ができなくなっているわけです。

    (2) 私見
      私としては、本設問では、「その労働力の評価に客観的にみて影響を与える事項」であるうつ病等のメンタルヘルスに関する既往症、面談時での症状等を質問したにもかかわらず、「プレイバシーの情報なので御答えしたくない。」と拒否するならともかく、「うつ病などの既往症はない。」と答え、うつ病で通院治療中である事実を告げなかったのは、「重要な経歴詐称」に該当するものであり、健康情報がセンシティブ情報でプライバシーの保護の要請があるということだけをもって、その不当性を払拭できるものではなく、使用者(任命権者)は、条件付採用期間中においては、当該職員の採用取消をすることもできるし、その後の本採用後においては、分限事由又は懲戒事由の「心身の故障による職務遂行への支障・適格性欠如」「全体の奉仕者に相応しくない非行があった場合」に該当するものとして、免職できると考えます。
      但し、うつ病の既往症があったが、面接時に完治していた場合は、うつ病の既往歴のみで採用拒否(採用取消や免職)をすることは、病歴による不当な差別となり、そのような取り扱いは不法行為となることは留意すべきです。

    参照文献・経営法曹163号(拙稿)に一部記載

地方公務員の出張~航空機利用の場合にマイルを取得していいの?

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

今回は、公務員の皆さんを取り巻く法律問題のひとつを考えていきましょう。

 公務員の皆さんは、公用で東京などに出張される場合に、航空機を利用されることがあるかと思いますが、その際、航空会社のマイレージ(マイル)サービスを受けたりされている方もおられると思います。しかし、私の知る国家公務員の旅費の取扱例で、「公用で航空機を利用してその旅費支給を受ける場合には、マイレージサービスを受けてはならない。」として、航空機利用の搭乗券半券の提出(半券にマイルを取得したか否か記録される)を求めている官庁もあります。また、ホテルパックでの航空機利用を認めない官庁もあります。(理由は、ホテルパックでは、旅費法にいう旅費と宿泊以外の個人的朝食代が含まれていて、旅費と宿泊代につき、現に支払った額が不明となるからということのようです。)なお、某大手航空会社○○航空も、昨年10月に、「株式会社企業再生支援機構に対し、○○航空グループの再生支援の依頼と再生支援に関する事前相談を開始し(この事前相談は、○○航空の事業継続及び経営再建のために行なうもの)、○○航空は、引き続き航空輸送事業及びマイレージをはじめとするサービスの提供を継続させていただきます。」と発表し、支援機構も「マイレージは従来どおり利用できる」と発表しているようですし、それなりのマイレージの取得価値はあると思います。
  さて、公用での出張の際に航空会社のマイルサービスを受けることは、公務員として法律上問題はないかを考えてみましょう。

 
  1. 公務出張と旅費支給
     まず、基本的なことからお話していきますと、地方自治法第204条第1項に「普通地方公共団体は、・・・常勤の職員・・・に対し、給料及び旅費を支給しなければならない。」との規定があり、同条3項に「給料、手当及び旅費の額並びにその支払方法は、条例でこれを定めなければならない。」との規定があります。
     この規定に基づき、各地方公共団体では、旅費の種類や計算方法、請求手続などを条例で定めて、条例に基づいて支給するというのが通例ですが、内容は、国家公務員の旅費支給について定める「国家公務員等の旅費に関する法律」(旅費法)と同様の定めをしている例が多いと思います。法律上の旅費の定義としては「旅行をした職員に対して旅行中に必要となる交通費、宿泊料等の旅行中の費用を償うための費用弁償として支給される金銭」とされています。旅費法第3条第1項は「職員が出張した場合には、当該職員に対し、旅費を支給する」と規定し、6条1項で、旅費の種類は、「鉄道賃、船賃、航空賃、車賃、日当、宿泊料、食卓料」などと規定されており、更に、18条で、「(国内旅行の)航空賃の額は、現に支払った旅客運賃とする。」と定めてあります。
     航空運賃の旅費の請求に関しては、旅費支給規程第7条で「内国旅行の場合は、時刻表等により旅客運賃を確認できない場合など支出官が必要と認める場合には、その支払いを証明するに足る書類等を添付しなければならない。」とされており、証明書類の内容が各庁バラバラで、搭乗証明書だったり、搭乗券半券だったり、旅行社の領収書だったりしているようです。
     
  2. 航空運賃とマイレージサービス
     航空会社のマイレージサービスとは、会員旅客に対して搭乗距離に比例したポイント(一般的に単位はマイル)を付加し、そのマイルに応じた無料航空券、割引航空券、座席グレードアップなどのサービス提供のことをいうのですが、厳格には、搭乗時に受けるサービスというよりも、マイル集積後に使用する際のサービスということになります。

    (1) マイレージポイントの利得性
     税法上の「所得」の観点からは、2001年7月3日発行の納税通信によれば、納税主務官庁である国税庁が「マイルは小市民的な喜びや景品の一種と考えるのが適当。お金の出所が会社ということからもマイルは課税対象にならない」という見解を示していたのですが、2003年の所得税関係質疑応答事例集によれば、「業務による出張で発生したポイントを利用者である従業員の名義で獲得した場合、それは実質的に出張を命じた企業から従業員への贈与による一時所得になる」という見解に変わっています。(但し、所得税の一時所得には50万円の特別控除があるため、他の一時所得も加算して特別控除額を超える場合に所得税が課税されることになります。)。このような観点から、会計検査院と法務省は個人名義でのマイル取得を禁じているようです。その理由は、公務員が公費の支給金から個人的な利得を得る(マイレージは何らかの経済的利得となる)ことは相当ではないとの理由のようです。


    (2) 旅費支給額への影響の有無
     それでは、マイレージを取得した場合には、航空賃は減額されたりして支給しなければならないというように旅費支給に影響を与えるのでしょうか?
     国内旅行の航空賃の支払いは「現に支払った額」(旅費法18条)を支給することとされているのですが、マイレージサービスは、当該旅行で使用する航空機の旅客運賃を割り引くものではなく、旅客運賃とは別個に「搭乗距離に応じてマイルを積立て、積立マイルに応じた特典を付与するだけであり、職員が航空機に搭乗するために「現に支払った金員」には全く変動はないサービスです。マイレージサービスのない航空機利用の場合と何ら「現に支払った(旅客運賃)額」の差額は発生しませんし、旅費法では「現に支払った額」(旅費法18条)を支給するということですから、旅費支給額には何ら影響は与えないと解さざるを得ないのではないかと思います。(なお、このことは、前述の税法上贈与課税の対象となるとする問題とは直接には関係はないと考えます。)


    (3) マイルの私的使用の問題点
     職員が公務上の旅行で取得したマイルを私的に使用することは、そのような使用を認めることを前提に、税法上「贈与課税対象」と看做しているものとも考えられます。上記の税務上の見解に基づき、民間会社などでは「社用出張の際のマイル取得分を会社出張用の航空券に充てる」という方策を取り、贈与課税対象とならないようにするとの取扱例があるようですが、私は、取得マイルの使用対象を公用や社用に限定することは個人の同意を得ないとできないのではないかと思います。なぜなら、マイルサービスは、法人・団体に認められず、個人を対象にしているサービスであり、航空機に搭乗した個人全員に与えられるものでもなく、個人的にマイレージ会員となった者だけに与えられるサービスであり、マイル取得は、かかる個人的な会員契約に基づく利益にすぎないもので、航空運賃を負担する者(団体や会社)が当然に取得できるものではないからです。


    (4) 公費出張にマイル特典を使用して旅費を浮かした場合
     それでは、マイルサービスでの航空券の無料購入ができたので、その航空券を使用して公用の出張をした場合、旅費の支給は受けられるでしょうか?
     国内旅行の航空賃の支払いは「現に支払った額」(旅費法18条)を支給することとされています。マイル特典の無料航空券を使用した場合は「現に支払った額」はゼロ円ですから、このような場合には、旅費支給はできないし、職員は支給を受けることはできないと解釈されます(同旨・山野岳義他2名「第一法規・実務と理論」)
     地方公共団体も経費削減の要請が強くなり、公費出張のメリットは無くなってきていると思いますが、旅費の点でも、法律に基づいた考え方で慎重に対応していくことが必要でしょう。

以上

 

木の枝と木の根っこ

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 地方公共団体からの法律相談を担当をしていますと、道路をめぐる責任問題の相談が多いのですが、今回は、その相談の一例を簡単な事例形式にして、法律的な解釈をしてみましょう。

(質 問)

 A市の市道の脇の私有地(Bさん所有)から、大きな樹木の枝が市道のほうへ入り込んだ状態になっていて、自動車を運転していたCさんのトラック(自動車)のフロントミラーがその枝に当たって、ミラーが壊れてしまいました。Cさんは誰に損害(ミラーの修理代金)を請求できるでしょうか?(特にA市に対して賠償請求できるのでしょうか?)


 <回 答>

1.まず、樹木は植物として生きていますが、人間と違って権利や責任の主体にはなれません。「物」としての樹木等を所有する者や管理責任のある者が、その責任を負うことになります。(*「者」と「物」の区別・・・「者」は権利責任の主体であり「物」は権利責任の客体にすぎない)        

2.樹木の所有者Bさんには樹木の管理ミスとしての責任があるでしょうか?

(1) 樹木の所有権という権利は、信義に即して行使し権利の濫用はできないとなっていますし(民法1条、206条)、他方、市道という土地を所有管理するA市の市道の権利範囲は「土地の所有権は法令の範囲においてその土地の上下に及ぶ」(民法207条)とありますので、「Bさんの樹木の枝が市道ほうへ入りこんだ状態」は他人の所有権を侵害した状態(A市の道路の上を侵害している)であり、道路通行の障害になっている以上はBさんの樹木の管理は十分ではないということになります。その結果、第三者である道路通行人や通行車両に怪我や損傷を与えた場合には、不法行為(民法709条)となりますので、Bさんはその損害を賠償しなければなりません。  


(2) しかし、Bさんが一方的に悪いのでしょうか?トラックを運転していたCさんも前方注視義務があり樹木の枝が道路に出てきているのであれば、それを避けて運転できたでしょうし、枝との衝突を避ける手段はいくらでも取れたかもしれません。そこで、運転手Cさんにもミス(過失)があるような場合には、過失相殺(相互の過失割合で損害額を減額していく方法:民法722条・418条)がなされ、樹木の所有者Bさんはミラー修理代金の全額ではなく、一部だけを支払うことで足りることになります。

3.問題は、トラックを運転していたCさんが、A市に対して損害賠償請求ができるかという点です。地方公共団体に対する不法行為の損害賠償請求は、国家賠償法に基づいて請求する仕組みになっています。国家賠償法2条1項で「道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体はこれを賠償する責に任ずる」と定めてあります。問題は、「Bさんの樹木の枝が市道のほうへ入りこんだ状態」が「道路の管理瑕疵」になるかどうかです。参考に、樹木の枝でなく「Bさんの樹木の根っこが市道のほうへ入りこんで道路面を危険にして いる状態」との比較をして考えてみましょう。  


(1) 民法233条に面白い条文があります。「1.隣地の竹木の枝が境界線を越えるときは、その竹木の所有者に、その枝を切除させることができる。2.隣地の竹木の根が境界線を越えるときは、その根を切り取ることができる。」と定められています。簡単に言うと「人の土地に勝手に入り込んできた竹の子は根っこだから勝手に切っていいけど、桜の木の枝が入り込んでも勝手に切ってはいけないよ。お隣さんに切りなさいと請求できるだけだよ。」って感じの条文になります。 木の枝と木の根っことで違う定めをしている理由は、木の枝なら切らないで曲げるなどの方法で修正できる場合もあるし、侵害の態様が直接的でないし、他方、木の根っこの場合には、土地の表面や地中を直接侵害しているので侵害の態様が直接的なので勝手に切らせてもらってもいいという趣旨でしょう。  


(2) そうすると、問題に戻って、Bさんの樹木の根っこがA市道に入り込んでいる場合には、道路表面の変化も生じており、A市で勝手に切断して安全な道路にして管理することができるのですから、それを放置して自動車事故や自動車損傷が発生した場合には「道路の管理瑕疵」ということで賠償責任を負わされてもやむを得ないと思われます。 しかし、本問のように樹木の枝の場合はどうでしょう。A市はその枝を勝手に切ることはできないのです。樹木所有者のBさんに「危ないので枝を切ってください。」と要求できるだけなのですから、道路を自分の行動だけで安全な状態に戻すことはできません。私としては、このような場合には「道路の管理に瑕疵があった」とは即断できないのではないかと思います。  


(3) 但し、交通利用者からA市に対して、「危険な枝が出ている。」等との連絡が入っていたのに、樹木所有者のBさんに「切除要請しないままで」漫然と放置していた(道路上の注意標識の設置など可能な防止措置などもしていなかった)場合には、道路管理ミス=「道路管理の瑕疵」となる場合もあると考えられます。そのような事例で公共団体の道路管理のミスを認定して、A市の賠償責任を認めた判例もあります(平成15年2月26日千葉地裁控訴審判決参照-賠償責任は認めています。これは、道路に木の枝が張り出していることを関係者が市に通報し、その改善を何度も要請し、市が伐採請求をする時間的余裕が十分にあったにもかかわらず、伐採請求すらしていない事案のようですし、この判決でも、実際には通行人にも過失があり、過失割合は4割として全額の賠償は認めていません)。

以上

 

高齢者植木職人の落下事故と法的責任

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 今回は、公務員関係の法律から少し離れて、法的責任の判断の仕方について、参考になる具体例を通じて気楽にお話ししてみたいと思います。ある方から、次のような質問を受けました。

 (質問)

 先日、NHKの土曜日・お昼の法律相談番組を見て、不思議に思ったことがありました。相談内容は「元プロの植木職人で、依頼人に頼まれた70歳の人が松の剪定中に木から落下して大怪我。依頼人に責任はあるのか?」っていうことで、番組の弁護士さんの回答は、「依頼人に責任は無い。個人事業主のような元プロの職人さんだから、個人責任になる。」っていう回答でした。私はいくら元プロでも70歳だから、少し危険なことをさせるのに、そのことを思わないで頼んだ人にも、多少の責任はあるって思ったのですが、なぜ依頼人は責任を負わなくていいんでしょう?特に、自動車の運転者責任と比較しますと、もし他人を善意で車に乗せて、同乗者に人身事故を起こした場合でも、これは善意と責任は別物っていうことで、運転手さんに責任が生じるのですから、そのような場合とはどう違うのかなあと思っています。この二つの例で、法律上の責任の度合いの違いが、なぜ違うのか教えてくださ~~い。

 
<回答>

1.最初に、法的形式へのあてはめをしてみますと、植木職人事案は、「請負契約関係」、自動車同乗者事案は「契約関係なし」か「自動車無償同乗契約」かのいずれかになります。契約が異なるわけですが、問題は、それらの契約内容が相手方の安全に配慮しなければならない要素を有する契約か否かという違いを検討してみる必要があります。
まず、請負契約は、相手の労働を支配せず、相手の自主的な労働に基づき完成した仕事の結果に対して報酬(剪定代金)を払うという契約であり、依頼人は、植木職人の行動や労働場面を支配していません。このことから、植木職人は、依頼者に拘束されない状態での自由な状態で仕事できるので、別人の依頼者に植木職人の安全配慮義務を認めるのは難しいということになります。
他方、自動車無償同乗契約は、自己の車に乗せて、自己の運転で本来危険性を内包する高速走行の運転で無償で移動するという契約か、又は、人が人を自己の自動車運転の支配内においているという事実関係でありますので、同乗者の行動・身体の自由を事実上拘束し支配している関係にあると言えます。このことから、運転者は、同乗者を支配している以上は、同乗者の安全を支配しているわけですからその安全に配慮しなければならないということになります。

  

2.次に、負傷の原因については、植木職人事案は、「職人自身のミスによる落下」、自動車同乗事案は「同乗者のミスはなく、運転者のミスによる事故」ということであり、負傷の原因が自分にあるか、相手方にあるかで根本的に違います。(但し、自動車同乗事案でも、例えば、こちらの運転ミスはなく、衝突したもう一台の車の一方的ミスが事故の原因であった場合には、こちらの運転者は同乗者の負傷に責任は負いません。もう一台の車の運転者が負傷の責任を負うからです。)
このように、法的責任は、損害の発生(負傷)に直接関係する行為者が責任を負うという構成でできています。
なお、植木職人事案の請負契約の場合でも、依頼者が壊れかけた梯子を貸与してそれが原因で落下したり、通常あり得ない危険な作業を職人に指示してやらせていた場合などのように、依頼者に植木職人の業務の危険性を発生させたような原因がある場合には、その負傷の直接の原因を作っているとも評価できますので、依頼者が責任を負う場合もありえます(民法636条参照)。その点、高齢者に頼んだということ自体に責任はないのか?という疑問は基本的には正しい法的感覚だと思いますが、反面、高齢者に頼んではいけないというような社会的基準もないだろうと思います。
最後に、参考として述べておきますが、植木職人事案の場合に、請負契約ではなく、労働雇用契約である場合もあり得ます。例えば、大邸宅で庭木の手入れ管理する者として植木職人技術を有する者を月給を支払う形で雇い入れた場合です。この場合には、植木職人は自分の判断で仕事をするというより、使用者(ご主人)の指揮命令に従って植木の手入れ管理をしていくことになり、その労働自体を時間的にも場所的にも拘束され支配されている関係になりますので、使用者(ご主人)は、植木職人(労働者)への安全配慮義務はあるということになります。

  

3.結論
以上の二点の違いから、植木職人事案と自動車同乗者事案では契約の性質(植木職人はプロとして自分の判断・自分の危険管理の下で仕事しているが、好意同乗者は、自分では危険管理はできず運転者の危険管理の下にある等)から違いがあるので、依頼者等の責任の有無について結論が異なるようなことになるわけです。

 
  

公務員の刑事犯罪と法律(~収賄罪逮捕を中心に~):その1

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 山笑い、風光る4月の時期に、新しく公務員生活を始められる方々も多いでしょう。公務員生活は「入り口」としての採用と「出口」としての退職で完結するのですが、公務員としての職務遂行中に様々な誘惑や失敗が起こることもあるでしょう。そういう場面で正当に対処できるために、法律を知って自分の防禦武器としておくことも必要でしょう。そこで、電子化された「何でも法律塾」の1回目として、公務員の地位を全とうしていただくために「公務員の刑事犯罪」を警告的に検討してみたいと思います。

  1. 公務員の法的扱いの特殊性
     公務員採用試験に合格して、公務員の地位を取得すると、民間人と異なり特殊な法的扱いがなされることが多くあります。憲法上は、「公務員は全体の奉仕者」(15条2項)とされ、地方公務員法上は「その意に反して免職・懲戒等をされることはない。」(地公法27条)として身分保障されている反面、職務専念義務・守秘義務・営利事業従事禁止等の職務上の多くの義務負担があり(地公法30条~38条)、更に、刑法上においては、公務員職権濫用罪(刑法193条)や収賄罪(刑法197条)で公務員だけが処罰される犯罪も規定されている立場にあります。特に、全国的に新聞テレビのニュース報道で取り上げられるのは、収賄罪です。そこで、今回は、公務員の収賄犯罪が当該公務員においてどのような経緯を辿って地位を喪失するかを検討してみましょう。
  2. 公務員の刑事犯罪(収賄罪)と刑事裁判等の法律手続き

    (1)  刑法197条1項は「公務員がその職務に関して賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処する。この場合において請託を受けたときは7年以下の懲役に処する」と規定しており、「公務員になろうとする者」も「公務員であった者」も事前収賄罪・事後収賄罪として処罰される場合がある規定になっています(刑法197条2項、197条の3)。
    「五年以下の懲役」というと最低刑は何年なの?と思いますよね。刑法12条に「懲役は、無期及び有期とし、有期懲役は1月以上20年以下とする」と定めてありますので、「5年以下の懲役」とは「最長5年、最短1月の懲役」という意味になります。
    ところで、賄賂とは、金銭や品物をもらう以外にも、「接待を無料で受ける」というような経済的利益を受ける場合も含まれますので、職務上関連する業者や関係者と一緒に飲食して奢ってもらうということは、収賄罪になる危険性が高くなります。公務員として、まず、気をつける点です。

    (2)  収賄罪で公務員が逮捕されますと、次のような人事上の問題が手続されます。
    逮捕(勾留)とは、刑事捜査手続において捜査機関に強制的に身柄を拘束されるものであり、逮捕2日間、勾留最大20日間の期間、職場に出勤不能な状態になります。無断欠勤となるのか年休手続をするのかの問題が生じます。捜査段階では、その犯罪(収賄罪)がまだ「疑い(嫌疑)」にすぎませんので、年休処理をすることには問題はないと思います。

    (3)  警察・検察での犯罪捜査が終ると、勾留期間限度内に起訴か不起訴かが決定されますが(刑事訴訟法247条、248条)、公務員が起訴されますと、休職となります(地公法28条2項2号)。
    ですから、刑事裁判は、退職届出・辞職届出をしない限り、休職中の公務員として審理を受けることになります

    (4)  収賄罪で刑事裁判を受けると、犯情が強度に悪質でない限り、ほぼ執行猶予付きの懲役刑の判決がなされます。そのような判決を受けますと、地方公務員法16条の公務員の欠格条項「禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終るまで又はその執行を受けることができなるまでの者」に該当します(懲役刑は「禁錮以上の刑」になります。)。その結果、地方公務員法28条4項「第16条の一に該当するに至ったときは、条例に特別の定めがある場合を除く他、その職を失う。」という当然失職という取扱いとなります。

  3. 公務員の刑事犯罪(収賄罪)と分限・懲戒手続

    (1)  刑事裁判手続中に、公務員の任命権者は分限又は懲戒手続をすることができるか。 公務員が犯罪を犯し刑事捜査・刑事裁判を受けているという事実がある場合、その犯罪行為は、公務員の身分保障手続の一環でもある分限手続の「その職に必要な適格性を欠く場合」(地公法28条1項3号)や懲戒手続の「全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合」(地公法29条1項3号)にも該当することになるので、任命権者は、刑事裁判の確定(失職)を待たずに、人事処分としての分限・懲戒処分ができるかが問題となります。

    ア.  そもそも、刑事責任は、国家が司法手続きを通じて刑罰を科すものであり、他方、懲戒・分限責任は、労働関係において、人事権(任命権)を有する使用者が被用者に対して、任命権の範囲内で労働契約上の不利益を課すものであり、両者は別個の手続であり、それぞれ独自性を持つ責任を問題とするものでありますから、刑事裁判とは関係なく、職場において懲戒・分限手続を進めることは何ら問題はありませんし、刑事裁判の確定(失職)を待たずに懲戒・分限処分を出すことも可能です。

    イ.  刑事裁判の確定(失職)を待たずに、人事処分としての分限・懲戒処分をする場合、処分に必要な「事実(犯罪事実や非行事実)」の確定をどのような手続で確定するのかが問題になります。新聞報道の記事だけで確定してよいでしょうか?懲戒機関と関係の無い第三者の調査結果である報道記事だけで処分することは懲戒処分の適正に欠けると思います。少なくとも、処分対象者からの弁解を聴取する必要はあります。しかし、当の本人は逮捕され警察留置場か拘置所に身柄拘束中です。時には、弁護人以外には面会できない接見禁止が付いている場合も多く、人事担当者が警察で本人に面会して事情聴取することもなかなか困難な場合が多いと思います。警察や検察庁の担当官に事情を聴取しようとしても、捜査の秘密ということで拒否されます。

    ウ.  そこで、一般的な懲戒手続のための事実調査としては、 <ⅰ>捜査期間中は、新聞記事等の収集や弁護人からの事情聴取を検討する。<ⅱ>起訴されて裁判になって公判傍聴をして法廷での本人(被告人)の弁解を聴取する。(裁判期日前に保釈で釈放された場合には、当の本人と接触して事情聴取することもできます。)<ⅲ>刑事裁判の判決宣告まで待って、判決の認定した事実に沿って、事実を確定する、という流れで、懲戒・分限手続の事実調査手続を考えて置きましょう。そういう意味では、刑事判決の確定より前の「判決宣告」時点で、判決文の内容となっている「事実」基準に懲戒処分をするということが、最も確実な事実認定による処分ということになるでしょう。

    (2)  仮に、刑事捜査手続中又は刑事裁判手続中に、逮捕されている公務員本人が「依願退職(辞職届出)」手続をしてきた場合、どのような取扱ができるのでしょうか。依願退職手続を受理して退職させるのか、懲戒処分を実施するのかという問題です。
    この点は、退職手当金を支給できるかできないかに影響しますので、次回に詳しく検討してみましょう。

公務員の刑事犯罪と法律(~収賄罪逮捕を中心に~):その2

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

  1. 公務員の逮捕時点での懲戒処分の可否と依願退職届出(辞職届出)の受理の可否
     前回、刑事捜査手続中又は刑事裁判手続中に、逮捕されている公務員本人が「依願退職(辞職届出)」手続をしてきた場合、どのような取扱ができるのか(依願退職手続を受理して退職させるのか、懲戒処分を実施するのか)という問題を提起しました。今回はそれを検討していきましょう。

    (1) 公務員の辞職とは、「職員が自らの意思に基づき退職をすること」をいい、「依願退職」とも言われています。その申出(退職の同意)によって退職の発令(行政処分)が行われます。すなわち、退職願(申出)の法律的性質は、職員の任用が行政行為であると考えられていますので、その辞職、すなわち職を離れるについても任命権者の行政行為によらなければならないことになります。したがって、職員は、退職願を提出することによって当然かつ直ちに離職するのではなく、退職願は本人の同意を確かめるための手段にすぎず、その同意を要件とする退職発令(行政行為)が行われてはじめて離職することとなるものである(高松高裁昭35年3月31日判決・行政裁判例集11巻3号796頁)とされています。
     退職(辞職)届は、「任命権者は、職員から退職の申出があったときは、特に支障がない限り、速やかに、これを承認すべき(人事院規則8-2(職員の任免)第73条)であるが、行政執行に支障がある場合には退職を承認しないことも可能で、この場合には公務員関係は依然として存続することになる」と解されています。
     この「特に支障がある場合」については、「職員を懲戒免職等の処分に付すべき相当の事由がある場合等がある」と解されており、「辞職が承認されるまでは職員は勤務する義務があるので、その期間を無断欠勤する場合は国家公務員法第82条又は地方公務員法29条の、懲戒事由の第1号および第2号に該当する」と解されています。

    (2) そこで、任命権者としては、刑事犯罪が問題となっている職員の依願退職届出を受理して辞職承認をすることは非常に難しいと思いますが、まだ刑事事件に至らないような犯罪嫌疑事案の場合には、後日、禁固刑以上の有罪判決の時に、退職手当金の返還請求をする(例・国家公務員法第15条~この退職後の退職返還規定は、地方公共団体の退職金条例にも引き継がれています。)ということを前提に、辞任届出の承認をすることもあり得ると思います。
     しかし、公務員の逮捕にまで至ったほとんどの場合には、前述の「特に支障がある場合」すなわち、「職員を懲戒免職等の処分に付すべき相当の事由がある場合」として、辞任届出の承認をしないままで、懲戒手続を進めるという取扱いになる例が多いだろうと思います。当然のことですが、公務員が懲戒処分(懲戒免職)を受けて退職となった場合には、退職金支給制限規定(条例)が設けられており、退職手当金は支給されません。(参照・国家公務員法第14条~禁固刑以上の有罪判決の時に、退職手当金の支給はしないとの規定は、地方公共団体の退職手当金条例にも引き継がれています。)

  2. 収賄罪逮捕職員に対する退職金支給と住民訴訟
     そこで、ある地方公共団体において、次のような取扱例がなされて住民訴訟になりました。収賄罪で逮捕された公務員職員を、懲戒処分ではなく、分限免職処分をして退職手当金を支給したのです。この事案の地方公共団体条例では、分限免職処分場合には、退職手当金は支払う規定になっており、有罪判決確定後でも退職金返還義務規定は定められていなかったということで、退職手当金を支給すると、地方公共団体の財産が退職手当金名目で不当に支出したままになるという特徴がありました。
     最高裁昭和60年9月12日第1小法廷判決では、地方自治法に定められている「住民訴訟」の要件(例えば、違法対象行為は財務会計行為であることを要するとの要件等)からくる訴訟上の制約もあり、次のような判決内容になっています。

    (1) まず、懲戒免職処分にしなかったことが、住民訴訟の「財務会計行為の違法」となるのか。
    この点については、判例は、「地方自治法242条の2の住民訴訟の対象が普通地方公共団体の執行機関又は職員の財務会計上の行為又は怠る行為に限られるのは、同条の規定に照らし明らかであるが、右行為が違法となるのは、単にそれ自体が直接法令に違反する場合だけでなく、その原因となる行為が法令に違反し許されない場合の財務会計上の行為もまた違法となる。分限処分がなされれば当然に所定額の退職手当が支給されることとなっており、本件分限免職処分は本件退職手当金の支給の直接の原因をなすものというべきであるから、前者が違法であれば、後者の財務会計行為である退職手当金支給も当然違法となるものと解するのが相当である。」としています。註1

    註1:この判例理論は、それなりに肯首できるものなのですが、他方で、最高裁平成4年12月15日判決「一日校長事件判決」では、教育委員会が退職一日前に校長への昇給発令人事を行い、同日の退職により市が昇給をベースにした退職手当金を支給した事案で、「原因行為を行なった機関と財務会計行為を行なった機関が異なっており、前者が違法であれば、後者の財務会計行為である退職手当金支給も当然違法となるという関係にはない。」との判断をしている例もありますので、行政行為の先行行為と後行行為との間に直接的な原因結果の関係があるかは、個別的に判断されるものと思われます。

    (2) 次に、懲戒免職処分にせずに、分限免職処分にしたことは違法なのか。
    この点については、判例は、退職手当金支給の原因行為であった「分限処分」をしたことが違法であったかどうかを検討した結果、「当該職員の収賄事実が地方公務員法29条1項所定の懲戒事由にも該当することは明らかであるが、職員に懲戒事由が存する場合に懲戒処分を行うか否か、懲戒処分をするときにいかなる処分を選ぶかは任命権者の裁量に委ねられていることから、右の収賄事実のみが判明していた段階において、当該職員を懲戒免職処分に付さなかったことを違法であるとまで認めることは困難である。」「また、不適格な職員を早期に公務から排除して公務の適正な運営を回復するという要請に(分限処分で)応える必要のあることも考慮すると、本件分限免職処分が違法であるとすることはできない。」として、その後行行為である退職手当金支給も違法ではないとしています。

    (3) この判例の結論は、昨今のオンブズマン活動や住民監査の盛んな傾向からすると、退職手当金が支給されたままで放任される結果となるのですから、賛同できない面もあるだろうと思います。しかし、本件で問題となった地方公共団体では、その後、職員が逮捕された場合の退職手当金の支払い差し止めや、禁錮以上の刑に処せられた場合の退職手当金の全部又は一部の返納制度が条例で整備されたようですので、今後は、分限免職処分をして退職手当金を支払っていたとしても、その後、刑事裁判において「禁錮以上の有罪判決」を受けた場合には、退職手当金を返納することになるので、あながち、懲戒処分相当事案を、早期の時期に分限免職処分をしても違法ではないということで結果が不合理になることはないだろうと思われます。
    *次回には、公務員の公金横領等の刑事犯罪と民事賠償責任の問題を考えてみましよう。

公務員の刑事犯罪と法律(~収賄罪逮捕を中心に~):その3

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 公務員が刑事犯罪の収賄罪で逮捕された場合には、収賄行為によって経済的利得を得ていますが、贈賄者以外の第三者に損害を与えているわけではないので、民事賠償の問題は生じませんが、刑事犯罪が業務上横領罪(公金横領)の場合には、今まで述べてきた懲戒責任・刑事責任以外に、民事賠償責任も問題となってきます。公金が横領された結果、被害者である地方公共団体(市町村)に損失(損害)が発生しているからです。
 そこで、刑事責任・懲戒責任と民事責任(賠償責任)について、簡単にまとめておきます。

  1. 公務員の犯罪と三つの法的責任
     犯罪行為は、刑法などの刑罰法令に触れますので、刑事処罰を受けます。このことを「刑事責任」といいます。それ以外に、犯罪行為は、民法709条の「故意又は過失によって他人の権利を侵害した」という不法行為にもなりますので、被害結果に対する損害賠償責任を負います。このことを「民事責任(不法行為責任)」といいます。また、更に、行政上の資格や免許等の取消しなどの行政処分を受ける場合や雇用関係での懲戒処分などの個人の身分等に関する責任を負う場合もあります。これを、便宜上「その他の処分責任」と呼ぶことにします。
  2. 三つの責任の目的と峻別論

    (1) 自己の行為に対して制裁を受けることを「責任」というのですが、その「制裁」は、ひとつの行為に対して(又は一人に対して)、ひとつの制裁を受けるということで成り立ってきたものと思われます。ローマ法時代でも民事責任・刑事責任(私的責任・公的責任等)の区別は明確ではなく、一元的責任(制裁)論であったと言われています。その後、ドイツ法の歴史の中で民事責任と刑事責任を分ける「民刑峻別(民刑分離)」の考え方が成立し近代法の姿になったと言われています。今の日本の法律は、この「民刑峻別論」の立場で規定されています。

    (2) 刑事責任・民事責任・その他の処分責任の三つの責任は、民刑峻別論の立場(刑事責任と民事責任はそれぞれ制裁目的が異なるので、別々に責任を問うべきであるという立場)から、それぞれの責任をすべて一人の者(ひとつの行為)で負わなければならないという関係にあります。
     刑事責任は、国家が処罰することで公共の秩序を維持し、犯罪が起こらないようにするための一般予防・特別予防を目的とする責任です。公金横領の犯罪の場合に、懲役刑に処して、その公務員が二度と犯罪を犯さないように戒め(特別予防)、更に、そのことを知った他の公務員に対して公金横領すると懲役刑で処罰しますよと警告している(一般予防)わけです。  民事責任は、損害を公平に分担するための衡平的正義の実現を目的とする責任です。公金横領の犯罪の場合に、横領金については、その分地方公共団体の公金が減っていて損害が生じており、その反面横領犯人である公務員はその分を領得していますので、損害を公平に分担する方法として、地方公共団体は、横領犯人に対して横領金相当の損害賠償を請求する権利があり、横領犯人は損害を賠償する責任があるとするわけです。  その他の処分責任としては、既に検討した雇用関係での制裁となる懲戒処分(退職金不支給処分)などがありますが、これは、国民全体の奉仕者である公務員としてふさわしくない行為をしたという理由で、かかる公務員の地位保障(地位喪失)の目的からくる制裁です。

    (3) 以上の理由から、公務員が公金を横領した場合には、業務上横領罪として刑事責任を問われ(懲役10年以下・刑法253条)、民事責任として横領金相当の損害賠償責任を負い(不法行為責任・民法709条)、その他の処分責任として懲戒免職処分又は失職(地方公務員法)となります。

  3. 三つの責任の相互影響の有無
     以上の三つの責任は、それぞれ別個に全部負わなければならないという法制度ではあるのですが、新聞・テレビ等のマスコミ・ニュースなどで、「横領金は全額返済しているため、刑事告訴は見合わせる方針である。」とか、「刑事判決では、被害弁償を実施していること、既に免職となって一定の社会的制裁を受けているという理由で執行猶予判決となった。」とかいう報道がなされている場合があります。それぞれの三つの責任の間には、何らかの相互影響があるのでしょうか。最後に、この点を検討してみましょう。

    (1) 民刑峻別論の立場からは、本来は三つの責任の間には、何ら影響はないことになります。それぞれの責任の目的が違うからです。

    (2) しかしながら、刑事裁判では、量刑判断事情として民事責任の履行の有無、懲戒処分等の他の制裁の有無を考慮する実務になっています。被害者等との被害弁償示談が成立すれば量刑は軽くなってきます。懲戒免職処分を受けて公務員の地位を失っているので執行猶予とすると判決理由で示される場合もあります。更に、民事賠償制度においては、「懲罰的慰謝料制度」を認める国もありますが、日本では採用されていません(最高裁第2小法廷19