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「行政に対する反対署名簿に関する調査行為の適法性」(1)
弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫
行政に対して、様々な苦情申出や署名簿提出を伴う要請などがなされますが、市町村レベルでは、首長の政治方針や行政方針が出された際に、政治的な反対派等の活動や住民活動として、行政に反対する署名簿が提出される場合も多いように思います。
そこで、今回は、そのような反対署名簿が提出された場合に、行政が署名の真否確認調査をする必要があるのか、それはまた、どのような方法ですることが可能かという問題を二回に分けてお話してみたいと思います。
- < 説 例 >
次の説例は、岐阜地裁平成22年11月10日判決―判例時報2100-119の裁判事例を要約したものです。
- A小学校を考える会とA小学校PTAは、S町長が構想していた町内のA小学校とB小学校の統廃合案(Aを廃校しBに吸収統合する案)に反対するために、反対署名活動を開始し、議員有志の守る会も、その署名活動に参加した。
本件署名活動は、考える会らの会員が戸別訪問を行い、署名書の住所・氏名欄に記載してもらう方法で行われ、年齢を問わず、家族の分全員分の署名を頼むなどして署名してもらっていた。
- 上記署名簿は、第1回目に3576名分、第2回目に1632名分が関ヶ原町S町長並びに教育員会宛て「要望書」と共に提出された。 提出された署名書には、「①子供の教育に関わることは、地域住民・保護者・先生の意見が重視されることを要望します。②B小学校の耐震対策の校舎建築が、統廃合問題を前提に遅れていくことに反対し、一刻も早い改築が行われることを要望します。③私たちはA小学校が廃校されることに反対です。」と記載されていて、これに加えて、「A小学校PTA会長○○」「A小学校PTAA小学校統廃合問題特別委員会委員長△△」とのみ記載されているものと、それに加えて「A小学校の統廃合を考える会○△」「A小学校を守る会×△、△○、××△」「賛同者・・・。・・・・。・・・・。」と記載されている署名書の二種類が混在していた。
- 本件署名簿には、一見して、同一人による同一筆跡と見える他人署名が多数存在し、同一住所及び同一姓での同一筆跡による同一世帯の者の署名によると推測できるもの以外に、異なる住所地や異なる姓でありながら同一筆跡のものや、関ヶ原町民以外の署名5筆分の重複、関ヶ原町民でも256名分の署名重複となっていた。
- その後の関ヶ原町議会で、議員から「小学校統廃合案は反対による署名要望が3265名(後に5200名)集まっているので、同案への町民の理解は得られていないのではないか。」と質問し、S町長は「自分の考えは変わらない。町としては住民に小学校統合案を具体的にまだ説明していない段階であり、町民の理解が得られていないという判断は早計であり、署名簿に記載された署名には重複記載があり、要望意思がないのになされた署名が多数あると思われる。」と答弁した。
- 関ヶ原町は、A小学校管轄住民、B小学校管轄住民を対象に、19回の学校整備計画説明会(統廃合案を含む)を行った。
- S町長は、上記統廃合案を含む学校整備計画案を6月議会(6月23日開催予定)に上程する予定で、6月13日の企画会議において、「6月23日までに反対署名簿に関する戸別訪問調査を実施する」ように町職員に命じた。
なお、個別訪問調査は、下記の要領で行うように準備された。
① 次の8項目の質問をし、調査対象者から回答を拒否された場合には、回答を強要しない。
*この署名はいつされましたか。
*この署名はどこでされましたか。
*この署名は誰が頼みに来られましたか。
*この際に署名活動の趣旨についてどのような説明がなされましたか。
*ご署名は自分で書きましたか。
*ご家族で署名されている場合、家族一人一人の意思の確認はされましたか。
*町が開催した学校整備計画説明会には参加されましたか。
*(参加した場合)町からの説明を聞いて、署名された時と統廃合に対する考え(反対)に今も変わりはないですか。
*(参加しなかった場合)説明会にでなくても、その後統廃合について色々な話を聞いておられると思いますが、署名された時と統廃合に対する考え(反対)に今も変わりはないですか。
② 訪問調査時には、調査員の身分及び調査趣旨(署名の意思確認)を説明する。 しかし、統廃合への賛成を誘導するような説明や説得は行なわず、署名者本人の意思を確認するに留めるようにS町長は指示をした。
③ さらに、B小学校校区での説明会では反対意見がほとんどなかったにも関わらず、署名者が多数いたことから、個別訪問調査はB小学校区から先に実施するようにS町長は指示した。
- 被告税務課課長補佐であったH野は、他の二人の職員と共に、原告の一人である○ 山宅に戸別訪問した際、○山は調査担当のH野らに、町村合併などへの意見を長々と述べたので、調査担当者であるH野らは、これを遮ることもなくただ黙って聞いていた。そして、H野らは、○山の話が終わった後に、上記8項目の質問をして調査を終了した。
- 関ヶ原町においては、AB小学校統廃合案が賛成5、反対4で可決された。議会で は本件戸別訪問調査結果は報告されなかった。
- その後、反対署名活動をした特別委員会委員長△△、議員で且つ守る会会員▼川、特別委員会委員○山の三名が、本件戸別訪問は違法であり、精神的な犠牲を強いられたので、慰謝料50万円及び弁護士費用5万円をそれぞれに支払えとの国家賠償請求の民事裁判を提起してきた。(岐阜地裁平成22年11月10日判決―判例時報2100-119)
- <問題点として考えられるもの>
この説例で、問題点として考えられるものは、次のような事項です。
① 要望書の提出に対して、どのように取り扱うか。
② 反対署名簿提出後の署名確認調査として戸別訪問方法は許されるか。
③ 上記6での戸別訪問調査要領は何を留意しているものか。
④ 質問事項の内容は適切か。
以下、順次解説していきましょう。
- < 解 説 >
その1 本説例は、岐阜地裁平成22年11月10日判決―判例時報2100-119の裁判事例を要約したものです。
1、 署名簿付き要望書提出に関する処理方法について(請願法)
要望書が議会に提出された場合と行政部に提出された場合と異なる手続きになる(議会に出されたものは議会が処理し、行政部に出されたものは行政執行部・行政担当部が処理することになっていると思います。)
・請願法5条「この法律に適合する請願は、官公署において、これを受理し誠実に処理しなければならない。」
・地方自治法124条「普通地方公共団体の議会に請願しようとする者は、議員の紹介により請願書を提出しなければならない。」
・同125条「普通地方公共団体の議会は、その採択した請願で当該普通地方公共団体の長、教育員会・・・・において措置することが適当と認めるものは、これらの者にこれを送付し、且つ、その請願の処理の経過及び結果の報告を請求することができる。」
・同109条(常任委員会審査等)3項「常任委員会は、その部門に属する当該普通地方公共団体の事務に関する調査を行い、議案、陳情等を審査する。」
要望書を法的に捉えた場合に、法的権利として認められている「請願」かそれ以外の「要望」「陳情」「意見」に過ぎないのかの判断があります。本件の場合には、町長と教育委員会への「要望書」と署名簿提出という形であり、請願か陳情かの区別が困難ですが、請願の場合には、請願法5条の受理義務と誠実処理義務を負うこととなり、陳情等の場合には、そのような法律の要請はないのですが、請願と実態は変わらないので、同様に誠実に処理することとなると思われます。
なお、請願書の要式を具備している場合には、請願として取り扱うこととなるでしょう。
(以下、来年の次回に続けて解説します。)
「行政に対する反対署名簿に関する調査行為の適法性」(2)
弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫
前回に引き続き、今回も岐阜地裁平成22年11月10日判決―判例時報2100-119の裁判事例を解説していきましょう。
- < 解 説 >
- 反対署名簿提出後の署名確認調査として戸別訪問方法は許されるか。
(1) 請願権の権利性について
岐阜地裁判決は、請願権の権利性につき、次のように述べています。
① 「署名は署名活動をする者らの政治的表現行為に賛同する趣旨でなされるものであるから、かかる署名行為も一定の政治的な態度表明ということができ、表現の自由(憲法21条)によって保障されるものであり、さらに、署名は、署名活動する者らが官公署に署名簿を提出することに参加する意味を有するので、かかる署名行為は請願権(憲法16条)によって保障される。」
② 「署名活動とは、一定の目的をもって署名を収集する行為を指し、特定の政治課題について署名活動を行うことは、自己の政策的意見に賛同する者から署名を募り、集めた署名簿を官公署等に提出することによって、自己の政策的意見を表明するものであるから、署名活動の自由は表現の自由(憲法21条)によって保障されるし、さらに、署名による請願の主体は、同署名活動に賛同し署名を行った各署名者であるが、その署名活動を行った者もそれを官公署等に提出することを目的としているのであるから、各署名者同様に、請願権(憲法16条)によってその活動が保障されると解される。」
(2) 署名の真正確認方法と個別訪問確認方法の相当性
岐阜地裁判決は、署名の真正確認方法につき、次のように述べています。
① 「請願が署名活動による署名活動による署名簿の提出という方法で行われた場合には、その請願事項にかかわる多数の国民又は住民が同一内容の請願を行うことに意味があり、請願を受けた官公署等は、請願に対し誠実に処理する義務を負う(請願法5条)から、提出された署名簿に偽造等署名の真正を疑わしめる事情があったり、請願の趣旨が明確でないときは、その真正であることや請願の趣旨を確認する限度において、各署名者や署名活動者に対し、相当な調査を行うことは許されるというべきである。」
② 「署名者の同意を得た上で、回答を強要することのない態様で、個別訪問を行うこと自体は許されるというべきである。その理由は以下のとおり。」
③ 「本件では、ⅰ:多数の同一筆跡思しき署名が含まれていたこと、ⅱ:反対署名者の多くが学校存続のB小学校校区の住民であるにもかかわらず、B小学校校区住民の説明会でのほとんどで反対意見が出なかったこと、ⅲ:署名簿の要望事項は3つ記載してあり、そのうちの二つは、A・B小学校統廃合案とは直接関係のない要望事項であったことから、その三つの要望事項のすべてに請願する趣旨が明確であないという事情が存在する。ⅳ:町議会では、本件署名活動をした▼川が町議として住民の過半数の反対署名が集まっていることを主張してS町長に統廃合案の見直しを迫っていたことから、署名者に郵送で質問確認する方法では、多額の費用を要し、その回答が必ず返送されるとも言えないことから(直接の戸別訪問による調査も許される。)
- 上記6(前回、解説分)での戸別訪問調査要領は何を留意しているものか。
上記6の要領は、「統廃合への賛成を誘導するような説明や説得は行なわず、署名者本人の意思を確認するに留めるように」S町長が指示しているように、請願(署名押印)をしたことに対する圧力的変更要求や差別を避けることに一応は注意を払っていることを示していると思われます。
岐阜地裁判例も「請願とは、官公署に対して、その職務に属する事柄について希望を述べることであり、何人も請願したためにいかなる差別待遇も受けない(憲法16条、請願法6条)が、それには、請願を実質的に委縮させるような圧力を加えることも許されないとの趣旨が当然に含まれると解される。」と言及しており、本件調査当初もこの点の意識は確認されていたと思われます。 - 質問事項の内容は適切か。
問題は、S町長や行政職員に上記のような「圧力的変更要求や差別を避ける」という意識があったのにも係わらず、質問内容がそのような意識での質問内容になっていたかはまた別次元の問題です。
岐阜地裁判決は、この点につき、次のように述べて、町側が敗訴した判決になりました。
「本件調査事項は、署名者に対しての署名の真正や請願の趣旨の確認にとどまらず、
*この署名は誰が頼みに来られましたか。
*この際に署名活動の趣旨についてどのような説明がなされましたか。
*町が開催した学校整備計画説明会には参加されましたか。
*(参加した場合)町からの説明を聞いて、署名された時と統廃合に対する考え(反対)に今も変わりはないですか。
*(参加しなかった場合)説明会にでなくても、その後統廃合について色々な話を聞いておられると思いますが、署名された時と統廃合に対する考え(反対)に今も変わりはないですか。
という質問事項というのは、署名の真正や請願の趣旨の確認と言う目的を超えた質問であり、その質問をして調査している。これは、本件戸別訪問調査を受けた署名者や署名活動者に対して不当に圧力を加えるものであったと認められる。」
「そうすると、S町長は違法に原告らの請願権及び表現の自由を侵害したもので、同侵害につき少なくとも過失があると認められる。」 - 判例の結論 原告ら一部勝訴
慰謝料額:署名活動侵害分は2000円(+弁護士費用200円)、署名者侵害分は1000円(+弁護士費用100円)
以上
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