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地方公務員の身分と法律~~健康情報の詐称と採用取消(分限免職)①
弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫
ストレス社会の昨今、公務員においても、ストレスによる精神疾患等の治療を必要とする職員が多くなっているという報道に接したりします。今回は、公務員採用時点での問題として、健康情報の提供の問題を考えてみましょう。
- (質 問)
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公務員採用時の面接や健康診断において、メンタルヘルスについての既往歴(うつ病等の治療の有無等を 含む)や経歴中で仕事が困難となったり苦労したりした身体的事情はなかったか等を質問したが、その際に、「うつ病などの既往症はない。」と答えた人物を採用した。ところが、実際は、採用面接時点でうつ病の治療中で、採用後一ケ月もたたないうちに、うつ病を理由に休職を申し出た場合、条件採用期間が満了するまでは免職(採用取消し)にすることはできないでしょうか?
- <回 答>
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1. 労働安全衛生規則(昭和47年9月30日労働省令第32号)第43条(雇入時の健康診断)では、「事業者は、常時使用する労働者を雇い入れるときは、当該労働者に対し、次の項目について医師による健康診断を行わなければならない。ただし、医師による健康診断を受けた後、三月を経過しない者を雇い入れる場合において、その者が当該健康診断の結果を証明する書面を提出したときは、当該健康診断の項目に相当する項目については、この限りでない。①既往歴及び業務歴の調査 ②自覚症状及び他覚症状の有無の検査 ③・・・(以下省略)」と定めていますが、この規定の行政解釈としては、「「雇入時の健康診断」は、常時使用する労働者を雇入れた際における適性配置、入職後の健康管理に役立てるために実施するものであって、採用選考時に実施することを義務づけたものではなく、また、応募者の採否を決定するために実施するものでもない。」とされています(平成5年5月10日付け事務連絡・労働省職業安定局業務調整課長補佐及び雇用促進室長補佐から各都道府県職業安定主管課長宛て)。このことから、職員の採用は、応募者の適性と能力のみによって判断されるべきであり、採用時の不必要な健康診断により病気による就職差別につながるような状態は不適切であるとされています。
2. 採用時の不適切な健康診断による採用拒否が問題となった判例事案があります。HIVやC型肝炎など虚偽の情報が広まっていた病歴による例が裁判上で争われました。
(1) 東京地裁平成7年3月30日判決・判例時報1529‐42 :タイ現地法人派遣HIV解雇事件
Ⅰ: 事案の概要:原告(X)は、被告会社Aとの間で、タイ現地法人(被告会社B)への派遣労働を内容とする雇用契約を締結し、タイ渡航後、被告会社Bの指示で、就労ビザ申請のための健康診断を受けたが、原告Xには無断でHIV(ヒト免疫不全ウイルス)抗体検査が実施された。被告会社Aは、抗体検査の結果が陽性であることを告げ、その後解雇した。
Ⅱ: 裁判所の判断⇒解雇無効、著しく社会相当性の範囲を逸脱した違法行為と判断された。
(2) 東京地裁平成15年5月28日判決・警視庁HIV無断検査採用拒否事件
Ⅰ: 事案の概要:原告Xは平成九年に警視庁採用試験に合格し、翌年警察学校に入校したが、その際入校者全員に身体検査が行われ、採取された血液が警察学校に送られ、HIV抗体検査が行われた(入校者へのHIV抗体検査をする旨の説明もなく、同検査への同意、拒否の確認もなされなかった)。原告Xの検査結果で陽性反応が出たため、警視庁担当官が原告Xに対して「君の健康状態は良くない。免疫力が相当低下している。このまま仕事を継続することは困難だろう。今回の就職は諦めて欲しい。」などと話、動揺している原告Xに、入校辞退願を作成させ提出させた。
Ⅱ: 裁判所の判断
* 「HIV感染の事実から当然に、警察官の職務(警察学校における訓練も含む)に適さないとはいえず、本件HIV抗体検査は、本人の同意なしに行われたというにとどまらず、その合理的必要性も認められないのであって、原告Xのプライバシーを侵害する違法な行為と言わざるを得ない。」
* 「警察病院は、HIV抗体検査を行うにあたり、実施及び結果通知に関し、本人の同意の有無の確認等を一切行わず、警視庁から依頼されるまま、漫然と検査を実施しその結果を伝えたものであり、医療機関に求められる留意事項に顧慮することなく、故意又は重大な過失で、原告のプライバシーを侵害する違法な行為に該当するというべきである。」
(3) 判例分析
以上の判例の見解は、健康情報において、現実に発症している状況でもない段階で、労働力提供に現実的に支障のない病気感染について、「本人に無断で」検査したり、情報を取得したりしてはならないとして、プライバシーの侵害をした違法な行為としたものです。(次号にて、このような判例の立場から、本人が病歴詐称した場合の問題点を検討しましょう。)
参照文献・経営法曹163号(拙稿)に一部記載
以上
- HIV診断訴訟の問題点
採用時の健康診断で、「本人に無断で」HIV血液検査をした場合には、不法行為となるというのが判例でした(前号参照)。
さらに、個人情報保護法第17条では「個人情報取扱事業者は、偽りその他不正な手段により個人情報を取得してはならない。」とされていますので、「本人に無断で」個人情報である「健康情報を取得することは法律違反になることも明らかです。また、労働力提供に現実的に支障のない病気感染について、そのことを理由に採用拒否したり解雇したりすることも、解雇権の濫用となり、解雇は無効となるということも明らかでしょう。 - 就労に必要な健康情報を得ることは許されるのでは?
しかし、現実に病気が発症しており、病気休暇を取らざるを得ないというように現実の労働提供に支障を生じるような病気・治療等の健康情報の取得は、採用権者においては、適性及び能力を判断するための必要且つ合理的な理由に基づくものであり、その情報がプライバシーの範疇にあっても、本人の同意の下で取得することは、何ら違法ではないというべきであり、HIV診断判例はこの点まで否定しているものではありません。なお、個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)でも、センシティブ情報 (※註)について取得禁止の特別規定は設けていませんので、人の病歴等の健康情報の取得自体も禁止されていません。(※註)「センシティブ情報」とは、健康、病気、学歴・経歴、思想信条、家族状況、資産状況などのように、プライバシーの侵害になりやすい取り扱い要注意情報を意味します。
- 経歴詐称による懲戒解雇の法的問題
そこで、次に問題となるのが、そのような面接質問に対し、採用応募者は、どのように対応できるかという点です。まず、「プライバシーに関することなので御答えできません。」と対応する権利を有しています。それに対して、会社側は、健康情報を与えないという一事をもって、採用拒否をしたり、解雇したりすることは基本的にはできないと思われます。
(1) 健康情報に関する虚偽回答と「経歴詐称」
しかし、採用応募者において、病気中でありながら、積極的に「健康上の異常はない。既往歴もない。」と積極的に虚偽の回答をしていた場合はどうでしょうか。
経歴詐称が問題となった判例(仙台地裁昭和60年9月19日マルヤタクシー事件判決等)で、「使用者が雇用契約を締結するにあたって相手方たる労働者の労働力を的確に把握したいと願うことは、雇用契約が労働力の提供に対する賃金の支払という有償双務関係を継続的に形成するものであることからすれば、当然の要求ともいえ、遺漏のない雇用契約の締結を期する使用者から学歴、職歴、犯罪歴等その労働力の評価に客観的にみて影響を与える事項につき告知を求められた労働者は原則としてこれに正確に応答すべき信義則上の義務を負担している。」との基本原則が認められています。
それでは、健康情報に関する事項は「その労働力の評価に客観的にみて影響を与える事項」と言えるでしょうか。労働関係法令が、労働安全衛生や労働災害防止まで配慮し、使用者に安全配慮義務を課しているのは、労働者の生命・身体の保護を図るとともに、健全な労働力が求められているからであり、使用者が健全な労働力得て維持管理することは労働の本質とする部分であり、「健康情報に関する事項」は、まさに「その労働力の評価に客観的にみて影響を与える事項」であります。実際に、本設問にあるように、「雇用後、一ケ月もたたない内に、病休・休職となって」労働力の提供ができなくなっているわけです。(2) 私見
私としては、本設問では、「その労働力の評価に客観的にみて影響を与える事項」であるうつ病等のメンタルヘルスに関する既往症、面談時での症状等を質問したにもかかわらず、「プレイバシーの情報なので御答えしたくない。」と拒否するならともかく、「うつ病などの既往症はない。」と答え、うつ病で通院治療中である事実を告げなかったのは、「重要な経歴詐称」に該当するものであり、健康情報がセンシティブ情報でプライバシーの保護の要請があるということだけをもって、その不当性を払拭できるものではなく、使用者(任命権者)は、条件付採用期間中においては、当該職員の採用取消をすることもできるし、その後の本採用後においては、分限事由又は懲戒事由の「心身の故障による職務遂行への支障・適格性欠如」「全体の奉仕者に相応しくない非行があった場合」に該当するものとして、免職できると考えます。
但し、うつ病の既往症があったが、面接時に完治していた場合は、うつ病の既往歴のみで採用拒否(採用取消や免職)をすることは、病歴による不当な差別となり、そのような取り扱いは不法行為となることは留意すべきです。参照文献・経営法曹163号(拙稿)に一部記載
地方公務員の身分と法律~~健康情報の詐称と採用取消(分限免職)②
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