地方自治体の金銭債権の管理 「時効管理と回収手続を中心に 」の付録①として
弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫
学校給食費の徴収手続(その1)
「地方自治体の債権管理(消滅時効を中心に)」に引き続いて、その付録として具体的徴収方法について「学校給食費の徴収手続き」というテーマで説明していきたいと思います。
まず、ここ数年の間で、学校給食費滞納問題が市町村・学校関係者の間で問題になっています。学校の先生や校長先生が滞納している家庭を訪問して支払を督促したり、最終的には法的手続に踏み切った地方自治体も多いようです。学校給食費を払わない親たちの言い分を聞けば、「学校は義務教育なのだから、給食費もタダでいいんじゃないの?」とか、あるいは居留守を使って支払を免れようとするとか、とにかく生活費の使い方の順番が、外食とか、遊興費というような浪費的な支払が優先されて子供の教育関係費用が後回しにされるという形で、給食費を支払わない親が増えていると聞きます。
1. 給食費に関する法律の規定
(1)学校給食費については「学校給食法」という法律に基づいて、以下のとおり、保護者が負担しなければならないことを定めています。
(経費の負担)
第11条1項「学校給食の実施に必要な施設及び設備に要する経費並びに学校給食の運営に要する経費のうち政令で定めるものは、義務教育諸学校の設置者の負担とする。」同条2項 「前項に規定する経費以外の学校給食に要する経費(以下「学校給食費」という。)は、学校給食を受ける児童又は生徒の学校教育法第16条 に規定する保護者の負担とする。」
つまり、学校給食にかかる設備やその他の経費に関しては学校や国・地方自治体が負担し、それ以外の経費は保護者が負担すべきもの、としているわけですが、この条文では「保護者の負担すべき」学校給食費の経費についての詳細の定めがありませんし、結局は、この条文は、「保護者の負担範囲」を決めただけで、具体的な法律上の負担義務を課した規定であるとは言えませんし(昭和33年4月9日文部省監理局長から北海道教育委員会教育長あて回答)、その徴収方法についても全く規定はありません。
(2) そこで、地方公共団体では、学校給食費条例を制定して、条例に基づいて、保護者の給食費支払義務を定め、徴収手続きを定めている場合もあります。(平成22年横浜市学校給食費条例)
2. 給食費の法的性格と会計管理
(1) 学校給食費はどういうことを原因として誰との間で法律上の負担義務が保護者に生じることになるのでしょうか。保護者に対して、給食費滞納分の請求ができるのは誰なのでしょうか。校長先生でしょうか?PTAでしょうか?教育委員会でしょうか?あるいは市長村長なのでしょうか?
(2) この点を混乱させているものが、給食費管理に関する旧来の文部省通知又は回答です。
ⅰ:まず、昭和32.12.18文部省管理局長の福岡県教育委員会教育長あて回答によると、
① 学校給食の実施者は、その学校の設置者(市町村等)である。
② 保護者の負担する学校給食費を公会計上の歳入とする必要はない。
③ 校長が学校給食費を取り集め、これを管理すること(私会計)は差し支えない。
ⅱ:次に、昭和33年4月9日文部省監理局長から北海道教育委員会教育長あて回答によると、
① 学校給食法11条2項の規定は、保護者の負担の範囲を明らかにしたものであって、保護者に公法上の負担義務を課したものではない。
② 法11条の規定は、保護者の負担を軽減するために、設置者が学校給食費を予算に計上し保護者に補助することを禁止した趣旨のものではない。
③ 学校給食費の性格は、学校教育に必要な教科書代と同様なものであるので、学校給食費を地方公共団体の収入として取り扱う(公会計とする)必要はない。
とされている半面、
ⅲ:昭和39.4.9文部省体育局長から北海道教育委員会教育長あて回答では、
「学校給食費を市町村予算に計上し、処理されることはさしつかえない」 とされており、公会計(総計予算主義・地方自治法210条)の管理をすることも、また、公会計以外の私会計(総計予算主義の例外)としての管理をすることも許してきたという従来からの現状があります。これらは、給食費の金額規模や実際の食材調達・契約業務などから、当該自治体が、その各々について、歳入歳出として取り扱うのか否かの選択を任されているものと解されます。
(3)現状の給食費徴収体制の例
かかる経緯から、各学校で給食費の徴収形態としては様々な方法があるようです。
① 学校名及び校長先生名義の預金通帳への振込支払(口座引落し)。
② PTA名義(代表者会長)の預金通帳への振込支払(口座引落し)。
③ 学級担任への手渡し又は学校事務職員への手渡し(学級袋方式)支払
④ PTA役員による集金方式 ⑤ 市町村指定口座への振込支払 などです。
3. 学校給食費を「私費」と扱うことの妥当性の検討
(1) 校長・共同調理場施設長・教育委員会・学校給食会又はPTAなどが給食費を私費扱いで管理している実態があります。
(2) そもそも、学校長等が学校給食費を管理していることは、全くの個人的関係ではなく、「校務」として学校給食費を徴収管理していると解すべきです。学校給食が市町村の営造物としての学校の教育活動の一環として行われているからです。(教科書代同視説)
(3) 学校長が保護者に学校給食費を請求できる法的根拠はどのような法律関係にあるのでしょうか。学校給食費を食材等の購入費と考える(民法555条:売買説)か、食材等の購入という委任事務処理に必要な費用と考える(民法649条・650条:委任説)かのいずれかということになります。いずれにしても、この場合には、学校給食費支払請求権は「契約により生ずる私債権」であり、法形式上は校長が個人として契約を締結していると解釈するしかありません。
(4) <問題点>
① 給食費未納者に対して「市町村の首長」名義での法的手続きが取れない。(学校給食費支払請求権は校長個人と保護者との契約によるものと考えられるから。)また、「学校及び学校長」名義での法的手続きも取れない。(学校や学校長は、行政機関の一部署にすぎなく法的主体性がないから。) ⇒給食費未納者に対しては、校長個人名義での請求(法的請求)しかできないことになります。
② 学校給食費会計の不足は、本来は公的予算から補填できない。 ⇔しかし、実際は補填していると思います。
③ 学校給食費の徴収費用・人件費用等は、本来は校長が私的に集めた給食費から支出しなければならない。 ⇔しかし、実際は公費から支出していると思います。
④ 債権の消滅時効は10年(民法)と長すぎる。(但し、民法173条1号生産者販売、又は同3号の食の代価として2年とする見解もあるでしょう。)
(5)以上の観点から、学校給食費を「私費」と扱うことは、妥当ではないように思われます。 (次回に、給食費の「公会計」としての管理方策と徴収手続きを具体的に説明します。)
以上
地方自治体の金銭債権の管理 「時効管理と回収手続を中心に」の付録②として
弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫
学校給食費の徴収手続(その2)
前回に引き続き、学校給食費の管理方法と徴収手続きを説明しましょう。
4. 学校給食費を公会計として管理する方策
<克服すべき問題点>
学校給食費を公会計で管理すると、収納事務・支払事務を地方自治法や地行法に則って実行しなければならないので、その手続きは複雑になり、その事務は予算の執行なので、基本的には校長にはこれらを扱う権限がないこととなります。
(1) 学校給食費は、「分担金(地方自治法224条)」ではない。(分担金は、一部の利害のある事件に関し特に利益を受けている者にから徴収するものであり、すべての小中学校の児童生徒が給付を受けられる性質の給食には適用できない。)
(2) 学校給食費は、「使用料(地方自治法228条)」ではない。(使用料であれば学校給食費の額を条例で定めないといけなくなる(地方自治法228条)。
公の施設利用に関わる債権であっても、地方自治法上の使用料として扱われるとは限らない。(例:①公営住宅の使用料・最高裁判決昭和59年12月13日、②水道料債権・最高裁判決平成15年10月10日、③公立病院の診療債権・最高裁判決平成17年11月21日)
<学校給食費を公会計として管理する法律関係>
学校給食費支払請求権は、地方公共団体(市町村)と保護者との間の契約により発生する私債権である。
(1) 学校給食費を徴収するための契約が必要です。 学校入学時に学校給食に関する説明文書を配布し、保護者から給食の申込書(支払約束書)の書面を徴収しておく必要があります。(但し「黙示の契約」成立の構成も可能ですが、書面で明らかにしておくことが望ましいと思われます。)
(2) 契約するには、契約締結権限が必要です。 本来は、契約締結権は市町村の首長にあるので、学校や教育委員会は契約当事者にはなれません。なぜなら、学校は教育員会監理下の単なる一組織一部署にすぎないし、教育委員会も地方公共団体の内部組織にすぎないからです。
⇒ 校長に、地方自治法180条の2に定めるところにより首長から契約締結事務についての委任を受けるか、補助執行の権限を取得する必要があります(規則若しくは規程を制定し教育委員会や校長等に包括委任し、あるいは補助執行させることもできると思われます。)
(3) 学校給食費の調定(額の決定)をするには、権限が必要です。 学校給食費の調定、納入通知は、徴収事務に属し予算の執行であるから、首長に権限があり(地方自治法180条の2第1項、149条第1項)、教育委員会や校長はその権限がありません。
⇒ 教育委員会や校長が学校給食費の調定、納入通知をするには、地方自治法180条の2に定めるところにより首長からの委任を受けるか、補助執行の権限を取得する必要があります。また、学校給食費の調定(額の決定)した場合には収入管理者に通知する必要があります。
(4) 現金納付の場合には、出納員である必要があります。 現金の出納は会計管理者の権限とされている(地方自治法170条2項第1号)ので、教育委員会や校長は給食費を現金で受け入れることはできません。
⇒ しかし、地方自治法171条2項で、「出納員その他の会計職員は、首長の補助機関である職員のうちから首長が任命する」ことになっており、同4項で「首長は会計管理者をしてその事務の一部を出納員に委任させることができる」ので、教育員会又は学校の職員を首長部局の職員に併任して出納員に命ずることとすれば、教育委員会でも学校でも給食費を現金で受け入れることができることとなります。
(5) 督促事務は、首長名義で公費負担で実施できることになります。
5. 学校給食費の徴収手続
(1) 学校給食費の徴収も予算の執行にあたるので、それを教育委員会若しくは学校長・学校職員が行うには、地方自治法180条の2に定めるところにより首長から契約締結事務についての委任を受けるか、補助執行の権限を取得する必要がありますが、裁判上の手続き(支払督促手続き・訴え提起)は、地方公共団体を代表して行う必要がありますので、首長の名義で行うこととなります。
(2) 裁判手続きの場合に裁判所に提出する必要のある書類等
① 地方公共団体と保護者との間での給食に関する契約関係書類 (入学時の給食説明書・保護者からの給食申込書) ② 納入通知関係書類 (納入通知書・督促書等、給食費の調定(額の確定)資料) ③ 教育委員会・学校長・給食施設長等が首長より権限又は出納員委任を受けている規定等 ④ 首長からの訴訟委任状(弁護士を依頼する場合)又は指定代理人指定書(職員を訴訟代理人として使用する場合) |
(3) 裁判手続きの種類
① 民事調停手続 民事調停法に基づき、滞納者の住所地を管轄する簡易裁判所に調停申出書を提出して、裁判所の調停期日に滞納者及び地方公共団体首長又は訴訟代理人(指定代理人も含む)が出頭して、調停主任裁判官及び調停委員の仲介の元で、双方の話し合いで解決する方法です。請求額に制限はありません。 ② 支払督促手続 民事訴訟法382条に基づき、滞納者の住所地を管轄する簡易裁判所(裁判所書記官)に支払督促申立書を提出して、書面で支払督促をしてもらう方法です。書面の送付だけでする手続きですので、滞納者も地方公共団体首長又は訴訟代理人(指定代理人も含む)も裁判所に出頭する必要はありません。これも請求額には制限はありません。但し、支払督促を受けた滞納者が異議申立をすると通常の裁判に移行します(民事訴訟法395条)ので、裁判手続をする予定で行う必要があります。 ③ 少額訴訟手続 民事訴訟法368条に基づき、滞納者の住所地を管轄する簡易裁判所に少額訴訟の訴状を提出して、裁判所の弁論期日に滞納者及び地方公共団体首長又は訴訟代理人(指定代理人も含む)が出頭して、裁判官の元で裁判手続きを行うものであり、通常の裁判手続きとは異なり、簡易な方式、一回だけの審理で判決が出されます。請求額は60万円以下の請求に制限されています。また、年間10回しか利用できません。 ④ 通常訴訟手続(裁判) 民事訴訟法に基づく本裁判手続です。140万円以下の請求額であれば簡易裁判所へ、140万円を超える場合は地方裁判所に訴状を提出して、裁判所の弁論期日に滞納者及び地方公共団体首長又は訴訟代理人(指定代理人も含む)が出頭して、裁判官の元で裁判手続きを行うものです。請求額に制限はありませんが、給食費等で140万円を超えるような請求はないと思われますので、ほぼ簡易裁判所への申立になるだろうと思います。 (註)指定代理人とは ― 地方公共団体の事務に関する訴訟については、当該地方公共団体又は行政庁が職員を指定代理人として選任することができます。この場合において、行政庁が長のときは地方自治法第153条第1項の規定が、教育委員会のときは地方教育行政の組織及び運営に関する法律第26条第3項の規定が、地方公営企業管理者のときは地方公営企業法第13条第2項の規定がその根拠となります。また、選挙管理委員会(地方自治法第193条)や監査委員(同法第201条)は、同法第153条第1項の規定を準用するとされています。指定代理人は、個別の事件ごとに選任され、その事件についてしか権限を与えられていません。指定代理人を選任すれば、地方公共団体の首長が裁判に毎回出頭する必要はありません。 |
以上